エピローグ
薬師たちの総本山として知られるオルガの里、別名薬師の里。オルガ山の麓にあるこの里には、一般には知られていない秘密の地下空間が存在する。
埃っぽさとカビ臭さ。閉鎖された空間特有のよどんだ空気の中を、一匹の影がてくてくと軽い足音を立てて歩いてゆく。窓も無ければ灯りも無い。真っ暗闇の中に爛々と輝く一組の目だけが光る。ネズミなどの小動物には見向きもせず、確かな足取りで明確な目的を持って影は歩を進める。やがて、ほんのりと灯りを放つ不可思議な空間へと足を踏み入れたところで、影は歩みを止めた。
「ここは儂以外立ち入れぬようにしてあったはずなのじゃが……」
「戯け。そなたに業を授けたのは儂じゃろ? まだまだお主に遅れは取るまいて」
どうやらそこには先客が居たようで、その先客が影に話し掛けてくる。
「なら言葉を教えたのは儂でしたな。という事は儂は言葉の師という事ですかいの?」
「そんな事もあったな。おかげでこの通り、すっかり婆くさい話し方になってしもうたわ」
「年相応では? 実際儂よりうんと年上なんじゃし」
「そなたな……元々の寿命からして違うじゃろうに。そもそも悠久の時を生きる我らには歳という概念そのものが存在せんわ」
時に楽しげに、時にうっとおしげに、時に呆れたようにして、二つの影が語り合う。その間、何かをこすり合わせる様な音が絶え間なくその空間に響き渡り、甘い香りが空間を満たしていた。
「ところでどうじゃ? あれはなかなかのもんじゃろ?」
「ええ。最初会った時はひ弱で軟弱そうで、正直これで大丈夫かと思うとりましたが。さてはあなた様も呆けたかと。しかしなかなかどうして……」
「そうじゃろう、そうじゃろう。あ奴自身自分を弱い人間だと思っとるようじゃが、しかし本質はもっと別の所にある。伊達に儂が選んだわけじゃないっちゅう訳じゃ。というかそなたよ、ちょっとばかし失礼じゃないか?」
「何がです?」
「いや、いいんじゃがの……別に。で、順調かの?」
「順調ですよ。レオニスが踊ってくれたおかげで信頼も信用も得とります。欲を言えばもう少しレオニスには頑張ってほしかったのですが……実害もなかったわけじゃし……」
「まぁ、予想外ではあったの。妻の言葉にあんなにもころっと行くとは……しかし言っても仕方なかろう。それで何かが変わるわけでもないしの」
「そうですな」
こすり合わせるような音が次第に小さくなってゆく。同時に甘い香りも。やがて音が止まった時、その発生元である影の手元には、すり鉢に入られた白い粉末状の粉が置かれていた。
「それで食事なんですが、今は上から二番目に毒性の強いやつを混ぜとるところです。近いうちに一番毒性の強い奴に切り替えようかと」
先に居た方の影が告げる。その影が音を立てて挽いていた物。それこそが今話題に上っている毒性の強い品物であった。
「ふむ……くれぐれも他の者達に食べさせんようにな。あっという間に即死じゃぞ?」
「わかっとります。一応他の者の食事には解毒剤と中和剤を混ぜとります。万が一摂取しても死にはせんでしょう。しばらく下痢と腹痛に苦しむことにはなるでしょうが……」
「なら良い……」
「これから楽しみですな」
しかし影がそういった時には、既にもう一つの影は姿を消した後だった。
「まったくつれないお方だ」
後に残った影もそう呟くと、粉末を丁寧に器に移し替え、それを大事そうに抱えてその場を去って行った。




