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サイバーグラス・シンドローム  作者: 真先
5.シスター・フッド
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5.シスター・フッド(4)

 芽衣耶は小柄な割には随分と足が速い。

 保健室を飛び出した芽衣耶を、かなでは駆け足で追いかけた。

 保健室に置いてきた美沙と呉羽が気がかりだったが、怒りに震える芽衣耶を放置しておくことも出来ない。

 廊下を早足で歩く芽衣耶の背中に向かって、かなでは叫んだ。


「ちょっと待ってよ、天童さん!」

「……こうなったら、仕方ないわね」


 呼び止めると、芽衣耶は廊下の真ん中で足を止めてつぶやいた。


「あとはあたし達だけでやりましょう」

「やるって何を?」

「校内安全研究会よ。あの二人はもう使い物にならないから、あたし達でやるしかないわ」


 そう言って振り返り、芽衣耶はかなでと向き合った。

 その瞳には力強い意志の光が満ち溢れていた。


「まあ、なんとかなるでしょう。占拠から一日、戦闘も膠着状態になった。あと二、三日はこの状態が続くはず。お偉いさんたちが会議室で対策を協議しているみたいだけど、どうせ何も出来やしない。あとは……」

「あとは生徒総会で電脳管理委員会の解散請求をするだけ、か?」


 芽衣耶のセリフを、背後からの声が引き継いだ。

 慌てて声のするほうを振り向く。


 視線の先に居たのは電脳管理委員会の二人――瀬田と城島だ。

 保健室での会話を二人も聴いていたのだろう。

 カーテンひとつ隔てた先で、電脳管理委員会を潰すための算段を話し合っていたのだ。

 聴こえないはずが無い。


 電脳管理委員会を貶める謀略を阻止するために追いかけてきたのかと思ったが、どうも様子が違うようだ。

 瀬田は穏やかな瞳で芽衣耶を見つめると、呆れたように嘆息し、


「相変わらずやることがえげつないな、メイベル」


 親しげな様子で芽衣耶に語りかけた。


「……久しぶりね、サイファ」


 芽衣耶もまた同様に、親しげな様子で答える。


「言うほど久しぶりってわけじゃないだろ? こんなに早く再開できるとは思わなかったぜ。しかも、同じ学校に入学していたなんてどんな冗談だよ」

「狭い業界だからね。そういうこともあるでしょうよ。どうよ。その後の調子は?」

「お前と別れて以来すっかりシケっぱなしさ。銃のメンテ代にも事欠く有様だ」

「SR-47? あんた、まだあの銃使ってんの?」

「思い出の品だからな。扱いづらい銃だが、長く使っていると愛着が湧いてくる」

「まったく、そんなんだから稼げないんだよ。あんたは感傷的すぎるのさ。思い出に浸って生きていると、早死にするよ」


 旧知の間柄のように語り合う二人に、かなでは目を丸くする。

 同じく蚊帳の外に置かれた城島が躊躇いがちに尋ねる。


「……お前ら、知り合いだったのか」

「ああ、以前一緒に組んで仕事をしていた。こいつは遣り手の武器商人でな、その阿漕なやり口のせいで《災厄の魔女》の通り名で呼ばれる。土浦内戦で政府軍を壊滅状態に追いやった張本人さ」


 笑いながらポケットから電子タバコを取り出した。

 口にくわえようとしたその瞬間、瀬田の手から電子タバコが消えた。


「《百人殺し》のサイファに言われたくないねえ」


 眼にもとまらぬ早業で、瀬田の手元から電子タバコをひったくると、芽衣耶は嫌味と共に口に咥えた。


「関東三県に渡って指名手配されているテロリストが、なんだって電脳管理委員会なんかに所属しているのさ。体制側に着くなんて、随分と落ちぶれたモンじゃない」


 悠々と煙を吐き出す芽衣耶を見つめ、瀬田は大きく嘆息する。


「しょうがないだろ、エイブルに無理やり徴兵されたんだよ。他に行くアテも無いし。そっちこそなんだよ、校内安全研究会って? 素人と組むなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「スポンサーの意向でね。なるべく穏便にコトを進めるようにって依頼なのさ。……旨いね、コレ。何味?」


 瀬田が短く『トロピカルマンゴー味』と答えた。

 南国果実のフレーバーは、芽衣耶の好みに合ったようだ。

 目を細めて大きく煙を吸い込むと、話を続けた。


「……でもダメだね、素人は。最後の最後でヘタレやがった。やっぱ、あんたみたいなプロじゃないと」

「大隊規模の機甲部隊を投入してくるとは、また随分と羽振りのいいスポンサーだな。報酬はいくらだ?」

「そうね、……ロイヤルスイートの宿泊費、一週間分って所かな?」

「なんだよ! それ!?」


 その冗談のどこが面白かったのかは知らないが、二人は顔を見合わせ大笑いした。


「……どういうこと?」


 押し殺した声で、かなでは二人の会話に割って入る。

 自分でもぞっとするほど冷たい声に、二人は笑うのをやめてかなでのほうに向き直った。


「《災厄の魔女》って何? はじめからお金が目当てだったの? スポンサーって何?」


 すがるように芽衣耶の二の腕を掴み、激しく揺さぶる。


「ゲームなんかやったことないって言っていたじゃない! 初めて会ったときに話してくれたことは全部嘘だったの? ……黙っていないで答えてよ、ねぇっ!?」

「何を今更……」


 煩わしそうにかなでの手をはねのけると、芽衣耶は強い調子で言い放った。


「そうよ。お察しの通り、あたしはプロゲーマーよ。プレイヤー名はメイベル。もっとも《災厄の魔女》って、ありがたくもない二つ名のほうが通っているけどね。ポジションはコマンダー。こう見えてもプレイ時間10000時間超のベテランよ」


