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サイバーグラス・シンドローム  作者: 真先
3.アーツ・オブ・ウォー
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3.アーツ・オブ・ウォー(1)

「まず始めに、私の意見に賛同してくれた皆さんに感謝します」


 月代美沙の丁寧な挨拶と共に作戦会議は始まった。


 場所は駅近くのファミリーレストラン。

 作戦会議と銘打っているが、片苦しい雰囲気は無い。

 窓際のテーブル席に陣取ったかなで達はドリンクバーから飲み物を持ち寄り、テーブルに並んだ軽食をつまみながら月代美沙の話に耳を傾ける。


「皆さんのご助力も空しく、討論会では残念な結果に終わってしまいました。ご期待に応えることが出来なかったことをお詫びします」

「月代さんが謝ることはないさ」


 頭を下げる月代美沙に向かって、隣に座る琴峰呉羽がひらひらと手を振った。


「月代さんの言ってることは間違っちゃいないよ。途中まではみんな支持してくれたんだからさ。あいつらを迷惑に思っていたのは、あたしたちだけじゃないってことさ」

「……ありがとう」


 琴峰呉羽が励ますと、月代美沙は気を取り直して話を続けた。


「私達四人は学校生活討論会において『学内における遊戯銃の持ち込み、及び戦争ゲームの禁止』を提案しました。討論会の規約に従い私達には提案を履行するように努めなければなりません。そこで、みなさんと今後の活動方針について話し合いたいと思います」

「……あの、ちょっといいかな」


 かなではおずおずと手を挙げた。

 出鼻を挫く様で恐縮するが、本題に入る前にどうしても確認しておきたいことがあった。


「何かしら、佐伯さん?」

「その活動方針のことなんだけど、具体的に何をするつもりなの? さっき天童さんが……」

「生徒会に戦争しかけて、電脳管理委員会をぶっ潰すんでしょ?」

「ああっ! やっぱり!!」


 メロンソーダに口をつけながら天童芽衣耶が言うと、かなでは悲鳴を挙げる。


「そんな物騒な集まりだったの、コレ? 嫌よ、あたし戦争なんて! そういう話し合いなら、あたし帰らせてもら……」

「違う違う! 落ち着いて、佐伯さん」


 席から立ち上がるかなでを、月代美沙は慌てて引き止める。


「私達はあくまでも、対話による穏便な解決を望んでいるの。暴力的な手段は一切使わないわ。戦争って言ったのはただの比喩表現よ、そうよね? 天童さん?」

「……んー、そうね。あくまでも心構えの話」

「ほらほら! だから、ね? 佐伯さんも協力して頂戴」

「……わかりました」


 美沙の真摯な説得に、とりあえずかなでは頷いた。


 気を取り直して、再び美沙は説明を始める。

 こほん、と空咳を一つ打ち、会議を進める。


「あらためて確認するけど私たちの活動目標は《グローバル・コンバット》を校則で禁止して、プレイヤー達を校内から一掃することよ。そのために私たちは《グローバル・コンバット》の危険性を訴え、広く支持を集めて行きたいと思うの。目下の所、私たちにとって最大の障害は電脳管理委員会よ」

「あの瀬名って奴が言ってたな。一体、何なんだ? その『電脳管理委員会』ってのは?」


 呉羽の質問に、美沙は渋面で応える。


「調べてみたんだけど、よくわからないのよ。一応、生徒会所属の委員会らしいいんだけど、詳しい活動内容は公表されて無いわ。彼らの話しぶりからすると、プレイヤー達が作り上げた偽装組織のようね。名目上は生徒会のスタッフということになっているから、彼らの行動は公務として扱われる。これにより、プレイヤー達は大手を振るって校内でゲームを行うことができるというわけ――まったく、狡猾な連中だわ!」


 美沙は憤然とした表情で語る。

 たかだか戦争ゴッコの、ここまで手間暇かけているとは思わなかった。

 銃にかける彼らの異常なまでの情熱には、ただ呆れるしかない。


「そこで私達は、生徒総会で電脳管理委員会の廃止を訴えようと思うの。生徒総会が行われるのはちょうど一週間後――午後の討論会で行われるわ。それまでに署名活動を行い、全校生徒の支持を取り付けるのよ」

