表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

第24話:『遺された遺言と、乾いたサンドイッチ』



「ゲルド、残念だけど……今の時点で分かることはこれくらいだ」


 クロの静かな言葉が、重苦しい沈黙を破った。

 石畳にこびりついた「黒いモヤ」は、ただそこに在るだけで、世界の理を拒絶しているようだった。


「……ああ。小娘……アダダか。何かまた分かったら、メッセージを飛ばしてくれ」


 ゲルドは力なく答え、背を向けて歩き出そうとした。

 だが、数歩進んだところで足を止め、振り返らずに空を見上げる。


「一つ、言い忘れていたことがある。あいつは……カルマは、消えちまう直前にこう言った」


 その声は、ガレリアの喧騒に紛れてしまいそうなほど掠れていた。


「『死亡回数に気をつけろ。無駄に死ぬな』……とな。意味は分からねぇ。だが、あいつが最後に遺した言葉だ」


「……『死亡回数』?」


 クロの瞳が、鋭く光った。


 通常、この世界での「死」は、転送ポートでの再構築リスポーンを意味する。

 「病気」も存在するがそんな状態ではなかったはずだ。

 「回数」そのものを警告するシステムなど、聞いたことがない。

(……まさか、再構築リスポーンに限界があるというのか?)


 ゲルドの拳が、みしみしと音を立てて握りしめられる。


「俺は、あいつが消えた真相を調べる。お前らもせいぜい気をつけろ。……アダダ、さっきは悪かったな」


 それだけ言い残すと、ゲルドは人混みの中へと消えていった。

 かつての威圧感はなく、ただ一人の友を失った男の孤独だけが、そこに残されていた。


「あいつ、らしくない顔してたな……辛いよなそりゃ。俺も……お前らが目の前で消えたらって思うと……」


 アッシュが、いつになく真面目なトーンで呟く。

 その横顔には、戦場では見せない不安が滲んでいた。


 クロは思考を中断し、相棒の方を向く。


「僕らはここにいるよ、アッシュ。君の隣にね」


「お、おう、そうだなッ!! 縁起でもねぇ、俺らしくねぇな!」


 クロの冷静な返しに、アッシュは照れ隠しのように、自分の頭を乱暴に掻いた。

 クロはそのまま、視線をアダダへと向ける。


「アダダ。君には、やはり何か特別な力があるようだね。それが君にとって幸福なものか、あるいは呪いのようなものかは、まだ分からないけれど……。僕は君を守るよ。この先、何が起きてもね」


「ちょっ……お前、よくそんな恥ずかしいこと真顔で言えるなぁッ!?」


 アッシュが顔を赤くして、小馬鹿にするようにクロの肩に腕を回した。

 だが、アダダは、クロの瞳の奥にある真剣な響きを、確かに感じ取っていた。


「うん。私だけが『視える』のには、きっと意味があるんだよね。今はまだ分からなくても……二人がそうやって私の横にいてくれるだけで、私は十分だよ」


「お前まで恥ずかしいやつだな全く! 類は友を呼ぶってか!」


 アッシュは呆れたように肩をすくめたが、その口元はどこか満足げに緩んでいた。


「今日はもう帰って休もう。僕は店長にこのことを報告してくる」


「おう! そういう難しいのはクロに任せるぜ! じゃーな、また明日!!」


「クロ、ごめんね。私も少し疲れちゃったみたい。……おやすみなさい」


 二人の背中を見送り、クロは一人、夕闇に包まれ始めた『ミッシュウ・ラン』へと足を向けた。


 その背中には、先ほどの「死亡回数」という言葉が、重くのしかかっていた。



◇BAR『レイブン』


 活気あふれる『ミッシュウ・ラン』とは対照的に、街の片隅にひっそりと佇むその店は、照明を落とした落ち着いた空気が流れていた。


 ゲルドは重い木製の扉を開ける。

 その手応えは、心身の疲労のせいか、いつもよりずっと重く感じられた。


「いらっしゃい。おや、ゲルド君。えらく暗い顔をして、どうしたんだい?」


 カウンターの向こうから声をかけたのは、店のマスターだった。


 小柄な体躯に、光を反射する真っ黒なレンズのサングラス。

 頭には黒光りするバンダナを巻き、一見すると寡黙な職人風だが、その声は驚くほど陽気で軽やかだ。


 ゲルドは何も答えず、いつもの席に腰を下ろすと、軽食と酒を注文した。


 やがて差し出されたのは、お世辞にも美味そうとは言えない、パサパサした見た目のサンドイッチ。


「……相変わらず不味いな、マスターのサンドイッチは」


「ははは! 相変わらず厳しいねぇ。ひどい言い草だ」


 皮肉を口にした瞬間、脳裏にカルマの呆れたような声が蘇る。


(『何言ってるんです。不味いなんてもんじゃないでしょう。……まあ、自分もこれを頼んでしまうのは、ここしか落ち着ける場所がないからなんですけどね』)


「……ふっ」


 ゲルドの口元から、自嘲気味な笑みが漏れた。


 サンドイッチを強引に飲み込もうとするが、まるで砂を噛んでいるようで喉を通らない。

 慌てて酒で流し込む。喉が焼けるように熱いのに、胸の奥だけがひどく冷たかった。


 ゲルドは、ゆっくりと重い口を開き始めた。

 今日起きたこと。カルマがノイズに呑まれて消えたこと。

 そして、最後に遺した奇妙な言葉について。


 マスターはサングラスの奥の瞳を、わずかに細め、最後まで静かに聞いていた。

 話が進むにつれ、彼が纏っていた陽気な雰囲気は霧散し、鋭利な刃物のような空気が漂い始める。


「……カルマ君が消えたか」


 マスターの声から、温度が消えた。


 サングラスが怪しく光り、苦悩するゲルドの表情を無機質に映し出す。


 彼は手元のグラスを磨く手を止め、誰に聞かせるでもなく、低く呟いた。


「……ゲルド君。もし、それが事実なら……」


 その言葉の先は、闇に溶けて消えた。


 だが、ガレリアの地下で蠢く真実の一端が、

 静寂のバーの中で、音もなく姿を現そうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