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ジジイ無双回です
「新妻と言えばこれでしょう!」とサキさんによって着付けをされたシオネ。
元は本人の「こちらの服を着てみたい」という一言から始まった事態なのだが、張り切ったサキさんによって仕上げられたのはやや地味目ながら品の良い和服とその上に身につけた割烹着。
和服割烹着ダークエルフという、ミスマッチなのだがとても魅力的な存在が誕生した。
着ている服のせいもあって所作がかなりおしとやかになっているのもグッとくるものがある。
正文が結い上げた髪とうなじにクラッと来たのも無理は無い話だ。
あれから一週間、独身男性はすべてダークエルフにゲットされた。
「ダークエルフは天性のプレデター」そんなどっかで読んだフレーズを思い出してしまった正文であった。
まあ、捕獲された男性たちが皆幸せそうなのが救いである。
ダークエルフたちはすべて日本国籍を獲得した。
「異世界につながってそこの住人が来たなどという事例はありませんが、周囲から隔絶した集落が発見されて、戸籍登録される様になった事例は明治以降幾つか存在します。彼女たちが出てきたのは日本の中にある山の洞窟です。しかもどういう理屈かは分かりませんが日本語を話しています。日本人として扱って問題は無いでしょう!」
・・・というのが土木課長の役人の論理だそうだ。
前例無くて揉めそうな事は、出来るだけ前例が有るケースに当て嵌めて処理をする。
いい加減で有りながら融通が利かないのが役所仕事なのだそうだ。
「これが港町で海から来た等と言う場合は、難民や不法入国など外務省も絡む事になって複雑になるので山村で助かりました」と言っていたが、果たして本当にそれでいいのだろうかと正文たちは首を傾げている。
正文の祖父は「味方を増やしてくる」と酒井の運転する車で出かけて行き、いまだにあちこち動き回っては人に会っているらしい。
ゲットされてしまった酒井と彼のパートナーに納まったダークエルフの間に、出発時に熱烈なラブシーンが展開されたのは記憶に新しい。
そうして会ったコネからの派遣らしい人間がポツポツとこのド田舎に訪れている。
「見事なまでに財閥系だなぁ・・・。」
製薬、化学、金属等の企業からまずはご挨拶にとそれなりに偉そうな人たちがやって来たので、若造である正文だが村長としてその応対に当たった。
最初の挨拶回りの時に作った村長の名刺の残り数が少なくなって、慌てて発注をかけたほどである。
なんでもダークエルフの集落周辺について調査をするという話がついているらしい。
「危険な生き物も居るのに平気なのだろうか」と正文等は思うが、製薬の人間曰く「今は新薬研究の為、アマゾンやらアフリカやらヒマラヤ級の高山にも行く時代ですよ。異世界とか言ったって飛行機にも乗らず、歩いて行ける範囲じゃないですか!」という事なのだそうだ。
ダークエルフたち以外の存在が全く洞穴から出てこないという事も、この村が安全な後方拠点として機能し得るという事になり、探索への情熱を高めている。
それに先立って、ダークエルフの中で薬草や狩りの獲物について詳しい者に対しての聞き取り調査が行われているが、祖父の方からかなり強く念押しされたのか既婚者や女性ばかりがやって来て、ダークエルフたちは落ち込んでいる。
対照的に調査に来た企業の人間は狂喜乱舞せんばかりである。
単純にダークエルフたちが「薬草」と呼んでいる潰して傷に塗ったり患部に当てたりする草一つを取ってみても、これまでの医学常識を覆す代物であり、有効成分抽出、成分の化学合成など、今後、更に多くの成果が期待出来るものだ。
ダークエルフたちが身に着けている、革製品や木や牙や骨の加工品も新素材として有望なのだそうだ。
物々交換に近い形でそれらを手にして飛び跳ねている研究畑の人間の姿を見かける事も最近では珍しくない。
