社長秘書となった地味な事務員のジーコの、とある休日の嘆きのぼやき
グゥエ〜〜〜グゥエ〜〜♪
不気味な鳴き声の発信音で目が醒めた。人っぽい何かの首を少しだけ気道を確保し歌わせたような響き。最悪の寝起きだ。
メッセージの相手は社長のマヤだ。金星人を自称する、少々痛い性格だが美しい金髪の女性。私のスマホを勝手に改造した挙げ句、この気味の悪い音楽を私スマホの着信にしやがったのだ。
どんな嫌がらせだと言いたい。変更し直しても勝手に戻るので諦めた。一応マヤの言い分もある。この気持ち悪い発信音は、鮫が嫌がる音らしい。
金魚人にとって鮫人は凶暴で厄介な存在なんだとか。そりゃ海に行けば鮫の一匹や二匹いなくもない。しかし⋯⋯日常生活において、陸上で鮫と出くわす可能性は皆無だ。それに海中に落ちた時点でスマホも水没⋯⋯使えないよね。あと、私は鮫より鯱の方が怖いよ。
そんな頭の良いのにアホな発明家でもあるビール会社の社長がマヤなわけだ。彼女に雇われたのが私⋯⋯事務員のジーコこと、白幡 由紀子。ぼやき能力をはじめ、しょうもない能力の持ち主だ。
きっかけは居酒屋で、マヤの会社で発明された金魚ビールを飲んで美味い⋯⋯そう口にした時だ。
当時の私は上司と付き合っていた男の罠にハマり、会社を辞める事になった。会社ぐるみのハニトラに見事引っかかり自分から会社を辞めてしまった。
しがない事務員の私を拾うついでに、復讐のお膳立てをしてくれたのがマヤたちだった、
私は地味な事務員だからジーコと呼ばれた。適当過ぎる渾名。ただ神様にあやかりつけた面もあり複雑だな気持ちだよ。神様って言ってもサッカーだし。本当に今更なのだけど⋯⋯サッカーの神様なんて、金星人の癖になんで知ってるんだよ。
マヤには恩義はある。でもこの自称金星人は常識がおかしい。それにマグロの木をホタテの貝柱にしたり、うなぎに腹筋をつけようとしたりと、アホな発明に付き合っている。四六時中一緒にいると頭がおかしくなりそうだが、雇われたのは秘書としてだったので逃げられない。
とりあえず不快な発信音をオフにした。また勝手に復帰するが、しばらく平穏になる。せっかくの休みだと言うのに社長に構っていられない。
私は布団から出てトイレに行き、排泄と寝ている間に失われた水分を補給すべくミネラルウォーターを口にする。
ぷはーーー、災害用に常置されている、ぬるいペットボトルの水。ただの水がカラカラの萎びた身体に潤いを与えてくれるわ。
昨晩は親友と、はしゃいで飲み過ぎた。浴びるようにお酒を飲んだせいか、心なし声も枯れてた。部屋も匂いが香しい気がする。帰宅後、私は上着を脱いでTシャツと下着だけになり、ろくに歯も磨かず寝てしまったのよね⋯⋯。
不快なのは着信のせいもあったが、雑な寝方をしたせいもあった。社会人失格だよ。ちゃんとしないと、ズボラ街道一直線なのはわかってる。
わかっていても今日は休み。それに頭が割れるように痛いの。あと⋯⋯アホ社長からのメッセージが、バカみたいに届き続けてムカつくの。ビール会社の社長なら、鮫より二日酔いに効果ある物を作れって思うのよ。
音量をオフにしたくらいでは駄目だった。休みの日くらい静かに過ごしたい。私はデジタルデトックスとばかり、スマホの電源をオフにした。今日はとにかく寝るに限る──そう決めた。休日に、おめかしして会うような素敵な異性なんていやしない。いればこんなざまになっていやしないっての。仕事がオフなら女としてもオフにしてやる。
────プップップップップーーーッ
快適二度寝ライフに入ろうとした私は、電源オフにしたスマホの発信音に破られた。勝手に動いて起動しているよスマホ。こいつ動くぞ、だよ。
