第1話 始まりの、始まりの出会い。
異世界転生ものです。。。ありきたりではありますが……何とか自分らしさ!的なことを出せたらと思ってます。よろしくお願いします。
遥かな昔、人がこの世に生まれ出でるよりも、世界が氷に閉ざされるよりも、世界が炎で溢れるよりも、ずっと、ずっと前。未だこの地、この場所、この時に、何一つ存在しなかった時代。そこへ二柱の神が舞い降りた。一柱を光と生誕を司りし白の大神、もう一柱を闇と終焉を司りし黒の大神と呼んだ。
ある時、白の大神は、彼の周囲に漂っていた光を集め始めた。それを見て、黒の大神は闇を集め始める。それら二つは何時しか混ざり合い、固まり、一つの巨大な玉となった。こうして光と闇より星が生まれた。
やがて白の大神は、己の体の一部を切り離すと、そこから空と海を作り、黒の大神もまた大地と山を作った。
残った切れ端は白の大神が息吹を込め、星に蒔き、それらはやがて星に宿る命となった。
それから時が過ぎ、星は一度炎に呑まれ、続いて氷に閉ざされた。芽吹いた命も、その多くが費えた。二柱は憂えた……。
やがて二柱は決断する。再び己が身を切り離すと、星の中で管理・維持する存在を生み出した。力を多く受け継いだ者達は神となり、それ以外は精霊となった。
やがて世界は安寧の中で周り始める。その様子を見つめ続けた白と黒の大神は、やがていずこかに去り、後には神々と精霊達によって廻される星だけが残った。
黎明録 第一章「神話」より抜粋。
「ふわぁぁあ……」
大きな欠伸と共に伸びを一つ。机に座り続けて固まった節々が、こぎみよい音をたてる。
「え?」
そして窓の外へと視線を移したところでパタリと動きを止めた。窓の外、空には赤く滲む夕焼けが広がっている。
「やばい……」
がたり、と音を立てて立ち上がる。斜めに差し込んだ、柔らかくも儚い夕暮れの日差しに照らされて、流れた髪が赤く染まる。顔立ちの整った美しい女性だった。
「まずい……よね?」
慌てて机の上に広げていた本を閉じる。少しばかりくたびれた感のある表紙には、金の文字で「黎明録」と書かれていた。
「怒ってるかな~、怒ってるよねぇ……」
そんなことを呟きながら、女性は手早く身支度を整えていく。動き易いようにと男物の衣服を身に纏い、左腰には細身の直剣を履く。少し高めの位置で一つに結った髪が、彼女が動く度に揺れ、跳ねる。
「忘れ物……なし!」
右の人差し指と、薬指に指輪が嵌っているのを確認し、女性は勢い良く部屋を飛び出していった。
「日はっ!?」
「まだ落ちてない!! けど……」
間に合うか――そんな思いが脳裏をよぎる。
「まったく……レアの……せい……だからね!!」
駆けるレアの――フレイア――の背に、息も切れ切れな声が掛かる。
「だからさっきも謝っただろ? それにそっちも、ゆっくりお茶してたじゃ……ないか」
こちらは少し余裕のある声音で背後を走る友人へと答えを返す。日の傾きかけた山中、木を避け、草をかき分け、二人の女性が駆け抜ける。
「だって……美味しがっ――」
「あ~……舌噛むぞって、そろそろ注意しようかと思ってたんだが……遅かったか」
足を止め、口を抑えてその場にしゃがみ込んでしまった友人を眺めながら、フレイアもまた立ち止まる。彼女の目の前で、痛い痛いと転げ回っている女性の名はユズリハ。フレイアの友人で幼なじみだ。そして……
「なんか持ってないのか? 薬師だろ……一応」
「あ、ひょうだっちゃ……」
草や花やその他いろいろを使って薬を作る職業薬師…………の見習い。それが彼女であり、二人が慌てて山を駆け回っているその理由でもあった。
ユズリハが、薬師の師匠から足りなくなった薬草を補充するように指示を受けたのが今日の今朝方。その場で友人であるフレイアに同道を頼み昼前には出発する約束を取り付けた――――までは良かった。ただ、その後昼まで二人別々にいろいろやっていたら、気付いた時には夕方であり、慌てて山に登っているのが今の状況である。
「……あっちゃ」
腰に下げた袋をがさがさとかき混ぜていたユズリハが、何やら一枚の茶色の葉を取り出した。それを口に入れ、舌を庇いながら噛み締めることしばし、痛みでしかめられていた眉が解け、ほっとした表情へと変わる。
