第5話:『ナナカマドの実は赤く揺れて』
「よし! じゃあ俺たちの拠点を探そうぜ!」
「……探すって、アッシュ。当てはあるの?」
「あるわけねぇだろ! 足で探すんだよ、ガハハ!!」
「……やっぱり」
アダダの呆れた声も、アッシュの豪快な笑い声にかき消される。
強引にパーティに加わったこの赤髪の男は、文字通り嵐のような存在だった。
けれど不思議と、その横暴さが不快ではない。
クロもやれやれと肩をすくめながら、口元には小さな笑みを浮かべていた。
「とりあえず、腹ごしらえでもしながら考えようか」
「おっ! 賛成! 俺、もう腹ペコで死にそうだわ!」
賑やかに大通りを歩く三人。
だが、守衛団の詰所前に差し掛かった時、その空気は少しだけ淀んだ。
「おい、どうなってんだよ!」
「仲間が戻ってこないんだ! 戦場で死んでから、もう1時間も経つぞ!?」
「リスポーン地点のバグじゃないのか!? どこを探してもいないんだよ!」
詰所の前には、数人のプレイヤーが守衛団員に詰め寄っていた。
怒号というよりは、悲痛な叫び。
日常の中にあるはずのない「不在」への恐怖。
「……何かあったのかな?」
アダダが首を傾げる。
クロは眼鏡の奥の瞳を細め、思考を巡らせた。
(システムエラー? いや、それにしては騒ぎの質が……)
「まぁまぁ、守衛団に任せようぜ! 俺らが悩んでも腹は膨れねぇ!」
アッシュがアダダの背中をバシッと叩いた。
「それより飯だ飯! どっかいいとこねーか?」
「あ、それなら! 今朝、すっごく美味しいカレー屋さんを見つけたの!」
アダダの顔がパッと輝く。
「いいじゃないか。それじゃあ、僕らが出会ってチームを組んだ『結成記念パーティ』と行こう」
路地裏に佇む隠れ家的な店、酒場『ミッシュウ・ラン』。
カランコロン、とドアベルが鳴ると同時に、アッシュが飛び込んだ。
「うおぉぉ! いい匂い! 飯だァァァ!!」
「ちょ、ちょっとアッシュ! 声が大きいよ!」
騒がしい入店に、カウンターの中にいた渋い店長が顔を上げる。
彼は静かに布巾を置くと、アッシュの背負っている使い古された『グリーンガン』を一瞥した。
「….赤髪の坊主。その銃、バレル (銃身)が少し右に反ってるな」
「あぁん!?」
アッシュが眉をひそめる。
「なんだよおっさん、いきなり文句か?」
「文句じゃない。…..相当、**『接射」**をしたな?
本来、散弾は数メートル手前から面で制圧するものだ。だがお前はーー」
店長は、ひしゃげた銃口を指先でなぞった。
「敵の装甲に銃口を押し付けて、無理やりねじ込んで撃っている。…..打撃武器の代わりじゃねぇんだぞ、それは」
「ッ…..! 見ただけでわかんのかよ!」
「……昔な。お前みたいに直感だけで引き金を引く『大馬鹿』を、嫌というほど見てきたからな」
店長の目が、一瞬だけ遠くなる。
目の前の騒がしい赤髪の男に、かつて背中を預け合い、そして消えてしまった「彼」の面影が重なる。
無鉄砲で、馬鹿で、誰よりも眩しかった英雄の姿が。
「へぇ……。このおっさん、タダモンじゃねぇな」
アッシュは直感的に察したらしい。
ガハハという笑いを引っ込め、居住まいを正す。
「俺はアッシュだ。……よろしく頼むぜ、マスター」
「フン。……席につきな。とびきり美味いもんを出してやる」
店長が厨房へ戻ろうとした時、フロアから明るい声が弾けた。
「ああっ! 今朝の!!」
給仕のディルーだ。
お盆を抱えた彼女が、パァァッと花が咲いたような笑顔で駆け寄ってくる。
