仕立て上げられた勇者の仕返し
「ついに辿り着いたわ、魔王!」
私は5人の仲間と共に、広い部屋の奥で豪華な椅子に座る黒い影に向かって言い放った。
「クックック、よくぞここまで辿り着いたと褒めてやろう。だが、貴様らの旅もここで終わる。我が手によってな!!」
言葉が終わるとともに、強大な魔力が溢れ出る。
強すぎる魔力は風を起こし、まるで嵐のように荒れ狂う。
「勇者様!結界を張ります!」
ここまで共に戦って来た仲間の一人、神官のヤクサが短く呪文を唱える。
部屋の中には強い風が吹いているが、ヤクサの結界のおかげで私達の周りはそよ風すら吹いていない。
「俺の剣に魔法を!」
戦士のギムレットが叫ぶ。
それに応えて魔術師のウィルが呪文を唱える。
「私が牽制します。勇者様の合図で突撃してください」
弓使いのエミリアが、弓を構える。
「俺が一気に突っ込む。勇者様とギムレットは左右から頼む」
戦士のバルクが大きな斧を肩に担ぐ。
「「「「「勇者様!」」」」」
5人の仲間の声が私を呼ぶ。
私は一度深呼吸をし、大きな声で言い放つ。
「魔王!取引よ!」
私は田舎に住む高校生だった。
いや、高校を卒業し、合格した大学へ通うための準備をしていた。
18年間暮らしてきた田舎を出、都会の大学へ通うために一人暮らしを始めるのだ。
新居へ向かう日が今日だった。
新たな生活に胸をときめかせて、朝早くに家を出た。
駅で1時間に2本しかない電車に乗り、何度か乗り継ぎをしながら揺られること3時間。ついに新たな生活の拠点のある街へとやってきた。
人の多さに驚きながらも、地図を片手にうろ覚えの道を歩く。
新居を決めるときに一度だけ来た道を、人ごみにまぎれながら進んでいく。
手元には着替えが入った旅行鞄。それ以外に必要な物はすでに送ってあるし、今日の午後に新居に届く予定だ。
わくわくが止まらない。
新居が見えて駆け出した私を、誰が責められるだろうか?
だが、そんな私をあざ笑うかのように、運命は急展開を用意していた。
踏み出した足元から、光が溢れた。
「え!?なに!?」
慌てて急停止するが、光は止まるどころか、更に溢れてくる。
助けを求めようと辺りを見回すが、一歩路地に入ってしまえば人通りは極端に減る。現に、休日の昼間だというのに辺りには人の姿はなかった。
この時、この場所から飛び退いていればもしかしたら運命は変わったのかもしれない。
だが、高校を卒業したばかりのただの一般人の女性に、そんな判断を求めるのが無茶と言うものだ。
光はどんどんと強くなり、やがて視界全てが光に包まれた。
「誰か、助け…!」
叫ぼうとした瞬間、まるで地震のように足元が大きく揺れた。
そして次の瞬間に視界は真っ黒になった。
次に視界が戻った時には、そこは大きな部屋だった。
石造りの部屋は松明のような物で照らされ、足元には幾何学的な模様が描かれている。
そして部屋には私だけでは無く、何人かの人がいた。
中心にいるのは豪華な装飾を着けた男性。年齢は40歳くらいだろうか?金髪の、それなりに整った顔立ちをしている。
その隣にはマントのような物を着た、男性だろうか?フードのような物をすっぽりとかぶっているので良くわからない。
そしてその後ろには、何人もの鎧を着た人が立っていた。
まるでファンタジー映画の騎士みたいな格好だ。
そんな感想を覚えた。
「この者がそうなのか?」
豪華な装飾の男性が、となりのフードをかぶった人に声をかけた。
「はっ、間違いありません」
声からすると男性のようだ。
「ふむ、このような貧相なものがか?まあいい、決めた手筈通りに進めろ。おい!」
豪華な男性の声で、騎士のような人が私に近付いてくる。
「あ、あの…?」
その人に声をかけてみるが、眉をピクリと動かしただけだった。
騎士っぽい人はそのまま近付いてきて、足元に落ちていた旅行鞄を掴んだ。
「え…?あの、それ私の…」
まるで私の声が聞こえないかのように、あろうことかその場で鞄を開けたのだ。
そしてそのまま中身を無造作に引っ張りだし、床に並べていった。
「な、何をするんですか!?」
あまりのことに、私は声を荒げる。
旅行鞄には服だけじゃなく、下着も入っていた。それらを断りもなく、しかも他の人の前で広げるなんてどう考えても許せることではない。
しかしその騎士っぽい人は私を睨み、止めようと伸ばした手を弾いた。
「っ!?」
手加減も何もないその行為に、弾かれた手がジンジンと痛む。
この人は私を傷つけることに何のためらいもない。
それを理解し、私は恐怖を感じた。
「これは服か?ふむ、異世界の物か…。必要ない、全て捨てろ」
「ちょっと!?人の物を何を勝手に!?」
状況はわからないが、あまりにもの物言いにカッとなって叫ぶ。
だが詰め寄ろうとした瞬間、それまで鞄を漁っていた騎士っぽい人が私を掴み、床に叩き付けた。
「痛っ!」
なに!?なんなの!?どうして私がこんな目に会うのよ!
