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ダークエルフ登場まで、ちょっと時間がかかります

 

 

 限界集落という言葉を知っているだろうか?




 まあ、ぶっちゃけて言えば、子供やら若年層がごっそり居なくなって、住人は老人ばかりで将来的な人口増が見込めず、時間の経過と共に消滅するしかない集落の事だ。


 彼の母方の祖父はそんな限界集落にあたるド田舎の村で村長をしていたのだ。




 そんな祖父から突然の「村に来い!」という電話。



 正直行きたくない所だったのたが、大学在学中に両親を亡くし、金銭的に多少の援助を受けていたのを有耶無耶にしていた弱みから逆らう事も出来ず、なんとか勤め先の店の方の都合を合わせて荷物をまとめて寝台列車に乗り込み、寝たのか寝てないのかはっきりしないような状態でローカルのターミナル駅で降り、そこから良く廃線にならないものだと感心してしまうほどのローカル線に乗って、更にバスに揺られ、バス停の傍のタバコ屋のピンク電話で電話をして(携帯はバスの途中で最後のアンテナ一本が消えた)、迎えに来た黒塗りのクラウンに乗って村に向かう。



 ド田舎だと聞いていた割に村の公用車だというクラウンは手入れも外観も良いもので、なんとはなく萎縮させられてしまう。



 運転してくれているのは村の若手に当たる酒井という名の職員だが、「若手」で40代前半である。


 爺さんに運転手としてこき使われているのか、その運転ぶりは専業の運転手と言っても遜色ないレベルだ。


 


 村に近づいて行くにつれ、それまでも何も無かった周囲から更にモノがなくなっていく。



 道幅も狭くなり1.5車線程度しか無く、「すれ違いとか大変そうだなぁ」などと思っている彼。


 しかしながら、乗っている車以外、止まっている車すらいない。


 



 これから向かう彼の祖父が暮らす村。

 過疎るのは当然というくらい不便な村である。



 

 周囲を連なった五つの山が囲み、その谷間にある盆地を中心に一部山に張り付くように存在する村、それが久保山村だ。

 窪んでいる山から窪山となり、それが久保山となったと言われている。


 産業と呼べるものは農業と炭焼き、猟をする人間も居るがどちらかというと害獣駆除の意味合いが強い。



 一番低い峠を越えていく未舗装の道しかなく、路線バスすら通っていない。


 学校もかつては小学校の分校が存在したというが、中学まで山二ツ越えなくてはならないという位置にあるため、子供が育つと村から街へ引っ越す者がほとんどで、かつては100を越えた世帯も今では30以下にまで減っており、その内訳も老夫婦もしくはその残された片割れのみである。



 電気は来ているものの、もし何かのきっかけで途中の電線が切れたりした場合、復旧までには最短で週単位の時間がかかる事は15年前の台風で送電線が切れた際に実証されている。



 地図によっては載っていなかったりする事もあるらしく、最近は廃墟マニアにのみ名前が知られているという話もある。


 ウキウキ気分になる要素が皆無だという事を分かっていただけただろうか?



 その辺りの知識は小学生時代、当時は健在だった両親に連れられて虫取りや小川での生き物漁りをした過去もあるため、彼にも存在する。


 私道でも無いのに未舗装の道なんかその時に初めて見たのだ。



 小学生にとっては格好の遊び場でも、中学生にもなれば退屈極まりない場所と化し、足を運ぶ機会も無くなっていたが、当時とほとんど変わっていないといった話は両親が健在な時には耳にしていた。





 かれこれ20年ぶり近くになる。



 

 「もうボチボチと未舗装になるかな」と予想していた彼は、いつまで経っても車のタイヤからの感触が変わらない事に「あれ?」と思う。


 その表情をミラー越しに見たのか酒井が声をかけてくる。


 「一昨年でしたか、この辺りも舗装が進みまして、村の中もかなり舗装されています。村長が『わしの最後の大仕事じゃ』と張り切っておられましたなぁ。」


 「そうですか。いや、子供の頃に来たきりでしたが、未舗装の道の印象が強かったもので。」


 「都会から来られる方はそうみたいですなぁ。私らはそれが当たり前で何も感じませんでしたがぁ。」


 「そうなんですか、道が舗装されて便利になりましたか?」


 「いやあ、若い頃なら喜んで車で遠出でもしたんでしょうが、この年になるとあまり関係ありませんなぁ。ははは。」


 頷いていいやら、笑っていいやら分からない彼は曖昧な表情で窓の外へと視線を向ける。


 道は確かに綺麗になってはいるものの、周囲に何も無いのも街灯すらないのも変わらず、見るべきものは存在しない。


 