「ケスの葉?」
フレイアの質問にコクリと頷くユズリハ。葉を乾燥させたもので、気付けや、痛み止めとして広く使われている。ただし、量を間違えると幻覚を見たり、おかしな行動を取り始めたりと、危険な一面も持つ薬だった。
「ケスの葉かぁ……」
そう呟き、思わず遠い目となってしまうのは、フレイアがユズリハに付き合わされたある実験のせいだ。曰わく、何処までなら耐えられるのか実験。ケスの葉を大量に持ち込んで、何処まで正気を保てるのかという恐ろしい実験だった。まして、ケスの葉を煮たり、溶かしたり、生で食べたりと摂取方法の試行錯誤のオマケ付き。有り得ないほど不味かったり、かと思えば、気が狂いそうなほど美味だったり……いろいろな意味で、正気を保つのが困難な試みだった。何より一番恐ろしかったのは、依存性があることを、実験の後に告げられたことだ。しばらく禁断症状が出たり、吐いたりと大変だった。
「あ、悪夢だ……あれは……」
当時のことが蘇ってきて、ふらりとよろけるフレイア。そんな彼女を、きょとんとした表情で眺め、次いでちょこんと首を傾げてみせるユズリハ。
「くっ……!!」
小柄で童顔、おまけに愛らしい顔立ちのユズリハである。彼女のそんな仕草は実に小動物じみていて、思わず同性のフレイアでさえも、ぐっときてしまいそうな可愛さがあった。
(悪魔だ……ここに悪魔がいる!!)
それらを無意識に、天然でやってしまうところが何より恐ろしい! そう感じずにはいられないフレイアであった。
フレイアが過去に思いを馳せる少しの間に、ユズリハの舌の痛みは完全に落ち着いた。それと同時に口の中のケスの葉を吐き捨て、持参していた水で口をゆすぐ。あまり口に入れ続けたい物ではない。
「レアちゃん、行こう。ぐずぐずしてると日が沈んじゃう」
自分が先に立ち止まったことは忘却の彼方へと追いやり、ユズリハがフレイアを急かす。目当ての薬草まではもう少しだ。
「そうだな。日が沈んだら意味が無い……か」
今、二人が目的とする薬草は二種類。一つは日暮れと共に花開く夜光花、もう一つは日暮れと共に花が落ちる日輪花という花だった。
どちらも日暮れから数刻の間しか薬草としての効果を得られない、希少な薬草である。
予定では、今頃は既に採取場所で日が暮れるのを待っているはずだったのだが……
「レアちゃんが本に夢中になってたから……」
「ユズだって甘いもの食べてたろ?」
つまりはそういう訳だった。
言葉を交わしつつ、今度はユズリハが先に立って歩を進める。そして間もなく、何とか日暮れ前には着きそうだと二人が安堵した、ちょうどその時、それは起こった。
「ちょっと……嘘でしょう……」
「最悪だな……」
突然、二人を押し包むようにして、辺り一面が霧に覆われる。
「今日はずっと晴れてたのに……」
ここら辺りは、雨が上がった後や、雨が降り出す前にはしばしば霧に覆われる。が、しかし今日のように、日がな一日からっと晴れていた日には、霧に覆われることはめったに無い。
「どうする? ここで待つか、それともこのまま進むか」
いくら普段から通い慣れた道だとはいえ、視界の無いまま進むのはかなり危うい。普通なら霧の晴れるまでじっとしとくべきなのだが……
「せっかくここまで来たのに!?」
信じられないといった表情でユズリハが振り返る。目的地まではあと僅か、そして時間的な問題。この二つがフレイアに先の問い掛けを投げかけさせた。
「……進むか」
逡巡は少しだけ。結局は危険回避よりも、労働を無駄にしたくないという気持ちが勝った。直ぐに二人は歩みを再開する。先程までよりも少しばかり慎重に、けれど急ぎ足は変わらずに、記憶と勘だけを頼りにして。辺りはどんどん霧が濃くなり、既に一面乳白色の世界だった。そして……
「着い――きゃっ!!」
目的地への到着と、それが突然現れて、ユズリハとぶつかったのが全くの同時だった。
「誰だ!?」
ユズリハが尻餅をつき、フレイアが鋭い誰何の声をあげる。さぁーと霧が流れ、世界が黄昏に染まった。そこには黒髪の青年が一人、その黒い瞳を見開き、驚きも露わに立ち尽くしていた。