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まだ、しばらくは村の中です
「いやいや、あんたらなんでこんなに普通に接してるんだよ!」
そう内心喚き散らしながら、康則は社長の後をついて歩いている。
先ほどから行く先々で会う人々、男性やら老人は、まあどこでも見かける人たちだったが、若い女性や子供の中にエルフ耳の人間が大勢居るのだ。
そんな事はまるで一重まぶたと二重まぶたの違いの様なものだとでも言うように、村の人間は誰も気にしていない。
「ニートしてる内に世の中の常識が変わっちゃったのか?」
ニコニコと手を振るエルフ耳の子供に手を振り返しながら康則は、心に棚を急造して取り敢えずこの件については考える事をやめた。
寮母というか寮婆と呼びたくなる程の高齢の寮母さんに挨拶を済ませ、母親の持たせたお菓子を渡すとえらく喜ばれた。
部屋までその寮母さんと付いて来た大田は、部屋の入り口で「じゃ、俺は社長のトコいくから、一時間しても戻ってこなかったら今日は社長への挨拶とか無しで休んでていいからな」と去っていった。
荷物が既に運び込まれてダンボールが塔を(「これ絶対他の社員とかが面白半分でやったろ」と見た瞬間康則が思ったほど、垂直に積み重ねられていた。最上段など脚立でも使わないと重ねるのが無理なくらいの位置になっている)作っていた独身寮の部屋は、事前にきちんと掃除どころかリフォームまで済まされている感じで「え? 新築だっけ、ここ?」と窓から顔を出して外壁の確認をしてしまったくらいだった。
朝晩の食事は寮で作ってくれるとの事で部屋にコンロ等の調理器具は無いが、エアコンと冷蔵庫、電子レンジ、テレビと家具付きアパートに近いレベルで電化製品も揃っている。
寮母さんが寮の設備やらなんやらを説明してあげようと待っているので、康則は母親に持たされた料理等を冷蔵庫の電源が入っているのを確認してから中に入れ、「お待たせしました」と何が嬉しいのかと思わず聞きたくなるほどニコニコとしている寮母さんに声をかける。
「家庭持って寮を出てっちゃった社員さんが多くてなぁ、ちょっと寂しくなってたんで新しい人が来るのは婆ちゃん嬉しいなぁ。」
一人称が「婆ちゃん」になってるまるで孫にでも接しているかの様だ。
「同じ階は他の人の部屋があるだけ、非常階段がそっちにあるけど中の階段の方が近いわなぁ。なら一階に行こか?」
「ここが食堂、メシ時には佐藤さんの奥さんと中村さんの奥さんが手伝いさ来てくれるんだ。時間は普通、朝晩6時から8時の間だけど、現場さ出る人も多いんで事前に連絡あれば早くても遅くても対応してるんだぁ。」
結構、広い食堂、一応、全社員揃って食事をしても大丈夫なテーブルと椅子が揃っているそうで、公民館が塞がっている時に村の人間が使用する事もあるそうだ。
「こっちが風呂場。入浴時間は夜の6時から11時って事になってるけど、これも現場さ行く人おるから、言ってくれれば沸かすかんね。」
結構広い浴場は泳ぐ事は無理でも10人くらいはいっぺんに入っても窮屈に感じない広さだ。
「ここが婆ちゃんの住んでる管理室だぁ。朝は割と早くから起きてるんけんど、夜は寝ちゃう事も多いなぁ。何か困った事さあったら婆ちゃんトコ来るといいさ。」
畳敷きの管理室でちゃぶ台の前に座布団を出され、「お持たせで悪いけんど」とお土産に渡したお菓子を出された。
外人さんと結婚して寮を出ていった社員がたまに遊びに来てくれるだとか、ここ数年で一気に建物が増えて驚いているだとか、若い人が大勢増えてにぎやかになって嬉しいだとか、湯飲みの底がいつまで経っても見えないペースで、康則が茶を飲んでちゃぶ台に置くたびに継ぎ足して、エンドレス状態で茶飲み話が続いていく。
結局、「荷解きがまだなんで・・・」と康則が脱出に成功するまで三十分以上かかってしまった。
部屋に戻るとダンボールの塔が目に入った。
色々な意味でちょっと手を着け難いんで、持って来た荷物の整理から始める事にした康則。一つ目のバッグの中身を整理し終える前に妙なテンションの男の襲撃を受けた。
「よお、君が桐生くんか! 遠いところ、良く来てくれたな! まあ、挨拶とかはいいから、まずこの写真見てくれ! 俺の息子だ! なかなか凛々しいだろ!」
男の突き出すスマホの画面を見て「何、このヨーダ?」と口からこぼれかかった言葉を咳で誤魔化すと、康則は「可愛らしいお子さんですね」と定番の返しをした。
「そうだろ、そうだろ、娘の時もこんなに可愛い赤ん坊が居るなんてと感動したもんだが、息子の方が母親の血は強いみたいでな、将来は女泣かせになりそうだ!」
