5.シスター・フッド(2)
弁護士が言うところの審問会は生徒指導室――の隣の会議室で行われることになった。
参加者があまりにも多いので、生徒指導室では全員が入り切れないからだと弁護士は説明してくれた。
しかし弁護士は、肝心な審問会が何なのかを説明してはくれなかった。
入室すると審問会の参加者達は既に着席してかなで達が来るのを待ち構えていた。
広めの会議室にかなで達の席は用意されてなかった。
弁護士に誘われ、会議室の中央で三人並んで起立する。
(まるで裁判所だ……)
被告人のように立たされたかなでは、緊張につつまれた会議室をぐるりと見回した。
かなでたちの正面――議長席に座っているのが、生徒指導担当教官。
その両脇に右側が記録係の事務員、左側が新聞委員の生徒が着席する。
向かって左側の会議用テーブル――傍聴席に上座から校長、教頭、警備主任の順で着席。
対面の右側のテーブル――原告席に座っているのが、原告側弁護士を筆頭に生徒会長、電脳管理委員会の委員長エイブルと委員の二人が着席していた。
原告席の下座に座る二人、瀬田零士と城島新は――こういう表現はしたくはないが被告席に並んで起立するかなで達を、胡乱なまなざしで睨み付けていた。
二人ともいつもと様子が違う。
瀬田は悪趣味なサイバー・グラスをはずし、素顔をさらしていた。
城島は頬に大き目の絆創膏を貼り付けていた。
列席する錚々たる顔ぶれを見ても、この審問会の重大さが窺える。
記録係の事務員が準備を完了すると、生徒指導担当教官が審問会の開催を宣言する。
「それでは審問会を始めます。……よろしいですか?」
傍聴席に座る校長の了承を得て、審問を始める。
「……では先ず、事実確認から行います。昨日、正午。学食内のオープンテラスにおいて月代美沙を代表とする校内安全研究会以下四名は、電脳管理委員会に対して遊戯銃と攻撃型プログラムで電脳攻撃を敢行。公務を妨害した上、委員に対し暴行を加えた――以上で間違いありませんか?」
『……え?』
身に覚えの無い罪状を突きつけられて、かなでたち三人は絶句する。
「意義あり!」
固まる三人に代わり、すかさず弁護士の林田が反論する。
「指導教官の述べた起訴内容は極めて意図的、かつ悪意的な解釈によって作成されたものです。校内安全研究会は拡張現実体感ゲーム《グローバル・コンバット》を行っていたに過ぎず、公務妨害、ましてや暴力行為を目的としたものではありません」
「意義あり!」
林田の答弁に対し、今度は原告側弁護士が意義を唱えた。
「学校側に提出された校内安全研究会の活動内容は『校内における遊戯銃、及び戦争ゲームの廃絶』と描かれております。これは校内安全研究会が特定の政治運動を目的とした思想団体であることを示しており、電脳管理員会に対する襲撃は政治的破壊活動ではないかと推測されます」
初老の原告側弁護士はかなでたち校内安全研究会を、あたかも危険なテロリストであるかのように評した。
あんまりな言いように、たまらず美沙が口をさしはさむ。
「ちょ、ちょっと待ってください! あたしたちは……」
「意義あり! 彼女達の活動に、なんら政治的意図は隠されておりません」
しかし、美沙の発言は林田弁護士によって遮られた。
事前の打ち合わせ通り、林田は校内安全研究会に一言も喋らせるつもりがないらしい。
林田は相手側弁護士に対し、一歩も引かない姿勢で対峙する。
「電脳管理委員会との間に生じた意見の違いを、ゲームの勝敗で決着をつけようとしただけです。この解決方法を提示したのは、電脳管理委員会側からです」
「意義あり! 《グローバル・コンバット》の規則によると、プレイヤーに怪我を負わせるような直接攻撃は禁止されています。校内安全研究会の行動は、ゲーム・プレイのルールからも逸脱しております」
「意義あり! あくまでもゲーム内で起きた偶発的事故です。暴行を意図したものではありません」
「意義あり! 非力な女性徒が男子生徒を偶発的に投げ飛ばすことなど考えられません。実際に怪我人が出ている以上、これはれっきとした暴行事件として扱うべき……」
「だーっ! もーっ! うっさい!!」
切れ目なく繰り返される弁護士達の応酬に、しびれをきらした呉羽が割って入る。
「何言ってんだかわかんないけどさ! とにかく、そこにいるチャラいのをブン殴ったのはアタシだよ!」
原告席の下座――顔に絆創膏を貼り付けた城島を指差し、呉羽は絶叫する。
「琴峰さん黙って……」
林田が止めるのも聞かず、呉羽は続ける。
「いいんだよ、もうたくさんだ。アタシはウダウダ言い訳なんかしたくないんだ」
「……つまり、暴行を認めるんですね?」
確認する原告弁護士に向かって、開き直った呉羽が明言する。
