4.スクール・シューティング(1)
翌日の放課後、校内安全研究会の面々は幕張海浜公園へと向かった。
訓練場所として選んだ幕張海浜公園は、学校からさほど遠くない位置にある。
実を言うとこの公園に来たのは提案者であるかなでも初めてだった。
海沿いの街に越してきたにもかかわらず、引越しと入学の準備で立て込んでいたためかなではまだ一度も海を見ていなかった。
かねてより海浜公園を訪れる機会を窺っていたのだが、今回ようやく実現した。
「ここならばゲームの訓練を始めるのにうってつけでしょ?」
この場所を提案したかなでは、ちょっとだけ得意げな様子で芽衣耶に尋ねた。
「……いいけど。ちょっと、寒すぎるね」
小さな体を寒さに震わせながら芽衣耶は答えた。
幕張海浜公園の砂浜は、春だと言うにもかかわらず寒風が吹きすさんでいた。
人影もまばらで訓練には適しているのだが、肌を突き刺すような冷たい風だけは如何ともし難い。
とりあえず、四人は近くの自動販売機で暖かい飲み物を買った。
金を出したのは、昨日の宝探しゲームで負けた美沙。
かなでは紅茶を、芽衣耶は珈琲、美沙はウーロン茶、呉羽は緑茶――と、それぞれ好みの飲み物に口をつける。
「それじゃ、そろそろはじめましょうか」
人心地ついたところで、天童芽衣耶の指導の下、かなでたち校内安全研究会の面々は、電脳管理委員会との対戦に向けて訓練を開始した。
砂浜に並んだ新兵たちを前にして、教官役のメイが説明を始める。
「まず、《グローバル・コンバット》の大まかな概要から説明するね」
予備知識の無いかなで達に向かって、メイは基本的なゲームのルール説明から始める。
「簡単に説明すると、《グローバル・コンバット》はサバイバルゲームとFPSを足して二で割って、戦略シミュレーションを掛け合わせて、MMORPGの要素を加えたようなゲームなんだよ。わかる?」
『全然わかりません』
まったく要領を得ない芽衣耶の説明に、かなでたち三人は一斉に不平を漏らす。
そもそも、かなではコンピューターゲームというものをほとんどやったことが無い。
せいぜいが無料携帯ゲームを暇つぶしにする程度だ。
美沙や呉羽も同じようなものだろう。
三人のリアクションは芽衣耶も予想していたようで、気にしたそぶりも無く説明を続ける。
「まあ、口で説明してもわかんないよね。実際にプレイしてみた方が早いと思うんだけど?」
「そうね。そのほうが手っ取り早いわね」
「ああ、面倒くさい説明はなしにしようぜ」
「……うん」
全員一致で早速ゲームを始めることにした。
「それじゃ、ゲームに必要な装備の確認からはじめるね。……まずは、電脳ガン!」
『はい!』
芽衣耶に言われて、かなでたちはあらかじめ用意していた電脳ガンを取り出した。
美沙と呉羽が手にしている銃は、先日買い取った銃の中から選んでおいたものだ。
社会科準備室に集められた電脳ガンは全てオークションに出品したのだが、値段のつかない商品がいくつか残った。
彼女たちが手にしているのは、そういった売れ残り品の一つだ。
かなでだけは自宅から自前の銃――家電量販店で手に入れた景品を持ってきていた。
「次にモバイル端末!」
『はい!』
芽衣耶がタブレットを取り出すと、かなでもそれに習って普段使っているスマートフォンを取り出す。
呉羽と美沙は折りたたみ式の古いタイプの携帯電話――所謂ガラケーを取り出した。
スマートフォン全盛となった現在でも、通信速度の維持と通話料の安さからガラケーを使用する者が少なくない。
「そして、サイバー・グラス!」
『はい!』
芽衣耶の合図と共にそれぞれが愛用するサイバー・グラスを速やかに着装する。
美沙は理知的なシルバーフレーム、呉羽はスポーティーなファイバーフレーム――芽衣耶のサイバー・グラスは特に個性的で、モニター部分が半分しかないハーフレンズ型であった。
あの電脳管理委員会の委員長、エイブルと同じタイプのものだ。
「以上の三つが《グローバル・コンバット》に必要な装備だよ。外部出力機器の電脳ガンと、通信機器であるモバイル携帯、それをネットとリンクして管制するサイバー・グラス。この三つがあれば何時でもどこでもゲームを始めることが出来るってわけ」
簡単なゲームシステムをすぐに理解した三人は、成る程と頷いた。
