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今回はそれほどお待たせしないで済んだかも?
慌しい村の一通りの紹介期間が終わると康則は暇になった。
仕事として見積書だの請求書だの申請書類などの書き方も教わったが、ワードやエクセルのフォーマットが既にある為にそれに入力するだけで済んでしまい、備品菅理などは月一、資材管理も週一と「精神面を考えるとニート時代より楽かも?」と思う状況になっている。
仕事はほとんど定時、たまに遅くなる事はあっても退社時刻が8時を過ぎることは無い。
ブラック企業に勤める人間が聞いたら助走つきで殴りかかってくる様な職務内容であり、他の社員も美人の嫁さんや彼女が居る余裕からか気さくで、砂糖を吐きたくなる惚気ぶりやイチャつき振りを除けば実に付き合いやすい人間ばかりだ。
また、来る前は妄想の産物と見ていたオタ漫画の作者も、一般的なオタイメージとかけ離れたコミュ能力を持っており、村で一定の勢力を持つオタたちも中学や高校に居たオタとは違うリア充っぷりを見せていて、彼らが「布教」として持ってくるアニメや漫画やラノベなどで娯楽に関してもニート時代を上回っているのが現状である。
そんな彼の現在の週末の過ごし方、それは異世界行きである。
「おう、ヤス~!」
「ヤス~!」
寄って来るリザードマンの男の子たちの頭をグリグリと撫で回すと「やめろ~」と言いながらも嬉しそうにしている。
最近になってダークエルフの村にはさらにリザードマンの姿が増えてきた。
元々はかなり離れた山岳地帯に住んでいたのだが、やはりそちらも同じ様に男手を魔王軍に取られて、ただでさえ凶悪なモンスターが周辺に多かったのにそれが凶暴化したこともあって、安全な生活が難しい状況になっていた。
そうした中、出入りのあった行商人にこのダークエルフの村の話を聞き、洞窟単位でこちらに向かってやってきたのだという。まだまだ増えそうだという話で、森を更に切り開いて村を拡大するかという話もこちらでは出ているそうだ。
「ポテチちょうだい!」
「おれ、チョコ欲しい!」
「お前ら、完全に俺の事お菓子をくれる存在としか思ってねえだろ!?」
「ええ~ちょうだいよ!」
「お前なんかグミでも食ってろ!」
そういうと手持ちのフルーツミックスグミをポイポイと次々に口に放り込んでいく。
こちらの世界で最初見た時はちょっとギョッとした康則だが、そういう反応をしてしまった事に対する後ろめたさを、屈託の無い子どもたちに救われた気分になってしまって、ついつい「これ食うか?」と持っていたお菓子をあげてしまったことが現在の状況に繋がっている。
最初の給料では両親へちょっとした贈り物をしても、服は持ってきたものがまだまだ新しいかお気に入りのものであり、食と住に関しては独身寮だけでなく、他の社員が夕食に誘ってくれる(結局は嫁や家族自慢なのだが)など不自由はしておらず、漫画やアニメはオタたちが貸してくれる状況で、ろくに金を使う機会が無い康則にしてみれば、子どもたちにちょっとあげる程度のお菓子は大した負担ではない。
「いつもすみませんねぇ、ほら、ちゃんとお兄さんにお礼を言いなさい!」
「ヤスありがとな」
「ありがとー、ヤス」
「いえいえ、たまたま持ってるだけですから・・・」
子どもらのお母さんにお礼を言われ、かえって恐縮してしまう康則。
こういうお礼を言われ慣れていない事もあって、若干返答が意味不明になっている。
リザードマンは男性と女性でかなり体型が異なり、男性が角ばっているのに対して女性は曲線的である。下手をすると人間より男女の区別が分かりやすい。
異種族であっても女性慣れしていない康則にしてみると気軽には話せない相手なのだ。
何故か謝るようにヘコヘコとしてしまう康則の視界にピコピコとしたものが入ってくる。
あからさまにその表情が輝く。
周囲の子どもたちは「しょうがねえなぁ」という顔をしている。
子どもたちの母親は「あらあら若いわねぇ」と微笑ましいものを見る顔をしている。
康則が毎週の様にここに通うお目当て、ネコ耳娘のカレンであった。
「へえ、そうなんだ」
来る前にコンビニで買ってきた季節限定のイチゴ入りシュークリームを食べながら話すカレンに相槌を打つ康則。
「ここのダークエルフの人たちも森から出た事無い人ばっかりなんじゃないかな?」
今、聞いていたのはこの森の説明。
森を切り開いて村を拡大するという話に「なんかもったいないなぁ」と康則が言ったところ、カレンがきょとんとして良く分かってないようだったので、日本の自然保護とかそういう話になって、そこから更にカレンによる森の説明になったのだ。
「この森はとにかく広いのよ。一ヶ月旅を続けても森から抜け出せないわよ、ここからじゃ。それ考えると男衆も良く魔王様のトコまで行ったもんよねぇ。着いた時には戦争が終わってたなんて事も有り得たんだけど、そこまで運は良くなかったみたいだわねぇ」
なんでも魔王の城まではここから3ヶ月、そこから戦場になったところまでは2ヶ月かかるのだという。そこから更に半年行ったところに人間側の辺境の村があって、人間側の都市ともなると一年はかかる距離にあるのだとか。
「魔王様も負けたとは言っても、人間側もボロボロで、更に帰る途中で凶暴になったモンスターに襲われたりしたらしいから、正直、どっちが勝ったって言えない状況らしいよ?」