ちなみにダークエルフたちに人気の高い品物は甘いお菓子。
飴ひとつでも喜んでしまうので、今後の事を考えるとその辺の価値観の教育も必要だろう。
ネイティブアメリカンがガラス玉でマンハッタンを譲ったような事になりかねない。
今は外部から来るのは学究肌の人間が多く、しかも企業側から何らかの守秘を義務付けられているようなので、それほど大きな問題は起こっていないが、利益や権力志向の人間が今後村に入ってきたり、彼女らが外に出て接触する事になった場合に、酷い事になりかねないのだ。
手持ちのものだけでこれなのだ、あちらには更にどんなものがあるのだろう、と期待が高まっても不思議では無いだろう。
拙速でもダークエルフたちに戸籍を与えてしまい、話が広まった時点では既に多くの利益を共有する仲間を増やした状態にしておく、これが祖父の策らしい。
既に獲得した権利を剥奪するのが難しいという日本のお役所事情をダークエルフたちの個人としての保護に用いて、ダークエルフたちから聞いた話を元に彼女達ではなく異世界というものにスポットを当てて実利で企業を引きずり込む。
ダークエルフたちを企業にとって貴重な情報提供者兼ガイドとして位置づける事で、企業にも彼女たち自身を守らせる立場に立たせる。
正文には到底思いつかない考え方である。
更に言えば久保山村を囲む山は祖父の私有地なのだそうだ。
今回の件に関連して正文が初めて知った事である。
この私有地である、という事も企業との交渉材料に使っているのだそうだ。
つまり、異世界は表向き私有地の山の中にある、外から見る限り山の反対側には貫通していないのだから、理屈としては通らない事も無い。
その私有地の中に入る権利を有しているのは土地所有者である祖父。
まあ、山を立ち入り禁止にしてしまえば、自動的に異世界には行けないのだから同じ事である。
これを最大限生かして、企業側に色々と譲歩させているらしい。
悪党じみた事はするが悪人ではない、それが正文の祖父だ。
嫁を自称して正文にべったりのシオネを実の孫以上に可愛がっている。
色々と手を回してはいるものの、最優先は彼女たちダークエルフ。
ただ、彼女たちが無事なら異世界はどうなっても構わない的発想をし得るのが悪党たる由縁か。
まあ、ダークエルフの村があるのは異世界の中でもかなりの辺境であるらしいので、こちらの人間が多少その周囲で何かをしたとしても、すぐさまは大きな影響が出ないという事や、出入りが洞窟サイズで拡大が出来るかどうか分からない、下手に手を触れるとつながり自体が無くなってしまうかもしれない事から、必然的にあちらに介入するにしてもその規模が限られるという事もある。
魔術やら古代遺跡やらのファンタジー的原因なら、またそれはそれで手の打ちようもあるが「なんだか分からないけど繋がっちゃった」という現状ではどうしようもないのだ。
「ねぇ、マサさん。」
座ってパソコンを前に考え込んでいる正文の背後から「当ててるんだよ!」という感じでしがみついてくるシオネ。
いまいち感触の分かりにくい和服を着ているのが残念である。
「私にはマサさんが居るし、他にも旦那をゲットした子居るけど、残りの子たちが可哀想。他に若い男の人っていないの?」
居る事は居る。
日本に限っても、いやこの県に限っても大勢居るし、彼女たちの存在を知れば、それこそ世界中から殺到してもおかしくない。
だが、祖父が色々と手を回して、彼女たちの立場を強化する手を打っている現在、彼が思いつきレベルで動いてそれを台無しにしてしまうのが怖い。
独身で、それなりの独自のコネクションがあって、もし何か有った際には彼女たちの方をすべてに優先して動ける人間。
頭の中で条件を上げていた正文は「あいつなら・・・」とメーラーを立ち上げ、メールを書き上げると送信のボタンを押したのだった。
まあ、実際にはそんなに甘くありませんが^^;