 いかにも面倒臭そうに、芽衣耶は自己紹介する。


「この学校に来た理由は二つ。一つはエイブル率いる電脳管理委員会の壊滅。もう一つは、この学校の電脳空間を奪取すること」

「なんでそんなことを!」

「お金の為よ、決まっているでしょ。あたしの依頼主――東京のダーク・ウォーターってチームは、この学校の電脳空間とその利用者である生徒達を欲しがっている。ダーク・ウォーターは新設だけど、風俗やカジノとかヤバイ仕事にも手を出しているから潤沢な資金源を持っている」


 悪びれた様子もなく、芽衣耶は言った。


「好条件で契約を取り付けて、次はメンバー集め……と言う段階でいきなり蹴躓いた。戦場は学校の中だからね、メンバーは生徒の中から選ぶしかない。ところが目ぼしいプレイヤーは皆、入学初日に電脳管理委員会に引っ張られてしまった。他にメンバーを集めようにも生徒会組織である電脳管理委員会と正面から敵対しようだなんて、気合の入った奴がいるわけがない。どうしたものかと思案していたところで、出くわしたのがあの討論会よ」


 そこまで一気に説明すると、芽衣耶は電子タバコをふかして一息ついた。


「月代のスピーチを聞いた時、ひらめいたのさ――こいつは使える、ってね。それで校内安全研究会を立ち上げたってわけ。サークル活動ならば人員と資金の確保が同時に出来る上、周囲に気付かれること無く電脳管理委員会を叩くことができる。目論見どおり、いやそれ以上にうまく行ったわ」

「……酷い」


 自分の策謀を得意げに語る芽衣耶の姿はかなでの怒りを掻き立てた。


「あたし達のことを騙していたのね! 素人の振りして近づいて、あたし達を利用していたのね!」

「利用したなんて、人聞きの悪いこと言わないで頂戴。あたしはただ、みんなの願望をかなえてあげただけ。虚栄心旺盛な月代美沙には校内安全研究会代表としての名誉を、暴力衝動をもてあましていた琴峰呉羽には電脳管理委員会との戦闘を――それぞれ欲しいものを与えてやった。それの何がいけないの?」

「プロゲーマーだってことを隠していたじゃない! そんなの卑怯よ!」

「それはお互い様でしょ」


 悲嘆に声を潤ませ詰め寄るかなでを、芽衣耶は冷徹に突き放す。


「……え?」

「とぼけないでよ、あんたもプロなんでしょ?」


 一瞬、芽衣耶の言っている言葉の意味が理解できなかった。

 責めるような眼差しに射すくめられ、絞り出すように声を出す。


「……何を言ってるの?」

「隠したって無駄。プロと素人は見ただけで判るからね。はじめて会ったときから気づいていたよ。あんたはただモンじゃないって」


 彼女の眼つきが変わった。

 芽衣耶は同類を見るような親しみに満ちた目でかなでを見つめる。


「違う! あたしは……」

「社会科準備室で銃を整理している時、あんただけが的確に仕分けを行っていた。素人がAK47と56式小銃とVz52の違いを見分けることなんてできるはずがない。銃に対する知識が豊富だって証拠さ」

「違、違う……」

「射撃訓練の時、的に当てることができたのはあんただけだ。サイト調整されて無い銃で、完璧なフォームで、正確に的を射抜いた。歩兵ユニットを射ち殺すことができたのもあんただけだ。初めてであるにもかかわらず、あんたは躊躇無くマンターゲットに弾丸を叩き込んだ。相当の場数を踏まなければ、あんなことはできない」

「それは……」

「そして昨日、あんたは《百人殺し》のサイファと歩兵ユニット四体を拳銃一丁で倒した。階段の高低差を利用して、ライフルの死角に入り込み一方的に敵を攻撃する。……完璧なコンバットシューティングだった。戦闘状況をずっとモニタリングしていたけど、マジで鳥肌が立ったわ」

「だから……」


 弁解の余地も与えず、一気にまくし立てる。

 必死で誤解を解こうとするが、芽衣耶は聞く耳を持ってくれなかった。


「銃に対する深い知識と、卓越した射撃技術。これだけのものを見せつけておいて、まだ素人だと言い張るつもり?」

「…………」


 最早、反論する気力もない。

 沈黙するかなでにかまわず、芽衣耶は話しを進める。


「まあ、気持ちはわかるわよ。新しいフィールドで右も左も分からないのに、いきなり行動を起こすわけにはいかないものね。しばらくの間は素性を隠して様子を見るつもりだったんでしょ? そういう慎重な所、すごくいいよ。入学初日に通学路でドンパチ始めて電脳管理委員会に徴兵されるバカよりかはよっぽどマシよ」

