3.アーツ・オブ・ウォー(2)
昼休み。
今日もサイファは携帯食だけの味気ない昼食を手早く済ませた。
学食のオープンテラスは、今日も電脳管理委員会のメンバーが集まっていた。
彼らもまたサイファと同じく、携帯食だけの簡素な昼食だ。
熟練ゲーマーたちには不測の事態に備え、食事は手早く済ませる習慣が身についている。
食器を使って優雅に食事をしているのは、ド素人のA.Jだけだ。
「……なんかあんまし美味くないなー」
A.Jの昼食は日本蕎麦。
関東風の味付けに文句をつけながら、のろのろとした手つきでそばを手繰っていた。
「蕎麦つゆはどす黒いし、蕎麦自体もボロボロで香りがない。島根の蕎麦はもっと腰が強くて、香りも濃厚なんだ。知っているか、出雲そばって? 日本の三大そばって呼ばれているんだぜ?」
(蕎麦自慢はお里が知れる……)
喉まで出かかったその言葉を慌てて飲み込む。
A.Jは屈折した郷土愛の持ち主だ。
田舎者特有のコンプレックスの裏返しか、ことあるごとに島根県の素晴らしさを吹き込もうとするのだからたまったものではない。
A.Jのそば講釈にうんざりしていると、エイブル委員長がやってきた。
「あんたたち、ちょっといいかい?」
二人に声をかけると、返事を待たずに顎をしゃくる。
ついて来い、と言いたいらしい。
その有無を言わせぬ調子から察するに、サイファ達に拒否件はないようだ。
既に食事を終えたサイファはおとなしく従い席を立つが、A.Jは未練がましくどんぶりを抱えて抗議した。
「……いま、メシ食っているんだけど?」
「とっとと片付けろ! そばってぇのは味わって食うもんじゃない。喉越しを楽しむもんだ! 一気に飲み込むんだ、さあ!」
「はいいいいいいいっ!!」
江戸っ子も斯くやの勢いで、A.Jはどんぶりの中の蕎麦をつゆごと一気飲みする。
A.Jが食器を片付けるのを待って、エイブルたち三人は学食を後にした。
『ちょっと』と言っていたわりに随分遠くまで行くらしい。
廊下を早足で歩きながら、エイブルは後を突いて歩く二人――主にサイファに向けて話しかける。
「昨日の討論会じゃ随分と活躍したそうだね」
唐突にエイブルは昨日の授業の話を始めた。
学生討論会の議事録は学校内のサーバーに保管され、生徒ならば自由に閲覧することが出来る。
一年生の授業を、エイブルはわざわざチェックしているらしい。
「なんでも『学内における遊戯銃の持ち込み禁止』とかふざけた提案をした、小生意気な女性徒をやり込めたんだって? やるじゃないか」
「……はあ」
喜色満面で語るエイブルに生返事を返す。
褒められて悪い気はしないが、サイファ自身には活躍したという実感はなかった。
討論会でサイファがしたことと言えば、状況説明のみ――自分達が電脳管理委員会のメンバーであることを説明しただけだ。
状況を知らずに議案を提出した月代美沙が、一方的に自滅しただけに過ぎない。
「電脳管理委員会の一員として毅然とした態度を示したのは良かったし、委員会の利益を守ってくれたことにも嬉しく思う。……だが、ちょいと詰めが甘かったようだね」
「……何の話だ?」
「今日の《伯陵ヘッドライン》読んでないのかい?」
サイファは慌てて学内ネットを検索した。
歩行中のネット検索は校則違反だが、エイブルは特に咎めはしなかった。
ミラーシェードに投影されたウィンドウを操り、校内新聞《伯陵ヘッドライン》を開く。
この手の校内新聞はどの学校でも発行しているが、大抵は週刊か月刊――日刊というのは珍しい。
この学校の新聞部は精力的に活動しているようだ。
今日の日付の記事を引き出し、紙面をめくる。
「三面の隅、部活動の告知欄だ」
エイブルの言った場所に目を通すと、目的の記事を見つけた。
【遊戯銃の撲滅にご協力ください】
この度、皆さんと共に机を並べる学び舎の一員として、私達新入生有志一同は校内安全研究会を立ち上げ、学生生活を脅かす憂慮すべき問題に着手しました。
