第25話:『静寂の潜伏者、二人のタクティクス』
翌日、早朝。
ガレリアの街が朝靄に包まれる中、訓練場には一人、絶え間なく銃声を響かせる男がいた。
「おらああああッ!!」
アッシュの放つ弾丸が、次々と出現する標的を粉砕していく。
昨日、皆と解散してから一睡もせず、彼はここにいた。
相棒を失ったゲルドの背中。
そして、いつか自分の隣から二人が消えてしまうかもしれないという恐怖。
それを振り払う方法は、今の彼には「強くなること」以外に見つからなかった。
だが、限界は唐突に訪れる。
最後の的を狙おうとした瞬間、膝から力が抜け、地面に吸い込まれるように体が沈んだ。
視界が揺れる。
足が鉛のように重い。
そこへ、二つの足音が近づいてきた。
「……畏まりました。領主様にはそのように伝えておきます」
整った声の主はティフォンだった。
彼は隣に立つ男――店長へ視線を向ける。
「バレット様。……アレです」
店長は無言で、ボロボロになりながら、泥の中で銃を握りしめる弟子の姿を見つめていた。
「一晩中、あの様子です」
ティフォンの言葉を背に、店長はゆっくりと歩き出した。
地面に這いつくばるアッシュの前に立ち、その手からグリーンガン――『フォレスト・ファントム』を無造作にひったくる。
「っ……し、師匠!? なんで……」
「うるせぇぞ。銃声も、お前の心の悲鳴もな」
「……あ?」
「坊主。そのスキンの使い方は、そうじゃねぇ」
店長が銃を構えた瞬間、空気が凍りついた。
溢れ出した深い緑の光が朝靄と混ざり合い、店長の輪郭を曖昧にしていく。
「この『森の幻影』は、呼吸を殺し、世界の一部になるための銃だ。
お前のように『俺を見ろ』と喚いているうちは、ただの重てぇ鉄屑だ」
次の瞬間、店長の『存在』が消えた。
そこに立っているはずなのに、本能さえもが標的を見失う――絶対的な、静寂。
パシュン、と小さな吐息のような発射音が一度。
直後、遠くの標的のすべてが、一発の弾丸が跳弾したかのように一気に弾け飛んだ。
「……っ!?」
アッシュが息を呑む。
その神業を遠くで見守りながら、ティフォンは優雅に懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「やれやれ。やはり貴方も……今の彼に『英雄』を重ねておられるのですね」
ティフォンは誰にともなく呟き、踵を返す。
「おや、もう朝食の時間ですね。領主様をお待たせすると機嫌を損ねられます」
その背中は、補助教官のものではなく、
ガレリアを影で統治する者の威厳に満ちていた。
⸻
◇ガレリア ホームエリア 『アダダのマイハウス』
ピピッ、と無機質な受信音が部屋に響く。
「ふあぁ……」
アダダは眠い目をこすりながら、端末に届いたメッセージを確認した。
件名:アッシュのバカ
差出人:クロ
『おはよう、アダダ。よく眠れたかい?
アッシュの奴、どうやら夜更かししたみたいでさ。
「今日は一日寝るすまん!!!!」って叫ぶようなメッセージが来てたよ。
今日は、僕ら二人で行動しようか』
「ふふっ……」
画面越しに、顔を真っ赤にして爆睡しているアッシュの姿が浮かび、アダダは思わず吹き出した。
彼女はクロに短い返信を打つと、すぐに身支度を整えて合流場所へと向かった。
⸻
◇ガレリア 戦場前広場
合流した二人はエントリーを済ませ、戦場へと転送された。
アダダの網膜に、生存の指針たる『温かい赤』のラインが走る。
「右、ビルの三階! 窓際!」
「了解」
アダダの指示と同時に、クロのイエローガンが正確な「面」の射撃を展開する。
(彼女には指一本触れさせない。
僕が全ての脅威を摘み取る)
アダダがバイザーで『視える』ノイズの揺らぎを先読みし、その情報を共有する。
クロがその予測に基づき、敵が動く先に弾道を置いていく。
二人の連携は、静謐な舞踏のように鋭敏だった。
決して無駄撃ちはせず、最短距離で脅威を排除する。
それはまさに、二人の知略が噛み合ったタクティクスだった。
『VICTORY!! —— 1st PLACE』
最後の一人をクロが仕留め、システムメッセージが空を舞った。
リザルト画面に表示される、報酬のダイヤ。
「やった……! これで10個目!」
アダダが嬉しそうに端末のダイヤの数を見つめる。
「お疲れ様、アダダ。
君の視線は、日に日に鋭くなっているね」
勝利の余韻に浸る二人だったが、転送の光の後、アダダはふと違和感を感じた。
背筋を、冷たい指でなぞられたような悪寒。
振り返るが、そこにはガレリアの街が広がっているだけだ。
だが、アダダには感じた。
遠く、自分たちを見つめる、
あの『冷たい赤』が――確かにそこにあったことを。
二人が消えることを恐れ密かに特訓するアッシュと師弟関係
かっこよくないですか?!




