表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/96

10 天使

「私は、反対だ」


 ディケーネは強い口調でそういった。


 "話しかける扉"の話を聞いた勇一は、もちろん、その隠し扉があるダンジョン『嘆きの霊廟』へ行こうと提案した。

 だが、その提案はディケーネに強く反対されてしまった。


「なんで反対なんだよ?」

「『嘆きの霊廟』の周りの森には強力な魔物も多く生息している。それにここから行くだけでほぼ一日掛かる。数日間宿泊する為の道具や、水や、食料、それらの荷物をかついで一日歩くだけでもかなりの重労働だ。今のユーイチには荷が重い」


 そう、はっきりと実力不足だといわれるとちょっと辛い。

 またまた、勇一は心がへこむ。


 ディケーネとしては、『嘆きの霊廟』には何度か行っているが、結局たいした成果を挙げれずにいる。

 借金があったときは、お宝をみつけて一発逆転を狙って無茶をしていたが、今は違う。

 危険を冒し、重労働してまで、勇一と一緒に行くメリットがまったく感じられない。


 しかし勇一も諦められない。


「いや、危険かもしれないけど、ディケーネも行ってるんだし、何とかなるだろう。

 それに、ちょっとその隠し部屋の"扉の言葉"に心当たりがあるんだよ」

「なに? 扉の言葉に? ひょっとして扉を開けられそうなのか?」


「いや、そこまで確実じゃないけど、でも、行って確かめる価値は絶対にあると思うんだ」


 その説明に、ディケーネは腕を組み、眉間にしわをよせて"うーむ"と悩みこむ。

 美人は、眉間にしわをよせても美人だな。

 などと、まったく関係ないことを、勇一は心の中でちょっと思う。


「解った。そこまで言うならば、『嘆きの霊廟』行こう。ただ、ひとつ提案させてもらう」

「提案? どんな提案だ?」


「ああ、その提案とは、荷物運び(ポーター)を雇うことだ。

 単なる荷物運びだけではなく、多少は戦闘もこなせる荷物運び(ポーター)を雇おう。

 一人荷物運び(ポーター)が増えるだけで、往復の工程で運ぶ荷物の量がかなり減る。

 それだけじゃなく、夜の警戒などで交代で寝るのも三交代できるなど、パーティメンバーの1人1人に掛かる負担が格段に軽減されるからな」


  ――――――


 まあ、そんな訳で、『嘆き霊廟』へ向かう際に荷物運び(ポーター)を雇うことにした。

 もちろん荷物運び(ポーター)用の奴隷を買うような金はないので、奴隷を貸出(レンタル)してもらうのだ。

 過去にディケーネも、何度か荷物運び(ポーター)として、奴隷を借りた(レンタル)ことがあるという。

 その経験を元に、奴隷を貸出(レンタル)してもらうために、次の日は、朝から奴隷商店へと向かう。


 もちろん、ディケーネを奴隷として売買しようとしたバルフォ奴隷商店とは別の店だ。

 話を聞くと、その奴隷店は基本的には貴族向けのかなり高価な奴隷を取り扱っている商会らしい。


 すでにディケーネは、何度も使っているので店員とも顔見知りであるようだった。

 いや、ひょっとしたら元貴族だから顔見知りなのかも知れない。


「前に借りた荷物運び(ポーター)の"ニエス"がいたら、お借りしたい」

 ディケーネが、そうお願いすると、すぐに、店員が建物の奥へと入っていく。 

 そして、一人の少女を連れて出て来た。


 な!? なにぃいいいいいぃぃぃぃ?!


 建物の奥から出て来た少女を見て、勇一が思わず叫びそうになる。


『元の世界のアイドルが、泣きながら裸足で逃げ出すレベル』の美少女が、

 ボーイッシュなショートカットが良く似合う、ネコミミの少女が、

 太陽のような光あふれる笑顔でにっこりと微笑む、天使の様な少女が、

 そこに立っていたのだ。


「ニエルエンス・スィンケルです。宜しければ"ニエス"とお呼びください。

 本日から少しの間ですが宜しくお願いします。御主人様」


 御主人様!? 御主人様!!?

 俺に言ったのか?!

 その言葉に、勇一が思わず反応してしまう。


 若干挙動不審な勇一に向けて、その美少女が小首をかしげて聞いてくる。


「どうなさいましたか? 御主人様?」


 お、俺は『御主人様』と言われて、嬉しく思う趣味なんて無いと思っていた。

 実際、ディケーネに『御主人様』と言われた時は違和感しか無かったじゃないか。

 なのに、なんだ、なぜ今、こんなにニエスに言われた『御主人様』って言葉が、心を揺さぶるように響くんだ?