「おはようジーコ。連絡を百回無視すると、緊急アラートが発動するんだよ、エヘッ」
プップップッとうるさい機械音に混じってマヤのホログラムが浮かび何か喋りだした。テンションの高さにイラッとする。私のスマホ⋯⋯無駄に高い技術が仕込まれていたよ。
「あと40秒後に、ジーコの所へ来客が訪れます」
来客あるのに、支度時間40秒。どこかの空賊かよっ、そう叫びたくなった。酒浸りじゃないよ。
マヤからのメッセージの乱打は全部「起きて、ジーコ。朝だよ」 しかない。誰か来るならメッセージに書いておけって。見ないけど。
私のしょうもない能力では、来客に対しての準備時間が圧倒的に足りない。いや時間があろうとも、今日は人に会う気にはならない理由もあった。
「────能力発動!」
安アパートの狭い玄関に向かい、鍵の確認をした。しっかり施錠されている。たとえ酔っ払っていても、鍵はしっかり掛ける能力が私に備わっていて良かったよ。
私は内鍵とドアノブが回らないように養生テープで補強した。40秒で出来る事など限られている。そう──居留守籠城作戦だ。今日はオフ。実社会との関わりを絶ってのんびり籠ると決めた。身支度出来ないなら拒絶するまで。花の独身生活はこのため──ではないが、見せたくないものは見せないのだ。来客? そんなの知らん。
きっちり40秒でチャイムが鳴った。無駄に時間が正確過ぎだろマヤめ。私の心のぼやきを聞いていたのか行動を読んだのか⋯⋯ドアノブがガチャガチャしつこく回される。ホラーかよ、いや事案だな。超怖い。通報案件だよね、コレ。
二つの鍵とドアチェーン。厳重に守られた私の安アパート砦の扉は、あっさりと破られた。来訪がわりの合図にガチャガチャしなくても、解錠自体は簡単だったようね。まずチャイム鳴らせよって思う。本物の念動能力を前に、ぼやくだけの私の能力と、鍵も養生テープも無力だったよ⋯⋯。
「ジーコくん、マヤから連絡させたはずなんだが」
連絡は来た。ただし何の役にも立たない内容だった。あの社長、起きろーーしか伝えてないし。
私の暮らすアパートにやって来たのは、頭のおかしい社長のさらに上の立場の女性────つまり会長がやって来た。彼女の名は真守 葉摘。国内有数の大企業の令嬢で現会長だ。マヤのビール会社は彼女の出資で成り立っている。
だから、この人はかなり忙しいはず。それに地方の支社の部下の部下のアパートへ、ふらりとやって来て姿を見せてよい立場の人ではない。あと、侵入の仕方は犯罪だ。
「休日の朝っぱらから、部下の部下のアパートに強制不法侵入とか、大企業の会長として、どうかと思いますが」
葉摘会長が顔を顰めた。私の口撃能力の高さに怯んだようだ。もっとも口撃能力の高さは言葉だけじゃない。歯を磨いてないのと、昨日食べたニンニクたっぷりの餃子臭が酷いだけだ。私は悪くない。人間止めてる所に、乱入して来た会長が悪いんだ。
「ゴボッ⋯⋯女の子として、その酷い匂いを世に広めないようにするのは正しいね。ちなみに能力での解錠は、証拠がない。法では裁けないよ」
──チッ、これだから本物の能力を使えるヤツは嫌なんだよ。ガチャガチャ鳴らしたのも、ドアノブにまったく触れずにやったようだ。鍵もテープも触れる事なく解錠され、綺麗に剥がされていた。
残った証拠は私のスマホにある、マヤからの連絡。来訪予定があるので、乱入したのに罪に問えない。
「恩義ある相手を会いたくないからというだけで、罪に落とそうとする君の思考の方が恐ろしいと思うよ。上司の上司に舌打ちする根性もね。まず歯を磨き、シャワーも浴びたまえ」
⋯⋯拒絶したのに怒られたよ。部屋に籠る異臭は私から発していたのはわかっていた。腐った甲殻類の出す臭いよりはマシでしょ。マヤもさ、発明するならそういうの何とかしようよ。
