第5話 この気持ちの名前
ChatGPTにて執筆
週末の夜、大学の課題をひと段落させた僕は、いつもより少しだけ遅めにBOOK☆RECORDSに入った。バイトの時間に余裕ができたのはいいけれど、なんだか落ち着かない。
扉を開けた瞬間、店内に響く柔らかな笑い声に、思わず足を止めた。
「ちょ、なにそれ! まぢウケるー!」
レジ奥、いつも僕が立っていたスペースに、藤城が楽しそうに身を乗り出して話している。相手は、最近バイトに復帰した伊藤さんだ。
「洋一、いらっしゃい。今日もよろしくな」
店長の声に、思考が現実に引き戻された。返事をしてエプロンを締めながら、藤城と伊藤さんのやり取りに、耳だけが勝手に向かってしまう。
伊藤さんは、僕の高校時代のバドミントン部の先輩だった人だ。明るくて、人懐っこくて、空気を読むよりも自分のテンポで突き進むタイプ。久々に再会してからというもの、ちょくちょく僕にちょっかいを出してくる。
藤城にとっては初対面のはずなのに、距離が近い。そういうところが、彼女らしい。
「ねぇねぇ、藤城ちゃんってさ、絶対モテるでしょ〜」
「そんなことないですよ〜。ていうか、伊藤さんこそ、絶対に彼氏いそう!」
何でもないやり取りなのに、胸のあたりがざわつく。言葉の温度や、視線の方向、それが藤城のものでも、伊藤さんのものでも。
僕はというと、誰にでもあんなふうに話せる自信がない。
忙しくなる時間帯に差し掛かり、それぞれが持ち場に散っていく。藤城は僕とレジを担当することになった。
「ねぇ、村田さん。さっきの伊藤さんとの話、聞いてた?」
「……ああ、うん。少しだけ」
なるべく表情に出さないように答えたつもりだったけど、たぶん顔はちょっとこわばってた。
「もしかして、ヤキモチ?」
「そ、そんなわけないだろ」
僕は慌てて否定した。けど、自分の声がどこかうわずって聞こえる。否定したそばから、誤魔化したい気持ちが溢れてくる。
「そっか。じゃあいいけど〜」
藤城は肩をすくめて、レジに集中し始めた。たぶん、本気で聞いてきたわけじゃない。冗談のひとつだったのかもしれない。でも僕の中には、否定したはずの感情が、まだ残っていた。
このモヤモヤは、なんなんだろう。
――きっと、僕はまだ、自分の気持ちにちゃんと名前をつけられずにいる。
仕事が終わった帰り道、駅までの短い道のりをふたりで歩く。街灯に照らされたアスファルトの上、ふたりの影が並ぶ。
「伊藤さん、面白い人だな」
ぽつりと僕が言うと、藤城はくすっと笑った。
「うん、なんかすごい距離感ですよね。初対面の人でもガンガン来るタイプ」
「……それが苦手な人もいるだろうな」
「そうですね。村田先輩、そういうの、ちょっと苦手そう」
「……うん」
正直に頷くと、藤城が少し驚いたようにこちらを見た。
「でもさ、私は嫌いじゃないですよ。ああいう人」
そう言われて、また少し胸がざわついた。
「……そっか」
僕は、無意識に少しだけ歩幅を狭めていた。
目の前を歩く彼女に、手が届きそうで、でも届かない。
僕の中で、何かが少しずつ変わり始めていた。