5.シスター・フッド(3)
かなでの発言は、会議室の面々を唖然とさせるに十分だった。
その衝撃はかなりのものだったらしく、その場にいる全員がかなでを嫌悪と憐憫に満ちた――つまりは精神病患者を見るような眼差しで凝視した。
長い沈黙の後、生徒会長はかなでと瀬田、城島の一年生三人に退出を命じた。
教職員と生徒会関係者のみで、今後の対策を協議するつもりらしい。
去り際に生徒会長は、途中退席した美沙と呉羽が保健室いることを教えてくれた。
一礼して退出すると、かなでは保健室に向って廊下を歩きだした。
その後ろを、なぜか電脳管理委員会の二人が着いてきた。
「……えっと」
「保健室に行くんだろ? 俺達もだ」
振り返るかなでに向かって、憮然とした表情で瀬田が答える。
「先生に診断書を書いてもらわなくちゃな」
城島が付け加える。そう言えば、指導教官がそんなことを言っていたような気がする。
目的地が一緒ならば仕方が無い。三人は連れ立って保健室に向かった。
保健室は会議室と同じ管理棟の一階にあった。
階段を下りてすぐ、管理棟玄関の隣にある保健室の扉を開け中に入る。
電脳管理委員会の二人は事務机の養護教諭の元へ、かなではベッドの方へ向かった。
四つあるベッドのうち、使用されているのはひとつだけだった。
乳白色のカーテンの向こうに人影が見える。
多分、付き添いの呉羽だろう。
「月代さん、大丈夫?」
外から一声かけてから、カーテンの仕切りをめくりかなでは中に入る。
カーテンの中にいたのは、ベッドに横たわる美沙と、傍らに立つ呉羽、そして――
「天童さん!?」
校内安全研究会、統合参謀本部長の天童芽衣耶の姿があった。
金髪の少女は、驚きに目を丸くするかなでに向かって右手を挙げて短く挨拶した。
「よっ!」
「よっ、じゃないでしょ! よっじゃ!! どうしたの、今までどこで何をやっていたの!?」
「んーっ? それはこっちのセリフなんだけど。駅前でショッピングしていたら、みんなが生徒指導に呼び出されたって聞いて慌てて駆けつけてきたんよ。……って言うか、あんたら、なんでバカ正直に呼び出しとかに応じちゃってるわけ? そもそも何で登校してんのよ?」
「何でって……」
「昨日、電脳管理委員会相手にドンパチやらかしたばかりなんだよ? 連中の報復とか考えなかったわけ? 今日は土曜日なんだし、ほとぼりを冷ますためにも週空けまで休むのが普通っしょ?」
やれやれとつぶやきながら首を振る芽衣耶に向かって、呉羽が言った。
「それどころじゃないのよ、天童さん!」
ベッドから身を乗り出して、美沙が叫んだ。
「昨日の戦闘の後、この学校の電脳空間が正体不明の敵に占領されてしまったのよ!」
「それがどうしたの?」
「え?」
涼しげな顔で尋ねる芽衣耶に、今度は呉羽が詰め寄る。
「どうしたのじゃないだろう!? あたし達のせいで、この学校は戦場になっちまったんだぞ!」
「別にいいじゃない」
「え?」
こともなげに言い返す芽衣耶に、呉羽は言葉に詰まる。
「まあ、大分混乱しているようだけど、ちょっとみんな、落ち着いて思い出してよ――あたし達の本来の目的は何?」
「……それは」
芽衣耶に言われて改めて校内安全研究会の本来の目的を思い出そうとしたが、いろいろなことがあり過ぎてすぐには出てこない。
「『学内における遊戯銃の持ち込み禁止』だったよね。だったら、この状況はあたし達にとってむしろ理想的な状況と言えるんじゃない?」
「……理想的? これのどこが理想的だって言うんだ!!」
反論しよるとする呉羽を遮り、芽衣耶は説明を続ける。
「今現在、この学校はプロゲーマーの戦闘プログラムによって支配されている。プロゲーマー達は膨大な資金力を背景とした強大な戦力を持っている――大量の兵隊に、戦車に航空兵器まで投入されているんだよ。そんな激戦区に鉄砲担いで登校したらどうなる? 一分で死亡判定でしょ」
かなでは今朝の登校時の出来事を思い出した。
彼女の言うとおり、通学路は兵隊達の姿であふれかえっていた――そして、数分と経たずにやられてしまった。
沈黙するかなで達の姿を納得と受け取ったのか、芽衣耶はさらに説明を続ける。
