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サイバーグラス・シンドローム  作者: 真先
6.アイ・ドント・ライク・マンデイ
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6.アイ・ドント・ライク・マンデイ(5)

「みんな、伏せろ!」


 叫ぶや否や。

 サイファはかなでの襟首を掴んで床に引きずり倒した。


「ふぇぇぇぇっ!」


 悲鳴をたなびかせながらかなでは仰向けに倒れる。

 教室の床に背中が触れた瞬間、シルカの放った砲弾が教室に飛び込んできた。

 窓ガラスを突き破り次々と打ち込まれる砲弾は、教室内の壁や天井の隅々に突き刺さった。

 教室内をひとしきり蹂躙すると、機関砲弾の嵐は止んだ。


 最先端の拡張型現実映像技術は機関砲弾の爪あとを忠実に再現していた。

 砲弾で打ち抜かれたガラスは窓枠ごと破壊され、床には破片が散乱している。

 破壊しつくされた教室でサイファは身を起こすと、大声を張り上げた。


「みんな、無事か!」

「……すまねぇ、やられた」


 サイファが安否を尋ねると、死亡マーカーに染まったA・Jが情けない声で応える。


「お前の事なんかどうでもいい! メイベル! 何人やられた!」

『A・Jと歩兵ユニット三人。その内、特技兵が一人』


 死亡したのは反応が遅れたA・Jだけのようだ。

 廊下で待機していた呉羽と美沙は無事だった。

 二人とも破壊された教室の中を心配そうに覗き込んでいる。


「くっそ! あの化け物、俺達の攻撃するタイミングを予測していたようだった。スタンドアローンのプログラムユニットのくせに何でこんなに反応がいいんだ?」

『校舎内にいる敵影全てを無差別に攻撃するようにプログラムされているみたい。どうりで教室に敵がいないと思った。対空兵器って対人掃討にも使えるんだね。うまい配置の仕方だよ。防空体制を維持しつつ、校舎内に進入した敵兵を掃討できる。中庭に配置しておけば、校舎が邪魔で外から攻撃できないからね』

「感心している場合か! このままじゃ、全滅するぞ。何か方法は無いのか!?」

『唯一の欠点は、身動きが取れないってこと。狭い中庭じゃ回避行動が取れない。チャンスさえ掴めれば、こっちの攻撃は確実に命中するはず。次で決めて見せるよ。もう一度中庭を視認して誘導して頂戴』

「無茶言うな! 顔出した瞬間、ミンチにされちまう。誘導抜きで狙えないのか?」

『無理。残っているジャベリンは後、一発しかないんだよ。次はずしたらアウト、失敗は許されない。……美沙、美沙ちゃん。聞こえる』

「……え? あ、はい!」


 唐突に名前を呼ばれ、教室の外で待機していた美沙が慌てて答える。


『あなたがやるのよ』

「……えっ?」

『あなたの持っているライフルを使って誘導して』

「メイベル! 無茶言うな!?」


 メイベルの要請に、美沙より先にサイファが異論を唱える。


「窓から顔を出した途端、対空砲の餌食だ。素人の月代にそんな危険な真似はやらせることは出来ない!」

『まともなスコープが付いているライフル持っているのは彼女だけ。スコープを使えば、遠距離でも確実に敵の姿を捉えることが出来る。成功確立を少しでも上げるためにはやってもらうしかない』

「いや、でも……」

「……あたし、やるわ」


 教室の外から匍匐前進の姿勢でサイファ達の元まで近寄ってきた美沙が答える。

 その顔には決意の表情が浮かんでいた。


「お前、何をするのか判っているのか?」


 美沙の真摯な瞳を覗き込み、サイファが確認する。


「そこの窓から覗き込んで、あたしが敵の位置を探る。その隙に天童さんが敵を倒すんでしょ? 簡単じゃない」


 床から身を起こし窓際に向かおうとする美沙を、かなでとサイファが引き止める。


「月代さん、無茶だよ!」

「対空砲の威力は見ただろ? あれは洒落にならんぞ」

「大丈夫よ」


 心配そうに見つめる二人に向かって、美沙は引きつった作り笑いを浮かべて応えた。


「残っているのは三人だけ。佐伯さんと違って、わたしはこんなことぐらいでしか役に立てそうもないもの――そんなに心配そうな顔しないでよ。やられたとしても本当に死ぬわけじゃないんだから」

