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サイバーグラス・シンドローム  作者: 真先
6.アイ・ドント・ライク・マンデイ
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6.アイ・ドント・ライク・マンデイ(6)

 扉が開くと同時に歩兵ユニットがエレベーターから飛び出した。

 アサルトライフルを構え周囲を警戒。

 懸念された待ち伏せが無いのを確認してから、サイファとかなでも屋上に降りる。


 真上から降り注ぐ陽射しに目を細める。

 正午に位置する太陽は、戦闘開始から既に数時間経過していることを告げていた。

 屋上には巨大な校舎を維持するために必要不可欠な設備が所狭しと並べられている。

 アサルトライフルを構えつつ、排気ダクトとソーラーパネル、パラボラアンテナの隙間を縫うようにして前進する。


 突如、先行させた歩兵ユニットが銃撃を受けて倒れた。

 サイファとかなでは慌てることなく素早く近くにあるもの影に潜み、周囲を警戒する。


「どっから撃ってきた?」

「あそこ! 貯水タンクの上。スナイパーよ!!」


 円筒型の貯水タンク――その上で戦闘服姿の人影を見つけた。

 伏射の姿勢で狙撃銃を構え、こちらに向けて発砲している。

 スナイパーの放つ正確な銃撃にさらされ、かなで達は身動きが取れない。

 サイファはタクティカルベストから手榴弾を取り出すと、かなでに向かって叫んだ。


「こいつで吹っ飛ばしてやる。援護しろ!」

「了解!」


 後方の敵に向かって、G11を乱射する。

 敵がひるんだわずかな瞬間。

 サイファはオーバースローで手榴弾を放り投げた。

 電子データーで構成された手榴弾は、放物線を描いて貯水タンクめがけて落下すると爆発した。

 狙撃手は爆風にあおられ貯水タンクから落下する。


「やったぜ!」

「ええ。……でも、私はもう弾切れ」


 G11の引き金を引いてカチカチと鳴らすが、銃口からケースレス弾は発射されることは無かった。

予備の弾丸はない。

 排気ダクトの上にG11を放り捨てると、スカートの裾に手挟んでいたハンドガン――H&K P46を引き抜いた。

 ここから先は、サイドアーム一つで戦わなくてはならない。


「俺も後、ワンマガジンしか残っていない。ユニットも後二体、さすがにやべぇな」

『残りの敵は屋上の南端にいるよ。数はそれほど多くないはず。多分、ミサイル銃手と観測手の二人だけ、あと一息よ!』


 弱音を吐くサイファにむけて、メイベルの叱咤が飛んだ。


「簡単に言ってくれるぜ。でもまあ、やるしかないか。……行こうぜ」

「うん!」


 P46のスライドを引いて、かなではうなずいた。

 空調用の配管を飛び越えると、視界が広がる。

 屋上の南端。

 金網のすぐ側に敵兵の姿を見つけた。

 メイベルの言うとおり、ミサイルを構えた兵士と電子機器を担いだ兵士――ミサイル銃手と観測手の二人。


 それと、突撃銃を構えた歩兵ユニット三名。


「嘘つきぃぃぃぃっっ!」


 悲鳴を上げてかなではその場に伏せた。


「何が『二人しかいない』だ、五人もいるじゃないか!」


 メイベルに向かって文句を言いながら、サイファも応戦する。

 見通しのいい屋上では身を隠す場所がない。

 瞬く間に歩兵ユニットが敵の銃弾に倒れた。

 膝撃ちの姿勢で銃弾を打ち込むが射程の短い拳銃弾では敵まで届かない。


(行くしかない!)