昨今、危険極まりない遊戯銃とそれを用いた戦闘行為は健全なる学生生活を脅かしつつあります。そこで、我々校内安全研究会は、生徒の皆様に遊戯銃の自発的放棄を呼びかけたいと思います。
遊戯銃をお持ちの方は、校内安全研究会に提出してください。提出していただいた遊戯銃、一丁につき学食内で使用いただけるクーポン券か、購買部の商品と交換できる商品券と交換いたします。
・受付場所:社会科準備室。
・受付時間:昼休み、及び放課後。
※お持込の際は、必ずご本人様がお持ちいただけるようお願いします。遊戯銃は可動、不可動にかかわらず交換いたします。
銃の無い健全な学生生活を送るため、皆さんのご協力をよろしくお願いします。
校内安全研究会代表 月代美沙
「……なんだこれ?」
記事に目を通したサイファは、目を丸くした。
『健全な学生生活』がどうしたとか、『憂慮すべき問題』がどうのとか、堅苦しい文体で書かれていて、いまいち意味がよく伝わってこない。
「そこにある通りさ。この月代美沙ってのは、サイファがやりこめた女性徒だろ? 討論会での発言を実行するつもりなんだろうさ。あんたが中途半端に叩いたもんだから、意地になってんだろ」
「この『校内安全研究会』ってのは?」
「今朝、学校に登録申請されたばかりの同好会だよ。学校公認組織として、あたしら電脳管理委員会とタメ張るつもりらしいね。……上等じゃないか」
凄然とした笑みを浮かべるエイブルに、寒気を感じたのはサイファだけではなかった。
隣で話を聞いていたA・Jが口を開く。
「何を始めるつもりだ、委員長?」
「何もしやしないよ。ただ、校内安全研究会って奴らに会って、挨拶するだけさ」
(絶対、挨拶だけじゃ済まないだろ……)
何しろ挨拶代わりに戦車砲をぶっ放すような女だ。
不安を内に抱えながら廊下を歩いてゆくと、前方を行列に阻まれた。
「……何だ?」
特別教室棟、二階の廊下に長蛇の列が出来ていた。
行列に並んだ生徒たちは皆、手に銃を携えている。
ガンケースにきちんと収めている者も居れば、むき出しの拳銃をぶら下げているものも居る。
中には肩からライフルを吊り下げているものまで居た。
行列をたどりつつ先を進むと、『社会科準備室』のプレートが掛かった教室にたどり着いた。
新聞記事によるとここが、校内安全研究会の拠点らしい。
エイブルは入り口の男子生徒を押しのけ教室の中に入った。
サイファもまた迷惑そうな顔をする男子生徒を押しのけ後に続いた。
社会科準備室の中には、受付の女子性徒がいた。
会議用テーブルの前に立っている女子性徒は、営業スマイルを浮かべて来客に応対していた。
「次の方どうぞー」
余所行きの甲高い声に促され、行列の最先端に立った女性徒が女性徒は手荷物を会議用テーブルに置いた。
「すいませーん、電脳ガンを引き取ってくれるって聞いたんですけど……」
「はい! それでは商品を確認させていただきます」
受付の女性徒は手荷物を受け取り、中身を確認した。
樹脂製の小さなケースの中に、拳銃が収められているのを確認すると小さく頷いた。
「はい、結構です。……では、こちらにサインをお願いします」
タッチペンを渡し会議用テーブルの上にあるタブレットを女性徒に向けて差し出す。
ずらりと並んだ人名リストに、女性徒の名前が新に書き加えられる。
「……これでいいかしら?」
「はい。お預かりした電脳ガンは学食の食券か、購買部で利用できる商品券とお引替えすることが出来ます。どちらになさいますか?」
「ええと、じゃあ食券で」
「それではこちらからクーポンをダウンロードしてください」
タブレットを操作し画面を切り替える。
タブレットに浮かんだQRコードに向けて女性徒は、携帯電話をかざした。
「クーポンの有効期限は一ヶ月となっています、お気をつけください。ご利用ありがとうございました」
取引を終えると、女性徒は社会科準備室から出て行った。
手馴れた調子で応対する受付の女性徒には見覚えがあった。
見忘れるはずが無い。
先日の昼休み、学食でサイファの背後を取った女性徒だ。




