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サイバーグラス・シンドローム  作者: 真先
4.スクール・シューティング
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4.スクール・シューティング(2)

 二人の脱落者を出した後、かなでの番が回ってきた。

 いまだ傷ひとつ付かず、砂浜にたたずむ四本の空き缶に向かって対峙する。


 深呼吸を一つ、そして銃を構える。

 標的に対し半身に構え、肘を軽く曲げる。

 右側の空き缶に照準を合わせ、立て続けに二回、引き金を引く。

 銃声とともに弾丸が発射される。


 放たれた二発の銃弾のうち、一発が目標を捕らえた。

 飛び跳ねた空き缶は回転しながら砂浜に倒れた。


「当たった!」


 砂浜に横たわる空き缶を見て、呉羽が歓声をあげた。

 その横で痛めた手で美沙が拍手を送る。


 しかし射手であるかなでは、釈然としない顔をしていた。

 空き缶の縁を掠めただけで、命中はしていないからだ。

 その証拠に倒れた空き缶には銃痕が無い。


「……なんか、右にずれているような気がする」


 かなでの呟くと芽衣耶が動いた。

 せわしなくキーボードを叩き、ウィンドウに表示された射撃記録を検討する。


「……あー、やっぱずれているね。箱出ししたままサイト調整していなかったんでしょ。四分の一、左にずらして撃ってみて」


 芽衣耶の言うとおり、真ん中の空き缶に向けて銃口を左方向――四分の一ずらして銃を構える。


 再び二斉射。

 今度は二発とも正確に標的に命中。

 空き缶の胴体に大穴を開けた。

 続けて二発。

 左端の空き缶を狙った銃弾は、二発とも命中。アルミ製の胴体を貫通した。


「……すごい」


 次々と倒れる標的を見て、美沙が感歎の溜め息を漏らした。


「……ふうっ!」


 つられるようにかなでも溜め息をついて、射撃に傾けていた集中力を解く。

 銃に安全装置をかけながら、サイバー・グラスをはずした。


 肉眼で標的を確認する。

 倒したはずの空き缶は、射撃の前と同様、砂浜の上に屹立していた。


 かなでが倒したのは高度に演算処理されたシミュレーション映像だ。

 射角、反動、距離、風力、湿度――発射時の環境データを下に、ゲームサーバーのコンピューターが映像を作り出し、瞬時にサイバー・グラスに投影する。

 耳の中に残る銃声も、銃の反動による手のしびれも、全てがゲームの作り出した紛い物であることを砂浜に佇む空き缶が告げていた。


 再びサイバー・グラスをかけたかなでに向かって、射撃データを検討していた芽衣耶が話しかける。


「うん、問題ないみたいね。調整は後回しにして、訓練を続けるよ。じゃ、次の訓練に移ろう」

「ちょ、ちょっと待った!」


 新たな段階に訓練をすすめようとする芽衣耶を、呉羽が慌てて止めに入る。


「アタシと月代はまだ一発しか撃ってないんだよ。せめて標的に当てられるようになるまで、もうちょっと訓練させてくれよ」

「空き缶撃っても上達なんかしないよ。やっぱり、マンターゲットじゃないと、……ね!」


 芽衣耶がキーボードを操ると同時に、かなで達の視線の先にノイズが走った。

 砂浜に横たわる三本の空き缶の上に現れた幾粒もの光点は密度を増し、やがて人型に固定されてゆく。


「……何、これ」


 かなでたちの前に突如、一人の兵士が現れた。

 BDU(戦闘服)の上にボディーアーマーを着込み、頭にはヘルメット、足元はジャングルブーツ。

 手にはアサルトライフル。

 腰にはハンドガン。

 マガジンポーチを始め、その他小物類、等々


 標準的な装備を身につけた兵士は、直立不動の姿勢で砂浜に佇んでいた。

 完全武装の兵士の姿に、かなで達は驚愕する。


「《グローバル・コンバット》の兵士ユニットよ。これは標準装備型。公式モデルをベースに、あたしが改造を加えているけどね」


 本物そっくりに見えるがこの兵士はゲームの作り出したAR映像に過ぎない。

 授業に出てくるAR教師と同じようなものだ。

 伯陵学園に通うかなで達はこの手の人型AR映像は、既に慣れ親しんだものであり今更驚きなどはしない。

 かなで達の驚きは、精密なAR映像とは別のところにあった。


「……なんでピンク色なの?」


 あきれたような半眼で、美沙が尋ねる。

 兵士ユニットのBDUには迷彩模様が描かれていた。

 白をベースにショッキングピンクを散りばめたサイケデリックな迷彩は、カモフラージュという本質的な意味をぶち壊しにしていた。


「だって、可愛いじゃない」


 改造を加えたと言っていたが、おそらくこの外見のことだろう。

 ピンクの迷彩は彼女の趣味のようだ。

 三人が抱いている率直な感想を、呉羽が代表して言ってくれた。


「……悪趣味」

「うっさいわね! 外見なんてどうだっていいでしょ!! ……さあ、次のターゲットはこいつよ。とっとと撃ってちょうだい」


 ぷりぷりと怒りながら、芽衣耶は三人に命じた。


「ええっ! こいつを撃つの!?」


 ピンク色の兵士を指さし、かなでが悲鳴を上げる。


「そうよ。フィールドに出て、最初に相手にするのがこの兵士ユニットなんだから。倒せなかったら話にならないよ。人の形をしているけど、ただのプログラムなんだから遠慮なく撃っちゃいな」

