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第21話:『100人目の死と、純白の狂気』




◇現実世界


 『Legacy Online』のリリースから数日が経過した、現実世界。


 最新型VR端末『ニューラ・リンク』。初期ロットとして出荷されたわずか数万本を手にした者たちは、誰もが次世代の体験を約束された「選ばれし者」のはずだった。だが、サービス開始と同時にログインしたプレイヤー全員が、現実世界からその意識を消した。


 ニュース番組は、この「5万人の帰還不能」という未曾有の事態を、24時間体制で報じ続けている。


 家族がいくら声をかけようと、物理的にデバイスを外そうと試みようとしても無駄だった。


 デバイスは頭部に強固にロックされており、強引に外そうとすれば脳神経に不可逆的なダメージを与えるという仕様が、専門家の見解で明らかになったからだ。


 手出しのできない状況下で、端末の予備バッテリーだけが、命の砂時計のように減っていく。


 そして数日前、最悪の悲劇が起こってしまった。


 アダダがクロとの初戦闘時に倒したと思われていた、あるプレイヤー。


 彼の家では、部屋に引きこもったまま戻らない息子に業を煮やした母親が、ある行動に出た。


「これに懲りたら起きてきなさい」


 彼女は、デバイスが外れないなら、電源を断てば強制的にログアウトして戻ってくると思い込んでいた。


 それが、息子の生命線を断つ行為だとも知らずに、コンセントを引き抜いたのだ。


 予備バッテリーが尽き、端末の電源が切れた瞬間。


 彼の脳波はフラットになり、心臓は現実世界でも停止した。


 同様の事例は各地で相次いだ。この時すでに、30名の死亡が確認され、大々的に報道されていた。


 閑静な住宅街の一角。


 毎日欠かさず連絡をくれる娘・**麒麟きりん**から、三日間も返信がないことを不審に思った母親は、合鍵を使って彼女のアパートを訪れた。


「麒麟? いるの?」


 廊下には電気がついたままだ。奥の寝室からは、つけっぱなしのテレビの音が漏れている。不吉な予感に震えながらドアを開けると、そこにはベッドに横たわったまま動かない娘の姿があった。


 顔の上半分を覆うVR端末が、まるで心拍を刻むかのように、静かに青い光を明滅させている。


 その時、テレビのニュース番組から、それまでの憶測を吹き飛ばすような、絶望的な速報が流れた。


『……たった今、緊急の情報が入りました。Legacy Onlineのプレイヤー、先日の30名に続き、本日新たに69名の死亡が確認されました』


 画面に映し出されたのは、娘が着けているものと全く同じ、あの青く光るデバイスの画像だった。


「――っ、あ、ああ……っ!!」


 母親はその場に泣き崩れた。


 娘の身体はここにある。温かい。だが、その意識は「死のゲーム」に囚われている。


 何もできない無力感と絶望が、母親の心を粉々に打ち砕いた。


 そして今回亡くなった69名の他に、報道されない「もう1名」の死者がいた。


 有島恒星。Legacy Online内のコードネーム――『カルマ』。


 彼の端末は、コンセントも抜けておらず、通信環境も正常だった。


 だが、彼の肉体は物言わぬ骸となっていた。


 死因は、外部からの「強制停止信号」による心停止。


 死亡カウンターが合計100に達した瞬間、用済みとなった人形が持ち主に捨てられるように、彼は二度と目を開けることのない闇へと堕とされたのだ。


 だが、アダダたちは、自分たちが踏みしめている大地の下で積み上がっていくこの惨劇を、まだ知る由もない。



◇????


 そこは、現実の喧騒からも、ゲームの戦場からも隔絶された、真っ白な部屋だった。


 壁一面には、モニターをいくつも繋ぎ合わせた巨大なデジタル・ウィンドウが鎮座し、数多のデータが滝のように流れ続けている。


 その中心で、黒い装束を纏った男が優雅にコーヒーを啜っていた。


「……全く。報告が途絶えただと?」


 男は手元の端末を眺め、不愉快そうに眉を寄せた。


「現実で僕らが身体を管理してやっているというのに、彼はバカなのかな? はぁ……。駒の分際で、一体何をしているんだか」


 男が指を滑らせると、ウィンドウに『有島恒星:ロスト』の文字が非情に表示される。


「上位プレイ層の状態を監視させるために、高い金を払ってやったというのに……。絆されて任務を放棄するなど、あぁ、イライラする! 本当にイライラするなぁッ!!」


 男は怒りに任せて、デスクを拳で叩きつけた。


 衝撃で巨大なウィンドウが激しく揺らめき、数千人のプレイヤーデータがノイズと共に歪む。


「はぁ、はぁ……。……そうだ。汚いデータを見た後は、『浄化』が必要だね」


 男は自分をなだめるように呟き、デスクのボタンを押し込んだ。


 次の瞬間、真っ白で何もなかった部屋の壁に、大小様々な女性の写真が、隙間なく映し出された。


 そのすべてが、一人の少女――アダダ(麒麟)を、様々な角度から捉えたものだった。


「はぁあああ……ッ!! 僕の、僕だけの麒麟!!」


 先ほどまでの憤怒が嘘のように、男の表情が蕩ける。


 まるで聖母を崇める信徒のように、あるいは壊れやすい硝子細工を扱うように、モニターの表面を指でなぞる。


「君だけが僕の拠り所だ……! 君だけが、僕の完成品なんだぁ!! ハハハハハハハハハッ!!!」


 狂気に満ちた嗤い声が、冷たい純白の部屋に、いつまでも響き渡っていた。


書いてて鳥肌立つくらい麒麟の写真を眺める男が気持ち悪くて歓喜しました(?)

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