「ああ、そうさ! こっちの弾は当たんないし向こうも撃ってきたから、つい手が出ちまったんだよ! しょうがないだろ? 『撃たれる前に撃て』ってのがこのゲームのルールだって聞いてたんだから……」
「指導教官、本人が罪を認めました」
初老の原告側弁護士が、嬉々とした様子で発言する。
「供述内容を公式に記録することを要請します。以後、この案件は暴行事件として……」
「黙んな、このクソ弁護士!」
電脳管理委員会の委員長――確かエイブルと言ったはずだ。原告席側に座った小柄な少女が味方であるはずの原告弁護士を一喝する。
「あたしもいい加減、うんざりさ。こんな茶番はさっさと終わらせちまおう――電脳管理委員会は、校内安全研究会に対する訴えを全て放棄する。……これで文句は無いだろう?」
エイブルは議長である生徒指導教官に向かって陳情した。
原告が訴えを取り下げてしまえば、裁判は終了する。
会議室の中にいる者全員、原告、被告両弁護士も含めて異論をさしはさむものは居なかった。
ただ一人、
「……怪我したの俺だぞ? 何で勝手に訴え取り下げんのよ?」
と、城島だけがぶつぶつと不満を口にしていたが、
「やかましい!」
「げふっ!」
エイブルに横面を殴り飛ばされ沈黙した。
「もともと、あたしらは訴えるつもりなんて無かったんだ。ゲームで負けた上に訴えるなんてみっともないにも程がある。それを賠償金目当ての校内弁護士共が騒ぎやがって。……なあ教官、こんなことやっている場合じゃないだろ? さっさと本題に入ろうぜ」
「……ああ、わかった。これで校内安全研究会に対する審問を終了する」
指導教官は苦笑すると、審問会の終了を宣言した。
二人の弁護士、林田と白髪の原告側弁護士は無言で席を立った。
さっきの激しい応酬もどこへやら、仕事を失った二人の弁護士は苦笑を浮かべ会議室を退出する。
「今回の事件に関して、校内安全研究会の処分は行われないものとする。暴行事件も不問に付す。壊したものの修理費や負傷者の治療費などの費用は、学校側が負担する。負傷した二人――瀬田と城島は保健室で診断書を書いてもらえ」
「はい」
即座に瀬田がうなずく。
「……ってか、たった今起きた暴行事件はスルー?」
エイブルに殴られ赤くはれ上がった頬を指差し城島が抗議するが、もちろんだれも取り合わない。
審問会は終わったはずだが、まだ校内安全研究会に用があるらしい。
指導教官が議長席から傍聴席に移動すると、入れ替わりに生徒会長の恒松が議長席に座る。
「それじゃあ、あとは僕が引継ぎます」
席替えを終えると、生徒会長が穏やかな調子で話し始めた。
「さて、これで校内安全研究会はお咎めなしということになったわけだ。そこで、あらためて質問するけど……なんでこんなことをしたの?」
「学校内から銃を無くすためです」
校内安全研究会を代表して、美沙が生徒会長の質問に答える。
「私たちは健全な学校生活を送るために、校内における電脳ガンの持込を禁止するよう提言しました。しかし、校内で戦争ゲームを行いたいという、極めて身勝手な理由で電脳管理委員会は私たちの提案を退けました。ゲームで対戦して勝利すれば電脳管理委員会は解散するという申し出に、私たちは不本意ではありましたが応じることにしました。彼らの非常識な行動を止めるためには、他に方法はありませんでした」
「んーん、んっ? いや、そういうことじゃない、そういうことを聞きたいんじゃ無いんだ……」
理路整然とした美沙の答弁は、生徒会長の期待していたものではなかったらしい。
顎に手を添えて考えこむような姿勢をとる。
しばしの沈黙の後、考えがまとまったのか生徒会長は再び口を開いた。
「じゃあ、質問の仕方を変えようか。君達は自分達が何をしたのかわかっているのかな?」
「……え?」
言い方を変えたところで、生徒会長の質問はあまりにも漠然としすぎていた。
質問の趣旨を掴みかねて、美沙は言葉に詰まる。
もとより明確な返答は期待してはいなかったのだろう。
会長は手元のリモコンを操りつつ、説明を続ける。
「昨日、午後二時。戦闘が終わってすぐのことだ。この学校の電脳空間は外部からの襲撃を受けた」
「襲撃?」
「敵戦力は歩兵一個大隊、及び一個戦車小隊とその他機甲車輌。君達の襲撃を受けて壊滅状態にあった電脳管理委員会はなす術も無く敗退、この学校は敵勢力に占拠された。敵の占拠は現在も続いている――これが、校舎内の映像だ」
背後の黒板型液晶モニターに画像が映し出される。
校門前に鎮座する鋼鉄の主力戦車。
校庭に並んだ自走砲、対空砲、戦闘装甲車などで編成された機甲部隊。
校舎の中を行き交う戦闘服姿の兵士達、そして無抵抗に射殺される生徒。
廊下に転がるいくつもの死体。
戦闘服姿の兵士達は教室の中にもいた。
屈強な兵士たちはスーツ姿の女性――AR教師を教壇に押さえつけていた。
