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まだまだジジイのターン
「なにを言ってるんだ、このジジイは・・・。」
それが彼がその時思ったことであった。
冗談ならばいい。
だが、わざわざここまで呼びつけておいて言う冗談ではないだろう。
「まあ、待て、他に人を呼んでおるからな。サキ、社長たちはまだか!?」
「先ほど正文さんがお見えになったと連絡したばかりですし、後30分はかかりますよぉ!」
大声での問いかけに、離れた場所かららしい声が帰ってくる。
サキというのが先ほどのおばちゃんなのだろう。
その声は玄関で会ったおばちゃんのものだ。
「いや、俺にも仕事があるし・・・。」
「それは本当にお前しか出来ない仕事なのか?」
「そうだ!」と返したい所だが、所詮はしがない雇われ店長。
求人広告でも出せばあっさり後釜は見つかる。
それどころか同業の他の店に比べれば条件は良いと言えるので、かなりの数の応募があるだろう。
その中には経験や人柄や能力で彼を上回る人間が居てもおかしくない。
「自分にしか出来ない」仕事ではないのだ。
黙った彼を見つつ、祖父は言葉を続ける。
「この仕事は『お前にしか出来ない』。わしが後10も若ければな、わし自身でやる事も出来たろうが、生きるだけなら後20年は生きる自信があるが、現役を続ける自信は流石にないわい。」
意外とまっすぐな視線が返ってきたのを内心喜びつつ、祖父は飲みかけの日本酒を飲み干す。
半ば無意識のまま、空いた杯に酒を注ぐ正文。
軽く口をつけ、その杯を置くと正文の杯に酒を注ぐ。
互いに様々な事を考えつつ、差し向かいで酒を飲む二人。
邪魔にならない様、静かに小鉢に入った煮物等を卓上に足していくサキ。
「それに、あちらに女が居るわけでもなかろう?」
ぽつりと思い出した様に口にする祖父に、内心カチンときながらも図星なので反論も出来ず、意識しない内に口がへの字に歪んでいく正文。
「図星か・・・ヘタレだのう。」
バイトで可愛い子が入っても「流石に若すぎるだろ」と自分でブレーキをかけ、いいなと思う相手がいても自分からモーションをかけることもしない・・・確かにヘタレと言われても仕方が無い。
正文にとって居心地の悪い時間は「社長」と呼ばれる男性と、その連れによって終了した。
初対面の相手ではあるが、居心地の悪い時間を止めてくれた事でどこか感謝に近い気持ちを抱いた正文は比較的好意的な態度でその男たちに挨拶をする。
「瀬澤正文です。祖父がいつもお世話になっております。」
「ははは、いやいや、これが正文君ですか、随分としっかりなさったお孫さんだ。村長にはこちらが色々とお世話になりっぱなしでね。そのご恩は正文君に返していく事になるのかな?」
「これ」呼ばわりは少し気に障ったが、向けてくる視線は好意的な事から無理にではない作り笑顔で会釈する正文。
「こいつがウチの三男の孝典です。オツムの方はお粗末なもんですが、高校時分から現場には出てますんで、そっちの方はそれなりに任せられます。」
見るからにガテン系のおでこが鼻より前に突き出た男の頭を片手で下げさせながら「社長」が言う。
自分の親や祖父に対して全く萎縮することなく、それどころかふてぶてしい態度を漂わせた男に「接点無かったタイプだよなぁ」と不安になる正文。
社長の話によれば、長男は県庁に、次男は社長の土建会社にそれぞれ勤めているとのこと。
典型的な地方公共事業べったりの親族系土建屋のようだ。
「これから正文が村長、孝典くんが新しく出来る会社の社長としてタッグを組んで貰う事になる。」
完全に決定事項として話される祖父の言葉に、笑顔で頷いてみせる社長。
孝典の方へと視線を向けるも、特にその言葉になんとも思っていない様子に反論の言葉を飲み込む正文。
「昔ならダムや発電所や高速道路なんかで金を引っ張り出せたんじゃがな、最近はそういった事に関しては色々と上も下も煩い。そこで考えたのが『過疎からの脱却モデル事業』という奴じゃ。どこの田舎も抱えてる問題じゃし、大っぴらに反対しようものならそいつの方が悪党のレッテルを貼られるわい。」
「村長もうまい所に目を付けられましたなぁ。県としても予算を通しやすい上に、他のものと違って成果をすぐに求められるというものでもありません。」
(こいつら腐ってやがる・・・。)
まさか目の前で典型的汚職土建屋と政治家のやり取りを見せられるとは思ってもいなかった正文。
目を白黒させて傍からは内心丸分かりなのも知らず、口を挟む事も出来ず杯を重ねる。
「まあ、そんな顔をするな正文。わしらがこんな事を考えんでも、別な奴の考えた事で無駄な金が使われていくのが公共事業というものじゃ。役所というものを知っておれば良く分かる事じゃ。役所は基本的に前例主義、予算は過去の実績、実例が基本となる。使わねば予算が減らされてしまうのじゃ、無理にでも口実を作って金を使わねばならん。」
「都会でもやれ水道管だ、ガス管だと掘り返してみては、さらにそれで道路がという事で補修しなおしてなどとやってるでしょう? それに比べれば新しく住人の利益になるものが出来るだけ、こちらの方が遥かにマシです。それにバブルの頃、あちこちの地方に作られた箱物やらレジャー施設、今でも生き残っているものが果たしてどのくらいありますか? しかもそれらは無くても誰も困らないものです。」
確かにその通りなのだが、目の前の二人が悪代官と悪徳商人という時代劇の典型的悪役っぽいのも事実だ。
「まあ、ウチの親父らが悪役っぽいのは確かだけどよ。それでメシが食える奴が居るのも確かな話なんだよ。あいつらバカだし柄も悪ぃからよ、他の仕事なんか出来るわけねぇし。」
意外にいい、良く通る声で話しかけてきた孝典。
真っ直ぐな視線で見つめてくるのが正文にとってどこか居心地が悪い。
「それは分かります。それはいいとして、何故私が村長なんでしょうか?」
「村長の跡継ぎとして皆が納得出来る存在があんただという事だな。この話は県会の議員だけでなく、地元選出の国会議員やら中央の官庁やらにも話がいってるんだ。それらはすべて現・村長である羽村さんのコネだ。別の人脈やらコネやらしがらみやら持ってる人間が村長をすると差し障りがあるんだよ。その点君なら『羽村の後継者』としてすんなりいく。まあ、ここで実績を積めば将来的には県知事になどという話・・・は、ちと先走り過ぎましたかな? まあ、そういったわけだね。」
「要は全く知らん奴に美味いものをくれてやるのは癪に障るということじゃ。それにこうして直接会って感じた事じゃが、お前は人に警戒心を抱かせず、どこか安心させるところがある。顔をやってもらうには最適な人材じゃな。」
警戒心を抱かせないというのはバイトの子やお店のお客さんにも良く言われた事だ。
見るからに人畜無害そうなんだそうだ。
男としては内心忸怩たるものも感じるが、決してネガティブな評価ではないだろう。
「分かりました! お引き受けします!」
そう言って少しばかり杯に残った酒を飲み干した正文。
まさか「あんな事」が起こるとは、その時は誰も思わず、その席はそのまま酒盛りへと突入していく事になるのだった。
公共事業だけじゃ限界集落脱出なんか出来ません
その辺が悪代官&悪徳商人風の由縁です