どう見てもヨーダかETの親戚にしか見えないその写真も、親からすれば美男子確定の世界最上級に可愛い赤ん坊なのだろう。
結局のところ、その男、久保山建設の社長が本来の用件に入ったのは、息子の写真、娘の写真、娘のムービーなどをさんざん見せた後であった。
一緒に映っていた嫁さんらしい美人は、目の前の男がどう見ても普通の人間なのに、息子がヨーダを連想させる耳をしていた事からも予想出来る様に、エルフ耳であった。
見せられている最中、「宇宙人の子孫が山奥の隠里に住んでたとか? 血が濃く出るとエルフ耳とかかな?」などと康則はうんざり気分から逃避気味にそう考えたりしていた。
「マサさん・・・村長とはもう顔を合わせたって話だったな、じゃ、今日は会社の方と黒崎さんトコに挨拶だけにしとこうか。じゃ、服装はそれでいいんで着いてきてくれるかな?」
「はい、お願いします。」
「とは言っても会社はすぐ隣なんだがな、遅刻は物理的にほぼ有り得ない、テレビのニュースとかで見た都会の通勤ラッシュとかに比べると恵まれてるだろ?」
「ラッシュとか人間の乗るもんじゃないですね、前に運悪くその時間帯に電車乗る事になって、更に運悪い事に信号で急停止して、胸の辺り他の人間とのサンドで圧迫されて、そのままあと少し同じ状態続いてたらたぶん失神してたんじゃないかって事ありましたし。」
「ああ、ただ、村内に一応コンビニとスーパーあるし、そこそこはそこで買えるし、通販もあるけど、車は有ったほうがいいぞ? 免許持ってたよな?」
「はい、ペーパーですが・・・。」
「まあ、この辺、ある意味半分私有地みたいなもんだから、無免でもなんとかなるんだけどな、村の中に駐在所もないし・・・。ショッピングセンターまでちょっとしたドライブってくらい距離あるからな、ここは。車無いと厳しいと思うぞ?」
「車ですか?」
「おお、メーカー選ばないんだったら、これから挨拶に行く黒崎さんとこの系列なら、準社員扱いで割引きくし、ローンもそっちの系列で組めるしな。どっちみち事務の関係で役所の方とかも行って貰うし、車に乗る機会は増えるからな?」
「はい」社用車がマニュアル車で無い事を祈りつつ康則は答える。
「ここが会社でここが入り口な! まあ、この入り口使うのは来客メインで、一階は来客用の応接室と現場組の事務所、二階が経理と総務だな。三階が倉庫って言っても実質物置だが、それと社長室、俺の部屋ってことになってるが、現場出てる方がおおいからなぁ。まあ滅多にいねぇが、そうなってる訳だ。桐生くんは取り敢えず総務で雑用みたいなもんから始めて貰う。現場補助とかがたまにあるけど、実質パシリだな。資材担いだり、機材動かしたりとかはまずねぇわ。」
懸念要素が減って少しほっとする康則。
「現場補助」というものに少し恐怖を感じていたのだ。
「あっ、近藤さん。」
「社長、お疲れ様です。」
「いやいや、子供も生まれたし頑張らねぇとな! で、近藤さん、今度入った桐生君、事務の方での採用なんで、まずは総務で適正次第で経理に回ってもらうかもです。でもって、こちらが近藤さん、元々は親父の会社でずっと経理をやってた人で経理のプロ、定年後の再雇用という形でウチの経理受け持ってもらってる。これから色々教わる事になるんでしっかりと近藤さんの話は聞くように。」
「宜しくお願いします。」
「宜しく、ウチの下の息子とあまり年が変わらなそうですね。分からない事があったら何でも聞いてください。」
「じゃ、この後黒崎さんとこにも顔つなぎに行ってくるんで、何かあったらPHSにでも電話入れてください。」
「分かりました・・・あ、そうそう若、赤ちゃんおめでとうございます。」
「おう、ありがとな、近藤さんとこの孫はまだだっけ? 幼稚園とかで一緒になりそうだし、宜しく伝えといてください。」
「いや、元々、俺、親父の会社でバイトとか働いたりとかしてたんでな、あの人、俺にとっては『上』って感覚あるんでいまだにその辺慣れねぇんだわ。」
「そう言えば携帯は入らないけどPHSは入るんですか?」
「おう、狭い村の中とは言え、日中は出歩く人間多いしな、携帯の基地局作るのは無理だけどPHSならなんとかなったんで、村の中は結構PHS持ってるぞ? 仕事中は会社支給のあるけど、希望するなら個人用手配しとくが?」
「お願いします。」
現状使い道は無いに等しいが、携帯の使えないこの環境、寮の個室に固定電話が無い事も考えると個人用のPHSは持っておいた方がいいだろう。
