ACT7 居住区 ギルド会館 18:42
居住区 ギルド会館 18:42
ギルド会館は、言うならば現実世界における市役所のような造形をしていた。
それぞれ移住や退居、冒険の手引等を担当するNPCが直立不動で業務を執り行っていた訳だが…。
「本日の業務は終了しました。また明日…は休日ですので明後日という形に…」
「えっ」 「ですから、本日の業務は終了致しました」
エルスイット、フィアルト、そしてローグまでもが面食らった。
明らかに仕事終わり様子で、もう働く気がないと意思表示している様は人間そのもの。
…というか、正真正銘の人間なのだが。
「なんかもー、ホント異世界ーって感じだけど、やっぱりどこでも定時上がりしたいんだね」
受付嬢達は残業の概念も無いらしく、各々の自宅へ帰っていく。
先の緊張感が幾らか解れたのか、人気のないラウンジに点在するソファへ腰掛けるフィー。
「だがこうなってしまっては…倉庫の管理も出来ないのは不味いな」
顎髭に手を添えてローグは沈痛な面持ちを浮かべる。
個人の備品は自宅で管理できるが、ギルド倉庫はソレを管理するNPCを通さなければならなかった。
「だけど、ゲームだった時の話だろ?倉庫の部屋にさえ入れば何とかなるだろ」
そう、それはゲームであった頃の話なのだ。
エルスイットが言いながら、カウンターの奥側に位置するギルドの備品が収められた倉庫へ向かう。
何の変哲も無い、ただの扉。手を掛けた瞬間、静電気を幾倍かに強めた刺激が身体を駆け巡る。
「!」
魔術的な防犯対策なのだろうか。理に適っているというか、尤もらしい対策に唖然とする。
遅れてきたローグがエルスイットの様子を見ていると、何が起こったのかを理解して笑みを浮かべた。
「受付嬢がそういう魔術を使える、という訳か。どれ、ギルドマスターの私なら…」
手を添えた瞬間、同様の電流の魔術が発動する。ははぁ、と乾いた笑い声を上げるしか無かったようだ。
ギルドマスターでも解錠出来ないのであれば、やはり明後日を待つしかないのだろうか。
「御困りのようですね、マスターに、皆々様」
少し舌足らずな高い声に、一同が声の主の方へ振り向く。
身の丈を越えた竹箒に茶色のエプロンドレス、人と変わらぬ顔、身体。触り心地の良さそうな垂れた耳と尻尾。
掃除や家財道具の管理、書記等辺境の街では数多く見かける種族。
屋敷妖精のブラウニーだ。身長は110cmくらいか、小さな体躯からは自信に溢れたオーラが放たれていた。
「ローグ、コイツは?」
「コイツとは何ですか。私にはニィと言う、主人から貰った立派な名前があります。それに、ニィはこのギルドホールの管理責任者なのですよ」
ドヤ顔を続けるニィの横目に、ローグへ問いかけるも遮られてしまう。
ローグも頭が上がらない様で、苦笑いを浮かべる他無かった。
「管理責任者…なら、倉庫も開けられるってことだよな」
「もちろん。運び出しの手配も、ニィが指示しておきます。人間様は疲れやすくて夕方には帰ってしまいますが、ブラウニーは働き者ばかりですから」
朝飯前と言わんばかりに、解呪魔法を片手で済ませる。
同時に待ってましたとニィの後ろから、何匹かのブラウニーが広場へと荷物を運び出していく。
朝から働いていると言うのに、テキパキと業務をこなす様はニィの言う通りだと素直に感心する。
「とりあえず、一件落着だな。では、我々は我々の準備に移ろうか」
我々の準備…そう、この世界を把握する為の斥候。
緩んでいた空気が再び張り詰めたのを感じると、傍らで居眠りしているフィーを叩いて起こす。
「あだっ!もー、このソファちょーふかふかなのに…」
「もう少し緊張感持てっつーの。これからどうなるか、見当つかんねーんだぞ」
いかにも文句の一言、二言ありそうな表情を浮かべるフィー。
「だから、休めるうちに休んどこーって思っただけー。ちょー元気になったから大丈夫でーす」
太腿のホルスターから銃を取り出し、西部劇の様にくるくると回す。暇な時、よくやっている真似事だ。
それでも、ゲームと違いそのままの重量感から取り落としそうになり、慌てて収納する。
「重いなぁ。こんな事になるならもっとstrに振っとけば良かったかも」
「こんな事になるのが分かってたら、ログイン自体しなかっただろうけどな。それにお前のメイン職は…」
言葉を続ける前に、ニィが割って入る。
いかにも自分を待たせるな、と不快感を露わにした表情で。
「雑談はそれくらいにしてくださいです。会議室の準備が整ったですよ。」
「ご苦労だった、ニィ。流石はマスターブラウニーだけある。」
「マスターブラウニー?」
フィーと顔を見合わせる。ブラウニーこそ存在は知っていたが、格付けがあるとは知らなかった。
「そう、マスターです。偉いんですよ、とっても」
小さな体躯で主張する様から長としての威厳は感じられないが、当人やローグが認めている以上はマスターなのだろう。
仕方なしに頷けば、いかにも信じていないですねと不満そうな表情を浮かべた。
「まぁまぁ、準備が出来たというなら行こうじゃないか。彼女の手際は良いぞ、非常に」
「…主人にそう言って頂けるなら、良いですが」
主人であるローグに諌められて、初めて引き下がる姿勢を見せる。
プライドが高いのか、それとも負けず嫌いなのかは分からないが、彼等の後に続いて会議室へと歩みを進めたのだった。