2-15
かなりあっさりと、です
「本当に鼻の下ってのは伸びるもんなんだなぁ」
正文が「シオネと一緒の時の自分もそうなっているのでは?」と思わず我が身を振り返ってしまうほど康則の顔は緩みきっていた。
康則に絡まりつく様にしなだれつつ、頬をこすりつけているのは猫娘カレン。
康則が一生分を前借りして、足りない分は「みんなの勇気を分けてくれ!」と両手を天に突き上げてかき集めた勇気で告白をした結果である。
康則はスキンシップと思って蕩けているが、傍から見るとマーキングされている様にしか見えない。
複数同時進行、恋愛の多角経営が基本の猫族にしては異様なほどカレンは独占欲が強いようである。
相変わらず正文を見かけるとベタベタとしてはくるものの、「恋人」である康則とは明確に差をつけている。
実際の恋愛をする様になる前に周囲から男性が居なくなってしまい、それまでの成長の過程で猫族の社会で生きていたため、その常識で行動していたカレンではあるものの、現実の恋愛には縁が無く、村から出て最初に目を付けた相手が正文であったということもあって、恋愛脳ではあってもカレンは恋愛慣れしていない。
要は余裕が無いのだ。
息を吸う様に恋をする猫族としては未熟もいいところ、車で言えばレースの映像を数多く見ただけのペーパードライバーみたいなものだ。
見るのとするのは大違い。
康則相手にはお姉さんぶってはいたものの、実のところ大差は無い。
一方の康則の方はというと猫族の習性や恋愛観をあらためて周囲に教えられても「大丈夫、出来得る限り傍に居続けて、一生口説き続ければいいだけですよね!」と、周囲のオタたちに「か、漢だ……」と驚嘆されるほどの男っぷりを見せて見直されている。
ヘタレ地味系が一気に株を上げたのだ。
康則の「勇気」とその成果に当てられ、日本側でも異世界側でも独り身連中が盛り上がっている。
「今なら言えるかもしれない!」とそれでも勇気が不足気味の男どもが涙目で懇願してくるのを受けて、村長業務で忙しい中、正文がイベントを企画せざるを得なかったくらいだ。
ダークエルフをはじめとする異世界女性と日本男性のカップルは、女性サイドからの熱心なアタックや周到な根回しの結果が多い。
これは異世界が戦争の影響で男性が大幅に減っているということも影響している。
子供の男女比は崩壊していないため、ある程度の年数が経過すれば一定の範囲では解消されるであろう問題ではあるものの、日本の様に簡単にあちこち移動出来るはずが無いのが異世界だ。ダークエルフたちも本来は森から一歩も出ず、その中で一生を終える者がほとんどだ。魔王(現在は空位らしい)の居城がある都まで行けばあちこちから人々が集まり、その政治、軍事中枢という特性から独身男性が多いという情報があったところで、そこまで行こうなどと考えるのは近郊の農村の住人くらいなものだ(途中で凶暴性が高まったモンスターの襲撃もあり得る)。
必死に男を捕まえようとするのも当然である。
生活どころか人生がかかっているのだ。
一方の男性はと言うと、そうした流れに乗り遅れたというか、女性があまりにも一所懸命過ぎて少しひいてしまったというか、周囲の既婚者のバカップルっぷりに辟易したというか、まあ、色々な要素もあってあまり積極的で無かった者も多かったのだが、気付けば「がーっ!」と来る女性陣はそれぞれパートナーを見つけ、家庭を築いたり落ち着きを見せている。
「人の恋愛の糖分でお腹いっぱいになってる場合じゃねえぞ」と、以前に比べると頻繁に出入りする様になった日本人女性との出会いもあって、異世界の男性も少し慌てだしていた。
二次元の存在に目移りをしていたオタや財閥関係の独身男性も、自衛隊の駐屯地が完成に近付き、自分たちとは毛色の違うフィジカルエリートが頻繁に出入りする機会が増えたことからようやく焦りを見せ始めていた。
そんなところでのヘタレ枠、「微笑ましいけど、このまずっと進展しないんじゃね?」と思われていた康則の快挙、影響はされたものの、ここで一気に行ける様ならとっくに誰かと付き合っている、更なる一押し、支援を求めて康則とは違った意味で尊敬されている正文が頼られたのだった。
「具体的な日時は別にして、何か考えてみましょうか?」と具体案も何もかも丸投げされたことにため息をつきながらも正文が返答すると男どもは安堵の吐息を漏らしたり、ギュッと拳を握り締めたりたのであった。
「そんちょーさんもたいへんだーね」
「ん、どうしたの?」
いつものお昼休み、今日はうどんの気分だったので冷やし山菜うどんを食べたリツは、ミリーシャの言葉に問いかけた。
「あー、なんか野郎どもに泣きつかれてなんかやるんだっけ?」
「映画上映とその後でりっしょくぱーてーってヤツやるみたいなんだけど、りっちゃんりっしょくぱーてーってなに?」
「立食パーティーねぇ、食べ物が色々あって、好きなものを食べたり飲んだりしながら、他の人とお話をする集まりかな?」
「おお、好きなもの食べていいのか? もしかして食い放題!?」
「ケーキはあるーの?」
「お肉、お肉!」
「あるだろうけど、目的からすると女の子と男の人で話をすることもしないとだと思うよ?」
「うげ、面倒臭い」
「おとーこのひともきっと料理をいっぱい食べるのに夢~中になるよー」
シリルたちの関心は男性より料理、「ま、私もそうなんだけどねぇ」と思いつつも少し村長さんを気の毒に思うリツ。
