4.スクール・シューティング(4)
「校内安全研究会だって!?」
サイファが告げた敵の正体に、エイブルは声を上げた。
エイブル率いる電脳管理委員会は、渡り廊下の戦闘を何とか乗り切ることができた。
サイファが敵の『目』を退けてくれたおかげだ。
中庭を抜け出し体育館脇の通路まで来た所で、サイファから通信が入った。
『間違いない、敵の正体は校内安全研究会だ。敵の『目』は、社会科準備室で受付やっていた女だ。現在、実習棟に向かって逃亡中。追い詰めて仕留める。交信終わり』
通信を切ると、エイブルは情報を整理する。
敵は校内安全研究会。
冷静になってよく考えてみれば、納得できる話だった。
校内を自由に行き来できるのは生徒だけだし、その生徒の中で電脳管理委員会と敵対関係にある組織は校内安全研究会だけだ。
しかし、素人の小娘達にこれだけの仕掛けが出来るはずがない。
ストライカー装甲車や歩兵ユニットの費用をどうやって調達しているのかも気になる。
「エイブル! おい、エイブルってば!」
思いにふけるエイブルに、情けない顔をしたA・Jが声をかける。
「委員長って呼びな。……何だ?」
「何だじゃねぇよ! どうすんだよ、これから!」
確かにA・Jの言う通りだ。
今は敵の正体について考えている場合ではない。
先程の戦闘は何とか切り抜けたが、兵力はエイブルとA・Jを含めて数人しか残っていない。
歩兵ユニットも使い切ってしまった。
今後の対策を練る間も無く、新たな敵が出現する。
「敵襲! 標準型三、支援型……、グアァッ!!」
後方を警戒していたメンバーが銃弾に倒れた。
逃走するエイブルたちを、着実に追い詰めてくる。
エイブルを監視する『目』がまだ存在すると言う事だ。
校内安全研究会のメンバーは四名。
正門と裏門に一人ずつ、一人はサイファが追跡中。
最後の一人、校内安全研究会の『目』を探し出して倒さなければエイブルたちは全滅だ。
幸いなことに、最後の『目』はすぐに見つけることが出来た。
校内安全研究会に所属する長身の女性徒は勇敢だった。
或いは、バカと言い変えてもいい。
校内安全研究会の戦闘隊長は、監視の役目を忘れて銃を構えてこちらに向かって突撃してきた。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
女性徒は雄叫びを挙げながら拳銃を乱射する。
が、当たらない。
大口径銃を走りながら撃っても当たるはずがない。
さらに、彼女の持つ拳銃は 弾詰まりを起こして沈黙する。
「……あれ、弾が出ない」
立ち止まりオートマグナムの銃口を覗き込む。
危険なことこの上ない、素人丸出しの女性徒に向かってA・Jがショットガンを向けた。
危険を察知した女性徒は弾詰まりを起こしたオートマグナムを、A・Jめがけて投げつけた。
「ぐおっ!」
ステンレス製の拳銃を頭に受けて、A・Jはのけぞった。
頭は足りないが運動能力は高いらしい。
女性徒はA・Jに向かって駆け寄ると、ショットガンを奪おうと掴みかかる。
「離せっ! ……このっ!」
「だれが離すかっ!」
もつれ合いながら、二人はショットガンの奪い合いを始めた。
手に持った拳銃で援護しようとしたが、ワルツを踊るように激しく体を入れ替える二人に狙いをつけることができない。
揉み合ってる最中、A・Jの指がショットガンの引き金に触れた。
暴発したショットガンから放たれた散弾がエイブルの足元に着弾する。
「うわっ!」
悲鳴と共に踏鞴を踏む。
このままでは援護はおろか、エイブル自身の身が危ない。
クランのトップであるエイブルがやられた時点で、電脳管理委員会は壊滅する。
エイブルは何をおいても自分の身を守らなければならない。
「逃げろ! エイブル!!」