 キャラか? キャラの違いのせいなのか?

 震えるぞハートにズキューーンとビート刻んじゃうぜこのやろう って感じだぞ、これ。

 何いってるのか、自分でも意味わからなくなってきた。

 いや、『御主人様』って言葉でこれだけハートを揺すぶられるってことは……

 ひょっとして、ひょっとして、あの言葉を言ってもらったら……

 もしニエスのような美少女に『おにいちゃん』と読んでもらえたらなら!

 勇一はその姿を想像して、ちょっとトリップしてしまう。


 まてまて。

 ちょっとまて。冷静になろうぜ、俺。

 あくまでニエスは荷物持ち(ポーター)として借りるだけだ。

 変なことしたり、させたりしたら、莫大な違約金がかかるらしい。

 でも、呼び方を変えるくらいならいいのか? それくらいなら、セーフだよな。

 いやいや、だから冷静になれって。

 『おにいちゃん』と呼ばせようなんて、何を考えてるんだよ。まったく。

 それよりも、やっぱり呼び方を御主人様じゃなくて名前で呼んでもらうように変えてもらうことと、敬語をやめて貰う事は、お願いしておこう。


「二エス。ちょっと一つお願いがあるんだけど……、いいかな?」

「はい。何でしょうか 御主人様?」


「いや、あのさ、俺に対する呼び方なんだけどさ、その御主人様じゃなくて、変えてもらいたいんだよ」

「?? 呼び方ですか? どの様に変えればいいんでしょうか?」


 ニエスが、また小首をかしげて聞いてくる。

 その可愛らしいしぐさが、勇一の心を打ち抜く。

 勇一は、もう、自分の邪な欲望を抑える事ができなかった。


「えっと……『おにいちゃん』って、呼んでくれないかな」


 天使のような二エスの笑顔が、ほんの一瞬だけ凍り付く。


  マジデドンビキ。


 ホンキでイヤそうなカオ

 だが、それは勇一の見間違いだったようだ。

 目の前のニエスは、すぐに元の笑顔にもどり何事もなかったようにニコニコと笑っている。

 そう、多分見間違いだよな。

 勇一は、見えなかった事にして、自分を無理矢理納得させる。


「いや、一回だけでいいから、一回だけでいいから、そう呼んでくれるかな」

「はい。それでは、一回だけ、呼ばせて頂きますね」


 ネコミミ美少女のニエスが、天使のように微笑みながら言った。


「『おにいちゃん』」


「うおおおおおおお! 異世界来てよかった!

 今までの苦しいことばかりだったけど! この一言で、なんか全部報われたような気がするぜ!!」


 横からディケーネが、今までで最大級に冷たい『何を言ってるんだ、お前は』的な目で見つめてくる。

 だが、もう、それさえも気にならないくらいの感激を勇一は味わっていた。



 あまり馬鹿な事をやっている時間もない。

 まずは、出発する前に旅支度で足りないものをそろえるため、すぐさま朝の市場へと出かける。


 異世界では、朝早いこの時間の市場が、もっとも商品あふれ活気に満ちている。

 この時間帯に買い物するのが、結構常識だったりする。多くの冒険者達もこの時間帯に買い物してから、依頼(クエスト)に、出かけていく。

 元の世界では、結構夜型だった勇一などは、未だにちょっと慣れないが文句も言っていられない。

 寝袋などの外で宿泊するための装備をまるでもっていないので、それらを買い揃えていく。

 さらにディケーネが薬草を売っている店に入って、回復薬とは違う見たことない薬品の入った小瓶を何本も買い込む。


「なんなんだ それ?」

「魔物除けの薬品だ。魔物が嫌う匂いが出るミノウ草をすりつぶした物と、聖水を混ぜて作った物だ。

 これを周辺にふり撒いておくと、大抵の魔物は寄ってこない。

 外でキャンプする時に、一番忘れてはいけない大事な物といえるな」

「なるほど。それは便利な品だな」 


 店をでると、なぜか大通り沿いの人垣ができていた。

 遠くから歓声が、聞こえてくる。


 何だろう?

