第17話:『鉄の教官と、対価の証明』
翌朝。
眩しい朝日を浴びながら、三人は『ガレリア』の外縁部に位置する巨大な施設――『訓練所』へと向かっていた。
「ところでアッシュ。ダイヤ25個なんて、持っているのかい?」
クロの何気ない問いに、アッシュは足を止めた。
「え。……あ、ああ! もちろんよ。……待てよ、今確認してやる」
焦るように端末を開き、数秒後、アッシュは不敵な笑みを浮かべて端末をこちらに向けた。
「ふっふっふ……あるぜ! ピッタリ25個分だ!」
「へぇ、意外だね」
「ただし、2万ゴールドとダイヤ23個だ!!」
その堂々とした「不足」っぷりに、アダダはガクッと肩を落とした。
「換金所に行かないとね。ははは……」
「分かっているのかい? 君、それを換金したら一文無しになるんだよ?」
クロの冷徹な指摘に、アッシュの顔がみるみる青ざめていく。
「あ。ああああ! お、おいクロさん……」
アッシュは露骨にすり寄り、揉み手でクロを見上げた。
「しばらく奢ってくださいよぉ、溜め込んでますよねぇ? ねぇ?」
「はぁ……。君というやつは。いいかい、しっかり返してもらうからね」
「ははっ! さすが相棒!」
アッシュの調子の良さに呆れつつも、アダダもクロも、その賑やかさをどこか心地よく感じていた。
……この後に待ち受ける、地獄のような試験も知らずに。
換金所でゴールドをすべてダイヤに変え、懐を空にしたアッシュたちは、ついに『訓練所』の門をくぐった。
門を抜けると、初めてここを訪れた時と同じ、腹の底に響くような怒号が響き渡っていた。
圧倒されていると、一人の補助教官がこちらに歩み寄ってきた。
いや、違う。
「いつの間にか、そこにいた」。
気配も、足音もなく。まるで最初からその空間の一部であったかのように、細身の男――ティフォンが佇んでいた。
「おや? あなた達は……」
細身だが引き締まった体躯の男――ティフォンが足を止める。
彼はアッシュの赤髪を見て、何かを納得したような表情を浮かべた。
「こちらへ。教官室にご案内いたします」
「わかりました」
クロが静かに答え、後に続く。
(……店長から事前に聞いていたのか? 繋がりがあるのか……?)
案内された教官室は殺風景で、威圧感に満ちていた。
ティフォンが部屋を出て扉が閉まると、クロが小さく呟いた。
「あのティフォンという人の所作……。戦場での動きというか、足音が一切聞こえなかったよ」
「んあ? お前、そんなとこ見てたのかよ」
アッシュが呆れたように鼻を鳴らす。
それから待つこと数十分。
初めは神妙にしていたアッシュだったが、次第に膝を小刻みに揺らし始めた。
「……おい、遅すぎねぇか? まだかよ……」
苛立ちを隠そうとしているが、その顔は引きつっている。
無理もない。さっきから、分厚い鉄扉の向こう側で、
『ギャアアアアッ!!』
『許して! もう無理です教官ッ!!』
という、プレイヤーたちの断末魔のような悲鳴が微かに漏れ聞こえているのだから。
イライラと恐怖を隠しきれないアッシュをなだめていると、廊下の向こうから床を叩くような重厚な足音が近づいてきた。
バォン!!
扉が勢いよく開き、威圧感を全身から放つ「鉄の教官」グロウズが踏み込んでくる。
「待たせたな。……貴様らか、この忙しい時に所有権移動などという手間のかかる相談を持ち込んできたのは」
鋭い眼光が三人を見据える。
グロウズは手に持っていた教鞭をパチンと叩き、三人の目の前に立った。
「まぁいい……。聞いているだろう、適正試験があると」
緊張感あふれる沈黙の中、グロウズはアダダをバイザー越しに覗き込んだ。
「お前は確か……」
グロウズの瞳孔が、獲物を見定める獣のように収縮した。
彼はアダダの奥にある「何か」の匂いを嗅ぎ取ろうとして――
ふんっと鼻を鳴らし、興味を失ったように前を向いた。
(ひっ、やっぱ怖いこの人ぉ……!)
「……まぁいい。ダイヤを出せ。まずは貴様らがここに来る資格があるか、その対価で証明してみせろ」
アッシュが震える手で、全財産である25ダイヤを差し出す。
グロウズはそれを無造作に受け取った。
「ダイヤは受理した。だが言ったはずだ、これだけで済むと思うなとな。
所有権移動とは、システムに刻まれた絶対的な所有者という項目を書き換えるものだ。
その書き換えに耐えうる力が貴様にあるか、今から見極めさせてもらう」
グロウズの眼光が、一段と鋭くアッシュを射抜く。
「赤髪が、譲渡される側だな。譲渡する者は?」
「僕です」
クロが迷わず一歩前に出る。
「いいだろう、着いてこい」
グロウズが踵を返し、アダダに向かって言い放った。
「お前は参加できない。これは譲渡する者とされる者、二人のみの聖域だ」
「えっ……」
戸惑うアダダの前に、いつの間にか補助教官のティフォンが立っていた。
「お嬢さん。あなたはあちらの観測室へ。モニター越しに見守っていただきます」
「あっ、はい……。アッシュ、クロ……頑張ってね!」
アダダは不安げに振り返りながら、ティフォンに促されるように冷たい廊下の先へと消えていった。
アッシュとクロは、覚悟を決めた面持ちで、重厚な訓練場の奥へと続く廊下を歩いて行った。




