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オタでもモテます
「天国はあるよ、ここにあるよ!」
絶叫する眼前の友人の姿に「人選誤ったかな?」と漫画なら冷や汗の水滴と垂れ線がついていそうな表情で正文はため息をついた。
彼がメールを送った相手である友人の小田が、このド田舎である久保山村にやって来たのはメールを送ってから3日後だった。
小田は彼が都会で最後に会っていたあの友人である。
スケジュールの調整がしやすいフリーの仕事とは言え、細かい部分を一切伏せて「とにかく一遍来てみてくれ!」とのメールにそれでもやって来てくれたのは友人ならではだ。
写メを送ればその日のうちにやって来た事は間違いないが、どこで流出したり第三者の目に触れたりするか分からない。
小田は魔の島のハイエルフ(中の人などいないっ!)が原因でオタの道にはまり込んだ、筋金入りのエルフ耳スキーなのだ。
もちろん、ハイエルフだけでなく、ダークエルフも、それどころかエルフ耳の異星人だって大好きという、いつ二次元の世界に旅立ってもおかしくないレベルの猛者だ。
流石に「居ないなら作るしかないか?」とオ○エント工業のホームページを真剣に見ていた姿は、周囲にドン引きされていたが・・・。
ダークエルフ、それも自分に好意を寄せるダークエルフの為なら世界だって簡単に敵に回すだろう。
色々と友人も存在する正文だが、ダークエルフを絶対的に優先する若い独身男性となると、この小田が真っ先に名前を上げられるのだ。
正文がクラウンに迎えに来てもらったタバコ屋までは、クラウンが祖父の足となって不在になっていたため、正文自身が屋敷に道具扱いで置いてあった軽トラに乗って迎えに出た。
シオネが一緒に行きたがったが、流石にあの辺りだと人の目に触れる可能性もあり、将来的に海へドライブに連れて行く事を約束してなんとか勘弁してもらった。
魔王領の辺境にあるダークエルフの住む森から出た事の無かった彼女は、当然今まで海等を見たことも無く、テレビやらパソコンやらで見る海の映像に興味津々なのだ。
クラウンはあくまで公用車であり、正文もまだ若いのだからと自分自身の車も買うようにと祖父に勧められていて、祖父の口利きでメーカーの営業やら外車のディーラーやらが置いていったカタログが彼の寝室には転がっている。
どこにそんな金があるんだ、と言ったら「その程度の金は家の中にだってある」と答えが返って来た。
あまりのはした金扱いに「銀行とか混ぜるとどんくらいあるんだよ・・・」と正文は呆然としたものである。
正文が軽トラで現れると小田は色々な意味でほっとした顔をした。
これが酒井の運転のクラウンだったらきっと萎縮していただろう。
自分の時を思い出して正文の頬に笑みが浮かんだ。
「で、こんなトコまでわざわざ呼び出して何の用だ?」
長旅の疲れもあるのかややぶっきら棒な声で助手席の小田は問いかける。
まあ無理も無い、逆なら自分はこの程度で済んでいるかと考えると申し訳ない気すらする。
律儀にシートベルトをしているのが、彼の真面目な所だ。
オタ趣味全開でそれを隠しもしないが、根は真面目な人間なのだ。
「まあ、待て、細かい事は着けば分かるが、お前にとっての天国が存在するんだ。」
「天国だと? 二次元の世界への入り口でも開いたのか?」
どこか気の抜けた投げやりな感じで質問をする小田。
「うーん、微妙に近いのが複雑だな。」
「ち、近いだと! どう言う事だ!」
首を絞めんばかりの勢いで問いかける小田に「ヒント・耳」とささやく。
「ま、まさか・・・エルフ?」
「『ダーク』が付くけどな!」
苦笑交じりで口にする正文。
「なんだって~!!!!!」
あまりの大声に蛇行してしまう正文。
車の急な動きに慌て、それでやや冷静さを取り戻す小田。
そこからはすっかりだらけた調子は消え、まるで遠足の小学生の様に何も無い周囲すら楽しむ小田。
意外と覚えてるもんだな、とそういえば久々の車の運転だったことに、ようやく今になってその事に思い至る正文。
そうして辿り着いた久保山村。
久々の「独身の若い男」にテンションが上がるダークエルフたち。
そこから冒頭の場面に繋がるのである。
「エルフ耳ハーレム・・・。」
「あー、残念ながら彼女たちは一夫一婦制、ハーレムは無しだ!」
「な・・・んだと。」
「いやいや、お前にシリアスは似合わないから。」
「似合う似合わないじゃないよ! ここでシリアスにならずに何時なるの!」
「まあ、俺もお前が選ぶ立場になるとは思いもしなかったがな。」
「今まで『モゲロ!』『爆発しろ!』『氏ね!』と言ってきたエロゲの主人公の皆さん、ごめんなさい!」
「いきなり何を言い出してるんだお前は!」
「いや、選べるわけないよ、そうだろ? 極上の選択肢しかない所で一つだけ選ぶなんて人間には不可能だ!」
「泣くなよ・・・。」
「天国の様な地獄、地獄の様な天国・・・。」
「そこまでかよ。」
「マサさんのお友達って面白い人ね?」
「そ、そちらの人は?」
「シオネって言ってやっぱりダークエルフだよ。」
「マサさんの嫁です。」
「嫁だと! しかも割烹着ダークエルフという新ジャンル! このっ! これがモテル男の余裕って奴か!」
「いや、現状、お前の方がモテてるんだが?」
「そうだった! おお、どうすればいいんだ~!」
人生初のモテ期を経験中の男の叫びが山村にこだまするのであった。
優柔不断じゃないと「ふっ・・・死のう」になってしまうのがエロゲ主人公