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第08話 再開

 どこか浮足立った足取りで、俺は四季公園までやって来た。北入口の前で一度立ち止まる。


 やっべぇ。めっちゃ緊張する……。


 告白することには慣れている。小四のときから毎日告白し続けているせいだ。しかし、告白されるという経験はこれまでに一度もない。


 告白をするのは勇気がいることだとよく言うけれど、反対に告白を受ける側もそれ相応の覚悟が必要だ――そのことを、俺は今初めて知った。


 ……碧も、こんな気持ち……ではないか。


 碧は恋愛感情がわからない。だから、告白を受けるにしても特に何も感じてはいないだろう。


 今の俺のようなドキドキも、膝が踊りだしそうになる感覚も、青春の甘酸っぱい味と香りも。


「行くか……」


 第一、まだ告白と決まったわけではない。いやまぁ、あの文面からするとそうである可能性だが高いが、それも実際に誰が俺を呼び出して、何を伝えてくるのかを聞くまでは確定しない。


 俺は北入口を跨いだ。


 すると、どこか懐かしい感じがして少し口角が上がった。それは、梅雨の香りと共に思い起こされる記憶。


 捨てられた白猫を見捨てられず傍で座り込んでいた少女。真っ先に目に飛び込んだのは赤色の傘。


 その下から覗いたのは、小麦色の髪――そう、まさに今俺がふと視線を向けた先に立っている少女のような…………


「……えっ?」


 懐かしい。今にも雨の音が聞こえてきそうだ。


 一つの段ボール箱が置かれていたその木。赤い傘が一輪咲いていたその根元。


 まったく同じ場所に、見覚えのある一人の少女が佇んでいた。そして、俺の溢した驚きの声にサッと振り返る。


 春陽に照らし出された小麦色の髪が宙に翻り、煌びやかに踊る。向けられた琥珀色の瞳は少し驚いたように見開かれるが、すぐに俺の姿を見てどこか安心したように細められた。


 頬はほんのりと朱に染まり、形の良い唇の端が持ち上がる。


 驚きのあまり立ち止まってしまう俺に、その少女が小さくお辞儀をしてから微笑んで言った。


「宮前さん……いえ、宮前先輩とお呼びすべきですね」


 少女が桜の木の下から出てきて、立ちすくむ俺の傍に寄ってくる。


「お久し振りです。私のこと、覚えてますか……?」


 俺と一歩分の距離を開けて立ち止まった少女が、自分より高い位置にある俺の顔を見上げるように、どこか不安げに揺れる瞳を向けてきた。


「結城さん、だよね? あれ、その制服……?」


 俺に名前を呼ばれて少しほっとしたような表情を見せる結城さん。


 そして、俺の疑問に答えるようにして自身の姿を見せ付けるように手を広げて、右へ左へと身体を捻り、二度スカートの裾を揺らす。


「気付きました? 星野ヶ丘高校の制服……私、先輩にまた会いたくてこの高校に入学したんです」


 心臓がドキッと跳ねる。


「お、俺に……会うため……?」


「……はい」


 聞き返すと、結城さんが恥ずかしそうに目を伏せて唇をキュッと結ぶ。


 気持ち先程より頬が赤くなっているだろうか。


 そんな仕草に、また俺の心臓が跳ねた。


 そして、もう確信には至っているが、念のために確認をした。


「えっと……下駄箱の手紙って……」


「あっ、はい。私、です……」


 な、なぜ上目で答える……!? 可愛すぎるだろ何だこの生物。学術名称なに? え、人間(ホモ・サピエンス)? はは、冗談キツすぎ。


 俺は人差し指で頬を掻きながら、どこかたどたどしい口調で尋ねる。


「そ、そっか……え、えぇっと……それで、どうして俺を?」


 すると、結城さんが「わかってるくせに」とでも言いたげに目蓋を半分下ろした目を向けてくる。紅潮した頬を少し膨らませているのもいじらしい。


 そして、スカートの前で両手の指をモジモジと組み合わせながら、しばらく結城さんが視線を斜め下に逃がす。


 時間が経つにつれて顔の赤みが増していき、やがては耳の先まで色付き始めた。


「梅雨のあの日……捨て猫を見付けて困っていた私のところに、先輩が来てくれましたね。見知らぬ私のために、びしょ濡れになりながら。


 それが最初で、たった一度だけの出逢い……」


 そのときの光景を想起しているのか、結城さんが目蓋を閉じた。


「でも、そのたった一度の出逢いを忘れられなかったんです。こんなこと、今まで一度もなかったのに……どうしても、先輩の背中を――あの消え入りそうな命を抱き抱えて雨の中走っていくその姿を思い出さずにはいられなかったんです。


 どうして見ず知らずの私に声を掛けてくれたんだろう。皆が見て見ぬ振りをするような小さな命のために、どうしてあの人はあんなに必死になれるんだろう……考えれば考えるほど、私の中でどんどん先輩の存在が大きくなっていきました」


 しかし、ふぅ~と長く息を吐き出し、覚悟を決めたように目蓋を開いて再び俺を見上げる。


「またあの人に会いたい。会って、傍にいて、もっとよく知りたい――こんな風に思わせる気持ちを、私は一つしか知りません」


 横風が吹き、シルクのように繊細な小麦色の髪がなびく。熱を帯びた琥珀色の瞳が俺を離さず、薄桜色の唇が動いた――――


「……好きです。先輩」


「……っ!」


 君を見ると思い出す雨の音と香りが、今、強い春の香りに塗り替えられた。


 鼓動が加速する。フルスロットルだ。


 多分、俺の顔は今、目の前の結城さんに負けず劣らず赤くなっているだろう。


 嬉しい。めっちゃ嬉しい。人生で初めて受ける告白――それも、こんなに可愛い女の子からだ。嬉しくないわけがない。


 でも……俺には碧がいる。俺が好きな人は、小学四年生のあの日から碧ただ一人。


 じゃあ、今俺が感じているこのドキドキは一時の気の迷いなのか? 雰囲気に流されているだけ? 胸一杯に込み上げてくるこの青春の香りは、紛い物?


 多分、違う。


 この瞬間、碧しか住んでいなかった俺の心に、結城さんという存在が現れたのだ。


 まだ俺が碧に恋し続けた約六年間の重さには及ばないものの、星の瞬きの如く小さくて、それでいて無視できない想いが生まれてしまった。


 だから、俺が口にすべき答えは決まっている。


 もしかすると、もっと良い答えが、最適解が、洒落た台詞があるのかもしれない。


 でも、今感じている気持ちを素直に伝えることが、最大限の誠意だと俺は信じる。


「結城さん、俺は――――」

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