ACT5
かつてVRといえばヘッドマウントディスプレイが主流だった。
日本のガラパゴス文化は未だに根強く、ヘッドマウントディスプレイからメガネ型の簡素なものになっていた。
五感に直接作用し、プレイヤーの没入感を極限まで高めるのは依然として変わらない。
コストパフォーマンスに優れ、性能を落とした廉価版も日常生活に浸透している。
夕食、入浴を済ませベッドに寝そべり端末を掛ける。
映し出される製造会社のロゴとアナウンス。
少しの読み込み時間を挟んでゲームが立ち上がり、意識がブラックアウトする。
五感が端末に掌握された瞬間だ。
生体情報からログインが行われ、アバターに意識が巡る。
深呼吸して、指の開閉を繰り返し身体に意識を馴染ませる。
瞬きや首を回してレスポンスに違和感がない事を確認。
いつも通りアバター感覚を意識に馴染ませる為のルーティンを済ませる。
上体を起こしベットから降りると、紫苑…フィアルトもベットを降りて身体を慣らしていた。
「おはよ、エルくん。ぱっと見なんも変わってないよね」
「あぁ。ログイン時のアップデート詳細も出ないし、変わったところは…」
お互い首を傾げるも、フィアルトの兎に角広場に行ってみようという提案に乗ってみることにした。
立て掛けた剣と盾を担ぐと、鉄の重さが腕に掛かる。
「…?」
ふと、そこに違和感を覚える。
いつもなら手に取った武具は、装備ウィンドウが表れ許諾することによって初めて腕に馴染む。
しかし装備ウィンドウは表れず、そのまま装備したかのような感覚が巡ったのだ。
「エルくん?」
彼女はさして気にもしていなかったのか、自然と銃の入ったホルスターを太腿に掛けて位置を調整していく。
抜きやすくする為、するすると脚の付け根辺りまで上げベルトを締めて固定し、ぽんぽんと銃を叩いて準備を終えた。
「装備確認ウィンドウが出なかった。おかしくないか?」
「うーん…そういえば出なかったような。ポップアップのバグなんじゃない?ほら、メンテ早かったし、割と突貫?」
そういうこともあるよね、とさして疑いもせずにドアを開ける。
「んな投げ槍な…」
マイペースなフィアルトの様子に、未だ暴かれないアップデート内容を考えると不安感を拭えない。
彼女は何かと身が入っていないというか、全てにおいて軽いのだ。
武具の強化は妥協しているし、ネットサーフィンが趣味なのにゲーム内の情報を率先して知ろうともしない。
そのくせ稼いだ金は服だのアクセサリーだのにかけている。
プレイスタイルはそれぞれとは言え、もう少し冒険にも力を入れて欲しいと常々思っているのだが…。
「うん?なんか人、多くない…?」
ドアを開いたフィアルトが指差す先、住宅街の道には平生の過疎が嘘のように人で溢れていた。
質素な衣服からその大多数がNPCだと伺えるが、プレイヤーも決して少なくなく、談笑しながら道を歩いていく。
「なんだこの賑わいっぷり…。NPCの数を差し引いたって、全盛期に届くんじゃないか」
「ていうか、めっちゃ楽しそう。ずっと皆やる気なさそうな顔してたのに」
活気付いた様子に二人は顔を見合わせる。
昨今の過疎から道行くプレイヤーは誰しもが憂いを帯びた表情をしていた。
そのプレイヤー達がゲームを始めた初心者のように、希望に満ちた笑みを浮かべていた。
もちろん不安の表情を浮かべるプレイヤーも少なからず居る。
「あの、すいません。何かあったんですか?」
「いやぁ、ボクもちょっとわから無いんだけどね。自動アップデートの後にゲームが強制起動したんだ」
フィアルトが恐る恐るプレイヤーの魔導師に声を掛けると、彼も少し困惑した様に応える。
「強制起動?」
二人は顔を見合わせる。
自分達は毎日ログインしている身、先も何気なくログインしたが、強制起動だったとは知らなかった。
「この人集りは強制起動されたプレイヤー達か。多分クライアントを削除してなかったプレイヤーだな…」
道行く人を見れば、数年前の武具を装備した者も多い。
特に全盛とされた時代のプレイヤー達が多く、飽きたもののデータに未練を感じてクライアントを消せずにいたのかも知れない。
「みんな広場に集まってるみたいだから、私達も行こうよ。…いやな予感してきた」
「あぁ、正直何が起きるか読めてきた」
足取り重く二人は家を後にする。
システムのオートロックが作動せず、代わりにいつの間にかインベントリに入っていた鍵でドアを閉めた辺りから、既に改変されたルールに勘付いて来たのだった。
「う…重い」
「フィー、どうした?」
自分と同じ様に武具の重量感を悟った様に見えたが、彼女が首を傾げた先は胸。
「なんかやけに重いなーって思ったら…胸にも重量補正入ってるみたい」
戦闘の邪魔だから、と巨乳までは行かずともリアルより数サイズは盛った胸を不便そうに眺めていた。
「リアルに則ってキャラクリした方が良かったんじゃないか?」
「むかーっ!リアルじゃデブのくせに!」
地団駄を踏みながらきぃきぃ喚く様はいつも通りの彼女で、少し落ち着いた。
お互いの予感は、既に確信へと変わった。
生き甲斐と言っても過言ではないネトゲが、似て非なる別世界と化したのだと。