第23話:『ナナカマドの灯火、黒い残滓』
◇酒場『ミッシュウ・ラン』
カレーを平らげたアダダが、ふとカウンターの隅に活けられた赤い実に気づく。
「ねぇ店長、この赤い実、かわいいね。なんていう木なの?」
店長の手が一瞬止まる。
かつて独り静かに弾いていた、あの実を見つめ、少しだけ目を細めた。
「……ナナカマドだ」
「ナナカマド?」
「『七回、竈にくべても燃え尽きない』……。それくらい、しぶとくて頑丈な木だ」
ぶっきらぼうな店長の言葉に、横で聞いていたディルーが、少し寂しそうに、けれど誇らしげに口を挟んだ。
「花言葉はね……**『私はあなたを見守る』**なんだよ、アダダちゃん」
「私はあなたを……見守る……」
アダダがその言葉を噛み締めていると、アッシュがニヤニヤしながら身を乗り出した。
「へぇー! 店長の奥さんか何かが好きだったのかぁ?」
「……っ!!」
店長は一瞬、心臓を直接掴まれたような衝撃に襲われた。
アッシュのあまりにも的外れで、けれど真っ直ぐすぎる言葉。
それがかつての戦友――ローヴァンの、不敵に笑う顔を強烈に引きずり出した。
(……奥さんだと!? あいつのツラを思い出して損したぜ……!)
一瞬だけ鋭くなった店長の視線だったが、図星を突かれたのとは違う「焦り」を隠すように、アッシュの頭を軽く小突いた。
「バカ言ってねぇで、さっさと皿片付けろ」
そんな穏やかな空気を、絶望的な音が切り裂いた。
バンッ!!
勢いよく扉が開かれたが、そこに立っていたのは、いつもの覇気を失った巨漢だった。
目の下に濃いクマを作り、まるで幽霊のようにフラフラと歩くゲルド。
「おい……小娘……」
「ゲルド、落ち着きなよ。前も言ったはずだ、アダダは……」
クロが制止しようと立ち上がるが、ゲルドはその言葉を待たずに、ガクンと膝をついた。
「頼む……何か分かるなら教えてくれ……ッ!!」
その声は、いつもの轟音ではなく、悲痛な懇願だった。
拳を床に叩きつけ、ゲルドは震える声で告げた。
「……カルマが、消えちまったんだよ。あの不気味な黒いノイズと一緒に……街の中でだッ!!」
一同に戦慄が走る。
「んあぁ?! 街の中でって……戦場じゃない場所で消えたのか!?」
アッシュの問いに、ゲルドは項垂れたまま、搾り出すように答えた。
「……ああ」
ただならぬ気配を読み取った店長が、腕を組んで柱に寄りかかる。
「おい、嬢ちゃん。お前さん、何か『視えてる』って話だったな。……小僧、その場所へこの子を連れて行ってみろ」
クロが何かを察したように頷く。
「アダダ、行けそうかい?」
アダダの手は小さく震えていたが、アッシュが彼女の肩を叩いてニカッと笑った。
「アダダ! 俺らがついてるだろ。心配すんなッ!」
「……うん。わかった、行くよ。ゲルドさん、案内して!」
店を出る際、クロがディルーにゴールドを渡す。
「ごちそうさま。……店長、何か分かったら伝えます」
「ああ。……気をつけて行けよ」
⸻
◇ガレリア 転送ポート前
「ここだ」
ゲルドが立ち止まったのは、何の変哲もない石畳の上だった。
行き交うプレイヤーたちは何も気に留めず通り過ぎていく。
だが、アダダには分かった。
「アダダ、何か見えるかい?」
アダダは目を凝らし、辺りを見回す。
一瞬、世界がザザッと歪んだ。
「……あ!! あそこ……!!」
アダダが指差した空間。
そこだけ、石畳の色が褪せて見えた。
周りの空気の流れが、そこだけ不自然に避けて通っているような、世界に空いた「黒い穴」。
それは、何かが無理やり引き剥がされた「傷跡」だった。
「……黒い『モヤ』みたいなのが、こびりついてる……!!」
「……ッ!! 小娘、お前やっぱり視えるんだな」
ゲルドが身を乗り出す。
アダダは恐怖を堪えながら、これまでに感じた違和感を繋ぎ合わせていった。
「そういえば昨日……変な喋り方をする女の人とすれ違った時も。あの黒装束の人からも、赤いノイズが見えた……」
「『麒麟』と言っていたあの男だね」
クロの言葉に、アダダは頷き、続ける。
「うん。あと、カルマさんと初めて会ったあの戦場。ほんの一瞬だったけど、嫌な感じがしたことがあったの……」
「あぁ!? そんなの聞いてねぇぞ! なら、こないだの赤い瞳は何なんだよッ!? 全部同じに見えてんのか!?」
焦燥感から声を荒らげるゲルド。
アダダは首を横に振った。
「違うの。色は同じ赤なんだけど……感覚が違うの」
アダダは自分の胸に手を当て、言葉を探すように語る。
「いつもの『ここを撃て』って教えてくれる時は、温かい感じがする。
でも……あの女の人や、カルマさんから一瞬感じたのは……もっと**『冷たい赤』**だった。
頭の中を、氷の手で触られるような……不気味な感じ」
アッシュが頭を掻きむしる。
「もー、よくわかんねぇよ! つまりどういうことだ!」
クロが冷静に整理を入れた。
「つまり……アダダの目には、同じ赤いノイズでも『2種類』映っているということだね?
『温かい赤(支援)』と、『冷たい赤(悪意)』。
そして、その『冷たい赤』を纏っていたカルマが消滅した跡に……今の『黒い残滓』が残っている」
クロの推測に、アダダはコクンと頷いた。
その事実が意味するのは、カルマの消滅が単なる事故ではなく、何者かの明確な悪意による「削除」だということだった。




