6.アイ・ドント・ライク・マンデイ(1)
日曜日、早朝。
いつもの通学路をいつものように学校に向けて歩きだそうとして、あわてて進路をかえる。
今日の目的地である幕張海浜公園は、通学路を外れた先にある。
射撃訓練の時に行ったことがあるので道に迷うことは無い。
公園の入り口でかなでを出迎えたのは、完全武装の出で立ちの瀬田だった。
制服の上からポケットのたくさんついたタクティカルベストを着込み、肩にはアサルトライフルを背負っている。
今日はまだトレードマークのミラーシェードをかけておらず、素顔をさらしている。
小走りで彼のもとに駆け寄ると、何の前置きも無く瀬田は尋ねた。
「銃はどうした?」
「銃?」
「電脳ガンだ。持って来てないのか?」
慌ててポケットから拳銃を取り出すと、瀬田に向けて差し出した。
「それだけか?」
「駄目?」
「駄目ってことは無いけどよ……。まあいい、行こうか」
つまらなそうに鼻を鳴らすと、瀬田はそれ以上追求して来なかった。
踵を返して公園の中に入ってゆく。
少年の愛想の無い態度に戸惑いつつも、かなでは後を追いかけた。
休日の海浜公園は早朝であるにもかかわらず、運動家たちの姿でにぎわっていた。
ジョギングや体操をする健康的な人々の中、明らかに周りとは違う不健康な若者達の一団があった。
銃火器を携えたやさぐれた雰囲気の電脳管理委員会の面々は、公園に漂う爽やかな空気を台無しにしていた。
「遅ぇよ! サイファ!!」
瀬田とかなで達の元にやってきた。駆け寄ってくるA・Jに向かって瀬田が尋ねる。
「エイブルはどうした?」
「まだ来ていないよ」
気安い調子で城島が答えると、瀬田は公園に集まった兵士達の姿を眺めた。
電脳管理委員会のメンバー達はオープンテラスで見かけたときより、明らかに人数が少なかった。
「……これしかいないのか?」
「集まったほうだろ? 負け戦だって事が分っているのに、のこのこやってくる酔狂はいねぇよ」
そう言いながら、城島は自嘲めいた笑みを浮かべた。
この時間にここにいるということは、彼自身もまた酔狂な人間の一人であることに違いは無い。
「あそこにいる連中は?」
公園の一角。
生徒会長と話しこんでいる集団を指し示し、瀬田が尋ねる。
制服をきっちりと着込んだおとなしそうな生徒達は、やさぐれた雰囲気の電脳管理委員会とは明らかに毛色が違っていた。
「志願兵だよ」
「志願兵?」
「電脳管理委員会だけじゃ手が足りないだろう? それで《伯陵ヘッドライン》に募集記事を出して、一般生徒から参加者を募ったんだ。一応経験者らしいが、ほとんど素人だな。電脳ガン持っているだけのお座敷シューターだ。戦力にはなんねぇだろうな」
「贅沢言える状況じゃない。今は一丁でも銃が必要な時だ。素人とは言え貴重な戦力には違いはない。……それに、お前だって素人みたいなモンだろうが」
「あんだってぇ?」
笑いながら言い争いをはじめる二人に気がついたのか、生徒会長がこちらに向かって歩み寄ってきた。
「エイブルから連絡があった。目標の確保に成功したらしい。現在、こちらに向かっているそうだ。到着次第、作戦開始だ。……それで、佐伯さん、だったっけ? 君も作戦に参加するのかい?」
「あ、はい」
「……大丈夫なのかい、彼女?」
探るような眼差しでかなでを見つめると、会長はなぜか瀬田に向かって尋ねた。
「大丈夫ですよ。今更、俺達を裏切るわけがないでしょ?」
「いや、そういう問題じゃなくてだね……」
「腕のほうなら問題無いです。俺が保障しますよ」
「いや、腕のほうでもなくてだね……。昨日の審問会は君も参加していただろう? 彼女は『テラスで食事したかった』って理由で、電脳管理委員会を崩壊させたサイコパスだぞ?」
生徒会長が心配しているのはかなでの頭の中だった。
「大丈夫なんだろうね? いきなり暴れだしたりしないよね?」
「……大丈夫だよな?」
会長がしつこく念を押すと、瀬田は不安げな様子でかなでに向かって尋ねた。
