ACT3 海洋都市ラメント 19:29
プレイヤーの拠点となる街の中でも、海洋都市ラメントは最も盛んな街だ。
海路陸路で様々なフィールドへの便が良く、中央広場では個人商店が賑わっていた。
…とは言え、それも過去の話なのだが。
数秒の暗転の後ラメントのウェイポイント…
煌びやかなアーチの下に降り立つと、眼前の光景に目を細める。
かつて所狭しと並んでいたプレイヤーの個人商店はなりを潜め、今となってはまばらにぽつぽつと点在するのみ。
店番は呆然と曇天を眺め、久しく客が現れていないことが察せられる。
(過疎、だよな…)
オンラインゲームの過疎化。
数多のゲームが迎える終焉、サービスの終了は言わずもがなだが、人気の衰えたオンラインゲームは中々に悲惨だ。
新規層の取り込みを怠り、エンドユーザーのみに注力した一つの結果ではあるが、要因はもう一つある。
VRオンラインゲームからソーシャルゲーム時代への逆行。
ライト層やオンラインゲームに熱中していた中高生は一世代前の簡単・手軽なソーシャルゲームに帰化。
かつてヴァーチャルリアリティとして一世を風靡した次世代オンラインゲームは廃れ、時代のニーズはさらに過去の時代へと舞い戻ってしまった。
ゲームに投資するコアゲーマーは多忙な社会人が多く、オンラインゲームとソリが会わない。
手軽で…時間を金でカバー出来るソーシャルが流行に返り咲いた。
無論、すべてのオンラインゲームが衰退している訳ではないが、全盛期から鑑みれば、その様は過疎と形容するには十分な衰退だった。
足取り重く、最寄りの露天を覗けば表示される値段はどれも隆盛を誇った頃より四割、五割は下落している。
投げ売りにもとれる価格だが、買い手の居ない現状では売れれば儲け、と割り切るしかない。
回復薬を買い足しウィンドを閉じると、やる気のない挨拶を背に広場を後にした。
商業区を抜け、プレイヤー個人が所有出来る移住区にある自宅へ戻る。
戸を開けると、既に先客が居た。
ベッドに本屋(…このゲームは書物にも並々ならぬ情熱を費やし、世界観の構築に役立てプレイヤーを楽しませる…)から購入した本を積み上げ、黙々と分厚い書物を読んでいる。
「帰ってきてたのか」
まぁ、あの様子で狩り続けるわけ無いよなと続けると視線を本に向けたまま
「仕方ないよ。ソロ狩りじゃ今のモブ倒せないし」
ひらひらと右手を揺らすと、読んでいた本を無造作に積み上げた本の上に置いて、インベントリから実体化した紅茶を啜る。
「私はこのゲームを続けるよ!運動なんてあったけど、ここ最近はユーザーイベントもやらなくなっちゃったね」
片手で公式サイトを表示し、目ぼしい物がなかったかウィンドを手早く閉じる。
「それだけ、熱意を持ったプレイヤーが居なくなったんだろ」
剣と盾を壁に立て掛けると、鎧を脱ぎその横に鎮座させる。
鎧の着心地の悪さ、取り回し辛さはVRでも遺憾無く再現されている。
このリアリティさに、当初は涙を流すプレイヤーも居たようだが…今となっては半ばお笑い種だ。
彼女も太腿に装着していたホルスターごと拳銃…大口径リボルバー2丁を乱雑にテーブルの上へ放っている。
好みの意匠やカスタムを施せる事もこのゲームのウリだった。
彼女曰くナンバーワンよりオンリーワンらしい。
「明日の講義三時間だからゲーセン行こうよー」
猫撫で声でフィアルトが呼び掛ける。
ゲーム中でも、ゲームの話をする辺り生粋のゲーマーだとエルスイットは自らもそうであるように、自嘲気味に笑う。
「俺も三時間だし行くか。明日はおごんねーからな」
そう答えると意外だったのか目を丸くした後
「えーいいじゃんお金持ってるんだしーけちー」
不服そうに目を細める。
そうだよとテクスチャが表現することが出来る最大限の悪人面で返すと、彼女は不貞腐れた表情のままベッドに飛び込みログアウトの姿勢を取った。
「…例えばさ」
エルスイットも用事は他になく自分のベッドに潜ると、ふと彼女から声がかかる。
返事をせずに聞き流すが、構わず続ける。
「仮に昔流行ったラノベみたいにコレが現実になったら、逆に人が来ないかなぁ」
口調こそ平生と相違ないが、その声音には何処か諦観とすがるような思いが感じられた。
過疎化が進んでも、愛し続けたゲームの終焉を迎えたくない。
しかし、デスゲームになれば、とはどういうことなのか。
「きっと、皆心の奥でスリルとか欲望を抱えてる。ルールじゃなくて、その先のタブーに踏み込みたいんだよ」
まだ言葉を続けるかと思ったが、振り向けば既に姿はなかった。
リアル
スリル
先のフィアルトの言葉が脳内で反響する。
欲望が満たされ、また別の欲望が生まれる。
その連鎖の行き着く先に、このゲームも辿り着いてしまったのか。
自分が、このゲームが現実と化した時どうするのだろうか。
思案も程々に、エルスイットはシステムウィンドを開きログアウトをタップした。