「奴らがこの学校を支配している限り、電脳管理委員会は手も足も出ない。あとはこの状況を維持しつつ、月曜日が来るのを待つだけだね」
「月曜日って、何?」
「生徒総会で電脳管理委員会の解散請求をすんのよ! 美沙ちゃんが言い出したんじゃない。忘れちゃったの?」
美沙が尋ねると、さも当然とばかりに芽衣耶が答える。
「学校を敵から守ることを交換条件に生徒会の後ろ盾を得ていた電脳管理委員会は、敵に占拠を許した時点でもはや存在意義は無い。今回の事件を生徒総会で訴えれば、解散請求は確実に通ることになる。そうなればあたし達、校内安全研究会の完全勝利よ!」
高らかな勝利宣言に、しかし歓喜するものはその場に居る誰一人として居なかった。
芽衣耶の言う通り、今の状況は校内安全研究会にとって理想的な状況と言える。
大量の戦闘プログラムが占拠している限り、学校内では《グローバル・コンバット》をプレイすることはできない。
伯陵学園は電脳ガンを担いで校内を練り歩く生徒がいない、ごく普通の学校になるだろう――表面的には。
「……その後はどうするの?」
何かをこらえるようにシーツをきつく掴み、美沙が尋ねる。
「その後って、何?」
「だから! 電脳管理委員会を潰した後、この学校はどうなるのかって聞いてるの!?」
「別にどうもしないよ。校内安全研究会の活動はお終い。あ、打ち上げパーティーとかやる?」
「この学校を占拠している戦闘プログラムはどうするの? 電脳管理委員会が居なくなったら、だれがこの学校を守るのよ!」
表面的には平和でも、電脳空間では戦闘プログラムによる大量虐殺が繰り広げられているのだ。
ベッドの上から詰め寄る美沙に、芽衣耶は困ったような顔をして説明をする。
「いや、だからそれはゲーム空間の中での話でしょ? あくまでもゲーム内の演出であって、実際に校舎を破壊したり、生徒たちに危害を加えているわけじゃないんだよ。《グローバル・コンバット》は、限りなく実戦に近いシミュレーターだけど、本物の戦争じゃないんだから」
「そんなことは解っているわよ!」
芽衣耶が必死で言い繕うが、美沙を説得することは出来なかった。
ベッドから身を起し声を荒らげる。
「ゲームだって事は解っている! 偽物だって事は解っている! でもね、……さっき見た、あの映像が頭の中から離れないのよ。あんな、あんなの……酷い!」
美沙は声を詰まらせて俯いた。
話は途切れてしまったが、彼女の言いたいことは解る――痛いほどに、よく解る。
何しろかなでは今朝、戦場と化し学校の現状をその身をもって体感したのだ。
全身を貫いた機銃弾の生々しい感触が今も体に残っている。
それが電脳空間の作り出した疑似感覚に過ぎないことを頭の中で理解していても、体に刻み込まれた死の恐怖が許してはくれない。
「本物と見分けがつかないくらいにリアルな戦争なら、それは本物の戦争よ。いいえ、本物とか偽物とか関係ない。あたしは、あたし達は……」
かなで達にとって《グローバル・コンバット》は既に、現実の戦争そのものであった。
今、こうしている間にも電子の網を一つ隔てた電脳空間で繰り広げられている破壊と殺戮の嵐に怯えるかなで達の心情を、芽衣耶は理解してくれない。
それがとてももどかしかった。
「落ち着いて、美沙ちゃん! とりあえず落ち着いて」
嗚咽する美沙の肩に手をやり、芽衣耶が宥める。
「いい? 美沙ちゃん、あなたは今、混乱しているの。《サイバー・グラス症候群》って言って、サイバー・グラスを長時間かけていると、現実と虚構の区別が曖昧になってくるんだよ」
とうとう芽衣耶は美沙のことを病人扱いし始めた。
優しさと憐みに満ちた瞳で美沙をみつめ、ゆっくりと諭す。
「一度、専門のお医者さんに診てもらったほうがいいわ。大丈夫、きっと治るから。そしたらまた一緒に……」
「あたしは正常よ!」
肩に置かれた手を払いのけ、病人扱いする芽衣耶に反論する。
「おかしいのはむしろあなたの方よ! ゲーム空間のこととは言え、あたし達のすぐそばで戦争がおきているのよ! それを知っていながら平然としていられるあなたの神経のほうがおかしいわよ!」
「……言ってくれるじゃないか」
その瞬間、芽衣耶にまとわりついていた雰囲気が変わった。
いたわるような様子から一転、凄味のきいた声で美沙を責め立てる。
