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地蔵シリーズ

電波地蔵

掲載日:2026/02/20

 お、ショウ。オレだよオレ……って、詐欺じゃねえよ。タクオだよ、タクオ。元気してっか?

 おう、久しぶりだな。

 急に何の用だって? 警戒すんなよ。金貸せって言うワケじゃねえし。


 おまえ、スマホ屋でバイトしてんだよな? 今もやってる?

 ふうん、先月辞めたのか。


 まあいいや。

 あんさ、スマホのロックの外し方、知ってるよな?


 知らねえの?

 スマホ屋の店員のクセに?

 マジかよ……。


 あ、いや、その、だな……拾ったんだよ、スマホを。

 誰のって? 知らねえ女。

 目の前で電車に飛び込みやがってさ、その拍子に落ちたから、思わず拾ったんだよ。


 別にいいだろ? こっちは電車が止まって大迷惑したんだよ。スマホのひとつくらいもらったって、バチは当たらねえだろ。


 けどさ、とりあえず開けなきゃ売れないんだろ? こういうの。本人だって確認しなきゃならないから、個人情報とか見とく必要あるし。

 無理? 全部SIMで管理されてるから誤魔化せない?

 嘘だろ……金にできねえの? このスマホ。


 そこを何とか。裏のルートでも何でもいいから。

 金……ねえよ。おまえ、この前五千円しか貸してくれなかったし。パチンコ三十分で終わりだよ。


 そんじゃさ、このスマホを売れないんなら、金貸してくれる? 五万。

 別にいいだろー、俺が何に金を使おうがよおー。

 当たったら返すからさぁー。


 何だよ、急に売るルートを調べだしたのか。

 ふーん、そんならよろしく。


 どんなスマホ? 機種?

 俺がそういうの分かると思う?


 設定を開いて一般の情報?

 だから、待ち受け画面から進めねえの。


 そうそう。その待ち受け画面がおかしくってさ。


 お地蔵さんの写真なの。

 古い汚ねぇお地蔵さん。


 あの女、スピ系だったんかな?

 スピ系って多いよな、自殺するやつ。

 どうせなら、死ぬ前に一回ヤラしてくれたらいいのに。資源の無駄じゃねえか。


 あ? 機種が分からなきゃ話にならない?

 じゃ、おまえ見てくれよ。今どこだよ?


 渋谷ね。今新宿だから、すぐ行けるな。

 スマホ拾った場所? 飯田橋だったな、確か。

 逃げたんだよ! スマホ盗んだのがバレるのイヤだし、やっぱ……死ぬとこ、見たしさ。怖えし……。


 ん? 今新宿駅に入るとこ。


 ――あれ? スマホ開いた。

 ロックかかってたワケじゃなかったのか……すまんすまん。

 あ、でも、スマホ売るツテを知りたいし、飯食おうぜ。牛丼屋で待ち合わせな。


 ……お、LINEも見える。女友達のIDとか調べられるかな――ん? なんだこのメッセージ



  このスマホを拾った人へ

  すぐに捨ててください

  できれば壊してください



 ……は? なんだこれ。

 自分宛てのメモだし。意味わかんね。


 機種を教えろって?

 えっと、どこ見るんだっけ。

 あぁ、設定の……ん?


 あ、うん……このスマホの持ち主の名前がさ、文字化けしてて読めねえんだよ。


 なんか、気持ち悪いな。


 で、えっと、一般の情報……


 ……あ、悪ぃ。ジジイが睨んできてるから一旦電話切るわ。

 センター街の牛丼屋な。もう十分くらいで着くと思う。じゃあな。



 ――――



「……こんな内容でした。鴨志田卓男くんと最後に話した通話は」


 私はカルテと患者の顔を見比べ、名前を確認した。

「音原翔さん。それでは、鴨志田さんが持っていたスマホをあなたが持っている経緯が分かりません」


 彼の友人である鴨志田という男と同様、この音原翔という青年もまた、あまりガラが良いとは言えない身なりをしている。頭の回転もさもありなんという感じで、会話が煩雑で仕方ない。

 けれども精神科医である以上、私は真摯な態度を保って、この青年に向き合う。それが仕事だから。


 web会議用のモニターの中で、音原翔は俯きがちな顔をさらに伏せた。


「目の前で見たんです……あいつがトラックに轢かれるの。俺、センター街に先に着いたけど、一人で牛丼屋にいるのも何だかなという感じで、目の前の交差点で待ってたら、あいつが走ってるトラックに突っ込んで。そしたら、スマホがこっちに飛んできて……」