「来てくれたんだ! しかも夜も来てくれるなんて! うわぁ、嬉しいっ!!」
「えへへ、また来ちゃった。カレー、忘れられなくって」
「ありがとうっ! 特製席に案内するね!」
無邪気に笑うディルーを見て、アダダの胸がトクンと鳴った。
(……可愛い。なんか、守ってあげなきゃって思う笑顔だなぁ)
その直感は、彼女が背負う過酷な運命をまだ知らないからこその、純粋な庇護欲だった。
やがて運ばれてきたのは、スパイスの香りが食欲を刺激する特製カレー。
一口食べたアッシュが、目をカッと見開く。
「うっっっめぇぇぇぇ!! なんだこれ!? 毒か!? 毒が入ってんのかってくらい美味ぇぞ!!」
「表現が物騒だね……。でも、確かに絶品だ」
クロもスプーンを運ぶ手が止まらない。
「よし! 腹も満たされたし、俺たち今日からチームだろ! 名前決めようぜ!」
アッシュがスプーンを掲げて提案する。
「おっ、いいね。案はあるのかい?」
「おうよ! 俺がリーダーだから……『アッシュと愉快な下僕たち』!」
「却下」
クロが即答する。
「ちぇっ。じゃあ……『赤の軍団』!」
「僕らは赤くないし、センスが壊滅的だね」
「なんだとぉ!? じゃあアダダなんかあるかよ!」
話を振られたアダダは、自信満々に胸を張った。
「ふっふっふ、任せて! 考えてたのがあるの!」
「お! なんだ!?」
「ズバリ……『アダ団』!!」
一瞬の静寂。
店のBGMだけが虚しく響く。
「…………」
「…………」
「……えっ、だめ? 今、すっごいいいと思ったんだけど……だめ?」
アダダがおずおずと尋ねると、クロが優しく微笑んで締めくくった。
「……うん。今はまだ、ただの**『名もなき三人組』**でいいじゃないか」
「あ、流された!?」
店内は夜の賑わいを見せていた。
(……名前なんて、今はまだなくていい。ただ、この時間が続いてくれれば)
「ディーちゃん! こっちカレーおかわりお願い!!」
「ディーちゃん、こっちはシチュー追加で頼むぞー!」
「はーい! ただいまーっ!!」
ディルーは蝶のように客席を飛び回っている。
常連たちから「ディーちゃん」と呼ばれ、愛されている看板娘。
けれど、その忙しなさは、まるで「立ち止まることを恐れている」ようにも見えた。
何かを思い出さないように。
考える隙間を埋めるように、一心不乱に笑顔を振りまく。
そんな三人の会話が弾むフロアの裏側。
厨房の奥で食材を切りながら、店長は客たちの会話を耳にしていた。
「そういえば聞いたか? 仲間が戻ってこないって騒ぎ」
「ああ、聞いたよ。でもなんか、ひょこってリスポーン地点じゃない所から急に戻ってきた奴らもいたらしいぜ」
「はぁ? なんだそりゃ。バグか?」
「ますますわからねーな……」
戻らない者。
おかしな場所から戻る者。
世界の理が、少しずつ狂い始めている。
店長の手が止まる。
彼はふと、カウンターの隅にひっそりと置かれた小さな鉢植えに目をやった。
鮮やかな赤い実をつけた、小さな木。
――ナナカマド。
『私はあなたを見守る』。そして、『慎重』。
あいつが好きだった、燃えない木だ。
店長は、赤い実を指で軽く弾き、誰に言うでもなく呟いた。
「……始まるのか。あるいはもう、始まっているのか」
赤い実は何も語らない。
ただ、来るべき嵐を予感させるように、静かに揺れているだけだった。
暖かな日常と不穏な空気、何か起きる予感がする感じです、、、
ちなみに僕の推しは旧版から変わらず圧倒的ディルーです