痛みと訳の分からない恐怖に、涙が出てきた。
「ふん、立場も分からない下賤の者か。まあよい、貴様には役目があるからな。いいか、良く聞け。お前は勇者として魔王を倒してもらう。そのために訓練し、魔王を倒す旅に出ろ」
はぁっ!?こんなことしておいて、魔王を倒せ!?冗談じゃないわよ!
「嫌よ!ここはどこなのよ!?私を帰してよ!」
「ふん、言葉もわからぬのか?これは命令だ。お前に拒否権はない。……ふむ、そうだな。お前が無事に魔王を倒すことができたら、元の場所に返してやってもよいぞ?」
何を偉そうに!何が命令よ!そんなもの、知ったことじゃないわよ!
「連れて行け。使えるようになるまで徹底的に訓練をしろ。死ななければ何をしてもかまわん」
「はっ」
「ちょっと、離しなさいよ!何が勇者よ!何が魔王よ!?私には関係ないじゃない!」
わめく言葉も無視され、私は騎士っぽい男に腕を掴まれて無理矢理引っ張られて行った。
それから訓練場らしき場所に連れて行かれ、木刀のような物を持たされた。
戸惑う私を無視し、同じように木刀を持った男が斬りかかって来る。
訳の分からないまま殴られ、蹴られ、気を失っては水をかけられ、骨を折られて蹲っては、不思議な光で傷を治される。それを日が暮れるまで繰り返された。
「もうやだ…。何なのよ…。私が何をしたって言うのよ…」
身体の方は不思議な光で傷一つないが、心の方がボロボロだった。
いきなり訳の分からないところに連れてこられて、訳の分からないことを言われ、訓練と称してぼこぼこにされる。
物語の勇者って、もっと大事にされるものじゃないの?
「帰して、元の場所に帰してよぉ…。お母さん…」
そのままベッドに倒れ込み、泣きながら眠りについた。
それから毎日、同じことが繰り返された。
最初の数日はただ殴られるだけだった。
しかし、殴られるのが嫌なら強くなればいいとわかった。
必死に身体を動かし、木刀を振るう。
勇者としての力なのか、私の腕はメキメキと上がっていった。
やがて半月もするころには一方的に殴られるだけではなくなっていた。
10回のうち1回くらいは勝てるようになってきたのだ。
そうなると、今度は午前中は魔法の勉強だとかで、様々な事を覚えさせられた。
時には身体で覚えろと、魔法の的となることさえあった。
そんなことを2ヶ月も繰り返した頃、私は訓練では一回も負けることが無くなっていた。
次のステップとして、実戦と称して近辺の魔物討伐に連れて行かれた。
初めて剣を持たされ、鎧を着けての戦闘。
目標は子供くらいの大きさの、人型の魔物だった。
騎士達はゴブリンと呼んでいた。
ゴブリンがキィキィと声を上げながら襲いかかって来る。
私は必死に剣を振るい、返り血を浴びながら一匹を殺した。
魔物とはいえ、この手で命を奪ったことに身体が震え、肉を切り裂く感触に嘔吐する。
そんな私を騎士は蹴り飛ばし、戦えと追い立てる。
私は泣きながら剣を振るった。
一振りごとに、大切なものが壊れて行くような気がした。
討伐が終わった時、私の涙は枯れていた。
この頃から、周囲は私のことを勇者様と呼ぶようになってきた。
すれ違う人が私を勇者様と呼び、魔王を倒してくれと懇願する。
私は笑顔でそれに応える。
この時、私の心は壊れていたのだと思う。
やがて魔王討伐の旅に出発することが決まる。
討伐に出発する前日、庭を散歩していた私は話声がするのに気がついた。
こんな夜中に、こんな場所で何を話しているのだろうか?
