5.シスター・フッド(1)
伯陵学園の土曜日は選択授業の日。
芸術や語学などの多種多様な授業が実施され、生徒たちはそれぞれ好きな科目を選択するのだが、大抵の生徒は『休日』を選択する。
平日のようににぎやかな登校風景は無く、通学路を行き交う生徒たちの数もまばらだ。
いつものように戦争ゴッコに明け暮れる電脳管理委員会の姿も無い。
校内安全研究会との約束を守って、素直に解散したのかもしれない。
既に見慣れた通学路を、かなでは鼻歌交じりに歩いてゆく。
昨晩は遅くまで友人達と多いに盛り上がった。
カラオケにボーリングにプリクラ――新しい友人達と楽しい一時を過ごして、ようやく高校生活が始まったような気がした。
通学路の桜並木は既に盛りを越え始めていた。
舞い落ちる桜の花びらを見て、かなではこの桜並木を記録に残しておこうと思い至った。
サイバー・グラスの撮影機能を使えば、この桜並木を一年中楽しむことが出来るのだ。
故郷にいる家族の元に届けてやればきっと喜んでくれるに違いない。
この学校に入学することを反対した両親達も、一人称視点で撮影された小粋な動画映像をみれば、娘の新生活がうまくいっていることを知り安心することだろう。
サイバー・グラスを用いた最先端の電脳生活に、既にかなでは馴染みつつあった。
鞄からサイバー・グラスを取り出し、顔にかけたその時、通学路の風景が一変した。
「……え?」
閑静な通学路に響き渡る銃声。
鳴り響く爆音。
往来を駆ける兵士。
車道を走る戦闘車両。
家屋から立ち上る黒煙――そして、なぎ倒された桜並木。
「……何、これ?」
眼前に突如出現した戦場に向かって、かなでは呆然とした表情でつぶやいた。
カーキー色の戦闘服に身を包んだ兵隊達が登校途中の生徒たちに向け、銃を乱射する。かなでの前を歩く女性徒が、全身に銃弾を浴びて倒れた。
全身を朱に染め倒れたまま動かない女生徒には目もくれず、兵隊は次の獲物に向けてライフルを構える。
反射的に、体が動いた。
「やめて!」
絶叫と共に、かなではバッグの中に手を突っ込んだ。
昨日の戦闘で放り込んだままにしておいた銃を取り出し兵隊に向けて構える。
抜き打ちで放った銃弾が、女性徒を撃ち殺した兵隊に突き刺さる。
首筋に命中した弾丸が喉笛を貫通。
兵隊は血を吐きながら倒れた。
MP46の銃声に他の兵隊達はすぐに反応する。
無抵抗の通行人を撃ち殺すのをひとまず中断して、仲間の敵を討つべくかなでに向かって発砲する。
思惑通り彼らの注目をひきつけることに成功したかなでは、AK銃の一斉射をかわしながら街路を駆ける。
桜の倒木に身を隠しつつ応戦する。
一箇所に長く止まるようなことはしない。
射撃、逃走、潜伏、また射撃――一連の動作を連綿と繰り返しながら、通学路を進んだ。
ダブルタップで放つかなでの射撃は、一人、また一人と敵兵を屠ってゆく。
数人倒した所で、かなでの手中で軽快に跳ねていた拳銃が、スライドを下げたまま沈黙した。
(弾切れ!?)
戦闘に熱くなりすぎて残弾の確認を怠っていた。
初歩的な、しかし致命的なミスにかなでは青ざめる。
弾丸を撃ちつくした今、出来ることは唯一つ――逃げることだけだ。
敵から銃弾をかわすため、体を左右に揺らしながら街路をジグザグに走ってゆく。
息が上がり始めたかなでの前に、校門が見えてきた。
悲鳴を上げる心臓を無視して、駆け足の速度を上げる。
追っ手を振り切り校門に飛び込もうとしたその時、鋼鉄の門扉の向こうから履帯が奏でる金属音が聞こえてきた。
「……なっ!?」
疾走するかなでの前で、巨大な戦車が行く手を阻んだ。
その圧倒的な存在感に、かなでの足が止まる。
戦車はターレットを旋回し、呆然と佇むかなでに主砲を向けた。
戦車兵は人間相手に高価な砲弾を浪費するようなことはしなかった。
ターレット上部のハッチから顔をのぞかせた兵士が、かなでに向けて備え付けの重機関銃を構える。
無慈悲な戦車兵は、躊躇無く引き金を引いた。
唸る様な銃声と共に重機関銃が火を噴く。
軽快なリズムとともに撃ち込まれてゆく銃弾が、かなでの肉体を次々と粉砕してゆく。
引きちぎられた利き腕が、握りしめた拳銃ごと後方へとんでゆく。
腹部に穿たれた鉛の感触が、内臓をえぐり背中へと抜ける。
右膝を破壊されると同時にバランスを失った体が、大きく傾く。
「ぃああああああああああっ!!」
死の恐怖に慄きながら、かなでは意識を失った。
「……なさい」
漆黒の闇の中。遠くからかなでを呼ぶ声が聞こえる。
「起きなさい!」
「はいぃぃっ!」
怒気をはらんだ声に命じられて、黄泉路からかなでは生還した。
「……あれ?」
混濁した意識を振り払うように頭を振る。
