鐘つきのヨス
ミリアン、ハスリック、マギサのお仲間です。
一緒に楽しんで頂けたら幸いです。
昔昔、天国にヨスという男がいました。ヨスは天国でたった一人の鐘つきです。天国の鐘は神様がだれかを生まれ変わらせる時に鳴らし、また誰かが天国にやって来た時にも鳴らさなければなりません。多くの人が毎日生まれ変わったり、或いは天国にやってきます。だから鐘はいつもたくさん鳴らさなくてはいけないので、彼はいつも大忙しでした。
ある日にはたくさんの魔法使いや錬金術師が生まれ変わる日がありました。
生まれ変わる人は皆、大昔魔女狩りで狩られた人々です。
「生まれ変わったら、今度は魔法使いにはなりたくないな。」
皆口々にそう言って下の世界に戻っていきました。
彼らのためにヨスは祝福の鐘を鳴らします。彼らが望んだ人生になりますように、ヨスはそう祈りながら一生懸命に鐘を鳴らして送り出しました。
またある日にはいつも以上に多くの人が生まれ変わって下の世界へ戻っていく日もありました。今度はどうやら普通の人々で、魔女のせいで死んでしまった人達でした。
「今度歩む人生では、少し貧しくても構わない。」
裕福すぎるとまたあの魔女が来て、全てを奪ってしまうだろうからと、人々は苦笑いしながら下の世界へ戻っていきました。ヨスは祝福の鐘を鳴らします。彼らが望んだ人生になるように、ヨスは一生懸命に鐘を鳴らして彼らを送り出しました。
今日は誰かが天国へやってきます。みすぼらしい服を着たおじいさんです。おじいさんは死んでしまったはずなのに、とても幸せそうにしていました。おじいさんは先に死んでしまっていたおばあさんを抱きしめて言いました。
「聞いておくれよ、おばあさん!あの子が生き返ったんだ!あの子はいつまでも変わらない、親孝行な娘だよ。」
おじいさんの知らせを聞いて、おばあさんもとても喜びました。
「そうかい、それは良かった。本当に良かった・・・・・!」
本当に不思議な話です。ヨスは最近、よみがえりの都合で鐘を鳴らした覚えはありませんでした。しかし首を傾げながらも彼はおじいさんのためにしっかりと鐘を鳴らしました。
それからも毎日毎日、ヨスは鐘を鳴らします。あの日死んだおじいさんも、もちろん先に死んでしまっていたおばあさんも神様によって生まれ変わって、また下の世界へ戻っていきました。その時もヨスはいつものように祝福の鐘を鳴らしました。気付けばヨスよりも遅く天国へ来た人たちも皆生まれ変わって下の世界に戻ってしまっていました。
自分が誰よりも長く天国にいると気がついたとき、ヨスは初めて疑問を抱きました。
「私が下に戻るのは一体いつのことでしょう?」
そう思いながらも、ヨスはしっかりと鐘を鳴らします。鐘つきの仕事は嫌いではないからです。それにこの仕事は彼が天国にやってきた時からのとても大切な仕事でもありました。
あれ?
ヨスはまた疑問に思います。そう言えばヨスの他に神様から仕事をもらった人間を見たことがなかったのです。
彼はどうして自分が鐘つきになったのか知らないことに気付きました。
彼は鐘を鳴らしながら考えます。でも、いつかきっと自分にも下へ戻る日が来るはずだ。ヨスはそう信じて一生懸命鐘つきの仕事をがんばりました。
毎日毎日、毎日毎日ヨスは鐘を鳴らします。静かな天国に彼が鳴らした鐘の音がいつも響いていました。
カンカンカーン、カンカンカンカーン
ヨスはいつも楽しそうに仕事をしました。
しかし、いつまで経ってもヨスが下に戻る日はやってきませんでした。
ヨスは天国が嫌いではありません。お腹は空きませんし、景色も綺麗です。いつまでもいたいと思える楽園でした。けれど皆は下へ戻る時、そんな天国にいる時よりも素敵な笑顔をしていました。そんな笑顔を見るたびに、ヨスはとても羨ましくてたまりませんでした。
「どうして私は鐘つきなのでしょう?鐘つきの私が下に戻れるのは一体いつなのでしょう?」
日に日にヨスは苛立ちました。苛立つ度に鐘を叩く力は強くなります。強く強くなっていき、とうとう彼は鐘を壊してしてしまいました。
その時でした。
「どうしてこんなことも出来ないのですか!?」
「なんて醜い顔なんだ!」
「お前に売るリンゴはない!」
「怪物めっ!」
聞いたことのない罵りがヨスの頭の中を駆けていきます。