立場の偉さはともかく、年下の女性に世話焼きをされるのは情けない。勝手に押しかけて来る方が悪いにしても。あとアパートの狭い一室だけに、相当臭いが籠もっている。酒に超強い親友は、帰った後にお風呂で晩酌を楽しみ、歯もしっかり磨いて今頃は爆睡しているのだろうな。
私がシャワーを浴びている間、葉摘会長は部屋中の換気をして回った。文明の利器ファブリーズよりも便利なサイキッカーだよ。発明家マヤ涙目な能力だよ。大企業の会長のやる仕事じゃないのは確かだよ。急須とお茶っ葉を見つけ、お茶まで淹れていた。初めて来たんだよね。
来訪目的についても、疑問がある。何で支社の社長ではなく、その秘書の安アパートに来てんだろう⋯⋯この人。そして空気洗浄という雑用を楽しそうにしてるのだろうか。
「それは呼びつけても、君は絶対に来ないからだ。それに君の臭いの酷さがあんまりで、目が辛いのだよ」
確かに染みるよ。目と壁と女心に。そこだけは感謝しますよ、葉摘会長さま。私の分のお茶もありがとうございます。
「⋯⋯本社なんてわざわざ行くわけないですよ。遠いし。それに⋯⋯彼氏とのクソくだらない発展も進展もしないノロケ話を、エンドレスに聞かされるだけですから。そんな話はマグロの置物のまぁちゃんにでも話して下さいよ」
他人の恋バナには興味あるものだが、それは良きにしろ悪きにしろ関係性の変化があってこそだ。ずっと彼がどうしたこうしたの話ばかりで、婚約するとか結婚する事もない。リアクションなんか何もない、破局もしない日常なんて、うざいだけだって。
「それはそうなのだが⋯⋯会長本人の前ではっきりと、わたしとの世間話を拒否すると、口にするのは君くらいだよ」
大企業の会長ともなれば、撒き餌なんかしなくても勝手に人が寄ってくる。もちろん痛い無駄な恋バナなんか聞きたいわけではなくて、顔を覚えてもらって出世したい⋯⋯玉の輿を狙いたい輩ばかりだ。
彼ら彼女らは、私とは違う意味でノロケ話なんか聞きたくない人達。心を読める、心理を読んだり感じるテレパシーやマインドリーディングと違い、葉摘会長の能力は悟り⋯⋯妖怪女なので、そんな彼らの気持ちを全て見透かしている。人の心に勝手にズカズカ入れるのに、見えない知らないフリをする腹黒い女が本性なのだ。
「つまり⋯⋯心の声がダダ漏れなのを承知で、君はわたしをディスっているわけだね。いや⋯⋯声に出してるが」
満面の笑顔が超怖い。この人はこの表情でドアを開けたね。ただのヤベーやつじゃん。でも──それは怒りではなくて、私の遠慮のなさに対する妙な信頼になっているらしい。ぼやいて信頼とか意味わからん。偉い立場の人間なんて、世間からズレていて当たり前の変人だからね。
「それで? 休日の朝っぱらからわざわざ地方に何をしに来たんですか」
まだ臭いがキツイのか、玄関に置かれたリアルファブリーズで顔にワンプッシュされた。大佐のように、目がぁ〜目がぁ⋯⋯ってやりたかったのに、そこは超能力者。目には飛ばない優しい配慮がされていた。でもファブのプッシュ液が、しっかり口に入ってお茶よりも苦かったよ。
「君は酔っ払って、約束を忘れたのかね」
約束? そんな話はしてないと思う。リモートでもしてないよね。
「デートで着ていくのならば、一般的な服を選べって言ったのは君だろう」
いつの話をしているんだ、この人は。超能力の使い過ぎで時空歪んでるんじゃないの⋯⋯そう思っていたら、マヤの連打メッセージの前に、葉摘会長から直接メッセージがあったよ。親友と愚痴話で盛り上がっている時に、ウザくて適当に返して忘れていたよ⋯⋯テヘッ。うおぉぉ〜〜〜目がぁぁぁ!
