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第06話 いつも通りの日常

「お久し振りです。私のこと、覚えてますか……?」


 高校二年生に進級したばかりのある日。

 桜の花弁が春風に運ばれていく景色の中で、再会した君が言った。


「私、先輩にまた会いたくてこの高校に入学したんです」


 シルクのように繊細な小麦色の髪がサッとなびく。どこか熱を帯びた琥珀色の瞳が俺を離さず、薄桜色の唇が言葉を紡いだ――――


「……好きです。先輩」


 俺の青春の大三角形が、生まれてしまった――――



◇◆◇



 時はその日の朝に遡る――――


「今日もダメだったぁ……」


 二年一組の教室。まだ席替えが行われていないため出席番号順に配置された座席ににおいて、廊下側から二番目の列のちょうど真ん中辺りに俺の席がある。


 そして、俺は自分の席に着いて早々、カバンを下ろしながら項垂れた。


「どうした優斗。やはり今日も氷室にフラれたのか?」


「やはりって何だよ、やはりって」


 そう俺がツッコミを入れた相手は、去年も同じクラスの友達――和久(わく)智輝(ともき)だ。


 長身痩躯で、目元に掛かりそうな長めの黒髪。目付きが鋭く眼鏡を掛けているせいか、その黒い相貌からはやや冷たい印象を受けるが、そんな第一印象とは裏腹に良い奴だ。


 そして、コイツを一言で表すなら“変人”だな。


「お前も懲りないな。知り合って一年……その間俺はお前が氷室に告ってはフラれ続けているところを見てきた。それだけでも充分諦めが悪いというものを、お前は小四のときからそれを続けているんだろう? もはやキモいぞ」


「うっ……!」


 すぐにでもこの眼鏡変人に言い返してやろうと思ったが、確かにいつまで経っても相手にされない女子に毎日欠かさず告り続ける男子というのは、流石にしつこくて気持ち悪いなと納得してしまった。


 まっ、それでも俺は諦めないけどな!?


 しつこくて良い。キモいの上等!


 俺は碧に直接拒絶され、突き放されるその日まで告白し続ける。愛を伝え続けるんだ。


 改めてそう心の中で誓っていると、智輝の隣に立っていた小柄な女子が、優しい口調で智輝を咎めた。


「も~、智輝ったらキモいとか言っちゃダメでしょ~?」


 倉木(くらき)香歩(かほ)――同年代の同性と比べて背は低いものの、非常に女性的な身体つきをしており、特にその制服越しにもわかる胸の膨らみの存在感は半端じゃない。


 肩口で揺れるフワッとした髪は茶色で、おっとりとした気質を感じさせる丸い瞳も茶色。


 全身から漂う圧倒的母性。大半の男子が今すぐにでもバブりたくなるような存在。


 そんな倉木さんは、この眼鏡変人こと和久智樹の彼女である。


 ……フラれ続ける俺の前でリア充がイチャコラ仲良くしております。フッ、爆散しろ。


「ごめんねぇ~、宮前君。智輝もこう言ってるけど、本当は宮前君の恋を応援してるんだよ~」


 そう言いながら倉木さんがポンポンと智輝の頭を優しく叩いている。


 真面目な顔した眼鏡変人が黙ってされるがままになっているこの光景は少し面白い。


「もちろん私も応援してるよぉ~? 小学生のときから同じ人を好きでい続けるってだけでも凄いし、諦めずに思いを伝え続けられるのも宮前君の魅力だよね~」


「倉木さん……!」


 俺はあたかも教会で神像を拝むかのように倉木さんに向かって両手を合わせながら、顔だけをひょいっと智輝に向けた。


「おい。何で彼女の倉木さんはこんなにも女神様なのに、彼氏のお前は眼鏡変人なんだ?」


「優斗、貴様は馬鹿か? この世は基本釣り合いが取れるように出来ている……つまり、俺みたいな変人に女神様が降臨してくるのは必然という名の運命なんだよ。俺と香歩は二人で一つ。俺の変人さも中和されるというもんだ」


「自分を正しく変人として認識しているようで何より……」


 コイツは真面目な顔して何言ってんだ……? と思いながら笑ったので、俺の表情はやや渋い笑みになっただろうか。


 三人でそんな話をしていると、俺の席の前に座っていた世界一の美少女が呆れたように半目を作って振り向いてきた。


「あのさ……そういうのって、告白された当人がいない場所で行われるべき会話だと思うんだけど、ボクの認識間違ってるのかな……?」


 去年は違うクラスだったが今年は同じ一組になれたことへの喜びを改めて感じながら、俺は碧に視線を向ける。


 華奢で全体的に線の細い身体つき。腰辺りまで伸ばされた黒髪には癖一つなく艶やか。サイドに少し編み込みを入れているのがこれまた可愛い。覇気がなくどこか気怠そうな印象を与える黒い瞳は碧のサバサバした性格をよく表していると思う。そして、それらと対照的なまでに肌は白く、雪を欺くかのよう。


 身に纏うのはこの星野ヶ丘高校の制服だ。この高校の制服は仕様が面白く、冬服はブレザーで夏服はセーラーとなっている。ちなみに男子は夏のズボンの生地が少し薄いだけで特にデザインは変わらない。


 今はまだ夏服期間ではないので、碧は紺のブレザーを羽織り、下には茶系統のチェック柄が入った膝上丈のプリーツスカートを履いている。


 マジで可愛い……と心の中で呟きつつ、俺は碧に言った。


「同じクラスなんだからしょうがないだろ」


「いや、それにしてももうちょっと方法はあるでしょ!? 例えば休み時間男子トイレでユウとわっくんが一緒になったときに、わっくんが『どうした優斗。そんな思い詰めたような顔して』って尋ねて、ユウが『いや、実は今日もダメだったんだよ……』って会話が始まるとかさ!?」


「随分具体的だな。そして、いかにもラブコメアニメで主人公とその友人枠が作り出しそうなシチュエーションだな」


「丁度昨日リアタイで観てた深夜アニメにそのシーンがあったんだよ。えっと、確か……」


 あぁ、あれか。俺も昨日リアタイでそれを観ていたからわかる。


 顔を見合わせる形になった俺と碧の声がシンクロする。


「「“俺の青春(コイ)ントス”っ!」」


「実は貴様らもう付き合ってるだろ」

「あはは……」


 横から智輝のツッコミと倉木さんの曖昧な笑い声が聞こえてくる。


 ちなみに“俺の青春恋ントス”という作品は、主人公とダブルヒロインによって描かれる、ライトノベル原作の青春ラブコメアニメである。


 最終的に主人公がどちらのヒロインを選ぶことになるのか……どちらかのヒロインが選ばれる確率は五十パーセントという意味で、題名も同じ確率結果であるコイントスと掛けられている。


 俺も碧ももちろんアニメの先まで足掻かれている原作ラノベを買って読んでいるが、まだ恋の行方がどうなるのかはわからない。


 ただ、俺は読みながらいつも恋ントスの主人公みたいにはなりたくないなと思ってしまう。


 だって、本気で自分を好いてくれている女子二人から、最終的に一人を選択する――一人を切り捨てるなんて言う残酷な選択、俺には出来そうもないから。

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