 「これが推理小説なら着いた途端に殺人事件だよなぁ・・・だとすると殺される役どころは爺さんか?」などと物騒かつ取り留めの無い思考にふけりながらも徐々に暗くなっていく周囲に「ちょっと・・・いや、だいぶ不気味だよなぁ」と不安になっていく。


 徐々に勾配が上がっていく道路にもスムーズな動きを見せるクラウンに「流石メーカーのトップ車種だよなぁ」と感心する。


 最近ではタクシーもクラウンの比率が減って、クラウンに乗る機会も一般人には少なくなってきているのだ。


 

 「この先の峠上りきれば村が見えます。村長さんの家に直接来るように言われてますんで、そちらに向かいますね。」


 「はあ、お手数ですが宜しくお願いします。」



 日が落ちかかって細部が余り見えないせいもあるのか、それほどボロい様には見えない村の姿は、郷愁じみたものを感じて「写真撮ってみたいなぁ」などと普段写メすら碌に取らない彼が思ってしまうほど、それなりに絵になっている風景だ。


 そんな彼を乗せたまま、クラウンは村のメイン通り(といっても村役場と雑貨屋、それに週一で医師が来る診療所と村長宅しかないが)へと進む。


 「こんなにデカくて立派だったっけ」と彼が遠い記憶と思わず掏り合わせを行ってしまうほど、村長宅は豪華で大きな建物だった。


 周囲が農村で無ければ、大邸宅と言っていいつくりだ。



 「本当に殺人事件が起きそうな建物だなぁ」などという彼の内心を余所に、酒井は「さあ、着きましたよ」と運転席から身軽に降りて彼の乗っている後部座席のドアを開き、自らの荷物を運ぼうとする彼を遮って、その荷物を持って玄関を遠慮も無く開ける。


 

 「正文さんがお着きです~!」


 「はいはい、あらあら、正文ちゃん! おばちゃんの事覚えてる?」


 中からパタパタとスリッパ音を立てながら現れた「昔はそれなりに綺麗だったんだろうなぁ」というオバちゃん。


 正直覚えてないが「お久しぶりです、お世話になります」と彼が答えると、「あらあら、すっかり大人になっちゃって」と嬉しそうに既に揃えられている来客用のスリッパを促す。


 「村長さんも朝から何遍も『正文はまだか!』って楽しみにしちゃっててね」とおばちゃんは更に話を続けるが奥からの「正文が来たのか!」としわがれた大声に首をすくめて、結構様になっているウインクをしてみせる。


 「はいはーい、お待ちかねの正文さんの到着ですよ~」とまるで自分が主役の様に小走りで奥に向かうおばちゃん。


 酒井と顔を見合わせて苦笑した彼はスリッパを履き、その後を追う様に奥へと進む。


 廊下の板材からして「金かかってんよなぁ」と思わせるもの。


 とにかく安く見えるものが一切無い。


 「こんなんだったら、借りっ放しを気に病むことも無かったなぁ」といまだ高給取りとは言えない彼はせこい事を考えている。



 

 


 「久しぶりだな、正文!」


 子供時代は何か偉そうで、それでいて忙しく色んな所に出かけていたっぽい印象しか残っていない爺さんだが、年齢にそぐわぬほど元気で力強い。


 (死ぬ前になにか、とかそういう話になるかとも思ってたけど、後20年くらいは楽勝で生きそうだよなあ。)


 その顔を見ながら浮かぶ思考を表情には表さず、挨拶を進める彼に「そんな事はいいからとにかく一杯飲め!」と酒を勧めてくる。


 

 口に含んだ時点で分かる、これは美味い酒だ。


 どこか花の香りの様ないい匂いが口から鼻へと抜けていく。


 すーっと滑らかに喉を下っていく。


 間違いなくこれは通常のルートでは販売せず、贈答用などで蔵元から特殊なお客に流れる酒だ。


 飲み干した彼は「もう一杯飲みたいな」と言う気持ちを抑えつつ祖父に酒を注ぐ。


 祖父は嬉しそうに笑うと一息に呷る。


 「お前の母親も、その連れ合いも下戸だったからな、一緒に酒を飲む楽しみが味わえなかったが、お前はなかなかいける口みたいじゃないか。長生きはするものだな、孫と酒が飲めるとは・・・。」


 あまりにも嬉しそうなその様子に「たまには顔を出すべきだったか」と後悔をする正文。



 しかしながら、その後悔は祖父の口にした一言で吹っ飛ぶ事になる。


 

 嬉しそうな笑顔のまま、祖父は彼にこう言ったのだ。




 「お前、村長になれ!」





限界集落からの脱出に若き村長が真面目に取り組む感動ストーリー


・・・ではありません

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