「それは確かにメッセージで言いましたが、超どうでも⋯⋯どんな服を選ぼうとも、私には関係ないじゃないですか」
「放った言葉には責任を持ちたまえよ。あと本音はせめて心に浮かべるだけにしたまえ。わたしが一人で、彼の好む服をえらべるはずがなかろう」
むぅ、面倒臭い。肝心の時に使えない超能力者め。どういう服が好みか相手の心を読んで、通販でも外商でも使って端から端まで用意すればいいのにお嬢なんだから。私は社長秘書と言った所で、しがない一社員の、地味な事務子だった女だよ。しがないOLに、大企業の会長に合う服なんか選べるかっての。
「泣くぞ。喚くぞ。君の恥ずかしいフラれ方した話を傘下の社報に載せ続けるぞ」
「うぇ、面倒くさっ。子供か。それは立派な脅迫とハラスメントになるでしょうが。駅前ビルに入ってるブランドショップに、彼の好きそうな服が売ってますから、全部買い占めてくればいいですよ」
──金に物を言わせて買い漁って、地域の売り上げに貢献して下さいね。
「ひ、一人で服を買いに行けるはずがないから君の所へ来たんじゃないか。察したまえよ」
選ぶ以前の問題かいっ。そんな察してたまるか。休日まで会長のおもりなんかやってられない。きっちり週休二日制で大給貰えるホワイト企業なんだから、腐るほど暇な社員はいるでしょうに。今日は完全にオフ。完オフ日だ。流石にニンニク臭いのが部屋に染み付くと後で困るから、来訪して激臭除去してくれた事には感謝するよ。社内に私の噂が流れようが、面倒は避けるのが信条。たった今決めたよ。
「その捻くれた性分から未来がどうなるのか。予知能力で言い当ててやっても駄目かね」
グッ⋯⋯、なんて精神的に嫌な能力を無駄遣いするんだ、この人。未来なんて真っ暗に決まっている。でも、予知で正確に語られてダメージなしでいられるはずがないじゃないのよ。
「⋯⋯わかりました。そこまで言うのなら、休日手当三倍マシで付き合いますよ」
友達としてではなく仕事人として付き合ってやる⋯⋯そう言うと葉摘会長が悄然とした。この権力ぼっちな女の子はまともな友達いないから、友情ごっこに憧れているんだよね。
「ハァ〜──冗談ですよ。でもタダじゃないですよ。後で奢って下さい」
「君の場合は冗談じゃなくて、本気でわたしを切ろうとするから怖いんだよ」
やっぱサトリか。失言し過ぎてクビになってもいい覚悟がないと、超人の葉摘会長や、変人のマヤとはやっていけない。私は普通の地味な事務員だ。武道の心得のある親友の桜子と違い、秀でた能力は、ボヤを起こす事も消す事も出来ない、ぼやきだけなんだからさ。
「ウッフフーンフン♪」
少しだけ気持ち悪い鼻声で、ご機嫌にスキップするように歩く葉摘会長。私の住む安アパートから駅前ビルまで徒歩十分程度。並んで歩けるくらいの歩道が整備されていて、冬の大雪時には、町中に温泉のお湯を通して融雪する仕組みになっている。
昔は駅にビルなんてなかったんだよ。雪の降る季節にほんの少し観光客がやって来て、雪山の雪景色をカメラに収めていく。風情はあっても、ありふれた自然の景色が広がるばかりの町だった。
ビール会社を始め、産業の町として都市化が加速したのは、気味悪い鼻歌を歌うこの葉摘会長と、金星人の姫を名乗るマヤのおかげ。
金星人の謎の生金技術に、大企業の有無を言わさぬパワーのせいで、急速に町は発展した。一大産業地帯の割に自然が豊かなままなのも、彼女達のこだわりのおかげだから、地本民も感謝している。底意地が悪いメディアにより風情がなくなったと嘆く声が、見知らぬ人達からあがる。でも実際は、雪かき作業の割合が減り、暮らしやすくなって大喜びの住人が大半なのだ。
「それでさ、一緒に買い物を喜ぶ理由が、ぼっちで残念な会長。暖かくなって来たとはいえ、山の風は冷えますから、上着は羽織って下さいよ」
恥ずかしいので大人しく歩け。私の言葉にダメージ受けていたけど、事実を告げただけ。待たせているリムジンを使えばさっさと用事済ませて早く帰れるのに。
葉摘会長はスラッとしたモデル体型の美人。都市化してきたとはいっても、地方の田舎町では当然目立つ。まあ、町の人間にはマヤの同郷人も多い。だから気にしないだろうけどね。それよりもあいつらやたらと記憶力に長けていて、葉摘会長を見ると金魚ビール片手に寄ってくる。そして皆群がって楽しそうに絡んで来るのが果てしなくウザいのよ。
歩きタバコ同様、歩き金魚ビールも禁止にしてほしい。鯉に餌をやる時にワラワラ集まって来るように、葉摘会長が歩いているだけで金魚人が集まってくるから。根はいい人達なんだよ。
ちなみに金魚ビールが美味いのは、心や身体に傷がある時と、温泉たまごが一緒に食べられる時だ。金星人デモ金魚人でもない私には、昼の素の金ビーはハードル高いんだよ。花金の夜にしてよね。
グゥエ〜〜〜グゥエ〜〜♪
グゥエ〜〜〜グゥエ〜〜♪
またマヤからメッセージが入る。この着信音、あっちが選んでないか? 鮫よけの発信音にビクッと金魚人達が反応し、慌てて逃げ出した。鮫ってか、魚が嫌いな音なの?
