第14話:『スパイスの香りと、紅い残像』
結局、その戦場はアッシュの暴走に近い快進撃によって幕を閉じた。
スコアボードの最上段にはアッシュの名が刻まれ、チームは圧勝。
だが、共に戦ったゲルドの胸中にあったのは、勝利の余韻ではなく、正体不明の「畏怖」だった。
再構築を終え、ガレリアの転送ポートへと戻ってきた五人。
静寂を破ったのは、やはりあの男の雄叫びだった。
「っしゃあああ! 見たかッ!? 俺の大活躍をよぉ!!」
拳を突き上げるアッシュ。
その隣で、カルマが冷ややかな視線を向ける。
「ゲルド以上の脳筋ですね、貴方は。少しは静かにできないんですか?」
「ああ!? なんだとこのスカしメガネ! 文句があるなら表へ出やがれ!!」
カルマは深いため息をつき、首を振った。
「アッシュ、ここは……」
クロが苦笑交じりに口を挟もうとすると、アッシュが先回りして手を振る。
「はいはい分かってらぁ! ここは『表』だろ! 言われなくても覚えてるっつーの!」
その様子に、クロも思わず肩の力を抜いて呆れ顔を見せた。
「ふふふ、でも凄かったよアッシュ! 特訓の成果、バッチリ出てたね!」
アダダに褒められ、アッシュはこれ以上ないほどのドヤ顔を決める。
そんな賑やかな空気の中、ゲルドが重苦しく口を開いた。
「おい、小娘……。ちょっと話がある」
その眼光は鋭く、冗談を許さない気迫に満ちていた。
クロは一瞬で空気を察し、アダダの肩にそっと手を置く。
「ここじゃなんだ。僕たちの行きつけへ行かないかい?」
「……チッ、案内しろ」
⸻
一行が辿り着いたのは、路地裏に佇む酒場『ミッシュウ・ラン』。
ドアを開けると、スパイスの香りが一行を包み込んだ。
「あ、いらっしゃい! ――あれ、今日は三人じゃないんだね?」
ディルーが驚きながらも、すぐに笑顔で迎える。
店長もカウンター越しに横目で一行を見たが、何も言わずに無愛想な手つきでカレーの準備を始めた。
「ディルーちゃん、カレー!」
アッシュが威勢よく注文すると、ディルーは心得たように頷く。
「アッシュさんはいつもの激辛ね?」
「おう! さすが、わかってるじゃねぇか!」
いつもの注文を終え、ゲルドとカルマの前にコーヒーが運ばれる。
カップから立ち上る湯気を睨みつけながら、ゲルドが低い声を出した。
「おい、クロと言ったか。お前はこいつの『異変』を感じなかったのか?」
クロはカップを持とうとした手を止め、沈黙した。
「小娘、さっきも聞いたが……お前、何が視えている?」
「え……?」
「バイザーの下だ。お前の瞳の中で、文字がのた打ち回っていた。
片方の目が、真っ赤に染まっていたのを見た。」
ガチャン。
厨房から、硬質な音が響いた。
店長が、磨いていたグラスを取り落としそうになった音だ。
「……店長?」
ディルーが心配そうに声をかけるが、店長は背を向けたまま動かない。
その背中からは、隠しきれない動揺と、傷が開いたような痛々しさが滲み出ていた。
「何が見えてるって言われても……。
ただ、『ここに撃つんだ!』っていう強い感覚があるだけだよ……?」
アダダは心底不思議そうに首を傾げる。
横ではアッシュが
「表ってのはなぁ、外って意味で言ってねぇんだよ!」
とカルマに絡んでいるが、ゲルドの視線は微塵も揺るがない。
「……明らかにお前は何か違う。
それ以外に、何かおかしいと感じたことはなかったのか?」
問い詰められるアダダは、自分がなぜ攻められているのか分からず、困惑の色を深めていく。
「ゲルド」
クロが静かに、けれど強く、ゲルドの言葉を遮った。
「何が聞きたいんだ?
君が何にそんなに――震えているのか、話してくれないか。
君は最初、アダダを『死神』と呼んでいただろう」
ゲルドの眉間がピクリと跳ねた。
「……お前らと初めて会った時だ。
変な消え方をしただろ。この小娘が放った弾丸で倒した瞬間にだ」
「……僕はあの日からずっとアダダと一緒にいるけれど、
あの時以外、そんな現象は一度も見ていないよ」
「だが、さっきの目は明らかにおかしかった。それだけは事実だろう」
場に、カレーの匂いとは不釣り合いな緊張が走る。
そこへディルーが、
「お待たせしました!」
と、ほかほかのカレーを運んできた。
スプーンを置くカチャリという音が、張り詰めた糸を僅かに緩める。
だが、ゲルドの瞳に宿った疑念の火は、まだ消えてはいなかった。
「……本当に、何も感じないのか?」
念を押すようなゲルドの問いに、アダダは答えようとして――一口を噤んだ。
(――あれ?)
スプーンを持つ手が、微かに震えている。
記憶にはない。
自覚もない。
なのに、ゲルドに「紅い瞳」と言われた瞬間、
心臓の奥底で、何かが「ギチリ」と嬉しそうに音を立てた気がした。
湯気の向こうで、誰かが笑っている。
アダダは寒気を振り払うように、
熱いカレーを口へと運んだ。




