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サイバーグラス・シンドローム  作者: 真先
2.スクール・デイズ
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2.スクール・デイズ(3)

 かなでの学食デビューは散々な結果に終わった。


 短い昼休みの間、学食にいる生徒達の何人かに話しかけようと試みたがうまくいかなかった。

 インテリ達は勉強に夢中で話を聞いてくれそうに無かったし、体育会系は部活の仲間たち以外とは話をしないし、遊び人達のバカ話など聞きたくも無い。


 そんなこんなで、結局『ぼっち飯』。

 さみしい食事を早々に切り上げると、五時間目の授業が行われる教室へ向かった。


 本日最後の授業は新入生を対象とした学校生活討論会。

 クラス単位での活動が無い伯陵学園では、一般の高校のホームルームに当たる授業は存在しない。

 代わりに学校側は週一度、学校生活討論会という生徒達に意見交換する場を提供していた。


 学校生活討論会の行われる階段教室は、通常の教室よりもかなり広い。

 早めに入室したかなでは空いている席に座ると、教室の中を見渡す。

 教室の後ろのほうで、楽しそうに友人達と語らう女生徒達の姿を見つけた。

 楽しそうに放課後の予定を話し合う彼女達の姿を、羨ましそうにかなでは見つめる。


 始業の時間が近づくにつれ、生徒の数が増えてきた。

 大教室の入り口をくぐる生徒の中に、あの男の姿を見つけた。

 入学式の校門で、昼食時の学食で出会った、悪趣味なサングラスをかけた変質者。

 なにかと縁のある変質者は、茶色く髪を染めた少年と並んで席に着いた。

 あんな変質者にですら友人がいるという事実に、一人で席に座るかなではより一層落ち込んだ。


 始業のベルと同時に、学校生活討論会は始まった。

 例によってAR映像の教師が現れると、討論会のテーマを説明した。


『今回のテーマは『よりよい学校生活を送るために』です。新入生の皆さんから見たこの学校の注意すべき問題点を挙げ、どのようにして改善するかを討論していただきます。討論の内容は皆さんの成績に影響しますので、積極的に発言してください』


 成績を持ちだされた教室内の生徒達が緊張する。

 成績表におびえる生徒の心情も知らずに、AR教師は討論会のルールを説明する。


『まず皆さんから議題を募集します。お手元の入力フォームに必要事項を記入してください』


 AR教師の指示と同時に、かなでの眼前に『名前:議題』と書かれた入力フォームが浮かんだ。

 ここに名前と提案したい議題を書き込めばいいのだろう。


『寄せられた議題の中から適切と思われるものを選び、提案者を決定します。指名された提案者は壇上に立って意見を述べてください。意見を述べた後、その意見に対して提案者主導の元、討論を行います。提案者の意見に対し、皆さんはまず学生アカウントを開示。『賛成』『反対』『棄権』の三つの中から自分の意志を表明した後、意見を述べてください。個人の人格を損ねるような誹謗・中傷はやめてください。発言された方はその内容に対し責任が生じます。発言には十分、注意してください』


 学校生活討論会は生徒達の自主性を重んじると同時に、伯陵学園の一員としての義務と責任を学ぶ場でもあった。

 伯陵学園は最先端の情報技術を用い、高い情報リテラシーを持つ人材を育成する教育機関であった。


『では討論会を始めます。発言のある方はいらっしゃいませんか?』


 合図と同時に会議室内の生徒たちが一斉に動いた。

 手元に浮かんだレーザー・キーボードを叩き、入力フォームに議題を記入する。


 成績に影響すると言われたからには黙っているわけにもいかない。

 積極的なところを見せようと議題を考えるが、うまくいかない。

 何しろ入学したばかりで右も左もわからない状況なのだ。

 学校生活について提案しようにも、何も浮かんでこなかった。


 かなでがまごついている間に、第一の提案者が選ばれた。

 黒板型の液晶モニターが、提案者と議題を映し出す。

 提案者の名前は『小松礼二』、議題は『通学路の環境美化』。


 小柄な男子生徒は壇上に立つと、堂々とした口調で意見を述べた。

 彼はいきなり地球温暖化に対する深刻さを熱く語り始めた。

 温暖化が環境に与える危険性をひとしきり述べた後、その顕著な例として通学路の桜並木を挙げた。

 温暖化が桜の開花時期を早め、舞い落ちた桜の花びらが街の景観を著しく損ねて云々、


 要するに、通学路をみんなで掃除しましょうと言いたいらしい。


 地球温暖化を持ち出した割には随分とせせこましい議題だ。

 高校生の問題意識なんてこんなものだろう。

 大仰な小松某のスピーチが終わると早速、意見が寄せられる。


 液晶黒板に円グラフが浮かんだ。

 集計は『賛成:11、反対:63、棄権:54』という結果だった。

 反対派が多数を占める集計結果を見た小松少年は肩を落とした。


 かなでは円グラフの横に浮かんだコメントリストに手を伸ばした。

 黒板からリストを『取り外す』と手元に持って拡大する。

 指先でリストをスクロールしながら、コメントを閲覧する。


[内田洋二:反対:通学路は学校の敷地ではない。生徒が掃除をするのは越権行為だ]

[田辺春子:棄権:桜はゴミじゃありません。綺麗だし問題ないのでは?]