「ジーコ、大変だよ! 会長を狙って火星人の過激派がそっちに行った!」
────これだよ。マヤのわけわからんメッセージはいつもの事だとして⋯⋯会長といるとトラブルが尽きない。ただの散歩が3分歩くのも難しい。大企業のトップがお付きの護衛もなしにノコノコ田舎町を歩いていれば、敵が狙いたくなる気持ちは当然生じる。このまだ平和なご時世、殺意顕な敵がたくさんいるのもどうかしてる。
ライバル企業に依頼された暗殺部隊、葉摘会長を亡き者にしたい身内。最近は某軍事国家のスパイが白昼堂々と襲撃を企てる。
たった徒歩十分の道のりでドンパチに巻き込まれる、可哀想な地味な事務員が私だ。ホント勘弁してほしい。
「振る舞い酒を、楽しんで飲んでいる場合ではないようだね」
ハラハラする私の心配をよそに、葉摘会長は目を輝かせている。楽しみでキラキラさせているのではなく、敵集団の動きを感知して輝いて見える。この最終兵器のような女に喧嘩を売るアホが絶えないせいで、モブな私の胃がキリキリと痛むんだよ。
襲撃班、狙撃班、観察班、組織だって動く相手の人数を全て葉摘会長の目は捉えている。隠れても無駄だ。熱源反応や透視能力と思考を読む能力で、潜む人間の動きは丸見えだ。金星人のマヤより、この日本生まれのサイキッカーの方がヤバい。
襲撃を企んだ組織はあっさりと壊滅した。群がっていた金魚人たちが、後始末に向かった。あいつら口をパクパクさせて泳ぐ金魚と違い、ニコニコしながら平然とやるんだよ。平和の陰に金魚人あり⋯⋯ホントにどうかしているよ。
私と葉摘会長は、手を汚す事なく済んだ。結局駅前ビルで葉摘会長の衣服を適当に見繕い、何着か購入する。さっさと帰りたいのに会長がうるさいので、マヤの会社が経営する居酒屋に入り、ひとまず金魚ビール以外のお酒で喉を湿らせた。金魚の名前から、裏で起きていたであろう暗闘など、想像したくないからね。
「まったく⋯⋯親友と一緒に仲良くお買い物プランが台無しだ」
妨害された覚えはないのだけど、能力を使って排除せざるを得なかったのが、会長にとっては邪魔されたと同義らしい。
「そう思うなら、あんな目立つ装甲車みたいなリムジンで来ないで下さいよ」
自業自得と言いたいよ。ゲームに出てくる令嬢にいたよね、そういうキャラ。ゲームキャラと違って、葉摘会長は黒いGを相手にするように、容赦なくぶち壊しぶち殺す。反撃の機会はない。油断すると飛ぶし。いま飛んでいたのは見たくない何かの塊だったはずだ。
「あれはじいやがうるさく勧めるから仕方ないんだよ。わたしだって電車旅したいのに」
「じいやっていたんだ。一般人に迷惑かけるので、公共機関は避けて正解ですよ」
何より能力で瞬間移動出来るのに、移動手段に車すら必要ない。何で私はこんな化け物より危険な生き物に、親友認定されてるんだろうか。
「そういう表現は、わたしが傷つくと知っていながら⋯⋯君はあえてぼやくからだね。さっきも言ったが、わたしに向かってそんな度胸あるものは君くらいだよ」
本当に⋯⋯心の底から嫌悪感や恐怖感がないのがバレているので、何を言ってもこの人は好意的に、肯定的に受け止めてしまう。さすがぼっちな令嬢。
人の心が読めたらどんなにに楽か⋯⋯そう思う事はあるけれど、ガラス張りの心の窓を常に覗いてしまうと、私のぼやきは叫びに変わり悶え苦しんで死んでしまいそうだ。
「同情してくれるのなら、もう少しわたしを労い、飲み会にも誘ってくれたまえ」
「同情? そんなものしてないですよ。私だったら狂い死ぬだろうなって思っただけで、あれば便利じゃないですか」
「君というやつは⋯⋯」
葉摘会長、なんか勝手にがっくりしたよ。ぼやく能力しかない私の方こそ同情してもらいたい⋯⋯世の中の人は、能力あるなし関係なく、みんな可哀想な自分を慰めてほしいと思うもの。能力があるせいで苦しかろうと、恵まれた立場の人間に、同情している余裕なんてないのだから。
「⋯⋯⋯⋯」
私の本心を知り、葉摘会長の言葉が止まる。嘘偽りのない気持ちだから、嫌われても仕方ない。その気になれば私はぼやく暇もなく消し炭になるだろう。
⋯⋯⋯⋯。
「由紀子君。君は⋯⋯最高だね」
駄目だ。会長もマヤと同類で頭がおかしい。職を失う事になってもいいから、ドロッドロに薄汚れた負の感情、嫌な本心を思い切りぶつけたのに────何故か喜ぶの。なんで? マヤ以上に会長ってアホなの?