日本の感覚で言えば日露戦争や第一次世界大戦に近い感覚なのかもしれない。
戦争に参加して、そこで死んだ人間は大勢居ても、国民が戦火を感じる距離までは戦争が来ていなかった。
ゲームやアニメの人間と魔王軍の戦いと違って、少なくともこの森の住人にとっては実際の戦争はそんな感じらしい。
「私の知り合いも大勢帰ってこなかったけどね。村で暮らしててもモンスターや災害で死ぬ人も居るし、どんな強い人も死ぬ時は死んじゃうんだよねぇ・・・だからヤスくんも後悔する様な生き方しちゃダメだよ?」
子どもたちが「ヤス、ヤス」と言うもので、カレンの康則に対する呼称もいつしか「ヤスくん」になっている。
親しい感じは嬉しいが、子ども扱いされている様な気もして複雑な心境の康則である。
口調は重くは無いが「死」を真っ直ぐ見つめたカレンの言葉に、ニート時代の自分に「幕・○・内! 幕・○・内!」とデンプシーロールを決めたくなる。
この世界は向こうの世界、特に日本に比べて「死」が近い。
この村は日本のぬるさが感染したかのような平和ぶりを見せているが、魔王が敗れた戦争の影はたまに訪れる程度の康則にすら感じられる。
「ほらほら、ヤスくんもそんなに考え込まないの。それにしてもこのシュークリームおいしいね。コンビニだっけ? こっちにもあったらいいのになぁ・・・。」
「こっちの屋台もおいしいじゃないですか」
「うーん、そうだけどね、やっぱり甘いものは向こうの物に敵わないなあ。このクリームにしたって、こっちじゃ下手すると魔王様とかでも食べられないわよ?」
「そうですかねぇ・・・?」
便利さが当たり前の時代に生まれ、海外での生活も無い康則にしてみれば、そう言われても実感が持てない。
親とかがたまに口にする「今は便利になったわねぇ」という台詞も、「何を言ってるんだか、当たり前のことじゃん、その程度で驚いてるの?」と思ってきたのである。
実感を持てと言われても無理なのかもしれない。
「さてと、ごちそうさま。そろそろ行くね?」
そう言い出したカレンに、「あのう、これもあるんですけど・・・?」とバナナロールを差し出し「うにゃぁ~!」と叫び声を上げさせ、「あ、ネコっぽい」とニヤける康則の表情からは先ほどの深刻さは消えていた。
「あちらの再開発計画ですか?」
「うーん、もったいない気がしますねぇ」
「でも、それって都会の人間が『風情が無くなる』とか言って、田舎が便利になるのに不満を持つのに近いんじゃ?」
「まあ、あちらでは抵抗感ないどころか自分たちだけでもやるって感じなんですけどね」
「実際、人増えましたからねぇ」
「男衆が戦に行く前より多いわよ?」
「ダークエルフ以外はこちらでの生活には抵抗感があるようだしのう」
村のトップ会談というか、正文、シオネ、祖父、孝典、黒崎、小田といった面々が話し合いをしている一室、それは新しく出来た、村役場、公民館、消防団詰所といったものを一体化した村の総合庁舎の一角の会議室であった。
この山の斜面に張り付く様にして建てられた建物、実はダークエルフたちが出てきた防空壕跡を囲む形になっていて、異世界への出入りを物理的に制限し、直接目に触れる事が無い様にしているだけでなく、こちらやあちらで何か有った時のゲートというか防壁としての役割も持っている。そのための、普通の村施設なら必要の無い設備や性能を持っているため、完成に時間を要して最近、完成したばかりであった。
「森を切り開くのに問題が無いのであれば、村とは別に農地の開拓もお願いしたいところですね」
久保山村の特産となっているやくそう。
土壌や水などの条件を久保山村と全く同じにしても、久保山村以外での栽培に成功しておらず、「これはもう、魔力とかマナとかそういったものがあるとでも思うしか」と研究所でもお手上げ状態なのだ。
あちら側では生える場所がある程度限られるとは言え、自然に育っている植物であるのであちら側であれば更に生産量を増やす事が可能になるのでは、と以前から製薬部門を中心に強い要望が出されていたのだった。
「あと、もちろん繋がってる洞窟には影響の無い範囲で、鉱石の採掘は出来ませんかね?」
「鉱石だとリザードマンの人たちに聞いた方がいいかもですねぇ」
宇宙全体で考えると金が採掘できるレベルで固まって存在すること自体が奇跡だと言われるが、あちら側ではこちらとはまた違った構成の岩石がほとんどで、こちらではレアアースと呼ばれる物質が割と固まって見られるだけでなく、こちらに存在しない物質まで存在していることが明らかになっている。
マテリアル、製鉄などの方からそうした要望も強く出ていた。
「あちらに持っていく、ってことを考えると産業レベルでってのは難しいですけどねぇ。」
日本側の工業化、機械化されたものを持ち込む事は、出入りが人二人並ぶのがやっとという洞窟では難しい。
というか、一番小さな一般住宅建設用の建機ですら通行が不可能なのだ。
「つながり無くしちゃ元も子もないですからね」
「だな」
「ですね」
「せめて、なんで繋がっているのかさえ、わかればのう・・・」
祖父の声に頷きつつも、「今のこの状態壊すくらいならわからなくてもいいかな?」とも思う正文であった。
康則君「お友達」から始めてます^^
お友達のまま終わる危険性もありますが^^;