『そのスコープで覗き込んで、対空砲の胴体を中心に全身を収めて頂戴。ジャベリンを発射するまでの時間だけでいいから』

「わかったわ。……それじゃ、行くわよ!」


 合図と同時に美沙は窓際に向かって走り出した。

 その後を肩に対戦車ミサイルを担いだ歩兵ユニットが続く。

 窓枠からライフルを突き出し、美沙はスコープで敵の姿を捉える。

 その隣で歩兵ユニットも射撃準備を整える。


「見えたっ!」

『そのまま、動かないで! ……ジャベリン発射!!』


 歩兵ユニットの掲げるミサイルランチャーから白煙が噴出したと同時に、敵の反撃が来た。

 雷鳴のような唸りをあげて、四連機関砲が回転する。


「きゃ……」


 23mm機関砲弾の直撃を受けて、美沙は悲鳴を上げるまもなく絶命した。

ミサイルを発射したばかりの歩兵ユニットと共に、その身が肉片へと変わった。


「月代さん!」


 かなでの悲鳴を砲声がかき消す。

 やがて、かなでの耳に爆発音が響き渡った。

 熱気の伴う衝撃波が中庭を満たすと同時に、機関砲弾の攻撃が止んだ。

 教室内に再び静寂が訪れる。

 周囲を警戒しつつ、恐る恐る身を起こすとサイファは叫んだ。


「やったか! メイベル!?」

『あたしが外すわけないじゃん。命中よ、命中。シルカは完全に沈黙。随伴兵を巻き込んで大破したわ!』


 メイベルの軽口を聞きながら、サイファは窓際に立って中庭を覗き込んだ。


「……すげぇ」


 中庭の真ん中で擱座している対空砲を見つめ、サイファは溜息をもらす。

 雄々しく天を突く四連機関砲の姿は無い。

 ターレットから上は完全に破壊され、残っているのは黒コゲになった車体だけだ。

 その周囲では爆発に巻き込まれた歩兵ユニットが横たわっている。


「やったぞ! 月代、お前のおかげだ!」


 美沙の勇気を讃え、隠し切れない笑顔と共にサイファは教室を振り返った。


「……ひっ、ひっ。……ひぃぃぃっ」


 自らの命と引き換えに戦闘車両を破壊した勇者は、死亡マーカーのブロンズ色に全身を染めて床にへたり込んでいた。

 虚ろな瞳の端にうっすらと涙をたたえ、小刻みに震えながらしゃくりあげている。


「月代さん! ちょっと、大丈夫なの月代さん!?」


 両肩を支えかなでが呼びかけるが、美沙は答えることはなかった。


『……まあ、擬似感覚とは言え、全身細切れにされたんだもん。精神的に堪えるだろうね』


 無線機の向こうで、誘導を指示したメイが他人事のように言った。


「……ひっ。……ひぃっ。……ひっ、ひぃぃぃぃぃっっ!!」

「月代さんっ! 還ってきてぇぇっ!」


 嗚咽する美沙の肩を揺さぶるが、彼女の意識は戻らなかった。


 ▽▲▽


 対空砲の破壊に成功したサイファ率いる陽動部隊は二階、エレベーターホールまで撤退した。

 とりあえず目標の一つを達成することは出来たが、支払った犠牲も大きかった。


「あー、くそ。またポイント稼がなくっちゃ」


 死亡マーカーに染まってぼやくA・J。


「……ひっく。ひっく、ひっ、ひっく」


 同じくブロンズ色に染まって嗚咽する美沙。


「なあ、これどうにかならないのか? 前が見えないよ」


 そして、顔面にピンクチラシを貼り付けた呉羽。


 陽動部隊は実質、壊滅状態にあった。

 無事に動けるのはサイファとかなでの二人だけ。

 残っている歩兵ユニットも四体しかいない。