女性徒をにらみつけながらA・Jが叫んだ。
その直後、A・Jは女性徒の背負い投げを受けて床に倒れた。
したたかに背中を打ちつけたA・Jは気絶する。
「……委員長って呼びな!」
仰向けに倒れるA・Jに向けて捨て台詞を残すと、エイブルは走り出した。
指揮官であるエイブルの役目は生き延びること。
たとえ部下を見殺しにしても――
無力感に苛まれながら通路を走る。
薄暗い体育館通路を抜けるとエイブルの眼前に光が見えた。
出口だ。
通路を抜けて体育館裏に出る。
焼却炉に隣接する体育館裏は資材置き場として利用されていた。
立ち並ぶコンテナ倉庫の前でエイブルを待ち構えていたのは、十数名の歩兵ユニットと一人の女性徒だった。
一昨日、社会科準備室でやりあった校内安全研究会の代表の名を、エイブルは怨嗟を込めて吐き出した。
「……月代美沙!」
名を呼ばれた下級生は何も言わず、ただ冷たい視線でエイブルを見下ろした。
社会科準備室で見せた、感情的な態度は微塵も感じられない。
憎しみも喜びも――背後に並んだ歩兵ユニットと同様に、その顔には何の表情の無かった。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
絶叫と共に、月代に向けて銃を構えた。
エイブルの指が引き金を引く前に、歩兵ユニットの構えるアサルトライフルが一斉に火を噴いた。
▽▲▽
サイファの銃撃を逃れた校内安全研究会の少女は校舎の中に逃げ込んだ。
射線の開けた屋外よりも、身を隠す障害物が多い屋内の方が逃げ切れる公算が高いと踏んだのだろう。
歩兵ユニットを引き連れたサイファも、彼女の後を追って校舎に突入する。
校舎に入るなり逃げの体制に徹していた少女は一転、拳銃を構えて応戦してきた。
彼女は建物の影を巧みに利用しながら、こちらに向けて銃撃を加えてきた。
少女の放った二斉射は歩兵ユニットに命中。
胴体に銃弾を受けたユニットは血しぶきをあげて転倒した。
「何だと!?」
ノイズと共に消失するユニットを見つめ、サイファは悲鳴にも似た驚きの声を上げる。
防弾ジャケットを着込んだ歩兵ユニットが拳銃弾で死亡判定などありえないことだ。
サイバー・グラスを操り、物陰から突き出た拳銃を拡大する。
画像を記録すると同時に、画像検索をかける。
すぐさまネット内にある拳銃データライブラリーが、彼女の手中にある得物を割り出してくれた。
(P46だと!?)
H&K P46 UCP。
ヘッケラー&コッホ社が製造した試作銃。
PDW(個人防御兵器)用の4.6×30mm弾を使用する。
その威力は軍用のボディーアーマーをも貫通すると聞いていたが、実際に目の当たりにしても信じられない威力だ。
脅威なのは銃だけではない。
彼女の動きは明らかにコンバットシューティングの心得がある動きだ。
強敵に対峙したサイファは、慎重な動きで後を追った。
悪夢のような追いかけっこが始まった。
スカートをはためかせながら走る女性徒を、ライフルを構えた男達が追いかける。
しかしP46の反撃を恐れる追撃者達の足取りは自然と鈍くなる。
少女は二階へと続く階段へ向かった。
軽快な足音と共に、二階へと向かって駆け上ってゆく。
踊り場から彼女の姿が消えたのを見計らいサイファたちも後に続いた。
階段の一段目に足を乗せたその時、
「何っ!」
踊り場に少女が再び姿を現した。
踊り場の床ですべるようなヘッドスライディングを決めると、伏射の姿勢でサイファたちに向けて発砲した。
慌ててサイファも銃を発砲する。
後ろに控えていた三体の兵士ユニットも発砲する。
階段に一丁の拳銃と四丁のアサルトライフルの銃声が響き渡る。
やがて、銃声が止んだ。