それに、いざ欲しいとなった時に手配を頼んだりバタバタすると、その必要となった原因やらなんやらも探られたりするかもしれない。それならば、最初に、こっちの事情とか関係無しに手配してもらえる時に入手した方がいい筈だ。
そこまでしっかりとした考えをした訳ではないが、大体のところ大枠でそんな事を考えて康則は返事をした。
「おや、社長さんじゃねぇか、赤ちゃんは生まれたかの?」
「ああ、おかげさんで」
農作業をしている老人に声をかけられた社長が嬉しそうに受け答えをしているのを聞きながら、「葉っぱ」としか表現のしようの無い、青々とした葉っぱが茂っている畑を康則は見ている。
「これ、何の野菜なんですか?」
「こりゃ、野菜じゃねぇ、やくそうだ!」
「なんて名前の薬草なんです?」
「やくそうはやくそうだべ? 製薬会社の人に頼まれて作ってるだが、虫まで元気になっちまうのは困りもんだわなぁ。」
会話が進むに連れ疑問符で頭が埋め尽くされていく康則だが、これもエルフ耳と同じ様なことなんだろうと、先ほど作った心の棚に上げておく。
棚の増設が必要になら無い事をこっそり祈る康則であった・・・。
「でもってここが研究所と現地事務所、ウチのお得意さんだな。まあ、誰でも名前知ってる様な財閥系だ。黒崎さんってのはここの現地統括の人。偉い人のはずなんだがなぁ・・・外で見かけると写真撮ってる事が多いんだよな。・・・お疲れ様です、黒崎さん居ますか?」
村の中で異彩を放つ一角、村の他の場所ではまず見ないしっかりとした壁で囲まれ、電動で動くゲートのある、ちょっと過剰警備なんじゃ? と思えるほどの入り口脇の受付を兼ねた警備員詰め所で挨拶する。
「あー、今日は居ますよ。この間、相当奥さんに怒られたようでして、大人しくしてるみたいです。」
社長は顔馴染みらしく軽い調子で返してくる警備員と応答しつつ、来客用の記入用紙に訪問先と時刻、自分の名前を書いていく。
来客用プレートを2つ受け取ると首に下げ、もう一方を康則に渡してくる。
受け取り同じ様に紐を首にかける。
康則は警備員に軽くお辞儀すると社長に続いて中に入る。
建物はどれも真新しく、それでいて急造という感じのしないしっかりとした作りで、こんな田舎に建っている建物とは思えない。
内部は都心のオフィスの様だ。
それも大手企業の本社自社ビル。
通された部屋の応接セットも、これまで康則が見たことのあるものよりゼロが最低でも一つは多いものだろう。
康則は精神的にも肉体的にも座り込んだら立ち上がるのが困難なソファに座り、しばらく待って相手が来たのに慌てて立ち上がり挨拶する。
「日本のお父さん」というのがぴったりくる真面目で有能そうで、典型的日本サラリーマンという印象の黒崎は、康則よりやや年下の息子二人の父親であるという。
挨拶もそこそこに社長に写真を見せられた黒崎は「羨ましい! ウチの息子にもう少し甲斐性があれば、私もそんな孫が居たのに!」と悔しがっていた。
「無茶だろ・・・」自分よりやや下という息子に内心同情する康則であった。
「では改めて、こちらがウチで働く事になった桐生君、事務をやってもらう事になってますんで、こちらにもその内仕事でお伺いする事になると思いますが、宜しくお願いします。で、こちらが黒崎さん。この村での現地統括をやってる。財閥系ってので統一は取れてるんだけど、グループのあちこちから研究所に来てるんで、指示系統が有って無い様なもんなんでね、ここは。黒崎さんに話すしかない場合が多いんで、大変お世話になる方です。」
「桐生です、宜しくお願いします。」
「黒崎です、現地統括ってのは正式な役職じゃないんですよねぇ・・・。役職で言うと課長なんですよ私、直属の部下も居ないのに・・・。」
黒崎のボヤキというか愚痴の相手をして、「じゃ、これで、俺は病院に戻るから」と言う社長と別れ、康則は寮に戻ってきた。
「お、新人さん? とか言っても俺も3ヶ月目なんだけどな! 高橋って言います、宜しく。」
「桐生です、宜しくお願いします。」
帰ってくるなり遭遇した作業ズボンに半そでシャツの男を見て、「如何にも柔道部って感じだなぁ」と康則は思ったが、後に聞いた話では中学軟式テニス部、高校バドミントン部という経歴だそうだ。
高橋をはじめとした帰ってきた独身寮の面々に手伝ってもらい、なんとかダンボールの塔を下ろす事に成功した康則が、「実家にこっちに着いたって連絡するの忘れてた!」と思い出したのは瞼を閉じ眠りに落ちる直前であった。
村の畑でやくそう栽培してるシーンは前々から頭にあったシーンです
ようやく書けました




