ACT4 S県N市 某所 15:39
早い梅雨入りを迎えた日。
駅前のゲームセンター、主に音楽ゲームを取り扱うエリアに流行りの森ガールを意識した服装のフィアルト…神崎紫苑の姿があった。
小振りの肩掛けバッグから服と同じブランドのケースに包んだスマホを取り出すと、せわしなく指を動かす。
瞳の先は、魔法陣を描く指先と画面上部には何匹かの召喚獣の一枚絵が能力値と共に列を成している。
なんてことはない、流行りのソーシャルゲームだ。
二次絵のボスモンスターの攻撃に、画面には全滅の二文字。
溜息をついて、ぼうとその二文字を眺めて居ると店の入り口か
ら見覚えのある影が近付いてくる。
中肉中背、印象の残らない外面はエルスイットのプレイヤー、百瀬義貴だ。
「やっほーよしくん」
ぱたぱたと左手を振ると、彼も気だるそうに振り返す。
先ほどまで突っ伏して寝ていたのか、額が少し赤くなっていた。
「寝てたんでしょー。ちゃんと授業受けたら?課題だって残ってるでしょ」
「ばっか、お前。出すもん出してから寝てるんだよ」
「やだ、よしくん卑猥…!」
ぽっと顔を赤らめる。
大きく勘繰っているようだが…いや、そもそも本気なのかすら分からないが、ともかく時代遅れのぶりっ子動作はやめさせないと。
「あのな、お前の脳味噌がどうかしてるのはよぉーく分かってるから。さっさとやろうぜ」
「えっ、ヤる?やだここゲーセンだよ?」
「だからゲームだよ?ゲーセンだからゲームをやるんだよ?」
ぇー仕方ないなぁと口を尖らせる姿は、完全に人をおちょくってる。
幼馴染…中学からだが、妙に彼女はあっけからんと言うか、天衣無縫というか、つかみどころが無い奴なのだ。
「ったく、狸に化かされた気分だ」
「狸はよしくんでしょ」
言うが早いが、手刀を俺の出っ張った腹部に突き刺す。
「オゥフ…」
気の抜けた声が漏れると、満足したように踵を返して音ゲーコーナーの基体に寄り掛かる。
ニヤニヤした表情はまさに狐のようだった。
「癖付いた、闇だわ…」
「地力足りないだけだよ、テレレのとこわしゃわしゃしてるし」
顔を上げず、スマホを弄る姿にイラっとして、側から画面を突つく。
「あーっ!あーまた死んだ!うわぁぁ」
「お前こっち見てなかったじゃねーか!」
ゲームオーバーと映し出された画面を見て落胆する姿に満足して、ふとその上に表示された時間に目が移る。
「電車来るし行こうぜ」
「そだね。なんかメンテ予定より早く終わったんだって。運営も暇なんだね」
画面を切り替えて公式サイトを眺めたままぽつりと呟く。
以前はサーバー機器メンテナンスすら中止したが、今日は無事メンテナンスを終えたことを喜ぶべきなのかもしれない。
「しゃーねぇな。一応アプデあったんだろ?」
「うん、でも公式も情報サイトもアプデ内容が載ってないんだよ。最近のアプデは両方に載ってたのに」
うんうんと唸って首を捻る紫苑。
確かにおかしい話だ。アプデの数日前から詳細をムービーなどで紹介していたのに、今回はそれがない。
空いた時間をネットサーフィンに費やしている紫苑ならば、見逃しているはずがないのだから。
改札を抜け数分前に到着していた電車に乗り、ボックス席で向かい合うようにお互い腰かける。
第二の故郷とも言うべきMMOに起こった微かな変化。
大規模ゲームニュースサイトも取り上げて居ないということは、運営が故意に隠匿している…?
ならば、何故。
過疎化を迎えたゲームに一時的にもプレイヤーを呼び戻すチャンスだと言うのに、何故アプデ内容を告知しない?隠匿する理由は?
「よ、よしくん?」
いつの間にか思考に嵌っていたのか、そわそわとした様子の紫苑が心配そうな表情を浮かべていた。
「ん…あぁ、悪い。考え事してた」
「ま、まー不安も分かるよ!でも、こう今も頑張ってくれてるプレイヤーにご褒美、とかあるかも!」
いそいそと板チョコを取り出し頬張る姿は、自らの不安を払拭しようとしているように見える。
鬼が出るか蛇が出るか…少なくともサプライズが期待出来ないのは彼女も分かっているはず、ただ不安なのだ。
「まぁ、やってみるしかないな。渓谷は昨日いったし、森でも行くか」
「森のモブキモいからやーだー。大灯台行こうよ、夕日見ながらモブ狩るの好きなんだよねぇ」
何気ない、いつも通りの会話。
惰性で続く遊び。先行きは暗くても、終わればまた新しいゲームに嵌っていく。
そう自分達は信じていた。