電脳ガンは無料で配布されているし、サイバー・グラスは誰もが皆持っている。
どうりで電脳管理委員会のようなゲーマーが増えるわけだ。
これならば初心者にも気軽に《グローバル・コンバット》を始めることが出来る。
「装備の確認が済んだところで、次はプレイヤー登録ね。《グローバル・コンバット》の運営サイトにアクセスするよ。みんな、サイバー・グラスを起動して頂戴」
「……あたし、苦手なんだよね。こういうの」
芽衣耶の指示に従いサイバー・グラスを起動しつつ、呉羽がつぶやく。
「ソフトとかユーザー登録する時はいつも手間取るんだ。暗証番号とか忘れちゃうし……」
それはかなでもまったく同じだった。
画面の指示通りにやっているはずなのだが、なぜかうまくいかない。
「大丈夫、これに記入するだけから簡単だよ」
そう言ながら芽衣耶は目線の高さの空間を指先でなぞった。
芽衣耶の手元に魔法のように人数分のウィンドウが現れる。
さらにウィンドウを指先で叩き、不安そうな表情のかなで達に向けて投げてよこした。
「そのサイトにある会員登録に必要事項を書き込むだけ。あたしはもう昨日のうちに登録を済ませておいたわ。わかんない所があったら言ってね、あたしが教えてあげる」
ウィンドウを受け取ると、見やすい大きさに引き伸ばす。
画面には星条旗とイヌワシの紋章の横にU.S. Department of Defense.と書いてあった。
「合衆国国防総省!?」
「そうだよ。《グローバル・コンバット》はペンタゴンが運営しているんだよ。知らなかったの?」
頓狂な声を上げるかなでに向かって、芽衣耶はこともなげに説明する。
「そんなんでいちいち驚かない。……そのページの下の方にリンクがあるから、そこから《グローバル・コンバット》のページに移動して」
芽衣耶に言われるがままに、リンクを指先で叩くと画面が移動した。
銃を構えた迷彩服の兵士を背景にタイトルが浮かぶ。
先程の説明によると、《グローバル・コンバット》の運営はアメリカ合衆国国防総省が行っているそうだ。
ゲームの説明も英語なのかと思ったが、ご丁寧に日本語サイトも用意してあった。
「そのページにある会員登録のフォームを呼び出して頂戴。利用規約とか出てくるけど、無視して『確認』を押して。あとは必要事項を記入しておしまい」
会員登録の画面に移ると、芽衣耶の言ったとおり利用規約の見出しの後に長ったらしい文章が現れた。
斜め読みして確認をクリックする。
すると、会員登録の入力画面が現れる。
必要記入事項はプレイヤー名、生年月日、メールアドレスの三つ。
「このプレイヤー名っていうのは?」
「ゲームをする時に使うハンドルネーム。好きに決めていいんだけど、本名を入力するのはやめといた方がいいよ。個人情報とかの問題があるからね」
美沙の疑問に芽衣耶が素早く答える。
「好きに決めていいと言われてもねぇ……。どういう名前がいいかしら?」
「深く考えるとキリが無いよ。直感で決めちゃいな」
「ちなみに天童さんはどういう名前にしたの?」
参考にしようとかなでは、芽衣耶のプレイヤーネームを訊いてみた。
「あたしは《メイベル》。可愛いでしょ?」
成程、可愛らしい響きは芽衣耶のイメージにぴったりだ。
「じゃあ。あたしは《リュネット》にするわ」
「……リュネット?」
不思議な響きの名前をつけた美沙に、呉羽が尋ねる。
「フランス語で月っていう意味よ」
「よし、あたしは《フェンサー》にするよ」
続いて呉羽もプレイヤーネームを決定した。剣士という意味の名前をフォームに打ち込む。
二人に習ってかなでもプレイヤー名を決定した。
LYNX――リンクスと、プレイヤー名に、続いて年齢認証のために生年月日を、登録確認のためのメールアドレスを打ち込む。
「これでプレイヤー登録は完了。すぐに運営から返信が来るからメールをチェックして」
拍子抜けするほど簡単に登録を済ませると、芽衣耶の言うとおりすぐに運営から登録確認とIDの書かれたメールが届いた。
「サイトにIDを入力して。問題が無ければ《グローバル・コンバット》にログインできるはずだよ」
芽衣耶の指示通りにIDを入力すると、画面がユーザーページに移行した。
