第16話:『譲渡の対価とクロのチーズ美学』
夜の帳が下りた『ガレリア』。
ネオンの光が路面を彩り、昼間とは違う喧騒が街を包んでいた。三人は一日中街を満喫し、最後にある場所へと足を向けた。
「僕もそろそろガチャを引こうかな。二人とも、付き合ってくれるかい?」
クロの提案に、アダダが目を輝かせる。
「うん! 行こう行こう! きっといいの出るよ!」
「ケッ、爆死しろ爆死しろー! 銀河の彼方まで吹き飛べ!」
呪文のように不吉なことを呟くアッシュに、クロはニコニコと笑いながら返した。
「君と一緒にしないでくれよ。運の総量が違うんだ」
そんな小競り合いを続けながら、三人は巨大な電飾が輝く『ガチャパレス』へと足を踏み入れた。
数十分後。
そこには、この世の終わりかのように項垂れるアッシュと、興奮して飛び跳ねるアダダ、そして手に入れたデータを冷静に確認するクロの姿があった。
「……なんでだよ……。なんで、俺じゃなくてアイツが引くんだよ……っ」
爆死を願っていたはずが、クロが引き当てたのは、皮肉にもアッシュが最も得意とするカラーガン・タイプ。それも、滅多にお目にかかれない逸品だった。
クロが空中にウィンドウを展開すると、緑色の美しい銃のホログラムが浮かび上がる。
『HR2:フォレスト・ファントム』
スキン説明:
深い森の緑を基調とし、角度によって鈍い銀色の光沢を放つ洗練された外装。無駄のないフォルムが、荒廃した世界で異様な存在感を放つ。
[パッシブ:静寂の潜伏]
足音、砂埃、吐息……世界への物理干渉を一秒間「無」にする。
【移動速度上昇】
基礎移動速度が約一・一倍に上昇。
「グリーンガン……HR2……」
アッシュがわなわなと震えながら、ホログラムに触れようとして手をすり抜ける。
「ふむ、僕のプレイスタイル向きじゃないね。アッシュにあげられたらいいのに」
「……ううっ……」
クロの無慈悲なまでの幸運に、アッシュは涙目でトボトボと歩き出す。
「スキンって、他の人に渡せないのかな? 店長なら何か知ってるかも!」
アダダの言葉に、アッシュの目に一抹の希望が宿った。
「お前ら! 行くぞォー! 師匠の店へ突撃だぁー!!」
先ほどまでの絶望が嘘のように、アッシュが夜の街を全速力で駆け出す。
「カレー! カレーっ♪」
リズムに乗って追いかけるアダダを見て、クロは思わず吹き出した。
「やれやれ……。僕は、今日はピザパンにしようかな」
◇酒場『ミッシュウ・ラン』
「しーーしょー!! 教えてくれぇーッ!!」
アッシュの相変わらずの爆音挨拶と共に、三人は再び酒場『ミッシュウ・ラン』の扉を潜った。
「うるせぇな! 声のボリュームを考えろ、このバカ弟子が」
店長がカウンターの向こうで顔を顰め、磨いていたグラスを置く。だがその手は、既にアッシュ用の激辛ルーの準備を始めていた。
「あれ! いらっしゃい! 昼も夜も来てくれるなんて嬉しいな!」
ディルーが満面の笑みで迎えてくれる中、アッシュは身を乗り出して店長に事の経緯を捲し立てた。
店長は不機嫌そうに鼻を鳴らしつつも、その解決策を提示した。
「スキンの所有権譲渡か……。不可能じゃねぇが、面倒だぞ」
店長が語った条件は、以下の三つだった。
・訓練所の教官『グロウズ』が立ち会うこと。
「げっ……! グロウズだって!?」
名前を聞いた瞬間、アッシュが露骨に顔をしかめた。
「あの鬼教官かよ! またあの筋肉ダルマに怒鳴られるのか……」
「フッ、安心しろ小僧。今回は初心者講習じゃねえ。『譲渡試験』だ」
店長が意地悪く口角を上げる。
「あの時のような『手加減』は一切ないと思え」
・システム手数料として二十五ダイヤを支払うこと。
・そして、譲渡に相応しい実力があるかを見極める『譲渡試験』をクリアすること。
「上等だぜ……! あの時より強くなった俺を見せてやる!」
アッシュが震えを隠すように鼻息を荒くしてカレーを掻き込む横で、クロは注文したピザパンを手に取った。
クロが一口かじり、ゆっくりとパンを離すと、溶け切った濃厚なチーズがどこまでも長く、糸を引いて伸びていく。
クロはチーズを切らないよう、真剣な眼差しで慎重に首を後ろへ反らしていく。
その様子を、アダダとディルーが肩を寄せ合い、ヒソヒソと話し始めた。
「……ねぇねぇ、でぃーちゃん。見てあのチーズ、まだ切れないよ」
「うん……すごい粘り腰だね。それよりアダダちゃん、見てよクロ君の顔」
「ぷぷっ……あんなに真面目な顔してチーズと戦ってる……可愛い……」
二人は声を殺してクスクスと笑い合う。
まるで小動物を愛でるような、くすぐったい視線。
「……ん?」
視線を感じたクロが首を傾げた拍子に、ようやくチーズがぷつんと切れた。
「二人とも、何か顔に付いてるかい? すごく見られている気がするんだけど……」
「あはは! なんでもないよー!」
「ふふっ、クロ君は食べるのが上手だなって話してただけだよ!」
誤魔化す二人の笑顔に、クロは不思議そうに首を傾げつつ、チーズを口に含んで小声で言う。
「……それにしてもよく伸びるな……」
三人は食事を楽しみながら、翌朝一番で訓練所へ向かう予定を決めた。
激辛カレーの匂いと、ピザパンのチーズ。そして絶えない笑い声。
明日、教官グロウズの厳しい試験が待ち受けていることも忘れ、三人の夜は温かく更けていった。




