トイレ? いえ、花子はすぐ側に
『トイレの花子さん』
この少女を知らない人など、もはや、この国にはいない。そのくらい有名な怖い話。
貴方も学生時代に聞いたことがあるでしょ?
学校の3階にある女子トイレの3番目の個室。花子さんは、そこにいる。
そこからは、各学校によって違う噂が流れるんだよねー。花子さんにトイレに引きずり込まれて行方不明になったり、「遊ぼう」と誘うと『首絞めごっこ』をしてくれて殺されちゃたり、あっ、中には変わり者の花子さんもいて、普通にトイレ掃除をしちゃってたりするとかいう噂があったりね(笑)。
まーあ、とにかく、様々なバリエーションがあるわけですよ。
試してみたりした人も、中にはいるんじゃないですか?
ああ、私は試してみちゃったんですよねー。私の学校の花子さんは特別だから。そのおかげで今のわたしがある訳ですけど……。
とにかく、これから話そうと思ってるのは、花子さんに会いに行っちゃった私の話。
もちろん、最後まで聞いてくれますよね?
小学校の3階の女子トイレの前に、当時小学5年生だった私は1人で立っていました。
近くの窓からは、夕日が差し込んでいましたが生徒が帰り、静かになった放課後。先生達も職員室で仕事をするため、この場所はとても静かで不気味な雰囲気を醸し出していたことが記憶に残っています。
今でも、よくあんな不気味な場所にひとりでいれたなとわたしは思うのです。けれど、それだけ私は真剣だったんでしょう。
____花子さんに会うために。
なぜ、花子さんに会いたかったのかって?
それは、きっと私の小学校の『トイレの花子さん』は特別な力を持っているという噂があったせいだと思います。
私の学校の花子さんは水に流してくれるのです。苦しかった記憶も嫌な思い出も全部、花子さんにお願いすれば、どんな記憶であろうが思い出であろうともトイレに流して綺麗さっぱり忘れさせてくれるという噂が流れていたのです。それ故に、私の学校の花子さんは『水流しの花子さん』と呼ばれていたのです。
私にはどうしても消したい記憶がありました。
当時の私は陰気な少女であったので、友達も出来ず、学校で虐められていたのです。
別に蹴ったり、殴られたりされた訳じゃないのです。上履きに画鋲を入れられたり、体育着を切り刻まれた訳でもありません。
悪口を言われたり、無視されるだけでした。
だから、先生に相談してみてもそんなのはイジメに入らない。子供のケンカだと言って、力にはなってくれませんでした。親に相談する手もあったのですが、親には、心配させたくありませんでしたし、親には、惨めな私を知られたく無かったので、相談しなかったというか、出来ませんでした。
毎日が辛かった、苦しかった。いつの間にか自分の存在価値がわからなくなっていきました。
そして、私は段々と『死にたい』と思うようになっていたのです。
しかし、意気地なしの私には怖くて、死ぬことも出来ませんでした。
だから、噂に頼ろうと思ったんでしょう。
嫌な記憶は全部、花子さんに流してもらって消してもらおうと。
私は大きく深呼吸をすると、意を決してトイレに踏み込みました。
噂通り、なぜか3つ目のドアだけが誰かが中に入っているのか閉められ、鍵がかかっていました。
この噂は、本当なのかもしれないと心の底で期待しました。
ドアをトントンと2回叩きます。流石、意気地なしの私。恐怖の為か、手は震えていました。
「花子さん、花子さんいらっしゃいますか」
頼りない、か細い声でしたが静まり返ったこの場所にはよく響きました。
しかし、あたりは、静まり返ったままでありました。
聞こえなかったのかなと今度は少し強めに叩きます。
「花子さん、花子さんここにいるんでしょ」
今度も虚しく私の声が響いただけでした。
この時、噂は所詮、噂でしかないのだとわかりました。そして、私は、このまま、この先も苦しまなければならないのかと絶望したのです。