少し気になった私は、物音を立てないように近付いて行った。
「しかし本当に魔王を倒せるのでしょうか?」
「ふん、もしも倒せなければ次の者を召喚すればよい」
ここにきて最初に会った、あの豪華な装飾の男とフードの男だった。
「ですが、もしも倒した場合はどうするのですか?元の世界に返すなんて魔法はありませんよ?」
耳を疑った。
私はそのことだけを目標に耐えてきたのだ。それが、最初から不可能な約束だったなんて…。
「かまわんさ。倒してくれるならそれでな…。戻ってきたら殺せばよい。魔王のいない勇者なんぞ、邪魔者以外の何物でもないからな。下手に民衆を味方につけられると厄介だ。もしもあれが魔王を倒せたなら、我が国は外交として有力なカードを手に入れることができる。魔王を倒した勇者を召喚した国としてな。そうなると、勇者を擁立した国が力を持つ。勇者は争いの火種にしかならんのだ。下手につつかれる前に始末してしまったほうが都合がいいというものだ」
「では旅の仲間も…?」
「ああ、奴らには十分な報酬を約束している。もしも魔王がを倒すことができたら、その場で勇者を殺せと言ってある。まあ、奴らとて戻ってきたら口封じが必要だがな」
愕然とした。最初から私はただの駒なのだ。しかも完全な使い捨ての…。
この時、最後に残っていた物が砕けた音がした。
次の日、私は何も知らない風で出発した。
私を殺すためについてくる、5人の仲間を連れて…。
それから、魔王を目指して私は突き進んだ。目の前に立ちふさがる魔物を蹴散らし、休憩すら惜しんで進む。
その甲斐あってか、出発から1ヶ月と言う期間で魔王の住む城へとたどり着いた。
城の中は激戦だった。
次から次へと襲いかかって来る魔物たち。魔王の本拠地だけあって、魔物の強さも尋常じゃない。
だがそれらを全て蹴散らして、私はついに魔王のもとへとたどり着いた。
ようやく、ここから始まる…。
私はそのためにここまで来た。
だから…。
「魔王!取引よ!」
突然の私の言葉に、仲間がざわめく。
魔王の魔力も心なしか静まったように感じる。
「……取引だと?」
「そうだ!私はお前に協力する!私の全てをお前に預けよう!だから、私に協力してくれ!この世界に復讐するために!」
「勇者様!?何を…!?」
後ろで仲間が騒ぐが、そんなことはどうでもいい。だが決して気は抜かない。いつ斬りかかられてもいいように、注意はしておく。
「私はこの世界が憎い!人間が憎い!だからお前に協力する!人間を滅ぼすために、魔族の国の為に!」
「どういうことだ?」
「私はこの世界に無理矢理連れてこられた。元の世界に帰る手段もないというのに…。そして無理矢理勇者に仕立て上げられ、魔王を倒せと言われた。何の義理もないこの世界の為に、犠牲になれと言われた!だから…、今度は私がこの世界に復讐する!そのために力を貸してほしい!」
「勇者、血迷ったか!」
背後でギムレットが動く気配がした。
振り向きざまに剣を振るい、ギムレットの剣を弾き飛ばす。
「はっ、血迷った!?私は正常だよ」
「ならどうして人間を裏切るようなことを言う!?」
「何を…。先に裏切ったのはそっちでしょう?私は知っているのよ?お前達がどういう命令を受けているのか…。私が魔王を倒したら、その後は私を殺すように言われているのでしょう?多額の報酬と引き換えに」
まさか知っているとは思わなかったのだろう。私の言葉で、仲間、いや、元仲間達に動揺が走った。
「魔王よ、私がこいつらを殺せば認めてくれるか?」
「……いいだろう。その者たちを殺せば、話は聞いてやろう」
「ふふっ、それで十分よ。聞いての通りだ。ここで死んでね?」
まずは手近なギムレットの首を落とす。
伊達に勇者として訓練してきていないのだ。
すでに実力は1:1なら絶対に負けることはない程度にはあった。
慌てて呪文を唱え始めたウィルの心臓を一突きし、斧を振りかぶったバルクの腕を落とす。腕を落とされて悶えるバルクを蹴り飛ばし、がら空きになった首を斬った。
噴き出す血を浴びながら、弓を構えるエミリアに近づき、弦を斬る。これで攻撃力は皆無と言っていいだろう。