 覚悟を決めて立ち上がる。

 クラウチングスタートの要領で踏み出すと、敵ユニットめがけて駆け出した。


 ▽▲▽


 内向的な性格をした東洋人の少女にとって、アメリカの保守的な田舎町はとても住みづらい場所だった。

 親しい友人を作ることもできず、かなでは孤独な少女時代を過ごした。


 そんなかなでにとって唯一の居場所が町外れの射撃センターだ。

 射撃センターに集まる人達だけは、かなでのことを仲間として認めてくれた。

 射撃に関して天賦の才を持つ少女を、センターの人々はリンクス――山猫と呼んで可愛がってくれた。


 学校ではマイノリティの少女は迫害の対象だった。

 いじめと言うほど苛烈ではなかったが、周囲から有形無形の嫌がらせを受けた。

 筆頭はガキ大将のボビー。

 事あるごとに意地悪をする乱暴者のボビーをかなでは大嫌いだったが、それでも彼のお葬式では涙を流した――それが、かなでがアメリカで流した最後の涙だ。


 お隣に住むマーサおばさんはいつもかなでのことを気にかけていた。

 外出するたびに不審人物には近づかないよう、危険な場所には行かないよう、口をすっぱくして注意してくれた。

 年頃になってもボーイフレンドの一人も作らず射撃場に入り浸っていると、マーサおばさんは別の意味でかなでを心配するようになった。


 雑貨屋のトマスさんは射撃センターの常連だ。

 かなではトマス家に伝わる家宝の銃を特別に撃たせてもらったことがある。

 おじいさんがヨーロッパ戦線から持ち帰った戦利品――ルガーP08は偽物なのだろうが、かなでは黙っておいてあげた。


 かなでは銃が嫌いだったし、常に銃と共にあるこの街の生活が嫌いだった。

 だが銃を通して出会った人々はそれほど嫌いではなかった。

 それは何の取り柄もない平凡な少女の唯一の特技――射撃の腕前によって築かれた絆だからだ。

 しかし、かなでは銃と共にその絆を捨て去った。

 硝煙の香り漂う街に背を向けて、故郷である日本へとやってきた。


 ▽▲▽


 敵歩兵ユニットの数は五体。

 内、こちらに向けて攻撃を加えてくるのは三体のみ。

 携帯式地対空ミサイル9K38イグラを持った特技兵とその傍らに立つ観測手は自分達の仕事――屋上に接近する航空ユニットの排除以外の行動をとるつもりは無いらしい。


 残敵は実質、三体の通常型歩兵ユニットのみということになる。

 敵ユニットはメイベルの操る兵隊達よりも反応が鈍く、射撃能力も高くは無い。

 敵の射線から逃れつつ発砲。

 ダブルタップで放たれた銃弾は二発とも敵の胸元に命中した。


 ――まず、ひとつ。


 ▽▲▽


 かなでがこの学校を進学先にえらんだ理由は、最先端のハイテク授業にあこがれを抱いていたわけではなかった。

 ただ硝煙の香りが染み付いた街から抜け出したかったからだ。

 後ろ向きで、消極的な理由だ。

 銃が嫌いで、そのくせ銃でしか他人と関わり合いが持てない自分にかなでは心底、嫌気が差していた。

 ミドルスクールを卒業後、反対する両親を押し切ってかなでは単身帰国した。

 日本に行けば、新しい自分が見つかると思ったからだ。

 念願かなって伯陵学園に入学することができたが、日本での新生活は期待していたものではなかった。

 新天地でかなでを待ち受けていたのは、全てが作り物の世界だった。

 電脳教師、まがい物の銃、虚構の戦場と幻影の兵士たち。

 全てが偽りの世界で、かなでは次第に自分を見失っていった。

 

 ▽▲▽


 射撃後、わずかに姿勢を乱したかなでに向けて残りの二体が狙いをつける。

 すみやかにかなでの姿を射角に捉えたが、彼らが引き金を引くことはなかった。


「うおおおおおおおおおおぉっ!」


 叫びながらサイファがSR-47を連射する。

 彼の援護射撃は二体のユニットを正確に射抜いた。

 かなでが敵の注意を引き付け、サイファが仕留める。

 示し合わせたかのように、二人は息のあった連携で敵を倒した。


 ――これで、みっつ。

 

 ▽▲▽


 かなでは銃が嫌いだ。

 銃のある生活が嫌いだ。

 銃しか取り柄のない自分が大嫌いだ。


 それでもかなでは、この虚構の戦場で共に戦う仲間たちが好きだ。

 それは、かなでがアメリカに置き去りにした――そして日本に来て新たに手にした絆だからだ。


 ゆるぎない意志を持つ少女のおかげで、かなでは仲間と出会うことができた。

 あけっぴろげな友情を示してくれた少女は、かなでを勇気づけてくれた。

 深遠な社会観を持つ少女からは、かなでは多くのことを学んだ。


 そして、電脳世界に全てを捧げたミラーシェードの少年は、かなでを真実へと教え導き、今も見守ってくれている。


 全てが偽りの世界の中にあって、かなでが見つけた確たる現実――それが彼ら仲間たちとの絆だった。

 彼らとの絆が、佐伯かなでという存在を現実世界へ留める標となってくれる。

 その絆が現実であると証明するため、かなでは銃を握った。


 ▽▲▽

 