『…………』


 逡巡するかなで達のために、芽衣耶はキーボードを操り兵士を動かした。

 さあどうぞ、と言わんばかりに兵士はかなで達に向けて両手を広げて見せた。

 無抵抗なその仕種が、さらに発砲を躊躇させる。


「……やっぱ、だめだわ」


 呉羽は苦笑すると共に、構えていた銃を降ろした。


「ゲームとは言え、人の形をしているのは撃てないよ。大体、無抵抗の相手を撃ってどうしようってのさ? こんな訓練、なんの意味も無いよ」 

「そう? ……じゃ、死になさい」

「……え?」


 芽衣耶が言うと同時に、ピンク色の兵士が動いた。

 右手に持ったアサルトライフルをすばやく構え、発砲する。

 フルオートの軽快な射撃音と共に、兵士の放ったライフル弾が呉羽の全身に命中する。


「……きゃああああっ!」


 銃弾を体に受けた呉羽が、悲鳴を上げて砂浜に倒れる。

 蜂の巣のように穴だらけになった体が、鮮血に染まる。


「琴峰さん!」

「……くっ!」


 血まみれで倒れる呉羽の姿を見て、美沙とかなでが動く。

 美沙は持っていた銃を放り投げ、呉羽の元へ駆け寄った。

 かなでは持っていた銃を兵士に向けて構え、引き金を引いた。


 兵士の胴体に向かって二斉射。

 P46の放つ高速貫通弾は、兵士のボディーアーマーを易々と貫いた。

 兵士は持っていたアサルトライフルを落とし、その場にくず折れる。

 砂浜に顔をうずめる兵士はピクリとも動かない。

 倒れた兵士に銃口を向け、かなではすり足で歩み寄る。


 兵士の死体を間近で確認する。

 背中に穿たれた二つの射出口からあふれ出す血しぶきが砂浜を黒く染めてゆく。

 その時はじめて、かなではこの兵士を殺したことを実感した。

 全身を紙やすりで表皮を撫でられた様な、ざらりとした不快感が襲う。

 冷や汗を流し硬直するかなでの目の前で、兵士の姿が動きはじめた。


「…………!」


 兵士の姿がノイズに包まれる。

 驚愕するかなでの前で、兵士の死体は現れたときと同じ光の粒子となり視界から姿を消した。

 砂浜には死体の痕跡は残されては居なかった。

 放り出されたアサルトライフルも、砂浜を黒く染めた血痕もきれいさっぱり消えていた。


「琴峰さん! 琴峰さん!」

 

 砂浜に響く悲鳴を聞いて、かなでは我に返った。

 美沙は呉羽の死体にしがみついていた。

 砂浜に横たわる死体をゆすり、涙声で呉羽の名を呼び続ける。


「……うるさいよ」

「琴峰さん!?」


 驚く美沙を押しのけ、呉羽は上体を起こした。

 意識が朦朧としているらしく、左右に頭を振る。


「アタシ撃たれたんじゃなかったけ? 一体、何が……」

「どう? はじめて『戦死』した気分は?」


 いたずらっぽく笑うと、芽衣耶が説明を始める。


「サイバー・グラスのイヤーパッドには外部神経接続――ニューロン・ワイヤード・システムが内蔵されているんだよ。ゲームの中で負傷すると神経内に電流が流れ、銃撃による負傷を再現。負傷した箇所が硬直する仕組みになっているんだよ」


 要するに、呉羽は電気ショックを受けて倒れたのだ。

 リアルなAR映像との相乗効果で本当に呉羽が死んだように見えた。

 人体への影響は無いことを理解して、ひとまずかなでは胸をなでおろした。


「ねぇ、大丈夫?」


 心配するように声をかける美沙に、呉羽は笑って答える。


「ああ、大丈夫だ。だんだん、意識がはっきりしてきた」

「いや、そうじゃなくて。顔色が悪いって言うか、全体的に色がヘンなんだけど……」

「……? 何言ってんだよ……っと、おおおおおおおおっ!?」


 体に付いた砂を払って立ち上がろうとしたその時、美沙の言いたいことを呉羽は理解した。

 自分の両手を見つめ絶叫する。


「なんじゃ、こりゃあああああっ!」


 呉羽の全身から『色』が抜け落ちていた。

 肌の露出した手のひらや顔のみならず、髪の毛や制服、靴の先まで――まるでブロンズ像のように、くすんだ色に染まっていた。

 奇怪な容貌に唖然とする呉羽に、再びメイが説明を加える。


「それが死亡マーカーだよ。戦死したらそうなるの。死亡マーカーが点灯している間は、戦闘に参加できないから気をつけてね――呉羽ちゃん、パラメーターを見てみて」

「……ああ」


 事情を知り落ち着きを取り戻した呉羽が、サイバー・グラスに表示されているパラメーターをチェックする。


「数値が変わっているでしょう?」

「ああ、両方とも230だったのに『0/230』ってなっている」

「CPがゼロになったってこと。つまり、ゲームオーバー。ゲームに復帰するにはお金を振り込んで最低でもBPと同じポイント――呉羽ちゃんの場合、230ポイントのCPをチャージしなきゃならないってわけ。このゲームの基本は『撃たれる前に撃つ』だよ。無抵抗の敵は撃てないなんて甘いこと言っていると破産しちゃうよ?」

