44.人類の電池
モンスターがたまたま、駐屯地がある穂積に出現したのではない。
【モンスターを引き寄せる体質の赤子が、穂積の駐屯地に生まれた。】
必然的に、モンスターは穂積の駐屯地へ一斉に向かっていった。
そして、軍によって制圧された。
食い殺されるはずの運命にあった赤子が、死ななかった。
運命の日から16年間生存し続け——今でも、穂積市内で、モンスターを引き寄せ続けている。
繰り返し、繰り返し、執拗に、この地球上で、穂積市だけにモンスターが湧き続けている。
一人の人間を、食べるために。
モンスターから採取できるHETは、この国に、莫大な富をもたらした。
人類はエネルギー問題から解放された。
貧困も、環境問題も、不治の病も、過去のものとなった。
その繁栄の中心に、一人の人間がいる。
モンスターの餌として、いまでも存在している。
その人こそが、この国の根幹。世界の救済。エネルギーへの供物。
いわば、————人類の電池。
「僕の論文が非公開になっている理由も、分かるだろう。……国家にはどうしても隠したいことがある。それはどんな国にも、必ず存在する。もちろんこの国にも」
ウダガワ教授は、遠く向こうを見つめていた。
彼の研究が公になれば、日本という国が危険に晒されるだろう。
地中の資源をめぐって、世界中が戦火に覆われた歴史は、再び繰り返されることとなる。
ひとりの人間の肉体を、全世界が奪い合うこととなるはずだ。
「……どうして、俺に話してくれたんですか」
震える声で尋ねる。
国に消された論文、存在がなかったことにされた研究。
彼の胸の中にだけ存在する、残酷な真実。
目の前の小さな老人は、ふ、と短く息を吐いた。
「……流行りの言葉で言うなら、自己顕示欲、かな。僕はね、この研究に、すべてを賭けてきたんだ」
彼は身をかがめて、ズボンの裾をまくり上げる。
当然、脚があるはずの場所。そこには武骨な金属があった。
あまりの光景に息を呑む。
「機械化……?」
ウダガワ教授はゆっくり、首を横に振った。
「まさか。そんな大層なものではない。ただの義足だよ」
皺の寄った指で、ウダガワ教授はノートの表紙の文字を撫でた。
「僕はあの中東の町で、脚を失ってしまった。杖をついて、あるいは何かに掴まって歩くのがやっとだ。もう僕は、フィールドワークには行けない」
フィールドワークに生き、研究に人生を捧げた、名誉教授。その小さな体が、無念でうなだれていた。
「本当は生きているうちに、真実を世の中に出したくて、ここまで続けてしまったけれど……そろそろ潮時かなと、思うんだよ」
不治の病は過去のものとなったが、老化はいまだ、この世界に存在する。
生物であれば当然、誰もが、肉体も、脳も、老いる。
ウダガワ教授は顔を上げた。そこには柔らかな笑顔があった。
「今の学生さんは質問に来ることはあまりないからね。話せて楽しかったよ、ありがとう、三波善くん」
これは、一人の研究者の、研究の終着点だ。
カーテンに仕切られたベッドの上。金属を加工する音と、ゴムが焼けるにおいが充満する空間。
閉じられた瞼がゆっくりと開き、翡翠の瞳があらわになる。
「……ごめん。起こしちゃった?」
マリノの手が、スイの頭を撫でる。
その温かさを、触れる指先の優しさを、受け取る手段は存在しない。
「……」
きょろり、まるい瞳があたりを見まわす。
その視線が、マリノの手元のスマホで止まった。
「マリノ、なに見てるの?」
再起動後の少しかすれた声で、スイは尋ねた。
マリノはスマホに目を落とす。
「……占いだよ。星座ごとにその日の運勢を占うんだ。まあ、見てるってほどでもないけどね」
スイに聞かれたことは、なるべく答えることにしている。
何も与えられず、ただ摩耗していくスイにマリノができることは、あまりにも少ない。
「やぎ座が最下位で、縁起悪いなって思ってたとこ」
マリノの言葉に、スイは不思議そうに首をかしげた。
「マリノはヤギなの? ……わたしは?」
「スイ、誕生日9月だったよね。何日だっけ?」
マリノはスマホの画面をスクロールする。
昨年の9月に、ラボのみんなでささやかな誕生日パーティーを開いたのを覚えていた。
スイの欠けたままの下顎が開かれる。
今ちょうど修理中の口元のパーツが入る場所から、か細い声が鳴る。
「わたし、9月9日」
そうだ。9月9日だ。16年前、9月9日。スイが生まれたおめでたい日。
「そうか、じゃあおとめ座だ。よかったねスイ、今日1位だって」
「1位……」
スイはそれだけ言うと、再び目を閉じた。
すうすうと寝息を立てて、金属の胸郭が上下する。
マリノがスイの頬から手を降ろすと、カーテンの向こうから、パーツの完成を告げる声が聞こえた。