 不思議に思っていると、その歓声が段々と近づいてきた。


「がんばれよー!」「期待してるぞ」

「きをつけてね!」「良い報告をまってるぞー」


 街の表通りを、まるでパレードでもするかのように、かなり大きな集団が歩いてくる。

 周りの人々は、その集団が近づくと、さらに大きな歓声を上げる。


 集団の先頭には、馬に乗った『水と炎の旅団』のリーダー、グルキュフがいた。

 街の人々に向かってにこやかに、手を振っている。

 その後ろ、集団の先頭の数人は馬にのって進んでいるが、騎乗している中に他の『水と炎の旅団』の面々もいる。

 その後ろには、六十人近い数の冒険者達がつき従うように歩いていた。


 その集団をみて、勇一はすぐにピンときた。

 ギルドの受付嬢が言っていたライトドラゴン退治の為のレイドパーティーだな。

 確か50人規模って言ってたけど、これもっといるよな?


 そのレイドパーティーは、冒険者65人、大きな皮袋を背負っていたり、荷車を引いていたりする荷物運び(ポーター)を含むと実に総勢77人にも達する大型レイドパーティーになっていた。


 一人の街人が進み出て、声を張り上げる。


「『水と炎の旅団』のリーダー、"ダーヴァの英雄"グルキュフ! 

 その英雄がこの街を脅かすドラゴンを退治し、その名を歴史に刻まんとしているぞ! さあ、皆も称えよ! その名を叫べ! ダーヴァの英雄の名を! 我が街の誇りグルキュフの名を! グルキュフ! グルキュフ!」


その街人の音頭にあわせて、他の街人たちも叫びだす。


「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」


 通りの人、全てが異様な熱気につつまれてグルキュフを称えるように、その名を叫んでいる。

 グルキュフは、そのハンサムな顔に満面の笑みを浮かべ、その声援にこたえて手を振っている。


「グルキュフさま~~」「きゃー グルキュフ様 こっちむいてー!」

 街娘の黄色い声援も混ざる。


 その集団の避けるように、勇一たちは道の端による。とても買い物が出来る雰囲気ではないので、熱狂的な街人たちがつくる人垣の後ろから、しかたなく見学をする。


「あの方って、グルキュフ様ですよね。確かこの街一番の冒険者だとか」

「ニエスも知っているのか。本当にすっごい人気なんだな。さっきも最初に音頭を取ってた人なんて、まるで練習したかのように声かけてたもんな」


「実際に練習してるからな。

 あんな風にまるで紹介するように叫んで音頭をとってる者は、大抵サクラだぞ。

 要するにグルキュフが、裏で金を渡して、街の連中を煽らせているのさ」

「えええ? そうなのか。でも、何の為に?」


「決まってるだろう、人気の為さ。

 宝石付以上のパーティーの依頼(クエスト)は、ご指名が多いからな。依頼(クエスト)を出す金持ちどもは冒険者に詳しい訳じゃ無いから、どうしても人気のある冒険者に依頼(クエスト)が殺到しやすい。より良い依頼(クエスト)を受ける為には、人気や知名度は重要な要素だ。今はちょうど王子様の来訪が直前で、街中が浮ついているからな。効果は絶大だろう」


 なるほど、冒険者もある意味、人気商売なのか。

 勇一は納得した。

 目立つ格好したりしてるのも、好きでやってる訳でなく仕事でやっているのかも知れないな。

 そういえば途中で黄色い声援をかけていた街娘もいたが、ひょっとすると、あれもサクラなのかもしれない。いや、多分そうだ。いや、絶対そうだ。いや、そうだといいな。


「まあ、あのロクデナシのグルキュフは、実利とは関係なく、あーやって回りから褒め称えられるのが大好きな男だがな。

 煽って叫ばさせているのが、パーティー名では無く、自分の名前というのが、いかにもあのロクデナシらしい」


 ディケーネは、憎々しげに顔をゆがめる。


 確かに、皆に名を叫ばれ、持て囃されているのはグルキュフだけだ。

 良く見ると、グルキュフの後ろに『水と炎の旅団』の他のメンバーがいるのだが、―――

 迫力満点の肉体を持つ女性は、苦笑いを浮かべていて、頭に刺青をいれたやたらいかつい男は、まるで何か耐えるような表情で、黙々と馬を操っている。

 他のちょっと丸っこい顔と体をした男や仮面をつけた二人は、頭までフードをすっぽりと被ていて、表情すら見えなかった。


 集団は目の前を通り過ぎ、街を出る正面門へと向かっていく。

 ちょっとしたパレードが終わった朝の市場は、異様な熱気は収まり、また元の朝の喧騒が戻ってくる。


 ディケーネが、『馬鹿馬鹿しい物をみてしまった』とでも言うかのように、手を広げる。

「さあ、ユーイチ。私達は私達の旅に、出かけるとしよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