「いや、そんな真顔で訊かれても……。ってか、あんたに異常者扱いされるのって、ものすっごく不本意なんですけど!」
「まあ、まともな神経の持ち主だったら、こんな無謀な作戦に参加するわけないでしょう?」
「だから、そういう納得の仕方も止めて頂戴よ!」
「それもそうだね」
「…………」
二人がかりで異常者扱いされて、かなでは複雑な表情で沈黙する。
むくれるかなでに向かって会長が尋ねる。
「他の二人はどうしたの?」
「他の……?」
「校内安全研究会の代表の月代さんとあと一人、琴峰さんだったっけ? 一緒じゃないの?」
意外な質問に目を丸くする。
昨日、保健室で別れて以来、二人とは会っていない。
あんなことがあった後では、顔を合わせるのは気まずい。
向こうも同じらしく、二人からの連絡も無い。
「いえ、あたし一人だけです」
「それはおかしいなあ」
かなでが答えると、生徒会長は困ったような顔をして頭をかいた。
「ついさっきまで二人とも、ここに居たんだよ。《伯陵ヘッドライン》の募集記事を見て来たんだそうだ。自分たちもぜひ参加したいって言ってね」
「月代さん達が?」
「そう。自分たちのしでかした不始末を清算したいそうだ。まあ、人手が足りないから大歓迎なんだけど、問題は銃だ」
「…………銃ですか?」
生徒会長はさっきの瀬田と同じような顔をした。
「他の連中もそうなんだが、志願兵は素人ばかり。装備も拳銃くらいしか持っていない。完全武装の軍隊相手にするには火力不足だ。そのことを話したら、月代さんが『銃ならたくさん持っている。学校に置いてあるからすぐに取ってくる』って言って……。ああ、来た来た。こっちこっち!」
話の途中で生徒会長は突如、公園の入り口に向かって手を振った。
会長の視線の先には制服姿の二人の少女の姿があった。
「……月代さん、と琴峰さん?」
手招きをする生徒会長の姿を見つけた二人は、こちらに向かって駆け出した。
先行する美沙の後ろを、大きなボストンバッグを担いだ呉羽が追いかける。
短いダッシュで乱れた息を整えながら、美沙は生徒会長に向かって一礼した。
「……お待たせしました」
「お疲れ様。で、持って来てくれた?」
「はい。こちらに」
後ろに控えていた呉羽が、肩に担いでいた荷物を降ろした。
ボストンバッグのジッパーを開いて、中身を見せる。
バックの中には電脳ガンがぎっしりと詰まっていた。
アサルトライフルやサブマシンガンだけでなく、手榴弾やナイフの姿もある。
剣呑な輝きを放つ数々の電脳ガンは見覚えがあった。
「これって……」
「食券と引き換えに集めた銃よ。値段のつかない売れ残り。社会科準備室に置いてあったのを持ってきたの」
かなでのつぶやきに、美沙が答える。
「ありがとう。使わせてもらうよ。……みんな! 校内安全研究会が銃を持ってきてくれたぞ! 長物持っていない奴は、こいつで装備を整えろ!」
会長の合図と同時に志願兵達は一斉に銃器の山に群がった。
瀬田と城島がボストンバックから、使えそうな銃を取り出しより分けてゆく。
はしゃぎながら銃を物色する生徒会メンバーの傍らに立つ美沙と呉羽の元に、かなでが歩み寄る。
「……みんなも、来たんだ?」
「ええ、こうなったのは、あたし達の責任だもの」
「自分達の不始末は、自分達でカタをつけなきゃな」
そう答える美沙と呉羽の瞳には、迷いのない強い意思が宿っていた。
「どうしてあたしだけ声を掛けてくれなかったのよ! 銃の事だって、言ってくれれば手伝ったのに……」
「強制したくなかったのよ。声をかけられたら応じないわけには行かなくなるでしょう?」
「言わなくても来てくれると思ったんだよ。実際、こうして来てくれたんだし……」
二人の思いはかなでと同じだった。
言葉にせずとも伝わる確かな絆を感じ、かなでの胸が熱くなる。
「しっかし、碌なのが無いな……」
ボストンバッグから取り出した銃を並べながら、城島がぼやいた。
「56式小銃とL85。……G11とかどうすんだよ? 予備マガジンも無いじゃん」