『…………』


 傍らで話を聞いていたサイファとA・Jが、複雑な表情で顔を見合わせる。


「ちょっとした行き違いがあったけど、ここは水に流そうじゃないの。お互い手の内明かして腹を割って話そうよ。今後のことも色々相談しなくちゃならないし」

「……今後って?」


 電脳管理委員会を崩壊させた後も、まだ何かあるらしい。

 打ちひしがれたかなでが、生気の無い瞳で芽衣耶を見つめる。


「さっきも言ったけど、この学校を現在支配しているのは東京のダーク・ウォーターってチームだ。ダーク・ウォーターはこの学校を橋頭堡にして千葉進出を目論んでいる。かねてからこの学校を狙っていた幕張同盟や市川の地元勢力にとって見れば当然、面白くない。獲物を掠め取られた上、喉元に剣を突きつけられた形になる。地元勢力は総力を挙げてこの学校の電脳空間の奪取に動き出すはず。もうすぐこの学校を中心に戦争が始まる。東京と千葉の大戦争がね! その中心となるのがこの学校ってわけさ。この状況をうまく利用すれば、荒稼ぎができるわ!」


 その大戦争とやらは彼女にとってよほど素晴らしいものらしく、熱のこもった調子で芽衣耶は語った。


「新たな局面に備えて、既に戦力の強化は済ませてある。昨日の戦闘で稼いだポイントを使って新に購入した戦闘プログラムをあたしが操り、あんたは『目』となって戦場の最前線に立つのさ! あんたの戦闘力と、あたしの頭脳。あたし達が手を組めば校内安全研究会は向かうところ敵なしよ!」


 そう言うと芽衣耶はかなでに向けて手を差し出した。

 初めて会った時から彼女はその小さな手でかなでを導いてくれた。

 その溢れんばかりの行動力を、かなでは羨ましいと思っていた。

 ただ手を引かれるだけのかなでとは、まったく違う。


「…………」


 かなでは差し出された芽衣耶の小さな手を、ただ茫然と見つめることしかできなかった。

 握ることも、跳ねのけることもできない。

 俯いたまま沈黙するかなでの姿を見て、芽衣耶の顔が失望の色に染まった。


「……残念。あんたとはうまくやっていけそうな気がしたんだけどね――サイファ、あんたはどうする?」


 芽衣耶は差し出した手を引っ込めると、サイファを振り返る。

 商売人特有の切り替えの早さで、今度は瀬田を味方に引き込もうと勧誘する。


「電脳管理委員会が崩壊したら、あんたは失業でしょ? 良かったらあたしと組まない? 少なくとも、エイブルの下についている時よりかは稼がせてあげるよ」


 芽衣耶の申し出に、サイファは首を横に振った。


「まだ契約期間が残っている。生徒総会で解散が決定するまで、俺は電脳管理委員会のメンバーだ」

「相変わらず変なところで律儀だね。そんなんだから稼げないんだよ。……まあいいわ。それじゃ、月曜日に会いましょう」


 断られることを予見していたのか、あっさりと芽衣耶は引き下がった。

 こちらに背を向けると、電子タバコを握った右手を振り立ち去ってゆく。

 廊下の突き当りを曲がり芽衣耶の姿が見えなくなったのを見計らってから、城島が口を開いた。


「……これからどうするよ、サイファ?」

「どうするって言われてもな、……どうしようもないな」


 不安げな表情で問いかける城島に、瀬田は嘆息しつつ答える。


「結局の所、この学校から侵略者を放逐しないことには話しにならない。おまけにタイムリミット付き――月曜日の生徒総会までにこの問題を解決できなければ電脳管理委員会は解散だ。まあ、とりあえずエイブルと相談だな。まだ会議室に生徒会長たちと一緒にいるはずだから、今の話を報告しに行こう。……それで、あんたはどうする?」


 手詰まりのサイファは、かなでに向かって尋ねる。


「さっきの話じゃ校内安全研究会は事実上、解散状態のようだな。あんたもメイベルと袂を分かって……って、何泣いてんの、あんた!?」


 振り向いた先にサイファが見たものは、目に一杯の涙をたたえたかなでの姿だった。

 両の拳を握り締め、必死で泣くのをこらえていたが、ぽろぽろと頬を伝う涙は止まらない。


「……うっ」

「うわ。お、おい、落ち着け! 泣くなよ、な?」

「……俺、エイブルに報告しに行ってくるわ」

「A・J! てめコラ、逃げんなよ! どうすんだよこの女!?」


 サイファと二人きりになったところで、涙腺の決壊が崩れた。


「うっ、うぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「……だから、泣くなよ」


 げんなりとうなだれる瀬田にかまわず、かなでは号泣した。


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