 護衛の兵士がやられたことに気がついた観測手が動きをみせた。

 サブマシンガンを構え応戦しようとする。

 その動きはあまりにも緩慢であった。愚鈍な観測手に向けてかなではすみやかに銃弾を叩き込む。


 よっつ――残りはひとつ。


 最後の兵士、対空ミサイルを抱えた特技兵は応戦する素振りすら見せなかった。

 目の前に銃を構えたかなでがいるにも関わらず、雲ひとつ無い空を見上げてミサイルを構えていた。

 敵の戦闘プログラムには高度な演算処理能力が無く、状況に応じた臨機応変な対応が出来ないのだ。

 無抵抗の敵であろうとかなでは躊躇しない。

 敵ユニットの頭部めがけて、かなでは銃弾を叩き込んだ。


 ▽▲▽


「……終わったわね」


 敵ユニットの死体がノイズと共に霧散したのを確認してから、かなでは呟いた。

 屋上にいるのは、サイファとかなでの二人きりになった。倒すべき敵ユニットの姿はもう無い。


「いや、まだ終わっちゃいないみたいだぜ」


 しかしサイファは舌打ちと共に、今来た方向を振り向いた。


「敵の増援だ。追いつかれた」


 排気ダクトの林を抜けて、配管の谷を越え――続々と敵兵の集団がやってきた。

 メイの話を信じるならば二個小隊、約四十体。


 サイバーグラスに銃のステータスウィンドウを表示して残弾を確認する。

 今の戦闘で弾倉の半分を消費していた。

 二個小隊の戦力を相手にするのは到底、不可能だ。


 サイファもすでにライフルの弾丸は撃ちつくしてしまったらしい。

 SR-47を降ろすと、サイドアームの45口径を抜いた。


 絶望的な状況下にあって、二人は意外なほどに落ち着いていた。

 正面に居る無数の戦闘プログラムたちと同じように、死に対する恐怖も敵に対する怒りも無い。

 ただ怜悧な戦闘本能だけが二人を突き動かしていた。


「いくぞ」

「ええ」


 決意と共に銃を構えた二人を、背後から黒い影が覆った。


「…………え?」


 戸惑いとともに頭上を仰ぎ見ると――そこに、奴はいた。


 AH-64D ロングボウ・アパッチ。


 陽射しを遮る巨体。

 空気をかき乱すローター音。

 そのすべてが圧倒的な存在感を見せつけるように、攻撃ヘリは屋上の空を浮遊していた。


 突如現れた攻撃ヘリに向けて屋上に集った敵兵たちは、果敢にも銃を向けて戦闘を仕掛けた。

 しかし空飛ぶ装甲車と呼ばれるアパッチに、彼らの攻撃は通用しない。

 歩兵ユニットの小銃弾では致命傷を与えることはかなわなかった。


 アパッチは対戦車用の攻撃ヘリであるが、それは対人戦闘能力がないという意味ではない。

 雷鳴にも似た発射音と共に、30mmチェーンガンが火を噴いた。

 その威力は、歩兵ユニットを肉片へと変えるだけでは飽き足らず、屋上のコンクリートを削り上げた。

 屋上に集う歩兵達に向けて舐めるように一斉射すると、アパッチは攻撃をやめた。

 屋上に残されたのは無数の弾痕と血溜まりだけだった。


『…………』


 圧倒的な破壊力を見せ付けたアパッチの雄姿を、サイファとかなでは呆然と見つめた。


『お待たせぇ! 騎兵隊の到着だよ!』


 ヘッドホンに響くメイベルの声で二人は正気に戻った。

 その場違いな明るい声に、サイファは怒鳴りつけた。


「遅ぇよ! 何してたんだ!?」

『あんたたちがミサイルを片付けてくれるのを待っていたのよ。これで思いっきりアパッチを飛ばせる。それじゃ、残りの敵を片付けて来るね。……燃料代、メッチャかかるから早めに終わらせないと』


 メイベルのぼやきと共に、アパッチが旋回する。

 正門に向かって飛翔すると、頭上からT-80に向けてヘルファイアを発射。

 上面装甲を砕かれた主力戦車は大破した。

 続いて校庭に駐機する装甲車両に容赦ない攻撃を浴びせかける。

 M230機関砲弾の一斉射を浴びせかけると同時に、ハイドラ70ロケット弾を打ち込む。


 対空兵器を失った敵勢力に、アパッチに対抗する手段は無い。

 敵機甲兵団を一方的に攻撃、蹂躙するアパッチの姿を、サイファとかなでは校舎の屋上から他人事のように見守った。


『敵機甲師団の壊滅を確認した』


 高みの見物を決め込んでいたかなで達のもとに、程なくしてエイブル委員長から報告が入った。


『幕張連合もあきらめて部隊の撤退を始めたようだ。虎の子の航空兵器を失った上に、アパッチが睨みを利かせているからね。校舎内にいる残敵の掃討を終えれば、電脳空間の支配権は再びあたしたち電脳管理委員会のものになる――あたし達の勝利だ』