「なるほど。それはショックでしたね」


 同情を込めて頷きながら、カルテに「PTSDの影響か?」と書き込んだ。


「ではあなたは、鴨志田さんに会えなかったんですね?」

「はい……倒れてるのは見たけど、アレな感じだったし、怖くて、逃げたから……」


 音原翔は神経質に震える手で苦労してペットボトルを開き、水を飲んだ。

 チック症の検査もした方がいいかもしれないと、私は思った。


 それほどまでに、音原翔の様子は普通ではなかった。

 絶えず目を動かして周りを観察する素振りを見せていると思えば、突然立ち上がって窓の外を確認して怒鳴り散らし、テーブルに置かれた、今通信中のスマホの前に戻ったら、両肩を抱えるように小さくなって震えている。


 家に寄り付かなかった息子が突然引きこもりになった上、様子がおかしい。事情を聞こうとするが暴力を振るわれるため手に余る――という、両親からの訴えで、何とかリモート診療に漕ぎ着けたのだが。

 私は彼の様子から、可能性を推察する。


 事前の相談内容から、統合失調症を疑っていたのだが、確かにそう取れる所見はある。しかし、診断を下すには尚早かもしれない。 

 私は質問を続けた。


「先程、あなたは窓の外を確認されましたね? あの行動にはどのような意味があるのか、説明できますか?」

「あぁ、あれは……」

 音原翔は目を泳がせながら早口に答えた。

「あのスマホ拾ってから、もしかしたら、誰かが殺しにくるんじゃと心配で」

「声が聞こえるのですか? それとも、何者かの姿が見えるのですか?」

「いいや、そういう訳じゃ……」


 そう言ってから、彼は発作を起こしたようにビクリと立ち上がると、少し離れた場所に置かれたスマホを手に取り、床に叩き付けた。

「音原さん、落ち着いて。大丈夫です。私が見てますから。何かあれば、すぐに駆け付けられる準備は整えてあります」

 私が声を掛けると、ハッとしたように画面の私を振り返って、別人のようにしおらしく座った。


 そして、「こんな話をすると、気が変だと思われると思いますけど」と前置きしてから、ポツポツと語りだした。


「自分なりに考えたんですよ、あのスマホが何なのか――あれ、呪われたスマホで、持ってる人に死神が取り憑くんじゃないかって」


 私は眉を寄せた――統合失調症によくある症状だ。物に対する強迫観念を加味すると、強迫性障害もあるかもしれない。


 そう考えていると、音原翔は自嘲気味に笑った。

「信じられませんよね。でも、これを見てください」

 彼は床に落ちたスマホを拾い、画面を操作するとこちらに向けた。


 どうやらカメラロールのようだ。笑顔の自撮りが並んでいる。それが全て、別の人物であること以外に、これといって変わったところはない。

「これがどう気になるのですか?」

 すると、音原翔はボソリと言った。


「画面、割れてないんですよ」


 ――この時、私は初めて悪寒を覚えた。

 私はこの目で見ているのだ。彼の手にあるスマホがほんの数分前に、床に強く叩き付けられるのを。


「まるで石みたいに硬いんですよね。だから、床がボコボコです」

「…………」

「これはともかく、カメラロールです。ここ……一番新しい写真が、鴨志田くんです」


 音原翔の指がその写真を拡大する。ストリート系の派手なロゴの入ったキャップを被った髭面の若者。彼は薄い眉を上げて目を細め、ニコリと口角を上げている。

 場所は渋谷の駅前のようだ。大きな看板や雑踏が背景にある。


「これが撮られたの、時間を見ると、あいつがトラックに飛び込む寸前なんですよ」


「……え?」

 音原翔の言葉に、私は表情を作るのも忘れて顔を上げた。

 そんな私に、彼は血走った目を向けている。

「その前の写真が、鴨志田くんから電話があった三十分前。背景から飯田橋駅のホームだと分かります。で、調べたんですよ、飯田橋駅であった人身事故」


 私は咄嗟にパソコンを操作した。

 検索画面から飛んだwebニュースに、音原翔が示す自撮りの女性と同一人物と思われる顔写真が載っていた。

「阿久比ナオミ――鴨志田くんが拾う前に、このスマホの持ち主だった人です」


 私は思わず口を押さえた。これは、精神疾患の患者にありがちな思い込みの範疇を、超えているのではないか……。


 その後も、音原翔は写真を指しながら名前を列挙していった。

 その度に私は検索をかけたのだが、何れも事件や事故の死亡記事に行き当たり、私の指は検索を止めた。

「ちょっと、ちょっと待ってください、音原さん」