「いいね、いいね! やろうやろう!!」


 美沙の意見にいち早く賛同したのは天童メイだった。

 威勢よく囃し立てながら、テーブルの上からピザを一切れつまみ取った。


「ちょっと、待った」


 盛り上がる芽衣耶を制して、呉羽が手を挙げる。


「正攻法だとは思うけど、そう簡単にうまくいくかな? 全校生徒に呼びかけても署名は集まらないとアタシは思う」

「どうして?」

「さっきの討論会を思い出してみなよ。途中まではみんな支持してくれたけれど、生徒会の名前出した途端に手のひら返しやがった。誰だって勝ち目の薄いほうに肩入れなんてしたくないからね」


 呉羽自身も先ほどの討論会を思い出しているのだろう。

 苛立たしげな様子で話を続ける。


「全校生徒を動かすには、言葉だけじゃ駄目さ。口だけの奴に誰もついてきちゃくれないよ。あたしたちが、率先して行動を起こさなくちゃ」

「行動って、具体的に何をするのかしら?」

「目には目を、さ」


 美沙が尋ねると、呉羽は自信たっぷりの笑みを浮かべた。


「奴らのゲームが委員会活動だって言うのならば、あたしたちも新しく委員会活動を始めればいい」

「どんな委員会をつくるの?」

「あいつらを取り締まる風紀委員会みたいなものをつくるのさ。授業に必要ない不用品の持ち込みは校則違反だろ? 持ち物検査とかやって、銃を没収すればいい。他にもさ、服装チェックをしたり、廊下を走ったり、大声で叫んだりしているゲーマー連中を取り締まるのさ。学校のためにやっているんだから、生徒会だって認めないわけにはいかないだろ?」

「いいね、いいね! やろうやろう!!」


 先程と同様に、芽衣耶は調子よく賛同する。

 威勢よく囃し立てながら、皿からチョリソーを一本つまみ取った。


「ちょっと待って」


 今度は美沙が手を挙げて質問する。


「いいアイディアだとは思うんだけど、具体的にどうやって取り締まるの? もともと非常識な連中よ、注意されたぐらいでおとなしく従うとは思えないわ」

「その時は、力ずくで押さえつけてやるよ! アタシ柔道やっているからさ、三人くらいなら一人で倒せるよ」

「あなたが良くても、あたしたちは普通の女の子なのよ。男子生徒を相手に太刀打ちできないわよ」

「武装すればいいじゃないか! アタシ剣道もやっているから、木刀とかいっぱい持っているよ」

「武器の持ち込みは校則違反でしょ! 風紀委員会が校則違反してどうするの!?」

「銃の持込は認められて、棒っきれ持ち歩くのは禁止なのか? ……納得いかないな」

「そもそも、新しく委員会活動を立ち上げることなんて簡単に出来るはずがないわ。……電脳管理委員会の対抗組織を作るというのはいい案だとは思うけど、琴峰さんの意見は現実的ではないわ」


 釈然としない様子で首を傾げる呉羽を放置して、美沙はかなでに意見を求めた。


「佐伯さんは何か意見は無いかしら?」

「……え? あたし?」


 いきなり話を振られてかなでは戸惑う。

 それといった意見の無かったかなでは、とりあえず黙って話し合いに耳を傾けていた。


 二人のアイディアは実効性こそ乏しかったが、発想自体はすばらしいものに思えた。

 二人ともかなでと同じ新入生のはずなのに学内の状況をつぶさに調べ、独自の見解に基づいた意見を述べていた。

 右も左もわからないかなでに、これらに匹敵するような意見は浮かんでこない。


「あたしが、思うに……」


 意見を求められた以上、黙っているわけには行かない。

  とりあえず口を開き、頭の中に浮かんだ言葉を紡ぎ出す。


「……銃なんだと思います」

『銃?』


 美沙と呉羽の声が重なる。


「はい。全ての原因は……その、銃があるのがいけないと思うんです。みんな銃を使いたいから戦争ゲームをしているわけでしょう? 銃があるから使いたくなるし、使う人がいるから欲しくなる。だったら、はじめから銃が無ければ良いと思うんだけど……」