「ま、待って…!今まで一緒に旅をした仲間じゃない!」
腰を抜かしたのか、尻もちをついて後ずさりながら、エミリアが必死な顔で呼びかける。
あまりにも勝手な言葉に、思わず笑みが浮かんでしまった。
「そうね。それなりに楽しかったわよ?私が眠っている時に、私をどうやって殺すか相談しているのを聞くのはね」
まさか聞かれているとは思っていなかったのか、エミリアの顔に驚きが浮かぶ。そして自分は絶対に許してもらえないのだとわかると、その顔が絶望に変わった。
「恨むのなら、そんな命令を下したあの男と、それに乗った自分を恨みなさい?……邪魔よ!」
背後に近寄っていたヤクサを、振り向きざまに一閃する。
エミリアと話している間に殴り倒そうとでも思ったのだろう。その手にはメイスが握られ、両手を上に振りあげていた。
その手ごと首を切り落とし、血が噴き出す前に蹴り倒しておく。
「お待たせ。貴女で最後よ?……あら?恐怖で漏らしてしまったのかしら?」
エミリアのお尻のあたりが濡れて、床に小さな水溜りを作っていた。
「……そうね。魔物たちの慰み者にでもなれば、生き残れるかもしれないわね。貴女なら美人だし、魔物も喜ぶんじゃないかしら?」
「だ、誰が…!」
「そう、なら死になさい」
軽く剣を振ると、エミリアの首に赤い筋が走る。
すぐにそこから血が噴き出し、声にならない声を上げながらのたうちまわる。やがてその動きも小さくなり、ヒューヒューという音を残して動かなくなった。
私は剣を鞘にしまいながら、魔王へと近づく。
「これでいいかしら?」
敵意が無いことを示すように、両手を広げる。
近付いて初めてわかったのだが、魔王はとても美しい顔をしていた。
人型の魔族。人と違うのは肌の色が少し浅黒いことと、頭に二本の角があることくらいか。
「……そなたの思いは受け取った。だが、それだけでは信頼をすることはできん。そなたはこれまで何人もの同胞を屠ってきたのだ。そなたが裏切らぬという証明をせねば、他の者は納得はすまい」
まあ、そう簡単にはいかないよね。それはわかっていたことだった。
「私の身体を貴方に捧げるわ」
故郷を失い、魔物を殺し、人間を殺した。心はすでに壊れている。私に失うものはもう何もない。
パチン、パチンと音を立てながら、鎧を外していく。
幸いだったのは、魔王が見るに堪えないような魔物では無かったことか。むしろ、私の基準から見ても十分な美形だ。
鎧を脱ぎ、服を脱ぎ、下着も全て脱いで隠すものが何も無くなった身体を魔王の前にさらけ出す。
「貴方の子を孕めば、誰も文句は言わないでしょう?」
私と魔王の契約が成される。
あれから2ヶ月後、一つの国が魔王によって滅んだ。
周囲の国は魔王に怯え、そのうちいくつかは無条件降伏の道を選んだ。
これまで我が物顔で世界を蹂躙していた人間は影を潜め、代わって魔族や魔物が世界の主役となる。
その先陣には、かつて勇者と呼ばれた人間が立っていた。
勇者の力は凄まじく、その剣の一振りで何人もの兵士の首が舞い、魔法の一撃は大地を揺らした。
かつてこの世界の人間の勝手によって人生を狂わされた勇者が、世界に牙をむいたのだ。その事実はこの世界の人間を驚愕させ、恐怖に陥れた。
「あまりはしゃぎ過ぎるな。そなたには元気な我が子を産んでもらわねばならんのだ」
勇者の隣に魔王が立つ。
その姿は、かつて物語で語られていた敵同士とは思えない親密さだった。
「わかっています。この子は無事に産んで見せますよ」
勇者がお腹を愛おしそうに撫でる。
「その子だけでは無い。まだ何人も産んでもらわなければならぬのだ」
魔王が勇者を抱きよせた。
やがてこの世界は魔王を頂点とし、魔族と魔物が支配する。
全ての国は滅び、生き残った人間は僅かな土地に暮らすこととなった。
自らの世界の命運を、自らの欲により他の世界の人間に命運を預けた結果、自らの住む世界を失うことになったのだ。
その事実を知る者はあまりにも少ない。
残ったのは人間を裏切った勇者という言い伝えだけだった。
テンプレ導入からのダーク路線を書いてみました。