「それだよ、それ。嘘偽りなく君はぼやくだろう。普通はね、隠すんだよ」
いや、普通は隠すよ。私だって隠す。隠せない相手だから晒すしかないじゃない。ぶちまけるしかない。
「それでも取り繕うものなんだよ、普通はね。感情すら読める⋯⋯わたしにだけ今までの生き方を隠して、普段の自分の心の働きを出さないようにするのは無理なのさ」
素は隠せないってやつだ。なんだか急に恥ずかしくなった。アホは私だ。自分では、ぼやき⋯⋯捻くれもののつもりでいた。しかし、心を読める会長からすれば、素直に心をさらけ出す間抜けにしか映らないのだ。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ⋯⋯」
「その年齢で生き方を変えるのは無理だ。諦めたまえ」
嫌ってもらい、あわよくば二度と会わずに済むように、地方の支社にでも飛ばしてもらいたかったのに。能力関係なく、ちゃんとこの人は、人間性を見ているよ。
マヤの会社に誘った桜子には申し訳ないけど、私は頭のどうかしている連中達の中で生きるのに疲れたのよ。平穏な日常が過ごしたいの。某国との暗闘とか火星人の侵略話とかお腹いっぱいなの。
「平穏な日常も諦めたまえ。あちらにはもう、君に関するリストは届いているはず」
「ですよねぇ⋯⋯最近物音が酷いのって、あいつらと金魚人たちのバレバレの見回りのせいだよね」
厳重に鍵をしても簡単に破られるにしても、私の中の緊張が解ける。
「身辺警護の意味でもマヤには桜子君が、わたしには君がついていてほしい」
葉摘会長の来訪の本当の用件は、私だった。サイキッカーって、本当にムカつく。しおらしくしてみせたのも演技半分、からかい半分なのだから。
ベシッ!
避けたら絶交と念押しして、葉摘会長の鼻にデコピンしてやったよ。デコじゃないから鼻ピンか。私の能力がぼやきだけじゃない事が証明され、会長はフガフガしながら涙目になった。いっそ鼻がもげて奇妙な鼻歌を聴かずにすめば良い。
「承諾と受け止めていいのだね」
「聞くまででもないでしょう」
本当に性格が悪いスカウトだ。回りくどい。人間関係の構築が苦手なのは、ぼっちなことより絶対に性悪のせいだよね。
これで私は社長秘書兼、臨時で会長補佐役に抜擢された。仕事の内容? そんなものはない。彼女の暇つぶしにアホみたいに踊るだけ。それでお給料が貰える簡単な仕事。
でも私にしか務まらない。この底意地が悪いひねくれて、ねじくれた生き物に友達がいないのは確かだからだ。
「本当に面倒臭い。桜子は素直な娘だから正直に当たって下さいよ?」
「わかってるさ。わかっていても避けられない蹴りをわたしも喰らいたくはないのだよ」
立場の線引は忘れない。それ以外は親友として付き合って行くしかない。でないと気の許せる友達をつくるためだけに、国一つ平気で滅ぼしかねないからね。
◇
葉摘会長は今度から親友として、葉摘と名前で呼ぶように、おどおど恥じらいながら捨て台詞を吐くように言って逃げた。本当に何しに来たんだ、あの可愛いらしい生き物は。
◇
────トラックに刎ねられてまで異世界にいかなくても、能力というものはこの世界にもある。神様はちゃんと見ていて、私達に、いくつかの才能をくれているものだ。
私に与えられた能力は────平日の毎朝八時八分にやって来る通勤特急の、前から三車両目の左入り口の列から乗れば、端っこの席に座れる能力らしい。