「…………」


 訥々とつかえながら語るかなでの姿を、白けきった視線で呉羽と美沙は見つめる。


 かなでの意見は正論であった。

 しかし正論であるがゆえに、その意見に意味は無い。

 何しろ相手は学校内で戦争ゲームに興じる、非常識極まる連中なのだ。

 毒にも薬にもならない正論が通じる相手ではない。

 

 話しながら、かなでも自分の意見の幼稚さに気付いていた。

 赤面しつつ話を続ける。


「だから、みんなで銃を無くすように、努力すればいいんじゃないかな、と……」


 言葉が尻すぼみになってゆくかなでを励ますように、美沙が優しく尋ねる。


「うん、佐伯さんの言いたいことはわかったわ。それで、銃を無くすためにはどうすればいいと思うのかしら?」

「みんなに銃を棄てるように呼びかければいいと思います。銃を持っている人に提出してもらって、集った銃をあたしたちが廃棄するばいいんじゃないかと……」

「いいね、いいね! やろうやろう!!」


 かなでの意見に同意してくれたのは、ソフトクリームを舐める天童芽衣耶唯一人。

 他の二人は渋い顔で首を振る。


「いい意見だとは思うけど。ちょっと、どうかしらね?」

「自分から素直に銃を差し出すような連中なら苦労しないよ」


 苦笑する美沙の横で、あきれたように呉羽がつぶやく。

 思いつきで口にした意見はあっさりと否定された。

 かなでは恥ずかしさのあまり、真っ赤になって口をつぐむ。


「天童さんは何か意見は無いかしら?」


 かなでを気遣ってから、美沙はさっきから食べてばかりいる金髪の少女に意見を求めた。


「あたし?」

「発言してないのは天童さんだけよ。なんでもいいから、あなたの考えを聞かせて?」

「んー、あたしの考えはねぇ……」


 ポテトフライ食べながら、天童芽衣耶は自分の意見を述べた。


「まず『全校生徒に銃を廃棄するように呼びかけ』て、その次に『ゲーマーたちから力ずくで銃を没収』して、最後に『生徒総会に電脳管理委員会の廃止』を訴えればいいと思うよ?」

『…………』


 既出の意見を並べただけの芽衣耶を、三人は白い目で見つめた。


「……真面目に答えて頂戴」

「真面目に答えているよぉ」


 怒気をはらんだ美沙の声を、芽衣耶は笑顔でいなした。


「あたしはみんなの意見に賛成だよ。だから『みんなの意見に賛成』ってのがあたしの意見。提案された三つの意見は軍事学的見地から見て、非常に有効だと思うよ」

「……何?」


 唐突に難しい事を言い出した芽衣耶に、美沙は目を丸くする。


「みんなの意見はそれぞれ『戦略』『戦術』『戦闘』の三つの視点に基づいているわけだよね。美沙ちゃんの外交を視野に入れた戦略、呉羽ちゃんの戦闘を踏まえた組織運営、特にかなでちゃんの戦術論はすごかったね」

「……へ?」


 話の途中で、いきなり芽衣耶はかなでの肩を平手で叩いた。


「かなでちゃんの立案した広報活動と連携した戦術のおかげで、最大の懸案だった兵站問題を一気に解決することが出来るよ。兵站は兵法の基本だもんね」


 なんだかよくわからないが、褒められているらしい。

 思いつきで口にした意見がここまで絶賛されるとは、複雑な心境だ。

 面食らうかなでを置いて、芽衣耶は話を続ける。


「問題なのは、一つ一つの意見は素晴らしくても戦略的に統一されていないの。これは電脳管理委員会との戦争を意識せずに思考しているということよ。これじゃ奴らに勝つことは出来ないね」

