3.アーツ・オブ・ウォー(3)
「それでは、次の方……あっ」
受付が次の生徒に応対する前に、エイブルは横から割り込んだ。
「代表者に会いたい」
「……ええっと」
「電脳管理委員会のモンだ、ここの代表者を出しな!」
戸惑う受付に有無を言わせず畳み掛ける。
「は、はい! 月代さ……、じゃ無くって、戦略担当本部長! 戦略担当本部長!!」
威嚇するエイブルに怯えつつも、受付の女性徒は社会科準備室の奥に向かって叫んだ。
(戦略担当本部長?)
社会科準備室は狭苦しく、授業で使う教材が雑然と並んでいた。
スチール棚の谷間から姿を現したのは、昨日討論会で顔を合わせた女性徒――月代美沙だ。
「何かしら佐伯さ……、じゃ無くって戦術担当補佐官。どうかしたの?」
「この人が月代さ……、じゃ無くって、戦略担当本部長に会わせろって……」
小柄な体躯に殺気を漲らせる少女に、美沙は目を丸くした。
やがて傍らに立つサイファの姿を見て、こちらの素性に気づいたらしい。
身なりを正し、エイブルに向き合う。
「あたしは電脳管理委員会の委員長、エイブルだ!」
「わたしは校内安全研究会代表兼、戦略担当本部長の月代美沙です!」
エイブルの自己紹介に間髪いれず、月代美沙は自らのプロフィールをかぶせてきた。
「…………」
月代美沙の堂々とした態度に気圧されたのか、それとも無意味に長い肩書きに面食らったのか――エイブルは沈黙した。
しばし、二人は無言でにらみ合う。
鬼委員長が唖然とする様は見ものだったが、このままでは話が進まない。
口火を切ったのは月代美沙だった。
「電脳管理委員会のご活躍は聞き及んでおります。で、今日はどういったご用件でしょうか?」
「……なに、ちょっと挨拶に来ただけさ」
「それは、どうもご丁寧に。わざわざご足労いただいて心苦しいですわ、先輩。こちらから出向きましたものを……」
嫌味なほどに折り目正しい態度の下には、辛らつな皮肉が感じられた。
あからさまな挑発に、エイブルは鼻を鳴らすと同時にテーブルの上に置かれた電脳ガン――先程、女子生徒が持ち込んだ拳銃を手に取った。
「……成る程、クーポン券と引き換えに銃をかき集めているのか。うまいことを考えたもんだね」
「校内から銃を撤去できると同時に、署名も集る。一石二鳥というわけです」
「行動力『だけ』は大したもんだね。討論会でウチんとこの新入りに凹まされたって聞いてたけど、随分と威勢がいいじゃないか」
「口先『だけ』では生徒の信頼は得られませんので。私達、校内安全研究会は行動によって、秩序ある学校生活を生徒達に提言していきたいと思っています」
「…………」
「…………」
激しい皮肉の応酬の果てに、二人は沈黙する。
今にも掴み合いの喧嘩を始めそうな殺気をみなぎらせ、無表情でにらみ合う。
「おーい、どうしたんだ?」
剣呑な雰囲気を察したのか、社会科準備室の奥からまた一人、女性徒が現れた。
「何かあったのか月代……、じゃ無くって、戦略担当本部長。統合参謀本部長が呼んでるぜ……って、お前ら!」
新に現れたのは、やはり昨日討論会で会った女性徒だった。
琴峰呉羽はサイファたちを見るなりいきり立った。
「電脳管理委員会がここに何しに来たんだ!」
「落ち着いて、琴峰さん。……、じゃ無くって、戦闘隊長。重要な話をしてるんだから、黙って」
黙れと言われて琴峰――戦闘隊長はひとまず口をつぐんだ。
しかし、事情がわからない状況に耐えかねたのか、すぐに傍らに居た佐伯――戦術担当補佐官に話しかけた。
「おい、佐伯……、じゃ無くって、戦術担当補佐官。これは一体どういうことだ?」
「知らないよ! そこにいる電脳管理委員会の委員長って人がいきなり月代さん……、じゃ無くって、戦略担当本部長に会わせろって押しかけて来たんだよ!」
「委員長ってこのちんまいのが!? それで月代は何……、じゃ無くって、戦略担当本部長は……。あーっ、もぉーっ! 何でこんなややこしい呼び名にしたんだよ!!」
「仕方ないじゃない! 天童……、もとい統合参謀本部長が『とりあえず形だけでも軍隊っぽくしよう』って言ってるんだから!」
「ちょっと、二人とも黙りなさい!」
止め処なく続く二人の掛け合いを、月代美沙が横から止めた。
空咳をひとつ打ち、エイブルに向き直ると再び話を続けた。
「このように取り込んでおりまして、お話がありましたら後日あらためて……」
「その必要は無いよ」
話を切り上げようとする月代美沙を、エイブルはピシャリと遮った。
「あんたたちの言いたいことは解っている――要するにあたしら電脳管理委員会が気に食わないんだろう?」
「……はい」
ややかすれた声ではあったが、はっきりと月代美沙は答えた。
「だったら、こいつでかかってきな」
ドスの利いた声で言うと、持っている電脳ガンを掲げた。
「あたしらゲーマーに言うこと聞かせる方法は唯一つ、あたしらにゲームで勝つことさ」
月代美沙の喉下に持っていた銃を突きつけた。
「学校敷地内の電脳空間はあたしら電脳管理委員会の支配下にある。欲しけりゃ力ずくで奪えばいい。署名運動なんてまだるっこしいことをする必要なんざあ無いんだよ」
