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第19話:『振るうタクト、咆哮する獣』



 クロがビルの窓から身を乗り出した瞬間、ティフォン・クローンの銃口が彼を捉えた。だが、クロは動じない。


「そこだ……!」


 クロはビルの窓から飛び降り、着地と同時にイエローガンを連射する。それは単なる乱射ではない。クローンの回避先をあらかじめ潰すように計算し尽くされた「面」の射撃だ。


 相手がどれほど不可解な動きをしようとも、戦場のわずかな揺らぎから最適解を導き出し、弾道を置いていく。地上でアッシュの背中を預かりながら、クロの「タクト」はより一層の冴えを見せた。


「アッシュ、左後方! 影を撃て!」


「おうよぉ!」


 クロの指示は神速だった。アッシュがその指示通りにグリーンガンを掃射すると、虚空から弾き出されるようにクローンの姿が露わになる。


 連携は完璧だった。クロがクローンの自由を奪い、アッシュがその火力を叩き込む。


 このまま行けば勝てる――観覧室のモニターを握りしめるアダダの手に、勝利への期待が宿った。


 しかし、クローンの動きが不自然なほどに急加速した。


「なっ……!? 加速した……?」


 クロの計算を嘲笑うかのように、クローンは空中で不規則な機動を見せ、アッシュの懐へ潜り込んだ。


 クローンの漆黒の銃身が、アッシュの至近距離で火を吹く。


「がっ……あ……!」


 アッシュのHPゲージが一瞬でゼロになり、彼の体が光の粒子となって霧散した。


「アッシュ!」


 叫ぶクロに、クローンは一瞬の猶予も与えない。相棒を失い、一瞬だけ視線が揺らいだその隙を逃さず、クローンは影のようにクロの背後へ回り込んだ。


「……っ、しまっ――」


 鋭い閃光が走り、クロの視界が赤く染まる。


【二死ツーダウン】


 無情なシステムログが観覧室のモニターに刻まれた。エリアの別々の場所にリスポーンした二人。


「クロ! 聞こえるか! どこだ!」


「……ああ、公園の噴水広場だ。済まない、アッシュ。読みが甘かった。奴はダメージを受けると、機動パターンをより『本物』に近づけるロジックを組まれているようだ」


「反省会は後だ! 合流するぞ、今すぐ――」


 アッシュが走り出そうとしたその時、グロウズ教官の冷徹な声が割り込んできた。


「一分だ。一分以内に合流できなければ、貴様らの負けだ。」


 グロウズの声は冷徹だが、その瞳はモニターの数値を食い入るように見つめていた。


(見せてみろ。データ上のスペックを超えた、魂の同期リンクを)


「はあああ? やい! 筋肉ダルマ! 聞いてねぇぞ!!」


 モニター越しに、アダダは見てしまった。公園にいるクロの背後、噴水の水しぶきに紛れて、あの漆黒の影が音もなく立ち上がったのを。


「クロ、後ろ! 来てる、逃げて!!」


 届かないと分かっていながら必死に叫ぶ。だが、クロはその叫びに応えるかのような超反応を見せ、振り返りざまにハンドガンを放った。


 だが、クローンはそれを回避し、冷たい銃口をクロの眉間に突きつけた。


「待て……! 待てよ!!」


 アッシュの絶叫が響く。絶体絶命の瞬間。クロは死の銃口を向けられながら、ふっと口角を上げた。


「……そうだね、アッシュ。信じてるよ」


 その言葉と共に、クロは地面に設置型の「煙幕弾」を叩きつけた。


 噴水広場が真っ白な煙に包まれる。


「クソがぁぁ! 間に合え、間に合えよ!!」


 アッシュは肺が焼けるような呼吸を繰り返し、アスファルトを蹴る。煙の中心で、クローンの漆黒の腕がクロの首筋へ伸びるのが見えた。


「クロ!!」


 煙が完全に晴れる、その刹那。


「……待たせたな、相棒!!」


 アッシュが公園の広場へと滑り込む。クローンは即座に反応し、クロを盾にするように位置を変えながら、アッシュへ向けて漆黒の銃口を跳ね上げた。


 だが、アッシュの動きは、かつて魅せられたゲルドのそれとも違っていた。


 ゲルドの動きが「岩石」のような動じない重厚さだとするなら、今のアッシュは**「一筋の雷光」**だった。


 突進の勢いのまま、地面に吸い付くような超低空の「スライディング」。


 膝のプロテクターがアスファルトを削り、激しい火花を撒き散らす。


 通常なら姿勢制御不能な速度。


 だがアッシュは、特訓で鍛え上げた鋼の体幹で、上半身だけを強引にねじ曲げた。


 強烈な「左リーン」。


 大胆不敵でありながら、極限まで磨かれた無駄のない挙動。


 クローンの放った弾丸が、アッシュの赤髪の数ミリ上を虚しく通り抜けた。


「――これで、終わりだ!!」


 姿勢を崩すことなく、ゼロ距離からアッシュのグリーンガンが咆哮した。


 緑の光条が一点に収束し、クローンの胸部を完璧に貫き通した。


「おおおおお!!」


 全弾。アッシュの執念が、クローンを背後の噴水へと叩き込んだ。


 大きな水しぶきと共に、クローンの体が火花を散らし、ポリゴンの破片となって虚空へ消えていく。


「……一分、ちょうどだ。遅いよ、アッシュ」


「うっせぇ……。間に合ったんだから、文句言うな……」


 二人の頭上に、大きなWINの文字が浮かび上がった。


「やった!! 2人ともすごいよ!!」


 アダダは自分のことのように観覧室で飛び跳ねる。


 キャッキャと叫ぶ彼女の後ろで、本物のティフォンが静かに口を開いた。


「ふふ、あの2人は……かつての『英雄』と『灰燼かいじん』を見ている様です」


「え?」


 アダダが振り返ると、ティフォンは今まで見せたことのない、少しだけ優しい笑顔を浮かべていた。


「いえ、何でもありません。お気になさらずに」


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