「本当に売れ残りだな。だが、無いよりかはマシか。……お前達も、銃を選べ。拳銃一丁だけじゃ火力が足りないぞ」
瀬田に促されて、かなで達も銃を選び始める。
城島が言った通り美沙達の持ってきた電脳ガンは、売れ残りというだけあって碌な物が無かった。
パチ物カラシニコフの56式小銃を筆頭に、いずれも試作品や欠陥品といったいわくつきの品物ばかり。
「……どれを選んだらいいのかしら?」
きれいに並べられたガラクタの前で、美沙が戸惑いの表情を浮かべる。
銃の知識に乏しい美沙は、どの電脳ガンを選べばいいのかさっぱりわからない。
「お前はこれを使え」
美沙に代わってサイファが銃をチョイスする。
サイファが差し出した銃は、メーカー不詳のボルトアクションライフルだった。
構造が簡単なため初心者にも扱いやすい。
一応、倍率調整可能のスコープもついている。
「それで、どうやって使えばいいのかしら?」
プラスチック製の曲銃床を恐る恐る掴みながら、美沙はサイファに使い方を尋ねた。
「使うな。おまえは銃を構えて突っ立っているだけでいい」
「えっ!?」
「ここで一から銃の使い方を教えても覚えられるわけないだろ。試射もできないし、時間も無い。お前の仕事は周囲の警戒だ。このスコープで敵兵を見つけろ。お前の捕らえた視覚情報はチーム全員が共有できる。敵の始末は俺達に任せろ。間違っても援護射撃とか余計なことはするなよ? 背中を撃たれたらたまらんからな」
「……わかったわ」
面と向かって戦力外通告された美沙は、憮然とした表情で肩を落とした。
武器選びに手間取った美沙とは違い、呉羽は早々にメインアームを選んでいた。
L85A3――大英帝国の生んだ欠陥アサルトライフルだけでは物足りないらしく、他の武器を物色していた。
「なあ、これはどうやって使うんだ?」
銃器の山から呉羽は一振りのナイフ取り出した。
ゲームに使用するものらしく、刃はゴム製。
鍔には奇妙な輪がついている。
白兵戦用の武器を掲げ、呉羽は傍らにいた城島に使い方を尋ねる。
「……それはバヨネットだ」
一昨日、呉羽に殴り倒されたことを未だに根に持っているらしい。
城島はそっけない態度で呉羽の質問に答える。
「バヨネット?」
「銃剣だ。ライフルの先端に装着して敵に突き刺すんだ」
「……素手で殴るのはいけなくて、ナイフで刺すのはいいのか?」
納得いかんな、と首を傾げる呉羽を城島がにらみつける。
「素手で殴られたら痛いだろうが! そいつは刃の部分がラバー製になっている。それならば殴っても痛く……痛ぇっ!!」
城島の説明が終わる前に、呉羽は手に持った銃剣で城島の頭を思い切りはたいた。
ゴム製とは言え、殴られればそれなりに痛い。
頭を押さえながら城島が涙目で抗議する。
「何しやがんだ!?」
「痛かった?」
「当たり前だろうが!」
「ならば良し!」
「良かねぇよ!」
城島の頭で威力を確認してから、呉羽はL85A3の先端に銃剣を取り付けた。
仲間たちが銃を選び終えるのを見計らって、かなでも銃を選び始める。
残された電脳ガンの山から、適当に銃を一丁選んで手に取った。
「……あ、おい!」
長方形型の特異な形状のライフルを構えるかなでの姿を見て、城島が慌てて止めに入る。
「その銃はやめておけ。それは……」
「H&K社製。G11アサルトライフル」
スコープを覗き込みながら、かなでは呟く。
「冷戦時代の西ドイツ国防軍の要請により、次世代型突撃銃の試作機として設計、製造される。薬莢を使用しない4.73mm×33DM11ケースレス弾使用。新時代の銃として期待されたが、ケースレス弾の持つ構造的欠陥と冷戦終結による予算削減により配備数は削減。後にアメリカ軍のACR計画に参加するも結局採用には至らず。二十年の歳月と莫大な資産を道連れに、G11計画は廃棄されることとなった」
「…………」
沈黙する城島に、かなではさらに付け加える。
「銃なんてみんな同じよ。弾が出ればいいの。的に当たる銃なんて無い、当てる腕があるだけよ――銃にこだわるのは、腕を磨いてからにしなさい」