しかし、今朝は事情が違った。休日にやって来た会長と飲んだ時に、またもニンニク最強マシマシの餃子を食べてしまったせいで、激臭だ。マスクをしていても、通勤ラッシュで集まる人だかりが道を譲ってくれるからだ。
いつも通りの電車。能力がなくても乗客みんなが優しく道を開け、会長の魂が乗り移ったかのように、席が空く。周りから人が遠ざかるので、久しぶりに快適な通勤時間を堪能出来た。
「ちょっと由紀子。その強烈な臭いは会社員としても女としても、どうかと思うよ」
「大変、ジーコが腐った! 発明チームに臭い消しの開発急がせる!」
出勤して開口一番に、社長のマヤと親友の桜子に香を焚かれ、消臭スプレーを噴射されまくってビショ濡れになった。昨日⋯⋯口に何度かファブられたのに消臭効果はなかったようだ。
さっぱりした地味な顔だから、とてもビジョがビショ濡れなんて図々しい事はいえない。
「バカな事ぼやいてないで、試作部屋でリフレッシュガム噛んで来なよ」
露骨に嫌そうな顔で親友にファブを撒かれながら、隔離部屋に追いやられた。親友の桜子は、同じものを私の三倍以上食べたのに、臭いがしないのは身体のつくりが違うからか。主に胸を押さえながら、人生の理不尽さについて考える。単純に昨日食べたせいに決まっているが、認めたくない私がいる。
地味な事務員のジーコと呼ばれていた時代が懐かしい。あの頃は隔離されるまでもなく、空気になって消えていたものだ。
でも⋯⋯臭い感情と匂いを上司の上司に吐き出し、素っ気ない態度を親友に取られても、現在が楽しい。
あぁっっ、でも私が悪かったから、黒いアイツと同列に扱うのはやめてぇぇぇ────。
さらに後日⋯⋯会長──葉摘からどこに着ていくんだよって言いたいくらいの、ハイブランドの派手なドレスが届いた。この間の御礼らしい。私が選んだ好みの服が、意中の彼の気を引いたんだと────地味な私に見立てさせて正解だった⋯⋯ってさ。ハイブランドのドレスを引きちぎってやりたかったよ。意外と衣装の入った箱からして頑丈で私の力では為す術がなかった。
利用の仕方に腹が立つけど、上手く行ったんならいいよ。でもね⋯⋯葉摘の事だから、なんだかんだトラブルを引き起こして待望のデートは逃すに決まってる。
もの凄く腹黒くて頭がいいのに、葉摘は忘れているわね。私たちはマヤのおかげか金運はとても良いのだけれど、恋愛に関しては⋯⋯マヤを含めて、とんでもない不運の持ち主の集まりだって事をね。置き場に困るドレスの入った箱に誓ってぼやいてやるよ⋯⋯トラブれとね。
効果覿面⋯⋯葉摘会長の意中の彼は身内に起きたトラブルの関係で、デートに行く事が出来なくなった。能力があろうと、あの人は詰めが甘い。私たちの不運を幸運へと転じる巫女さんでも引き入れて仲間にしない限り、永遠に負のループから抜け出せない気がしたよ。
噂をすれば何とやらだ。ほんの少し上手く行きかけた事を自慢しに、葉摘が次の手段を講じにやって来た。暇なの会長って。失敗を失敗と認めないポジティブさは、ぼっちな彼女の取り柄だよね。酔っ払いと同じで、無駄に同じ話を繰り返すので出来れば耳栓の開発も頼むねマヤ。
今度はどんな厄介事を持って来たのか、臨時秘書としては大人しくしていてほしいと願うばかりだよ────
お読みいただきありがとうございます。
冒頭の発信音は、ひっくり返すとエッグ的な発音⋯⋯たまご祭りに間に合わなかった作品だった名残りです。
酒祭りといいつつ、酒を酌み交わす場面をカットしているのに、無駄に話しが長くなりました。