引き裂かれたブラウスからまろびでた白い双乳を無遠慮に揉みしだき、女教師の背後から臀部めがけて腰を打ち付け――、
液晶モニターに映し出された異様な光景を見せつけられて、校内安全研究会の三人は絶句する。
とても女子高生の正視に堪えられる映像ではない。
「……うっ!」
激しくえづくと同時に、美沙は口を押さえて会議室を飛び出した。
「美沙!」
すぐに呉羽が美沙の後を追いかけて退出する。
後に続こうとするかなでを引き止めるように、生徒会長が説明を続ける。
「これは《グローバル・コンバット》のゲーム内映像だ。こういった残虐行為を見せ付けることによって、自分達の支配領域であることを知らしめているのさ。悪趣味なことだ。敵の正体についてはいまだに不明。だがこの容赦ない手口を見る限り、相手は場数を踏んだプロであることは間違いない」
「……プロ、ですか?」
かなでのつぶやきに会長がうなずく。
「金目当てのプロゲーマーのことだ。《グローバル・コンバット》で稼いだポイントはリアルマネートレーディングで換金することが可能だ。他にも支配領域に置いた電脳空間を使って、集金コンテンツを配置して商売を始めることもできる。各種企業広告に始まり、ネットショッピングや電脳ポルノにオンライン・カジノ――やりたい放題だ。《グローバル・コンバット》の回線を経由すれば、一般回線からでも簡単にアクセスできるようになる」
生徒会長はモニターから凄惨な光景を消し去ると同時に、手元にあった携帯端末を取り上げた。
「生徒会によせられた報告によると、電脳ポルノにアクセスして多額の使用料を請求されたのが十一件。オンライン・カジノに有り金全部巻き上げられたのが八件。逆に大勝ちしてラスベガスに旅立ったバカが一件。海外ショッピングサイトから禁止薬物を購入したのが四件。高金利の学生ローンに手を出したのが二件。宗教、及び政治団体に入会したのが一件。ねずみ講その他、金融詐欺に引っかかったのが八件――占拠されてから、まだ一日も経っていないって言うのにこの有様だよ」
次々と被害報告を告げてから、会長は会議室に残った唯一の校内安全研究会のメンバー――つまり、かなでを恨みがましい目で見つめた。
口にこそ出していないが、その目は校内安全研究会の責任を問い詰めていた。
「学校のような文教地区は電脳治安レベルが高く、空間価も高い。プロゲーマーにとっては、魅力的な戦場だ。占拠すれば世間知らずの学生達をカモにすることも出来る。そういったプロゲーマー達から、この学校を守るために組織されたのが電脳管理委員会だ」
生徒会長は電脳管理委員会の三人を指差した。
「もともと電脳管理員会はプロゲーマー達の対抗手段として、生徒会が中心となって設立された組織だ。生徒達の中からゲーマーを徴募して、学校敷地内をゲームフィールドとして開放。ポイント稼ぎの場所として提供する見返りに、電脳管理員会はプロゲーマーからこの学校を守る。微妙なバランスの上で成り立っていた生徒会と電脳管理員会の協力関係も、君達のせいで台無しになってしまった」
一気に説明すると、会長は疲れたようにテーブルに手を着いた。
「電脳管理員会はプロゲーマー達からこの学校を守る唯一の手段だった。傍から見れば、大事な畑を荒らす目障りな雀に見えたかもしれないが、彼らは作物にたかる害虫を駆除してくれる益鳥だったんだ。それを君達は潰してしまった――知らなかったでは済まされないよ。もう一度聞く、何でこんなことをした?」
会長は再び問いかける。その有無を言わせぬ強い調子にかなでは返答に詰まった。
(……なんでこんなことになったんだっけ?)
討論会に始まりここまでの経緯を思い浮かべ、自分には電脳管理委員会と戦わなければならない明確な理由がないことに、今更ながら気がついた。
電脳管理委員会の非常識な行動は気に入らないが、美沙ほどの潔癖な正義感はなかった。
身勝手な主張には怒りを覚えるが、呉羽ほどの激しい義憤はなかった。
いろいろな迷惑を被ったが、芽衣耶ほどのあからさまな嫌悪はなかった。
周囲の意見に調子をあわせ、流されるがままここまで来て、気がつけば一人ぼっち。
自分の主体性の無さを思い知り愕然とするが、嘆いている暇はない。
こうしている間も生徒会長はかなでの返答を辛抱強く待ち続けているのだ。
ここにいない三人の意見をまとめて、とりあえずこの場を言い繕うことは出来るだろうが、怨嗟の眼差しでかなでをねめつける生徒会長を納得させることは到底できそうにない。
うわべだけの言葉を並べても意味が無い。
自分の考えで、自分の言葉で、
「……テラスで」
「うん? テラスがどうかしたのかな?」
頭に浮かんだ言葉を、そのまま口にする。
「オープンテラスで、ランチを食べたかったからです」
『…………』
やっとの思いでかなでが答えると、会議室内は重苦しい沈黙に包まれた。




