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ようやくの異世界行きです
「ここがシオネたちの村か。」
「はい! 色々ありましたが、やっぱりここに戻ってくるとほっとします。今では久保山村も好きですけどね。」
森の外からやって来たら絶対辿り着けないだろうというくらい深い森に囲まれたその村は、片側を今出てきた洞窟のある山の斜面に面した、久保山村より狭い範囲にそれより多くの建物が建った集落だった。
周囲の木々は樹齢数百年以上のものも珍しくないだろう巨木ぞろいで、自然が割と豊かな久保山村から来ても圧倒的なまでの自然を感じさせる。
村でのダークエルフ受け入れ関連がひと段落ついた正文たちは、なんだかんだで一度も訪れていなかったシオネたちの村へとやって来ていた。
もしかしたら行き来出来なくなっているのでは、という不安もあったが、本当にあっさりと辿り着いた。
途中で境目とか抵抗とかを感じるか等と、ファンタジーのお約束的なものも期待していたのだが、普通に地続きというか、ごくごく自然に繋がっているのが逆に不思議でたまらない。
どこから異世界で、どこまで自分たちの世界なのか全く分からないのだ。
「どこでもドアで繋がった空間がこんな感じなんだろうか?」などと正文は考えたりしている。
小田は積極的にがーっと来ていた女性では無く、それから一歩引いてはいたものの彼から離れずにいた少しおとなしめの子とくっ付いた。
積極的にアプローチはしてくるものの、相手が確定するとあっさりと引き下がり、後に引きずらないのはダークエルフの美点だと正文は思っている。
小田にアプローチしていた女性たちも、自分が選ばれなかった事は残念そうではあったが、素直に二人を祝福して、その後も普通に会話をしている。
そんな小田も一緒に付いて来ている。
色々と話をした末、小田は村役場の職員となる事となった。
主に広報関係を担当する事になっている。
今後、ダークエルフ関連の話の広がりによっては、かなり忙しくなるだろう。
「ファンタジーで森に飲み込まれる、とか、人間を超えた英知を持つ木とか出てくるけど、ここの森を見てると分かる気がするなぁ・・・。」
「確かに凄いな、日本でも木や森はあるけれど、ここまで植物の生命力を感じる事はないからな。」
「こっちでは工事とかしたくないですねぇ、勿体無さ過ぎる。」
孝典も建てられた建物などの作りを触って確かめつつも、辺りを見てそう呟く。
「今度はウチのおばあちゃんつれて来たいな。」
独り身のダークエルフたちの多くは村の老人の家に数人ずつ分散して住んでいる。
異なった種族ながら双方そういった事はまったく気にせず、仲の良い祖父母と孫の様に暮らしているのだ。
「爺様と猟の腕比べもしなくっちゃ。」
そう言っているのは猟銃大好きで、ある意味危ない存在であるマサ爺の家に住んでいるダークエルフだ。
猟が好きな事からマサ爺に気に入られ、滅多に他人に手を触れさせないマサ爺自慢の猟銃に触らせてもらったりしている。
「こっちの世界で銃なんか撃っちゃって平気なのか?」と正文などは思うが、発言の主は全くその辺は無頓着だ。
今回、こちらに来たのはシオネたちの村の様子を確認したいという希望によるもので、本来ならいつでも自由に来れたのだが、自分がこちらに来ている間にあちらとの繋がりがなくなってしまう事を恐れて、彼女たちだけでは来なかったのだ。
また、こちらで暮らして、必要な時にあちらに行くというのも可能だが、同じ理由でそれをする者はいない。
特に仲間も全部あちらに行っている状況で、こちらに一人だけ残されるかもしれないというのは相当な悪夢らしく、そうした夢を見て魘された者すら居た。
パートナーとして選んだ者や仲間たちと一緒という今の状況ならば、万が一あちらと切り離されても大丈夫という事なのだろう。
パートナーに選ばれた男性は正文も含め、まあ、この相手と一緒ならば異世界でもいいかぐらいの気持ちは持っている。
今回のもう一つの目的が、いざという時の避難場所の確認でもあるのだから。
一応は形の上で彼女たちダークエルフは日本人であるという形式を整え、企業等のバックアップも得てはいるが、国や外国と言った大きな勢力に対抗し切れないという事も有り得る。
その際、こちら側に移動し、通路を塞ぐか破壊する事で逃げるという事も正文や祖父の間で話し合われた。
ダークエルフを見捨てるという選択肢自体が存在しないのだから、そうした事も考えておかなくてはならない。
正文や孝典たちが今回意外に大きな荷物を背負ってやって来たのも、そうした事態に備えた備蓄品等を持ってきたからだ。
肉体労働に向いていない小田すら文句一つ言わず重い荷物を背負っている。
自腹を切ってメーカーから通販で購入した太陽光発電ツールすら持ってきている。
ダークエルフたちには、今は話してはいない。
あくまで用心であって、余計な不安は与えたくないのだ。
シオネ辺りは正文や祖父に接する機会も多いので、薄々は細かい事は分からないなりに勘付いているようだが。
「まあ、向こうで自然災害とか起きた時の避難にも使えるしね」などと正文は考えている。
隣村よりこちらの方が遥かに近いのだ。
繋がりが不安定なもので無い事が判れば、もっと気楽に行き来できるのだが・・・。
「ちょっと乗ってきます。」
自転車が趣味の作業員が折り畳みのマウンテンバイクを組み立てている。
パートナーの女性が弓を持って、その後ろに乗ろうとしている。
中々お目にかかれないユニットだ、マウンテンバイクに弓兵というのは。
村周辺はあまり危険な獣は出ないとは言うが、魔王が敗れて以降モンスターが凶暴化しているという話もあり、絶対とは言えない。
「気をつけてな、あんま遠くまで行くんじゃないぞ!」
孝典の声に手を振るとペダルを踏み込む。
後ろの女性も他のダークエルフに手を振る。
ちょっと羨ましそうな顔をしている者も居る。
持って来た備蓄品を屋内に置いたり、多少不具合が出てる建物に孝典たちが手を加えたり、シオネが村の中を正文の手を引いて案内したりしている内に、自転車は戻ってきた。
なにやら蔦に絡まった果物っぽいものを持っている。
二人揃って笑顔なのは、結構いいものらしい。
全員分とまでは行かなかったので、一つの実を数人で分けて食べた。
酸味と甘味が口に広がる。
かなり瑞々しい果物だ。
香りは果物というより花に近い。
日本でも人気が出そうだ。
見るとまだ数個残っていて、もう少し食べたそうな顔をしている者も居るが、これはあちらに帰った時の爺様、婆様たちへのお土産にするのだそうだ。
日にちにしたらまだそれほど経ってはいないのに、彼女たちにとってもあの村が「帰る場所」になっている事に、正文は嬉しい気持ちで笑顔を浮かべた。
まあ、少しは考えてはいますよ、という事です