起き抜けの気だるい感覚が、自分がまだ生きている事を教えてくれた。
そう、まだ生きている――いつもの通学路、見慣れ始めた校門前で、上半身を起こした姿勢のまま、かなではまだ自分が生きていることを実感していた。
重機関銃に吹き飛ばされたはずの四肢も存在する。
痛みもない。唯一、色覚だけが異常を訴えていた。
かなでの目に映る校門前の風景は、古いモノクロ映画のように色彩が抜け落ちていた。
それが《グローバル・コンバット》の描き出した死亡判定マーカーであることを、視界の端で明滅する『DEAD』の文字が教えてくれた。
慌ててサイバー・グラスを取り外すと、かなでの目は元通りの色彩を取り戻した。
通学路にたむろする戦闘服の兵隊達や校門前の戦車は、全て《グローバル・コンバット》の作り出した虚像だったのだ。
最後にサイバー・グラスを使ったのは昨日の昼休み、電脳管理委員会との戦闘を終えた直後。
それからさっきまで、サイバー・グラスは《グローバル・コンバット》を起動したまま鞄の中に放り込んだまま放置していた。
初心者にありがちなケアレスミスだ。粗忽な自分を笑い飛ばそうとして――出来なかった。
生々しい臨死体験によって刻み込まれた恐怖が、かなでの体を支配する。
手の震えが止まらない。腰が抜けて立ち上がることができない。
「早く起きなさい、通行の邪魔だ」
冷や汗を流し震えるかなでに声をかけたのはいかつい顔をした警備員だ。
伯陵学園では生徒たちの安全を守るため、あるいはもめ事を起こす生徒を取り押さえるために警備員を常駐させている。
制服姿の警備員の言う通り、校門の真ん前で横たわるかなでは登校途中の生徒たちの邪魔になっていた。
クスクスと笑いながら取り過ぎてゆく生徒たちの視線にさらされ、体を支配していた恐怖の呪縛が解けた。
羞恥と共に立ち上がるかなでに向けて、警備員は携帯端末をかざした――学生証を照会しているのだろう。
確認を終えると、いかにも面倒ごとに直面しているといった苦々しい表情を浮かべ、高圧的な態度でかなでに尋ねる。
「佐伯かなでさんだね?」
「……はい」
「生徒会から出頭命令が出ている。至急、生徒指導室に行きなさい」
▽▲▽
管理棟の廊下を生徒指導室に向かって歩いてゆく。
制服姿の警備員と並んで歩いていると、なんとなく護送された囚人の心境になってきた。
幸いなことに囚人気分は長くは続かなかった。
管理棟の廊下は短く、すぐに生徒指導室に到着した。
管理棟の二階、会議室の隣にある小部屋が生徒指導室だ。
生徒指導室の前には、二人の女性徒がいた。
「佐伯さん!」
かなでの姿を見つけた美沙が、駆け寄ってきた。
「月代さん? 何でここに?」
「……呼び出されたのさ、アタシら二人とも」
壁にもたれかかった姿勢のまま呉羽が答える。
「登校したらいきなり警備員に『生徒指導室に出頭しろって』連れてこられたのさ。アンタもかい?」
「いえ、あたしは……」
校門前で寝転がっているところを保護された、とはさすがに言えなかった。
通学路で大暴れした件で呼び出されたのだと思っていたが、どうやら違うようだ。
校内安全研究会のうち三人が指導室に呼び出された。
これは偶然ではないはずだ。不安げな表情で顔を見合わせると、通路の奥から一人の男性が歩み寄ってきた。
「校内安全研究会の皆さんですね?」
きれいに撫で付けられた髪に古風な黒縁眼鏡をかけた中年男性は、よく通る声でかなでたちに向かって尋ねる。
「……ええ、そうです」
美沙が代表して答えると、中年男はうなずいた。
「この度、皆さんの弁護を引き受けることになりました、校内弁護士の林田と申します」
『……は?』
唖然とする三人を尻目に、林田と名乗る弁護士はタブレット端末を取り出しなにやら調べ物を始めた。
「ええと、あなたが月代美沙さん、校内安全研究会の代表でよろしいですね? そちらが、琴峰呉羽さん。で、あなたが佐伯かなでさん、と……一人足りないようですが、天童芽衣耶さんはどちらに?」
「今日は登校していないみたいなんですけど……。あの、弁護って一体……」
「ああ、それではご説明します。重要なことなのでよく聞いてください。これから審問会が始まります。生徒指導担当教官にいろいろ訊ねられますが、皆さんは何も喋らないでください」
「……え?」
「何も喋らないでください。皆さんの意見は私が代わりに答えます。質疑応答は私に任せて、皆さんは一切口を開かずに座っているだけで結構です。大丈夫、私に任せておけば万事うまく行きます。ご安心下さい」
何が大丈夫なのかさっぱり判らなかったが、とりあえず弁護士が出てくるような大事になっていることだけは理解できた。
何ひとつ、安心できやしない。