 エイブルの勝利宣言を聞いて、ようやく戦闘が終わったことを実感した。

 緊張から開放され、全身から力が抜ける。

 手の中にまだ銃を握っていることを思い出すと、かなでは安全装置をかけて銃をしまう。


「……終わったな」


 疲れた声でつぶやくと、サイファも銃を収めた。

 電子タバコを取り出し、口にくわえた。

 吐き出した煙は、屋上の風に流されすぐに消える。


 心地良い倦怠感がかなでを襲う。

 金網のフェンスに背を預け、サイファに向けて呟いた。


「……ねえ」

「何だ?」

「お腹空いたね」


 真上から降り注ぐ陽光が、西に傾き始めていた。

 時間は正午過ぎ、飲まず食わずで半日戦っていたことになる。


「……そうだな」


 空きっ腹に煙が沁みたのか、サイファは口から電子タバコを口からはずした。


 ▽▲▽


「えー、お疲れ様でした。皆さんのおかげでこの学校の平和を再び取り戻すことが……」

「ハイみんな、カンパーイ!」

『カンパーイ!!』


 生徒会長のスピーチをぶった切って乾杯の音頭をとったのは、やっぱりというかエイブル委員長だった。

 会長の長ったらしいスピーチをあえて聞きたいと思う者など居ない。

 エイブル委員長の音頭と共に、テラスに居る全員が飲み物を掲げる。


 戦闘終了後、生徒会長を始めとする参加者は校内で合流した。

 時間はちょうど昼食時。

 ランチをかねて祝勝会が催されることになった。

 近くの自動販売機で買った飲み物を持ち寄り、メンバーは中庭のテラスに集った。


「……ちょっと、天童君! まだ僕の話、終わってないんだけど!」

「みんな! ここは会長殿の驕りだ! じゃんじゃん、食べな!!」

『うぉおおおおおおおおおおっ!!』


 気前の良い生徒会長に、その場に居た全員が歓声を送る。


「いや、だから勝手に決めないでくれる。そういうコト!? そんな金、無いよ俺!?」

「しみったれたこと言ってんじゃないよ。どうせ生徒会の経費で落ちるんだろ? ここで太っ腹なところを見せておけば、支持率うなぎのぼりってもんさ」


 そう言って、エイブルは会長の肩を叩いた。

 その反対側の肩にメイベルが猫なで声で擦り寄る。


「そうそう、会長さん太っ腹! ……で、お願いがあるんですけどぉ。今回の戦闘の必要経費、生徒会で負担してくれません? 半分でいいから!」


 天童姉妹の玩具となった生徒会長を助ける者は居ない。

 腹を透かした兵隊達は、昼食選びに夢中だ。

 休日であるために学食は開いてない。

 それぞれ携帯を取り出すと、近くの店に出前注文を入れる。


「よお、せっかくだからみんなでピザ頼もうぜ、ピザ」


 提案するA・Jの顔を不安な表情でサイファが見返す。


「いいけど。お前、注文の仕方とか知っているのか?」

「知っているわ! ピザの注文ぐらい出来るわ!!」

「……島根に宅配ピザあんのか?」

「あるわ! 宅配ピザぐらいあるわ! ちゃんと三十分以内に届くわ!」

「でも島根って、標準時刻が砂時計なんだろ?」

「それは、そうだけど……。島根バカにすんなぁ!」


 よくわからない地域論争を繰り広げる二人のかわりに呉羽が携帯電話を取った。

 ピザ屋のサイトにアクセスしてメニューを閲覧する。


「で、何注文する?」

「あ、あたしマルゲリータがいいな」


 横から携帯を覗き込みながら美沙が答える。


「えー、そんな普通のつまんないじゃん」

「トッピングすればいいじゃない。ほら、ベーコン、オニオン、モッツァレラチーズにアンチョビ……」

「あ、あたしアンチョビ嫌い。……佐伯は何がいい?」

「あたしはねぇ……」

 



 オープンテラスで友人達と語らい、少し遅めのランチを食べる――かなでの一週間はこうして幕を閉じた。

 明日は月曜日。また新しい週が始まる。


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