「いや、だからあたしたちは電脳管理委員会と戦争なんてするつもりは無いのよ。あくまでも話し合いで……」

「そう、それよ!」


 真剣な声音で叫ぶとともに、芽衣耶は美沙の眼前に指鉄砲を突きつけた。


「あたしたちに足りないのはこの問題に対する認識力なんだよ――さっきの討論会で負けたのはなぜだと思う?」

「それは彼が電脳管理委員会のメンバーだから……」

「それだけじゃないよ。あいつが討論会で勝利できたのは、電脳管理委員会の立場を最大限に有効活用した鮮やかなディベート術があったからさ。まず始めに議論そのものを否定するような発言をして、聴衆の度肝を抜く。注目を集めた所で、美沙ちゃんを挑発して意見を誘導。反対意見という形で美沙ちゃんから意見を引き出す。そこで始めて電脳管理委員会の存在を明かし、生徒会という強力な後ろ盾があることを表明。美沙ちゃんの無知を指摘してやり込めると同時に聴衆の支持を得る――あれこそまさしく『戦略・戦術・戦闘』だよ」


 皆の目の前で三本指をかざしながら、芽衣耶は話を続ける。


「あいつはあの討論会を、自らの存在をかけた『戦争』と認識していたってわけ。ただの『話し合い』にすぎないと思っていた美沙ちゃんが勝てるわけが無い。あいつが言っていた『認識が足りていない』って言う意味はそういうことだよ」

「……そう、だったのね」


 感心したようにつぶやく美沙に、芽衣耶は深くうなずいた。


「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』って言うでしょ? 電脳管理委員会に勝つには、ゲーマーの心理を読み解き、ゲーマーと同じように行動する必要があるんだよ」

「天童さんの言いたいことはわかったけどさ……」


 小難しい話についていけなかったらしい。頭をかきむしりながら呉羽が尋ねる。


「『相手の心理を読み解く』って言っても、どうしたらいいのさ? 学校で戦争ゴッコやるためだけに委員会を立ち上げるような連中だよ。まとも神経なんて持ち合わせちゃいないだろうに。そもそも、アタシらはゲームのことなんて何も知らないんだ。さっきから聞いてるとゲームについてやたら詳しいみたいだけど、天童さんはやったことあんの?」

「まさか! あたしがゲーマーに見える?」


 一笑すると芽衣耶は突如、表情を曇らせてため息をついた。


「……このゲームにハマっているのがウチにいるのよ。いわゆる『廃人』ってやつ」


 芽衣耶は忌々しげに呟いた。


「ゲーマーって一口に言っても、いろいろなタイプがいるんだよ。ウチのは戦闘プログラムを操る指揮官タイプ。街中で鉄砲振り回したりはしないんだけど、部屋に引きこもって一日中パソコンのモニターを見つめて。時折、思い出したように壁を殴りつけたり、わけのわからないことを叫んだりするの――そんな変態と同じ家で生活してんのよ。嫌でもゲームに詳しくなるよ」


 引きこもり廃人ゲーマーの姿を思い浮かべ、彼女の境遇に心の底から同情した。


「そんな半病人との生活に嫌気がさして、高校入学と同時に私は家を出たの。やっと人並みの生活に戻れると思ったのに……」

『…………』


 幼い顔立ちに愁いをたたえ、芽衣耶は口ごもる。

 彼女の心中を慮って、三人は再び口を開くのを辛抱強く待った。


「家ん中だけでもうんざりしてんのに、学校の中でも戦争ゴッコに付き合わされたんじゃたまんないよ。私はね平和に、普通の学園生活を送りたいの。だからね、あたしは電脳管理委員会を潰したいんだ、奴らと戦ってでも!」

「わかったわ、天童さん」


 切実な表情で訴える彼女の姿に感じ入ったのか、美沙はメイの手をとって頷いた。


「始めましょう! あたしたちの『戦争』を!」

「絶対に勝とうぜ! この『戦争』に!」

「まかせて! あたしが『戦争』のやり方、教えてあげる!」


 三人揃って拳を振り上げて宣言する。


「……お、おーっ!」


 こうして、かなでたち四人の『戦争』が始まった。



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