階段に静寂が戻った時、三体の兵士ユニットは消滅。
サイファの全身はブロンズ色の死亡マーカーに染まった。
ニューロン・ワイヤード・システムの電気信号を受け、全身が硬直する。
階段から足を踏み外したサイファは、そのまま仰向けに倒れた。
「がっ!!」
サイファは後頭部を強かに打ち付けた。
薄れゆく意識の中、サイファが最後に見たものは、胸元の埃をはたいて立ち上がる少女の姿だった。
踊り場に立つ少女は、仰向けに倒れる敗北者の姿を憐れむように睥睨する。
階段フロアの窓から差し込む逆光を背にして佇む少女の姿を見上げ、サイファは気を失った。
▽▲▽
『乾杯~!』
少女達の楽しげな声と共に、グラスが重なる音が響き渡る。
「皆さんお疲れ様でした!」
ウーロン茶を掲げて、美沙は皆をねぎらう。
「いやー。久々にいい汗かいたわ」
コーラと氷をかき混ぜながら、呉羽が笑う。
「すみませーん。山盛りポテトフライひとつ」
メロンソーダに口をつけながら、芽衣耶は店員を呼んで追加注文をした。
「……終わった、終わった」
アイスティーの入ったグラスを抱え、かなではしみじみとつぶやいた。
電脳管理委員会を殲滅した校内安全研究会は速やかに学校から撤退した。
学校を抜け出した四人は、作戦会議を行った駅前のファミレスへと移動する。
勝利の興奮冷めやらぬ内に、ささやかな祝勝会を開くためだ。
「しっかし、意外と簡単に勝てたな。電脳管理委員会も思っていたよりも弱かったし」
「言うほど簡単じゃなかったんだけどね」
増長する呉羽を、芽衣耶がたしなめる。
「純粋に兵力だけ見れば電脳管理委員会のほうが上だったしね。人数も向こうが上だし、使っている兵器ユニットも強力だった」
「それじゃあ、あたし達の勝因は何だったのかしら?」
「そりゃ、なんたって資金力よ」
尋ねる美沙に、芽衣耶は身も蓋もないことを言う。
「生徒から回収した金で、あたし達は大量の兵器ユニットを購入することが出来たからね。戦争ってのは物量で決まんのよ。電脳管理委員会は資金力をマンパワーで補おうとした。腕利きのプレイヤーに頼りきって、兵站をおろそかにしたのが電脳管理委員会の過ちだよ」
「……よくわかんないけど。無事に終わって良かった、良かった」
かなではしきりにうなずいた。
「ところでさ、これからどうするんだ?」
呉羽が今後の方針を尋ねると、美沙が答えた。
「とりあえず、明日あらためて電脳管理委員会に話し合いに行きましょう。約束通り解散するか確認しないと。まあ、全校生徒の前でボロ負けしたんだもの。向こうにも面子ってものが……」
「そうじゃなくてさ、この後どうするのかって聞いているのさ。午後の授業はサボっちまったし、せっかくだからみんなでどっか行かないか?」
遊びに行く相談に真っ先に乗ったのは、やはり芽衣耶だった。
「いいねいいね! みんな、どこに行きたい?」
「あたしカラオケに行きたい!」
真っ先に手を挙げて、かなでが提案する。
「いいねいいね! 行こう行こう」
「アタシはボーリングがいいな」
続けて呉羽が提案する。
「いいねいいね! 行こう行こう」
「わたしは、……プリクラに行きたいな」
控えめな態度で、美沙が提案する。
「え? プリクラ?」
「今時?」
「別に、いいけど」
「い、いいじゃない! みんなで記念写真を撮ったらいいんじゃないかって思ったのよ! ……ってか、天童さん! 何でわたしの時だけノリが悪いのよ!」
詰め寄る美沙に向かって、芽衣耶は曖昧な笑みを浮かべる。
「じゃあさ、こうしよう。まず『カラオケ』に行って盛り上がって、次に『ボーリング』に行って一汗かいて、最後に『プリクラ』で記念撮影する、ってのはどう?」
芽衣耶の無駄のない戦略的思考に異論を唱える者はいなかった。