食堂のおばちゃんの漏らした話から料理は相当期待出来そうだし、枯れ木も山のなんとやらと言うし「参加してみようかな?」と思うリツだった。
案も何もないので、周囲に頼りまくってパーティーの準備を進めていた正文。前半が恋愛映画の上映会、後半が立食パーティーと決まり、工場の食堂のおばちゃんたちや、村の婆様、若奥様連中の協力も確約を得て、さて、映画の方はどうしようか、などと考えていると財閥現地統括の黒崎が強硬と言っていいほどの力強さで「ここは永遠の名作でしょう!」と新聞記者と王女のロマンスを描いた洋画を推薦してきた。
一部の場面がテレビで流れるのを見たり、話の大筋は知ってはいるものの、正文はきちんと見たことが無い作品である。
意外なことに既婚組のオタからは反対意見は出なかった。
「色々なアニメや漫画やラノベでもリスペクトされてますしねぇ、ただ、まだあまり映画とかに異世界組は慣れてないんで字幕より吹き替え版がいいと思いますよ」
「ピクシーたんたちとか主演女優に似たタイプの美人だし、拙者も良い選択だと思うでござるよ?」
「変化球は直球に慣れてからでしょう。今回はある意味舞台装置的な意味合いもありますし」
事前に黒崎に押し付けられたブルーレイを一緒に見たシオネにも好評だった。
雅音は良く分からないみたいで途中で(ジェラートに興味津々でアイスを食べたがったのを「明日ね」となだめている内に)眠ってしまったが、成分補給とはまた違った感じのべったり具合で、もしかすると雅音に弟か妹が出来るかもしれない様な具合になってしまってたりする。
異世界側には実際に魔王の娘の姫とかも居るとか言う話で、その分、日本人よりリアルに感じられるのかもしれない。
そうして迎えた当日、独身者向けの集まりということで参加者のほとんどはそういった層なのだが、爺様、婆様たちも「ああ、この映画さ爺様と昔見たなぁ」などと言いながら映画を見に来ていたり、康則が一番前の席にカレンと共に招待されていたりと全員が全員独り身というわけでは無い。
康則に関しては言ってみれば「仕込み」だ。
プロジェクターで映し出される画面を見ていると自然に視界に入る位置でいちゃいちゃしてもらうことで、参加者の「自分も相手が欲しい」「羨ましい」という感情を掻き立ててもらい、その後のパーティーに繋げようという試みだ。
当然、康則にはそういった事情は知らされていない。
「一番、いい席で二人で楽しんで」と親切ごかしに招待されている。
人畜無害な顔をして正文もやる時はやるのだ。
正文から見えない位置では祖父が満足そうな顔をしていた。
まあ、その直後に雅音から「わたしもぱーてぃーいきたいー!」と言われて宥めるのに必死になってしまっていたが。
時間が近付くにつれてだんだんと人が集まってくる。
映画の後の立食パーティーで色々な料理が出ると、昼飯どころか朝飯まで抜いてしまい、盛大にお腹を鳴らせて赤面している人間も何人も居る。
シリルもその内の一人で尻尾が盛大に萎れている。
ポンポンと慰めるように軽くシリルの肩を叩くリツだった。
立食パーティーは映画の余韻を引き摺ったまま始まった。
中には即座に臨戦モードに切り換えたシリルたちの様な例外はあったものの、いつもとは違う場所、違う雰囲気、自分自身の気持ちも異なるとあって、普段ならとてもではないが女性に声をかけられない様な男性も女性に話しかけて何とか会話を成立させている。
目立ったところで言えば官僚組アラサー女性に執心であった狼の獣人男性の様に、交際の申し込みの段落をすっ飛ばしてテンションのままプロポーズをしてしまっている者も居るが……。
普段ならとんでもない大ポカだが、場の雰囲気もあって周囲の視線は暖かい。
返事代わりのキスに自然と拍手が沸き、指笛など(声で「ヒューヒュー」と言っている鳴らせない人間の方が圧倒的に多かったが)も鳴らされ、アルコールが出ていることもあってさらに盛り上がっていく。
「すっごいねぇ」とその様子を眺めるリツ。
手にした皿には既にお目当ての料理がいくつものせられており、一緒に居る友人たちも似たり寄ったりだ。
その更に周囲には日本人「女性」が多く集まっている。
「カッコイイ」系の美人であるエルバが人気を集めているのだ。
またミリーシャも可愛い系が好きな女性が「撫でたり抱えたりしてみたい」という目をしながら取り囲んでいる。
工場勤務の日本人はおばちゃんや男性が多く、現地事務所や研究所勤務の女性たちは、ダークエルフを除くと異世界の女性とあまり親しく話す機会は少ない。
個人的にクボ山村に出入りして、日帰り異世界旅行を楽しんでいる者も居るが全体として見れば少数派なのだ。
それほど結婚や男女交際を焦っていない日本人女性からすると、参加している男性と話すよりもエルバなどと話す方が有意義に感じているようだ。
アタックをかけては歓声を上げたり、撃沈して自棄酒を煽ったりする男性たちを遠景に見ながら「当分は私も縁が無さそうねぇ」とシリルと視線を交しつつ、尻尾を撫でて「ひゃん!」と声を上げさせ、周囲の日本人女性からの羨望の視線に「ふふーん、いいだろー、おともだちなんだよ!」と、ご満悦のリツであった。
なんとかあと少しで二章も終わるかと、次の章はレベル3.
無茶苦茶レベルアップが遅いですねぇ、エルフ後衛職以下の成長率(;´Д`)