第7話:『伝承の残火と、紅い警告』
「テンチョォォォ! 来たぜェッ!!」
酒場『ミッシュウ・ラン』の静寂を切り裂いて、アッシュが突っ込んできた。
厨房で黙々と包丁を動かしていた店長は、顔を上げることなく鼻で笑う。
「ふん……。また騒がしいやつが来たな」
続いて入ってきたクロとアダダが、苦笑しながらカウンターへ座る。
「ディルー、おはよう。コーヒーとピザパンをお願いするよ」
「はーい! 喜んでっ!」
ディルーがパタパタと駆け寄る中、アダダは特製カレーを、アッシュは見た目からして辛そうな激辛カレーを注文した。
けれど、今日のアッシュは食欲よりも先に聞きたいことがあった。
カウンター越しに身を乗り出し、目を輝かせる。
「テンチョー! あんた『リーン』のこと知ってるんだろ!? あの、グニャッて避けるヤバいやつ!」
店長は包丁の手を止めず、淡々と答えた。
「坊主。まずは飯を食え。戦場に出る前から腹を鳴らすやつに教えることはねぇ」
(……やっぱり、何か知っているんだね。この落ち着き、只者じゃない)
クロは心の中で確信を深める。
一方、アダダは運ばれてきたカレーの香りに、すでに修行のことなど忘れて「にへへ」と頬を緩めていた。
「はーいお待たせっ! 召し上がれ!」
食後、アッシュは皿を空にするや否や、再び店長へ詰め寄った。
その真っ直ぐで、どこまでも純粋な期待に満ちた瞳。
店長はアッシュの赤髪を見つめ、かつて同じように「最強」を夢見た友の姿を重ね――
ふっと、小さく口角を上げた。
「……坊主。明朝ここに来い。稽古をつけてやる」
「うおおぉぉッ!! いいのか!? やっぱり知ってたんだな! 頼むぜ師匠!!」
「勘違いするな。死なない程度に鍛えてやるだけだ。……お前ら二人も、来るなら来い」
翌朝。
まだ空に薄い月が残る時間から、三人の特訓が始まった。
「坊主、お前は動くたびに上半身がブレる。それでは避けたつもりでも、頭が残って撃ち抜かれるぞ。
その棒が『自分の背骨』だと思え。へし折りたくなければ、へそで重心を固定しろ」
店長がアッシュに渡したのは、左右に重たい石をぶら下げた長い棒だった。
「これを担いで、一歩も動かずに十万回、上半身だけで風を切れ。軸が安定するまで帰れると思うなよ」
「望むところだぜぇッ!!」
その横で、アダダも新しいバイザーの感触を確かめていた。
「クロ……、すごいよ。風の向きも、クロの呼吸のタイミングも、全部『点』で見える!」
アダダの放ったブルーガンの弾丸は、遠くの標的に吸い込まれるように全弾命中する。
「……信じられないな。僕がタイミングを合わせる必要がない。君の視線が、すでに未来を『確定』させているみたいだ」
クロが驚愕の声を漏らす。
バイザーを得たアダダの空間認識能力は、もはやチート級の精度に達しようとしていた。
昼過ぎ。
開店準備のために店長が戻り、ヘトヘトになった三人も遅い昼食をとるべく店へと向かっていた。
「あー……死ぬかと思った……。でも、なんか掴めそうだぜ……」
アッシュが棒切れのように腕を垂らして歩く。
「お疲れ様。アダダも、今日は一回も外さなかったね」
「うん! このバイザー、私の身体の一部みたいになじ――」
ふと、アダダの言葉が止まった。
ピピッ、とバイザーの警告音が鳴る。
視界の端。
澄み渡った青色の座標表示の中に、毒々しい 「紅いノイズ」 が火花のように散った。
「……え?」
アダダの言葉が止まった。
視界の端、澄み渡った青色の座標表示の中に、毒々しい 「紅いノイズ」 が火花のように爆ぜる。
「アダダ? どうかしたのかい?」
クロが心配そうに覗き込むが、アダダの目は一点に釘付けになっていた。
(いま、何か……)
廃屋の影。
バイザーの演算は
「Target: None(反応なし)」
と青文字で表示している。
けれど、システムを嘲笑うように、そこだけ世界が赤くただれていた。
陽炎のように揺らめく 「人型のノイズ」。
顔の部分は激しく明滅して見えない。
なのに、「それ」が自分を見て笑っていることだけは、直感で分かってしまった。
瞬きをする。
次に目を開けたとき、そこには乾いた風が吹き抜けているだけで、影も、ノイズも、跡形もなく消えていた。
「……あそこに、誰か……いたような気がして」
震える声で指し示した場所には、もう何も残っていない。
けれど、バイザーのログには記録されない「冷たい視線」の感触だけが、
アダダの肌にネットリとこびりついて離れなかった。