 音原翔の言葉を遮り、私は極力落ち着いた表情を取り繕う。

「あなたが仰いたいことは理解しました。そのスマホを所持した人が自撮りを撮った直後に死亡している……あなたはそれを調べたんですね?」

「はい」

「それが、あなたがそのスマホは呪われたスマホで、所有者は死神に取り憑かれたと考える根拠ですか」

「はい」


 私は視線をカルテに戻す。

 確かに、事前に彼の両親から聞いていた、彼が引きこもりを始めた時期と、鴨志田卓男の死亡時期が一致する。


「あなたはスマホを拾ったことで、自身が死神に取り憑かれていると考え、恐怖のために部屋から出られなくなっている……そのように理解しました」

 極力冷静な態度を意識して、私は画面の中の音原翔に目を戻した。


「そのスマホを手放そうとはされたのですか?」

「当然ですよ。最初はゴミ袋に入れてお袋に渡したんですけど、ゴミ捨て場に行く途中でスマホが鳴りだして、俺が間違えて捨てたんじゃないかと、持って帰ってきました」

「なるほど……」

「もしこれが他の人に拾われたら、その人に死神が取り憑くんじゃないか……そう思って、捨てるのはやめました。で壊そうと何回も試したんですけど」

 音原翔は包帯に巻かれた左手をカメラに示す。

「金槌で叩けば弾き返されて、このザマです。床に叩き付けるのは何百回とやりましたよ」


 確かに、『呪われた』とでも形容詞を付けなければ、論理的に理解し得ない状況に思える。

 私は少し考えた後、音原翔にこう告げた。


「そのスマホを、私に送ってもらうことはできますか?」


 彼の表情が固まる。

「そんなことしたら、先生、死にますよ?」

「そうかもしれません。でも現在、そのスマホを所持しているあなたは生きています」

「…………」

「そのスマホに何かルールがあるのかもしれません。一度、この目で確かめてみたいのですが、できますか?」


 音原翔はしばらく震える目を私に向けていたが、やがて

「分かりました」

 と答えた。その表情に、どこか安堵したような感情が含まれていた。


 その後、スマホをやり取りする方法と、当面の処方箋を説明し、私はweb会議のアプリを終了した。


 『呪われたスマホ』……。

 とてもじゃないが信憑性のあるものではない。先程見せられた写真だって、彼の幻想が作り上げたもの――ネット上の画像を再構築したものである可能性は否定できない。

 壊そうとしても壊せない状況にしたって、彼が力加減をしていないと証明できるものではない。


 見慣れた画面に切り替わったパソコンを眺めていると、ようやく正気に戻った気がした。

 患者の狂気に呑まれる……精神科医として最もやってはいけないことだ。


 そう自分に言い聞かせ……だが、釈然としないものが心の奥にわだかまっているのを自覚する。


 少しの間操作をしなかったことで、待ち受け画面に戻ったそこにあった画像。

 ――古ぼけたお地蔵さん。


 その顔が、私を見てニヤリと笑ったような気がしたのだ。



 ――――


 

 ――このスマホがあなたの手元に届く頃には、私は死んでいると思います。

 このような形であなたに託すのは申し訳なさで一杯ですが、私にできる最後の選択は、これしかありませんでした。

 どうか、このスマホを壊してください。よろしくお願いいたします。


 高田冴子医師から届いたレターパックに添えられた手紙は、そう締められていた。

 横に並べた喪中ハガキにある「故・高田冴子」の文字と見比べて、俺は煙草を灰皿に押し付けた。


 俺が彼女の患者だったのは五年前。それからは、年賀状のやりとりだけの繋がりだった俺に、とんでもないものを押し付けて来たものだ……。


 『呪物収集家』という肩書が珍しかったらしく、彼女は親身に相談に乗ってくれた。そのおかげで、今は双極性障害も緩解している。

 そのお礼の気持ちを込めて年賀状を出していたのだが、それが喪中ハガキに変わるとは、考えてもいなかった。


 改めて、スマホに同封された手紙に目を遣る。

 彼女の調べたところによると、このスマホは以下のようなものらしい。


 ・このスマホが持ち主から誰かの手に渡ると、元の持ち主が死ぬ

 ・元の持ち主は死の直前、笑顔で自撮りを撮影する

 ・カメラロールには八十三人分の自撮りが保存されており、いずれも不審な死を遂げている

 ・このスマホは、叩いても燃やしても水没させても壊れないし、充電が不要

 ・設定の変更や初期化、写真やアプリの削除ができない

 ・待ち受け画面のお地蔵さんの正体は不明

 