[小田部孝信:反対:面倒くさい]


 生徒の名前と意見が並んだコメントリストは、文字通り『手に取るように』解りやすかった。


 生徒達の反応が薄いのは、自分達の意見に対して責任を負わなければならないからだ。

 賛成に票を入れた場合、通学路の清掃に参加しなければならなくなる。

 誰だって桜の季節に掃除なんかしたくない。

 半数以上が棄権したのは、あからさまに反対票に入れて積極性が欠ける生徒だと思われたくないからだ――ちなみに、かなでも棄権に入れた。


 集計の後、小松少年が議長となって討論が始まった。

 小松少年は反対票に入れた生徒達を指名し、学校生活に対する消極的な姿勢を非難した。

 その激しい勢いは糾弾と言っても良かった。

 討論中であっても、集計結果は刻々と変化してゆく。

 小松少年のヒステリックな態度は、賛成派生徒達の支持を失い反対票を増やす結果へとつながった。


 討論を終えると、AR教師が最終的な集計結果を報告した。


『集計結果は、賛成:1、反対:71、棄権:56です、以上でこの議案は終了します。この討論で行われた集計結果及び発言内容は全て記録されます。皆さんは討論で行った発言を速やかに履行するように努めてください』


 かくして小松少年は、一人で通学路を掃除することになった。

 まばらな拍手と共に、とぼとぼとした足取りで小松少年が壇上を降りると、つぎの議案と提案者が紹介された。


 陽気な少女は壇上に上がると、生徒間の親睦を深める必要性を説き始めた――要するに合コンメンバーの募集だ。

 ノリのいい生徒達数名が賛成し、あっさりと議案は終結した。


 こんな調子で討論会は続いた。

『郷土史資料館のボランティア』や『自転車通学者に対応した専用の自転車置き場の設置』といった真面目なものから、『学食での和食メニューの充実』や『女子スクール水着の旧型への変更』等といったどうでもいいものまで、さまざまな議題が討論されてゆく。


『次の議題は『学内における遊戯銃の持ち込み、及び戦争ゲームの禁止』、提案者は月代美沙さんです』


 紹介と共に壇上に立ったのは、長い黒髪の女生徒だった。

 ぴんと伸ばした背筋を折り曲げ一礼すると、教室に居る生徒達に向けて語りかけた。


『皆さん始めまして。新入生の月代美沙です。まず始めに、私に発言の機会を与えてくださったことを感謝します。伯陵学園の一員としてこの学園の更なる発展を願い、新入生の身で僭越とは思いますが提言させていただきます』


 折り目正しい挨拶に、教室の中から拍手が巻き起こる。

 同い年とは思えない彼女の態度に、かなでもまた手を叩き感服した。


『まずは、この画像をご覧ください』


 月代美沙はこの討論会のために資料まで用意していたようだ。

 彼女が壇上の端末を操作すると、黒板にいくつかの画像が浮かび上がった。


 写真はいずれも学校内の風景を写したものだった。

 校門、昇降口、廊下、階段――その写真の全てに生徒達の姿が映っている。

 一見して学校生活の一幕をとらえたスナップ写真に見えるが、よくみると奇妙な共通点があった。

 写真の中の生徒達はいずれも、サイバー・グラスをかけている。

 そして手には、おもちゃの鉄砲が握られていた。


『写真に写っている銃を持った生徒達はいずれも拡張現実体感型ゲーム《グローバル・コンバット》のプレイヤー達です。ご存じない方のために簡単に説明しますと《グローバル・コンバット》とは、電脳ガンと呼ばれる遊戯銃を使って互いに撃ち合う戦争ゲームのことです』


 成程、とかなでは頷いた。

 今の説明のおかげでここ数日の疑問が氷解した。

 学校のそこかしこで見かけるおもちゃの鉄砲をかついだ『変質者』たちは、この《グローバル・コンバット》と呼ばれるゲームのプレイヤーだったのだ。


『神聖な学び舎で戦争ゲームをするのは倫理的にも問題ですが、校内の器物破損、一般生徒への迷惑行為などといった実害も報告されています』


 月代美沙の説明に、かなではしきりに頷く。

 何ともはた迷惑な連中だ。

 学校の中で戦争ゲームをするなんて非常識にも程がある。


『以上の経緯から、校内の遊戯銃の持ち込みと戦争ゲームの全面禁止を皆さんに提言したいと思います。健全な学校生活を送るためにも是非、皆さんにご賛同いただけますようよろしくおねがいします』


 月代美沙のスピーチは、過不足ない見事な出来栄えだった。

 美沙が再び一礼すると、教室内から割れんばかりの拍手と、うなるようなブーイングが巻き起こった。

 拍手をしているのは、かなでのようにグローバル・コンバットを迷惑に思っている生徒たち。

 ブーイングは言わずもがな、グローバル・コンバットのプレイヤー達だ。

 歓声と罵声が飛び交う中、早速、集計結果が出た。


『賛成:88、反対:15、棄権:26』


 圧倒的に賛成派優勢の結果が出た。

 コメントリストには、さまざまな意見が寄せられていた。


[原田陽子:賛成:銃を持ち歩くなんて非常識。規制は当然]

[石倉恵:賛成:いい年こいてバカみたい。学校来んな!]

[佐藤和夫:棄権:どっちでもいいよ。興味ない]

[野村絵里歌:賛成:戦闘に巻き込まれて、転んで怪我した。慰謝料よこせ!]

[大田文雄:反対:俺はゲームで学費稼いでんだ! 止める事なんてできるか]

[村木大地:反対:全面禁止は行き過ぎ。対話によって解決するべき]


 賛成に票を入れたかなでは、この途中結果にとりあえず満足した。



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