 唯一の救いは、当初の目標である敵の陽動がうまくいっているということだけだ。


『敵が撤退をはじめたよ』


 無線の向こうからメイベルの明るい声が聞こえてきた。


『対空砲がやられたんで、敵も浮き足立っているみたい。正門にいる部隊が、校舎内に引き返してくるよ』


 正門前で戦っている本隊には朗報だろうが、校舎内にいる陽動部隊にとってはぞっとしない話だ。

 戦闘直後の疲弊した陽動部隊の元に、敵兵が校舎内に押し寄せてくるのだ。

 今の状況では逃げることもままならない。


「敵兵の数は?」

『二個小隊って所だね。対してこちらは戦死者二名、戦闘不能一名――まともに戦えるのはサイファとかなでちゃんの二人だけ。残存ユニットは標準タイプの歩兵が四体。……どうする? 一度戻って立て直す?』

「そんな時間は無い。A・J、女子を連れてセーフティーゾーンまで戻れ。リスボーンしたら下の部隊と合流、残敵の掃討に当たれ」

「お前はどうするんだ?」

「俺は屋上のミサイルを片付けてくる。どうせほとんど残っていないだろう。一人で十分だ」

『確かに、残っているのは二、三人程度だろうけど、守備の要である対空砲がやられたんだ。敵も警戒しているだろうし、どんなトラップがあるか分からない。舐めてかかると痛い目見るよ』


 単独行動に移るサイファにメイベルが忠告する。


「判ってるよ、屋上まではどうやって行く?」

『エレベーターで行きましょう。屋上まで直通でいけるから、階段使うよりは安全だと思う』


 サイファの決めた方針に素直に従い、A・Jはショック状態の美沙と前の見えない呉羽を引き連れ、撤退を開始する。


「俺達は階段で降りるよ。ここにもすぐに敵が来るだろうから、急がないと。……じゃあな。あとは任せたぜ、サイファ」

「ああ」


 エレベーターホール脇の階段に消えてゆくA・J達の姿を見送ると、サイファはボタンを押して階下にあるエレベーターを呼び出した。


 明滅する階数表示を見上げエレベーターが到着するのを待つ。

 扉の前に佇むのは、サイファと四体の歩兵ユニット。

 そして、銃を小脇に抱えた女子高生――佐伯かなで。


「……何でいるんだ?」

「あたしも屋上に行く」


 サイファの傍らで、表示を見上げたままかなでが答える。


「いくらなんでも一人で戦うなんて無茶よ。バックアップが必要でしょ?」


 かなでの意見を尤もだと思ったのだろう。

 サイファは喉元まででかかった反論を飲み込んだ。

 代わりにサイファの口から出てきたのは憎まれ口だった。


「足、引っ張るんじゃねぇぞ」

「そういうのは腕のいい人が言うセリフよ。何よ、ヘタッピのくせにそんな威力の高い銃を選んじゃってさ。反動に振り回されて狙いが着けられないじゃない。もうちょっと扱いやすい銃に交換しなさい」

「…………」


 憎まれ口を軽くいなされ、サイファは仏頂面で沈黙する。


『キャハハハハハッ』


 二人の掛け合いが余程おかしかったらしく、無線機の向こうからメイベルの笑い声が響いてきた。


『サイファをヘタッピ呼ばわりする奴がいるとは思わなかったよ。《百人殺し》もヤキが回ったもんだ』

「……うるせぇ」


 サイファが弱々しく毒づくと同時に、エレベーターが到着した。


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