いいえ、ヨスはこれらをどこかで聞いたことがありました。ヨスが天国に来る前の、誰かからの言葉たちでした。ヨスは下にいる間、つまり生きている間、皆にいじめられていたことを思い出しました。
「どうしてこんなことも出来ないのですか!?」
「なんて醜い顔なんだ!」
「お前に売るリンゴはない!」
「怪物めっ!」
ぐるぐるとヨスを追いつめるように言葉は頭の中を巡っていきます。彼はたまらず耳を塞いで叫びました。
「やめろ!やめてくれ!私が何をしたというんだ!?」
ヨスは苦しく泣きました。
それからもう天国に鐘の音が響くことはありませんでした。
彼はずっと天国の隅っこの方で皆の心ない言葉を思い出しては泣いていました。
もうヨスは誰のためにも鐘を鳴らしたいと思いません。神様に頼まれても誰が鳴らしてやるものかとヨスは首を横に振り続けました。そうしている間にも辛い下での記憶が彼の中で甦り続けました。
生きている記憶の中、彼はいつも名前では呼ばれませんでした。代わりに皆は彼のことを醜いという意味の言葉で当然のように呼び続けていました。石やごみを投げられても、彼を守ってくれる人はいませんでした。意地悪く笑うたくさんの人々の顔が目を閉じてもヨスには見えました。
思い出した記憶のせいで苦しめられる毎日が続いたある日のことでした。
「なんて醜い子どもなんだ!」
懐かしい男の声がヨスの頭の中で響きます。誰なのかは分かりません。ヨスはまたかともううんざりした時でした。
「そうですか?私にはそう見えませんよ?」
また、聞いたことのある声がヨスの頭の中で響きました。今目の前にいるかのように映し出される記憶の中でその人はヨスを見おろし笑っています。綺麗な女の人でした。とても幸せそうな顔です。自分の記憶を疑うヨスの中で彼女はもう一度言いました。
「私には、この子が誰よりも一番可愛らしく見えています。」
この人は何を言っているのだろう?ヨスには分かりませんでした。自分はとても醜くて、悪魔で、怪物で、化け物なのに。彼女はまだ小さかった彼を抱きしめて笑っていました。そして、先ほどの男に言ったのです。
「『この世界の誰よりも、私はこの子を愛しています。』」
自分はとても醜い顔なのに、殺したほうがきっといいはずなのに。そんなヨスに頬ずりして彼女は、宝物を扱うようにヨスを大事にしていました。
「ああ、貴方はここにいたのですね。」
困惑している彼の後ろからはっきりとっした声が聞こえました。振り返って見てみると随分年をとってしまっていましたが、あの綺麗な女の人が立っていました。
すっかり皺くちゃのおばあさんになった彼女はヨスを見てほっと安心した後、彼を抱きしめました。
「貴方にずっと会いたかった。」
おばあさんは言いました。
「貴方にずっと謝りたかった。」
おばあさんは涙を零してそう続けました。
「貴方に、知ってほしかった。」
このおばあさんは誰なのでしょう?謝りたいとは一体なんで?ずっと会いたかった?こんな、醜い自分に?ヨスには彼女が何を言ってるのか全く分かりません。そんなヨスにおばあさんは続けて言います。
「貴方がいなくてどんなに心配したことか。」
ふと、抱き締められるヨスの中で昔の記憶がよぎりました。小さい部屋の机について、ヨスは何かを書いていました。泣きながら、震えながら必死で覚えた文字なのにちっとも上手に書けなくて、折角上手に書けても涙で滲ませて、何枚も何枚も書きなおした覚えがありました。
目の前のおばあさんは、彼を抱き締める力を強めてヨスに自分の思いを伝えます
「貴方がいなくてどんなに悲しんだか、ずっとずっと知って欲しかった・・・・!!」
『親愛なるお母様、
私はここにはいれません。
だから出ていくことにします。
ありがとう、さようなら』
それはヨスが目の前のおばあさんに充てた手紙でした。彼はとても近くにある大切なものに気づけなかったことを酷く後悔して、泣きました。
その涙はいつも悲しみで流す涙と違ってとても暖かなものだったそうです。
カンカンカーン、カンカンカーン
天国に鐘の音が響きます。
今日は祝福の鐘が鳴っているようです。鐘を鳴らしているのはヨスではなくあのおばあさんです。ヨスはもう鐘を鳴らしません。今日はほかでもない彼の番が来たのです。
彼の新しい人生を祝って、鐘はいつまでもいつまでも鳴り続けました。