「…………」


 死亡マーカーに染まった呉羽が無言でうつむいた。


「次に、かなでちゃんもパラメーターをチェックして」

「……え? あ、はい!」


 芽衣耶に言われたとおり、かなでもパラメーターをチェックする。

 サイバー・グラスに浮かぶ数値は『580/180』となっていた。


「……なんか、増えているみたいなんだけど」

「敵を倒したかなでちゃんにはCPが増えているはずだよ。兵士ユニットのBP――400ポイントが、かなでちゃんのCPに加算されるってわけ。これでかなでちゃんのCPは580ポイント。最高で三回まで死ねるってことだね」


 縁起でもないことを付け加えて、ルールの説明は終わった。


「これで訓練終了。ゲームの流れは一通り説明したつもりだけど、なんか質問ある?」

『…………』


 芽衣耶の問いかけに、かなでたち三人は沈黙したまま動かなかった。


「……何? みんなどうかした?」

「……やっぱ、無理なんじゃない?」


 三人を代表して、かなでが口を開く。


「無理って、何が?」

「このゲームのことだよ。ゲームで電脳管理委員会に勝つだなんて、あたし達には無理だよ」


 思いは他の二人も同じだった。かなでの後ろで静かにうなずく。


「銃の扱いがこんなに難しいものだとは思わなかったわ。ちゃんと的に当たるようになるまで、どれだけ時間がかかるのか……」


 美沙が暗い表情で口を開く。


「ゲームだって事は理解しているんだけど、殺し合いとなるとちょっとな……。リアルすぎるんだよ、このゲーム」


 未だに死亡マーカーの呉羽がぼやく。

 ゲームだと思って甘く見ていたが、実際にプレイしてみるとかなりハードだった。

 撃つほうも、撃たれるほうも命がけ。

 テクニックも必要だしお金もかかる。

 学校でプレイしていた電脳管理委員会の真剣な表情を思い出し、彼らの気持ちがなんとなくわかるような気がした。


「大丈夫、だいじょーぶだって!」


 沈んだ表情でうつむく三人に向かって、いつものように気楽な口調でメイがはげます。


「当初の計画通り、作戦は上手く行っているんだから。ここまできたら勝ったも同然。あとは電脳管理委員会との直接対決を残すのみよ――それに、みんなが直接、銃を持って戦う必要は無いんだし」

『……え?』


 唖然とするかなでたち三人に、キーボードを叩きながらメイは海岸の突端を指し示した。


「電脳管理委員会と戦うのは……、こいつらよ!」


 芽衣耶の指し示す先に巨大なノイズが現れた。

 先程の兵士ユニットとは比べ物にならないくらいの巨大なノイズは、光の粒子を固定化させながらこちらに向かって近づいてくる。

 近づくにつれ、徐々にノイズの正体が明らかになってくる。


 細長い角ばった車体。

 車体上部に機関銃を装備。

 八輪駆動の装輪装甲車だ。


「……な!」


 幕張海浜公園の砂浜に現れた装甲車は五台。

 砂煙を上げてかなでたちの前に停車すると、中から続々と兵士達が降りてきた。

 降車した兵士達は速やかに整列すると、かなで達に向けて一斉に敬礼した。

 五台の装甲車を背に、きちんと並んだ兵士達の数は約四十名。

 かなでの倒した兵士と同様、装甲車も兵士達もピンク色の迷彩で統一されていた。


「オークションで銃を売りさばいて稼いだお金で作った軍隊よ。ストライカーMGSを中心に、兵員輸送タイプのICVが四台、それぞれに歩兵ユニットを組み込んであるの。歩兵ユニットはさっきの標準タイプのほかに戦闘工兵、機関銃手も揃えているよ」


 芽衣耶の言っていることの意味は全く理解できなかったが、とりあえずすごい軍隊だということだけはわかった。


「電脳管理委員会を相手にするのは、この独立起動型のプログラム兵士達。戦闘はこいつらに任せて、みんなは黙って見ているだけでいいの」

「……じゃあ、この訓練はなんだったんだよ?」


 呉羽が死亡マーカー姿の自分を指ししめながら尋ねる。


「ゲームについて理解してもらうのと、万一の時の備え。戦闘に加わる必要は無いけれど、みんなにはこいつらの『目』になって、前線に出てもらわないといけないから」

『目?』

「そう、目」


 芽衣耶は頷くと共に、自分のサイバー・グラスを指先で叩いた。


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