そんなのは、嫌だ。もう嫌なんだと感情的になり、ドンドンドンと強い力で何度も何度も目の前のドアを叩き、泣き叫ぶことしか出来ませんでした。
「花子さん、花子さんいるんでしょ、出てきてよぉ。助けてよ。私を助けてよぉ。もう、苦しみたくないんだよ。もう、何もかも忘れたいんだよ」
長い時間、そう何度も叫び続けました。しかし、とうとう、花子さんがこの場所に現れることはありませんでした。
私は、疲れきってその場に座りこんでいました。
ああ、明日からもこの辛い日々を続けなければならないのかと。まだ、夕日で明るかったこの場所も、いつの間にか日が落ちて真っ暗になり、不気味さが増していました。
私は、今更、ひどく恐ろしくなってしまって、今すぐこの場から立ち去りたいと立ち上がりました。
その時です。ぎいぎいぎいぎいぎぃー。不気味な音を立てていきなりドアが開きました。
私は、恐ろしさのあまり、花子さんに会えるかもしれないというのに走って逃げだそうしました。今、思うと流石、意気地なし。お前は、何のためにここに来たんだと呆れてしまいます。
逃げだそうとしたのです。しかし、逃げだすことは出来ませんでした。
いきなり、誰かに後ろから腕を掴まれたのです。背後からなので顔は見えません。けれど、それが恐ろしいものなのだろうということはわかりました。なんとかして逃げなければならないと手を振り解こうとするのですが、とても強い力で、振り解くことは出来ませんでした。
「ねぇ、消したい記憶があるんでしょ?」
女の子の声でした。その声で後ろにいるのが花子さんだというがわかりました。けれど、意気地なしの私はなかなか振り向くことが出来ませんでした。
「消したい記憶があるんでしょ?」
再び女の子の声が聞こえました。もう一度手を振り解こうとしますが、全く振り解けそうにありません。私は、逃げることを諦めて恐る恐る、返事をしました。
「はぃ、ありますぅ」
震えまくった情けない声でした。
「あなたは、本当に記憶を消したいの? 消してしまっていいの?」
花子さんは、何を心配するのか、私にそう確認しました。
「はい」
私は、記憶を消して欲しかったし、何よりも早くここから逃げたいと思っていたので、よく考えず返事をしました。
すると、花子さんは、私の腕を引っ張って私を振り向かせました。
花子さんは噂通り、白いブラウスに赤い吊りスカートを着ていた。髪は、おかっぱ頭だった。色白の肌、弧を描いたような口元。
そして、私が彼女の目を見た瞬間。
わたしは私になったのです。
気がつくとそれまで花子さんであったわたしは、私の身体を手に入れていました。身体だけじゃない、彼女の思い出、記憶も全部です。
わたしは私になっていたのです。
あたりを見回しましたが元の私は、どこにもいませんでした。
それからわたしは、元の私のようにイジメられないよう明るいキャラを作りました。
おかげで、今のわたしには友達がたくさんいて、充実した日々を送っていまーす!
えっ、元の私はどうなったのかって?
記憶を無くして花子さんにでもなったんじゃないですか?
わたしもそうだったから。わたしにも花子さんになる前の記憶がないんですよ。
きっと私のように、消してしまいたいような記憶だったんだろうけど。そういえば、今、彼女は、どうしてるんですかねー。
わたしのようにうまく誰かの身体を乗っ取れたんでしょうか? それともまだ花子さんなんでしょうか?
もしかしたら、わたしの友達も花子さんだったかもしれない。母も学校の先生も先輩も後輩もみんな花子さんだったかもしれない。
時々、考えることがあるのですよ。一体、元のわたしは、どんな人物だったんだろうかと。
まあ、最初の記憶を消してしまったわたしには知りようのないことだけど。
目の前のあなた。
あなたは花子さんじゃないですよね?
あっ、ちなみに作者の兎狛は、花子さんではございません。(笑)