先程入力したプレイヤー名――LYNXの下に、能力値を示す数値がいくつも並んでいる。
「ステータスが表示されているのが確認できたら、IDをリンクさせてクラン設定をするよ」
「クラン?」
聞きなれない言葉に、美沙が訝しげな表情を見せる。
「ようするにチーム設定よ。今からクラン・パスを送るから入力して。ステータスに表示されたら設定完了だよ」
言われた通り送られてきたパスコードを入力する。
ステータス上部に『CLAN:校内安全研究会』と表示されているのを確認する。
「さて、次はいよいよ銃の設定を始めるよ。用意しておいた電脳ガンを出して」
芽衣耶に言われて、かなでたちはあらかじめ用意していた電脳ガンを取り出した。
「……しっかし、よく出来ているよなぁ」
呉羽はステンレス製のハンドガン――44オートマグナムを見つめながらつぶやいた。
「本当。本物そっくり」
かなでも鉄の輝きを見つめ、同意する。
堅牢な造りのメタルフレームの質感は、本物の銃そのものだ。
「そりゃそうだよ、本物だもん」
「……え?」
かなでの感想に、芽衣耶が答える。
「電脳ガンは銃器メーカーが実銃の部品を流用して作っているんだよ。実銃の機関部を取り除いて、レーザー発振装置や振動機能などの電子ユニットを埋め込めば電脳ガンの一丁上がりっ、てわけ」
「国防省が運営する本物の銃を使ったゲーム、ってわけか……」
感慨深げに呉羽が呟く。
「そういうことだね。《グローバル・コンバット》は元々、アメリカ軍の銃器開発と兵隊の訓練のために作られたプログラムなんだよ。システム管理を行っているのは国防省なんだけど、今はゲームとして民間に開放されているってわけ――何故だかわかる?」
「銃器メーカーのロビー活動ね」
芽衣耶の出した唐突な出題に、美沙は素早く解答する。
「《グローバル・コンバット》を民間人が利用することができるなら、銃器メーカーは電脳ガンを民間に売りさばくことが出来るものね。銃規制法案に苦しめられている銃器メーカーは新たな収入源を得ることになる――おもちゃの鉄砲なら、銃犯罪被害者から慰謝料を請求されることもないしね」
「どうやら予習してきたみたいだねぇ。……でも、まあ80点、ってとこかな?」
生徒をたしなめるような口調で、芽衣耶は講義をつづけた。
「さっきも言ったけど、電脳ガンには実銃パーツが使われている。大量に売れば売るほど部品代のコストが下がる――つまり、実銃の値段が下がる。これにより兵器産業は世界中の軍隊や紛争地域に、安価で高性能な銃器を安定供給することが出来るってわけ」
「……つまり、《グローバル・コンバット》のプレイヤー達は、本人の知らない所で世界中の戦争に加担しているってわけ?」
冷たい声で美沙が尋ねる。
「そういうこと。銃犯罪が起こるたびに『銃が人を殺すんじゃない、人が人を殺すんだ』なんて言う奴いるけど、銃は人を殺すためのものでも、人を守るためのものでもない――銃器メーカーが儲けるためにあるのよ」
辛辣な社会批評と共に、芽衣耶は話を締めくくる。
校内で行われている戦争ゲームに、こんな真実が隠されていたなんて思いもよらなかった。
世界の真実にささやかな憤りを感じつつ、かなでは登録作業を始めた。
「ステータスウィンドウの前に銃をかざして。そうすれば自動的に電脳ガンに内蔵された登録番号を読み込んでくれるから。ステータス画面に銃の名前が記入されているのを確認すれば、設定完了」
芽衣耶の言うとおり銃をかざすと同時に、ステータス画面に『HAND GUN:H&K P46 UCP』と表示された。
「皆、確認した? ……はい、これで全ての登録が完了。いつでもゲームをはじめられるよ」
わずか数分で全ての登録が完了した。
あまりにも簡単な登録作業に、かなでたちは戸惑いを覚える。
ゲーム開始を告げる、オープニングムービーや効果音も無いのではいまいち実感が湧かない。
「まずパラメーターの説明から始めようか。みんな、ステータス画面を見て頂戴。いくつも数字が並んでいるけど、とりあえず必要な数値は二つだけ――上のほうに表示されている棒グラフを見て」
芽衣耶に言われるがままに緑色の棒グラフに注目する。
何かのパラメーターを示しているらしく、グラフの横には『180/180』と二つ数字が並んでいる。
