第6話:『青の覚醒、空間の対話』
会計を済ませ、ディルーの「また来てねーっ!」という満開の笑顔に見送られて外に出ると、夜のガレリアはさらに冷え込んでいた。
「美味しかったね。アダダ、教えてくれてありがとう」
「えへへ、でしょ? お腹いっぱいでもう幸せ……」
幸せそうに自分のお腹をさするアダダを見て、クロも穏やかな笑みを浮かべる。
「……それにしても、あの店長さん。ただの料理人じゃなかったね。何か、歴戦の……それでいて、ふとした瞬間に消えそうなほど寂しい色を浮かべるのが気になったよ」
クロの鋭い観察眼に、アッシュが「あん?」と鼻を鳴らした。
「そうかぁ? ……ん、あぁッ!! そうだ! あのオッサンなら、あのゲルドの野郎がやってた『グニャッて避けるやつ』の正体、知ってるんじゃねーか!?」
「そうだね。今度ゆっくり聞いてみれば、何か掴めるかもしれない」
クロが頷き、空を見上げた。
「でも、今日はもう遅い。一旦解散にしようか。アダダも眠そうだ」
「おーし! じゃあまた明日な! 俺は走り込んでくるぜッ!!」
アッシュは言うが早いか、何かに突進するような勢いで夜の闇へと消えていった。
「……アッシュは、止まることを知らないんだろうね」
「ふふ、本当に猪みたい」
二人は笑い合い、温かな余韻に包まれながら、冷たい夜風を裂いてそれぞれの帰路についた。
翌朝。
ガレリアの中央広場は、朝からプレイヤーたちの熱気で溢れていた。
「いいか二人とも! あの『リーン』ってやつを習得するには、もっとマシな装備が必要だ! 俺は今日、運命を変えてやるぜ!!」
鼻息荒く宣言するアッシュに連れられ、三人がやってきたのは 『ガチャ・パレス』。
煌びやかな装飾が施された、この世界の欲望と希望の集積地だ。
アダダは、握り締めた通信端末を見つめていた。
(死神……)
ゲルドに投げつけられた言葉が、今も胸の奥に刺さっている。
不気味で、感染りそうで、忌まわしい存在。
(……そんなの、絶対に嫌だ。私は、あの子を笑って守れるくらい、もっと強くなりたい!)
アダダは決意を込め、貯めていたダイヤをシステムに投じた。
『――Verification Complete. Loading…』
パレスの祭壇から、眩い青の閃光が溢れ出した。
「お、おい! アダダのやつ、いきなり引きやがったぞ!?」
アッシュが叫ぶ。
青い輝きがアダダの顔を包み込み、光が収束したとき、そこには新たな装備が実体化していた。
【SR:アジュア・タクティカルバイザー】
「……これ」
アダダがそれを手に取り、ゆっくりとバイザーを装着する。
その瞬間、世界が変貌した。
視界が透き通るようなブルーに染まる。
今まで、肌を撫でる「気配」や「予感」でしかなかった空気の揺らぎ。
それが、バイザーのレンズ越しに、数値を伴った精密な 『座標』 として空間に刻まれていく。
(……世界が、視える)
自分の直感が、システムの演算と初めて「対話」を始めた感覚。
アダダの空間認識能力が、バイザーという触媒を通して、文字通り次元の違うステージへと押し上げられた。
「すごい……。クロ、アッシュ、私……みんなの場所が、数字で見えるよ!」
「素晴らしいね、アダダ。SR級のバイザーが、君の潜在能力を引き出したんだ」
クロが感心したように呟く。
「よっしゃああ! 次は俺だ!! 見てろよ、俺の右腕に宿る伝説の引きを――ッ!!」
アッシュが全ダイヤを叩き込み、レバーを力いっぱい引き抜いた。
「…………」
「…………」
「……アッシュ。それは……」
排出されたのは、どこにでもある 『N:錆びた弾帯』や『N:使い古しの予備バッテリー』 の山だった。
「……なぁ、クロ。俺のこのガチャ端末だけ不具合ってねぇか?」
「いや、ただの確率だよ。……ドンマイ、アッシュ」
膝から崩れ落ちるアッシュの横で、アダダは新しく手に入れた「青い視界」で、遠くの空を見つめていた。
この力があれば、もう死神なんて呼ばせない。
けれど、彼女のバイザーに映る座標の端で。
時折、正体不明の 「ノイズ」 が、紅い火花のように爆ぜていることに、まだ誰も気づいていなかった。