「たった一度プレイしたぐらいで、随分とまあ知った風な口を叩いてくれるね? 笑わせんじゃないよ! 大体、こんな状況になったのはだれの責任だと思ってんの!?」
「……それは」
「討論会でゲーム禁止を提案したのは誰? 校内安全研究会を作ったのは誰? 電脳管理委員会に喧嘩を売ったのは誰? みんなあんたが始めたことじゃない!」
激しく問い詰められ、美沙は涙目で固まった。
「……だって、だって、こんなことになるなんて思わなかったんだもの! 知らなかったんだもの!」
幼子のように頭を振る美沙に向かって、芽衣耶は侮蔑も顕に吐き捨てる。
「初めて会った時からあんたはそればかりだ。何も知らない――知ろうともしない! 電脳管理委員会のことも、ゲームのことも、ちょっと調べれば解ることじゃないか。それにも関わらず、あんたは何もしなかった。何故? ……それはね、あんたにとってこの問題は、どうでもいいことだったからだよ」
「……違う」
「みんなの前でちょっといい格好してみたかっただけなんだよね? 討論会で発言して、意識の高い学生であることをアピールしたかっただけなんだよね? 鼻つまみ者のゲーマー達を槍玉にあげて『学内における遊戯銃の持ち込み禁止』とかもっともらしい議案を掲げれば、簡単にみんなの支持を得られる――そう思ったんでしょ?」
「違うわ! 私はただ……」
それ以上は言葉にならない。
美沙は涙に濡れた顔を両手で覆った。
嗚咽する美沙に向かって、芽衣耶はさらに責め立てる。
「お祭り気分で周りを引っ掻き回したあげく『私は何も知りませんでした。こんなつもりじゃありませんでした』だ? ……っざけんじゃないよ!」
「もうやめろ、天童!」
見かねた呉羽が引き止めに入った。
「今は仲間割れしている場合じゃない。理由はどうあれ、この状況を放置しておく訳にもいかないだろ」
「……あんたもかよ」
うんざりとした声で呉羽をにらみつける。
その軽蔑に満ちた表情にひるみながらも、呉羽は続けた。
「だって、実際に被害が出ているんだぞ! プロゲーマーのいかがわしい商売のせいで、一般性徒が犠牲になっているんだ。ほっとく訳には行かないだろ!」
「ほっとけばいいじゃんか。校則で禁止されている成人指定コンテンツにアクセスしてトラブルに巻き込まれたとしても、そいつの自己責任でしょうが。ネット・カジノで破産しようが、電脳ポルノに有り金つぎ込もうが、あたし達の知ったこっちゃ無いでしょ!」
捕まれた腕を振り払い、さらに言い募る。
「もういい加減にしてよ! 大体、あんたは言ってることとやってることがメチャクチャなのよ! 訓練の時は人殺しは良くないとかしおらしいこと言っていたくせに、実戦になったとたんに豹変して対戦相手に殴りかかってさ! 向こうが引いてくれたから良かったものの、あやうく訴訟沙汰になるところだったんだよ!? あんたのせいで!!」
「そ、それは……」
「要するにあんた、いろいろ理由をつけて暴れたいだけなんじゃない! 幼稚な正義感振りかざして、自分の暴力的衝動を満たしたいだけなんでしょ!? 言動と行動に一貫性が無いのは、あんたが何も考えてないって事の証拠さ!」
「…………」
芽衣耶に激しく糾弾された呉羽は沈黙した。
「あんたたちはそれぞれ見たいものを見て、知りたいことだけ知って、やりたいことをやっただけ。それで一体何が不満だって言うのよ? 勝手なこと言ってんじゃないわよ!!」
二人が言い返してこないのに気がついたのか、やや落ち着きを取り戻した芽衣耶は声を抑えた。
「拡張現実の作り出す膨大な情報量は、脳の処理能力を大きく上回る。そこに生じる空間認識のズレが《サイバー・グラス症候群》の正体よ。あんたたちのような主体性が無く、意志薄弱な人間がかかりやすい精神疾患さ」
うなだれる二人を見下ろし、芽衣耶は鼻を鳴らした。
これ以上の議論は無駄だと悟ったのか、カーテンの仕切りを引いて退室した。
「あんたたちにとって現実とは何か、本当にやりたかったことを何かを、もう一度良く考えてみることだね。どうせ月曜日になったら、嫌でも思い知ることになるんだから。何も出来ない現実って奴を」
最後にそう言い残すと、芽衣耶は憤然とした足取りで保健室を飛び出した。