「表示されている数値の右側がBP、左側がCPね。BPってのはバトル・ポイント――平たく言うと戦闘力のこと。プレイヤーの基本となる数値だね。CPはキャラクター・ポイント――経験値や所持金、または生命力を意味しているの」
《グローバル・コンバット》特有の専門用語に、ようやくゲームらしい気分になってきた。
「BPは所持している装備によって変化するの。強力な武器を装備すればBPは上昇する。CPは戦闘の成果によって変化する。敵を倒せば増えるし、倒されれば減る。みんなはまだ戦闘してないから、BPと同じ数値になっているはずだよ――まあ、細かいことはおいおい説明していくということにして、とりあえず射撃訓練からはじめようか」
そう言うと、芽衣耶はさっきかなで達が飲み干した空き缶を拾い上げた。
そのまま小走りに駆け出すと五メートルほど先の砂浜に空き缶を並べ始める。
横一列に四個、空き缶をならべると、再び芽衣耶はかなで達の下に戻ってきた。
「それじゃ、あれを撃ってみて」
「……ちょっと待って」
空き缶を指差す芽衣耶に、美沙が戸惑いがちに尋ねる。
「いきなり撃ってみろって言われても無理よ。あたし達、撃ち方も教わってないのに……」
「撃ち方なんてどうだっていいのよ。フォームとかは、撃ってるうちに自然と身につくもんなんだから」
「それにしたって、最低限の安全指導ぐらいはしてもらわないと危険じゃない?」
「それって『銃口を人に向けるな』とか『安全装置をかけましょう』みたいな?」
「そうそう、それ!」
「必要ないでしょ、別に」
「……ええっ?」
「《グローバル・コンバット》の基本は『死んで覚える』だよ。口で言っても無駄。実際に誤射して味方を撃ち殺したり、暴発して自滅したりたりして体で覚えなきゃ身につかないって」
『…………』
芽衣耶の説明を聞いて、とりあえず三人は銃口を下に向けて安全装置の確認をした。
「もたもたしないでどんどん撃ってよ。日が暮れちゃうよ!」
「……それじゃ、私からいきます」
一番手として美沙が名乗りを上げた。
的に向かって銃を構える。
肘を曲げて上体をそらした――素人丸出しのフォームのまま引き金を引く。
強烈な閃光と共に、銃声が轟く。
「……きゃっ」
耳の奥まで響き渡る銃声に、かなでは小さく悲鳴を上げた。
かなでのサイバー・グラスに内蔵されている骨伝導スピーカーは美沙の持つ銃――ブレン・テンの銃声を忠実に再現した。
その視覚効果はマズルフラッシュの映像とあわせて、実弾射撃の臨場感と寸分違わない。
「……痛ったぁい!」
一発撃った所で、美沙が銃を持った手を押さえうずくまる。
「おい! 大丈夫か!?」
慌てて呉羽が美沙のもとに駆け寄る。
近寄ってみると美沙の手の平は赤く腫れ上がっていた。
「これは……」
「電脳ガンに内蔵されている振動機能が、実銃と同じリコイルショックを再現したのよ」
慌てる呉羽に向かって、冷静な声で芽衣耶が説明する。
「ブレン・テンの実包は10ミリ口径。射撃姿勢も悪かったから、手を痛めちゃったみたいだね。無理しなくてもいいよ、続けられないようだったら次の人に代わって」
たいした怪我ではないようだが、これ以上射撃を続けるのは無理のようだ。
涙目で手を抱える美沙と入れ替わるようにして、呉羽が標的に向かう。
「……よし、次はあたしがやる」
「気をつけてね、呉羽ちゃん」
芽衣耶はサイバー・グラスに浮かぶデータを読み解きながら、呉羽に注意をうながす。
「呉羽ちゃんのBPは230。三人の中で一番高いんだよ」
「つまり、こいつの威力が一番高いってことだな」
得意げに微笑むと、呉羽は右手に持った銃――44オートマグナムを掲げた。
そのまま標的に向かって構える。
美沙とは違い武道の心得がある呉羽は体の使い方を知っていた。
射撃に関して何も教わっていないにもかかわらず、無理の無い姿勢で銃を構える。
肘を伸ばし、腰を落とした姿勢から引き金を引く。
再び銃声が轟く。
「だぁぁっ!!」
ブレン・テンよりもやや大きな銃声と共に、呉羽は真後ろに倒れこんだ。
「……だから気をつけろ、って言ったのに」
砂浜に尻餅をついた姿勢の呉羽を、芽衣耶はあきれたように見つめる。
「威力が一番高いってことは、反動が一番高いってこと。……次、かなでちゃん」




