peace3 ~ 魂の色 ~
魂は輪廻する。
人間、動物、昆虫、ありとあらゆる生命には運命が宿り、魂が誕生する。
「そもそも魂と言うのは此の世に存在した瞬間に誕生するものではなく、自分という存在を意識した時に現れる概念さ」
俺の眼を教えてくれた近所に住む女性が語った言葉だ。
つまり、命を宿る生命体に生きる運命と言う最初っから存在する使命とは違い、魂とは自身の存在を認識する事で形成される物らしい。
料理をするには材料が必要なように。
夢を叶える為に知識を得るように。
魂にも誕生するキッカケが無ければならない。
「よっ! おはようさん北条! ・・・って、相変わらず目つき悪いな」
「・・斎藤。 目つきが悪いのは生まれつきだ」
朝の通学で電車の利用が多い中、背後から気配無く飛び乗ってきた同級生を睨みつける。
彼の名前は斎藤光輝。
俺と同じ都立高校に通う1年の同級生だ。
先月から高校生になったばかりだと言うのに制服は着崩して、両耳にはピアスを開けている。
「昨日のアニメ見た? オレまじで感動して涙止まらなかったんだが?」
そしてチャラい見た目の割にガチのアニメオタクである。
「あぁ、なんだっけ。 お前が進めてくれたアニメだよな? 確か異世界ものだったか?」
「そうそうッ! 交通事故で命を落とした主人公が異世界に転生して過酷な運命を背負うヒロインを助ける物語なんだけどな! 昨日は―――――ッ」
ここからはオタク特有の長い話になるので、俺は片耳半分で聞き流す。
実際、斎藤から嫌と言うほど進められて俺も見たアニメだから多少聞き流しても会話が途切れる事はない。
『電車が参ります。 黄色い線より後ろに御下がりください』
ホームには電車が到着するアナウンスが流れ、周囲の人達は自然と到着した電車に乗る準備をする。
斎藤も未だにアニメの話を熱く語っているが、満員でも邪魔にならないように背負ったバックを前に抱え込む。
そんな誰もが到着する電車を待っている中で1人、明らかに周囲とは違う動きをしている人がいた。
服装はサラリーマンのようなスーツ姿で、歳は20~30くらいの男性だ。
少し遠くから電車がホームに近づいてきているのが視認出来た当たりから、男性は何故か電車入り口となる立ち位置ではなく、ホームを端あたりまでゆっくりと歩んでいく。
「それでそのヒロインが・・・って、オイ北条ッ?! どこ行くんだよッ!!」
電車はすでにホームまで数秒で到着するほど近づい来る中でも、男性はゆっくりと歩む足を止める様子がない。
ホームの黄色い線より前に男性が足を踏み入れた所で、近くにいた人も男性の異常に気が付いた。
しかし
それに気が付いた時には、電車はホームに到着する寸前。
男性を止めようとしても絶対に間に合わない。
迫ってくる電車の前に男性が足を踏み入れ――ようとした瞬間、男性は急に体を浮かせて背後に吹き飛んだ。
それは電車と接触した勢いのせいではなく、誰よりも先に男性の元へ駆けつけていた北条が男性を投げ飛ばしたせいだからだった。
「~~~ッ!! クソォォォォッ!! 死なせてくれぇぇぇええッ! 会社に行きたくねぇんだよッ!!」
男性は人間関係や仕事のストレスにより精神を削られ、今まさに自殺を図ろうとしていたのだ。
泣き暴れる男性を近くの人達がなだめながら抑え込み、男性は駆け付けた職員によって連れていかれた。
「はぁ~、電車で自殺しようなんて本当にあるんだな。 ま、大の大人があれだけ人前で泣きわめくほど人生が嫌になったんだ。 自殺の仕方さえ選ぶ事もできなくなるか」
斎藤は職員に連れていかれた男性の背中を眺めながら、何処か寂しそうな表情を浮かべていた。
「それよりも北条。 お前よくあの自殺しようとした人の事に気が付いたな」
「まぁ・・雰囲気で」
「マジで? こんだけ大人数いる中でホームの端にいる人の雰囲気が分かったのか? まず見えなくね?」
斎藤の言う通り、北条と斎藤が待っていた場所はホームの端から離れた真ん中当たりの場所だ。
なんとなく人の服装くらいなら見える距離ではあるが、それでも通学時の人の多さでほとんどの人など認識する事は難しい。
「なんとなくだよ」
肩をすくめながら話を終える北条だったが、彼は嘘をついている。
何故なら、北条も男性の雰囲気など見えていない。
そもそも男性を認識したわけではない。
(あぁ・・朝から面倒くさいものを見た)
さっきの騒ぎで出発が遅れていた電車に乗り込むが、すでに多くの人達に座席をとられていた為、ギリギリ開いていた人の空間に身体を入れ込み、目を瞑る。
(全く、この現状にだけはいつまで経ってもなれないな)
北条が男性の自殺を止められた理由。
それは、北条の眼に見える景色には他の人とは違う景色が映り込むからだ。
霊感のある霊能者が幽霊を見る様に。
未来を視る能力者が未来の映像を見る様に。
北条の眼には、生命の魂が見えるのだ。
一般的に人生を生きている人達の魂は、個人差があれど大概は蒼く太陽のような光が見える。
しかし、先ほどの男性のように 死 という現象が起こりそうな魂には黒い煙のような物が魂から湧き上がってくる。
北条はホームの真ん中で、まるで火事のように沸きあがる黒い煙が溢れ出ている事を認識した事で駆け付けた結果、男性の自殺を未然に防ぐ事に成功したのだ。
(最近はそれだけじゃなく、関わってはいけないナニかにまで目を付けられてるのに)
「俺、無事に人生を生きていけるのかな」
「え? 何? 何か言った北条?」
動き出した電車に揺られながら、今も満員電車の圧に潰されそうになる2人だった。
『ふっふっふっふっ! ようやく見つけたぞ』
走り去っていく電車の反対側ホーム。
その人混みに紛れ、とある人物が仁王立ちで北条を見ていた。