「…………」
下唇を噛んで沈黙する月代美沙に向かって銃を放り投げると、エイブルは出口に向けて歩きだす。
「授業時間外ならば、いつでも相手になってやる。どっから掛かってきな。……もっとも、手加減はしてやれないけれどもね」
「……つまり、私達が勝ったら、電脳管理委員会は解散するというわけですね?」
捨て台詞を置いて退出しようとするエイブルを、月代美沙が呼び止める。
「……何だって?」
「私達、校内安全研究会がゲームで勝利したら、電脳管理委員会は解散するんですね? 校内に玩具の鉄砲を持ち込んだり、物騒な戦争ゴッコをやめてくれる――そうなんですね?」
驚愕に顔を歪めてエイブルは振り返る。
月代美沙の真剣な眼差しを正面から受け止め、そして――
「……フッ」
笑った。
「……フッ、フッフフフッ、ハッハハハハハッハァッ、アーハァッハッハッハッハッハ!」
小柄な体のどこにこんなエネルギーがあるのか。
とてつもない声量で狂ったように笑った。
「……答えてください! ゲームに負けたら電脳管理委員会を解散すると、今ここで明言してください!」
「ハーッハハハッ、ハァッ、ハァッ、ハァ……。何? あんたら、あたしら電脳管理委員会に勝てると本気で思ってるの? ……舐めてんじゃないよ!」
しつこく念を押す月代美沙に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
狂喜の笑みを引っ込めると、エイブルは怒りの形相で一気にまくしたてる。
「《グローバル・コンバット》はドンパチするだけの単純なお遊びじゃない! 政治、外交、経済まで網羅した戦略シミュレーションだ! 本物の戦争、いや本物以上と言われている。ぽっと出の素人が勝てるほど、甘かないんだ!」
「そちらこそ、甘いんじゃないんですか? 『勝敗は時の運』、それが戦いである以上、敗北は常についてまわります。負けた時のことを考えないなんて、認識が足りていないようですね」
サイファの言葉を借りた痛烈な皮肉と共に、月代美沙はあざけるように笑った。
「…………っ!!」
月代美沙の上品な笑顔に、激昂するエイブルの顔から血の気が引いてゆく。
(……巧いな)
傍観者よろしく月代美沙の話を聞いていたサイファが思わず感心する。
彼女の挑発はエイブルの矜持を的確に射抜いていた。
駆け引きを心得た見事なディベート術だ。
昨日、討論会でやり込めた無知なお嬢様と同一人物とは思えない。
エイブルは沈黙する。
やがて、腹の底から湧き出る怒りと共につぶやいた。
「……いいとも」
怒りのあまり、その声ははっきりと聞き取れないほどにかすれていた。
「いいともさ。約束しようじゃないか。あんたらに負けたら電脳管理委員会は解散だ――行くよ! サイファ、A・J!」
うなるように言い放つと、エイブルは踵をかえして社会科準備室を飛び出した。
エイブルの小さな背中を、校内安全研究会――月代、琴峰、そして佐伯の三人が見送る。
彼女達の目にはゆるぎない、確固たる意志が宿っていた。
エイブルを追いかけて、サイファとA・Jも社会科準備室を後にする。
廊下を早足で歩くエイブルの背中に、A・Jが声をかける。
「……なあ、いいのかよ? あんな約束して?」
「別にかまわないさ」
吐き捨てるようにして、エイブルが答える。
「さっき話した様子じゃ、校内安全研究会のメンバーは全部で三人。それっぽちで何が出来るっていうのさ?」
「いや、姿は見えなかったが奥の方にもう一人いたようだぞ。統合参謀本部長とか仰々しい名前の奴が」
「三人でも四人でも同じことさ。いずれも素人の女子ばかり。大袈裟な名前で呼び合っているのは、外部に組織力があることを見せつけるためだ。そんな手の込んだハッタリかまさなくちゃならんてことは、奴らに碌な戦力がないことの証拠さ」
「銃器回収と署名活動のほうはどうする?」
かさねてサイファが尋ねる。
「あのペースで署名が集まったらヤバいんじゃないのか? 生徒総会で解散請求が提出されたら可決されるぞ」
「そんな心配は無用さ。署名が集まるのは、あいつらが景気よくクーポン券をバラ撒いているからさ。クーポンだってタダじゃない。校内安全研究会は部費の下りない同好会だ。活動資金はあの娘達が身銭削って出し合ったものだろう。資金はそう多くは無いはずだ。金の切れ目が縁の切れ目。資金が底をついたその時、校内安全研究会はお終いだ」
一息に説明すると、エイブルは嘆息した。
「どう転んだって、あの娘達に勝ち目なんて無いのさ。さっきは熱くなっちまったけど、ほっとけば勝手に自滅してくれる。……それに」
「それに?」
「……正直、これ以上あの娘達と係わりたくない」
それについてはサイファもまったく同感だったので、この件に関してそれ以上、口出しすることは無かった。
口にはしないが、それでも考えずにはいられない。
あの受付の少女。
佐伯だか戦術担当補佐官だとか呼ばれていた、あの少女。
校門前では素早い動きを見せ、学食でサイファの背後を取った少女。
入学初日に出会って以来、何かと縁のあるあの少女に、サイファは不吉な予感がしてならなかった。