 全く、特級呪物にも程がある。


 だがとりあえず、手元に置いておく分には何もないのだろう。

 ならば、なぜ高田医師は俺にこのスマホを送ってきたのか。


 その答えは喪中ハガキにあった。

 ――彼女の死因は乳がん。

 死を目前に控え、死後に家族の誰かに所有権が移るのを阻止したかったのだろう。

 寿命をわずかに縮めて家族を守ったのだ。


「……さて、どうしたものか……」


 私は、破った緩衝材の上に置いたスマホに目を向けた。

 型としては、数年前のタイプ。今どきのものより画面が小さい。

 軽く触れれば待ち受け画面が表示され、どこのものとも知れないお地蔵さんの写真が表示される。


 手紙の内容を思い出しつつ、俺はひとつの仮説を立てた。


 ――呪物というのは、誰かの所有物となることを望んでいる。


 長年呪物に関わっていると、そんな意思めいたものを感じることがある。

 廃屋に放置された人形、倉庫の隅で忘れ去られた絵画、地中から掘り出された匣……。

 それらが起こす『怪奇現象』というのは、全て人間へのアプローチである。

 誰かに見つけてもらいたい、誰かのものになりたい。そういう意思が働くからこそ、怪奇現象は起きる。


 「見ると死ぬ」「触ると呪われる」――そういうった類も原理は同じだ。

 気のある女子にちょっかいをかける男子のようなもので、それが負の行動であろうとも、「気を引きたい」という意識が関わっているのだから。


 そういった、呪物にありがちな意思をこのスマホに当て嵌めるとすると、やはりこの『お地蔵さん』が根源だろう。

 どことも知れぬ場所にあるお地蔵さん。きっと、誰かに祀られたいに違いない。

 神的な存在であるから尚更、多くの人の注目を集めたい――そのためのスマホなのだ。


 俺は自分のスマホを開き、お地蔵さんの画像を検索する。

 するとそれは、簡単に見つかった。


 ――このスマホのものと同じ画像。


 高田医師は、このスマホだけの問題と考えていたが、スマホというのは電波を通して誰かと通じ合うツールである。


 待ち受け画面になっているこのお地蔵さんの画像を誰かに送れば、そのスマホも『呪われたスマホ』となる可能性が高い。


 昔流行ったチェーンメールの要領で、『拡散する』というストーリーを付ければ、瞬く間に呪いは伝播されるだろう。


 ――電波地蔵……いや、伝播地蔵。


 幸い、「スマホを手放すと死ぬ」という呪いは限定的なようだ。

 カメラロールに保存しただけでは効果がなく、待ち受け画面に設定しないと『呪い』は発動しない。

 投稿された内容によると、そう考えられる。

 しかも、スマホは簡単に手放すようなものではない。このスマホが他人の手に渡った事象がイレギュラーだったのだ。


 俺は、同じ顔が並んだスマホ画面をお地蔵さんに見せた。

「なあ、おまえの望みはもう叶っただろ。もう眠っていい頃じゃないか?」


 ……すると、俺のスマホが鳴った。

 airdropで画像が送られてきたようだ。

 嫌な予感がする。しかし、確認しない訳にはいかない。


 ファイルを開いてみると、案の定、お地蔵さんの写真だった。


 それだけではない。

 勝手にメールアプリが開き、登録してあるアドレスに次々と画像が送られていく。


「おい……」


 慌てて電源を切ろうとして手を滑らせる。床に落ちた、画面の端がひび割れたスマホが次に開いたのは、SNSアプリ。

 その画面に、あの画像が投稿される瞬間が映し出された。


 呪物収集家として、オカルト界隈に名の知れた俺は万垢の持ち主だ。

 そのフォロワーがこの画像を拡散すれば……。


 慌ててスマホを拾い上げる。

 しかし、画面が割れたスマホは動きを止めた。


 真っ黒なモニターに、俺の青ざめた顔が映る。


 SNSに手出しができなくなった。

 呪いの伝播は、もう止められない。

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